02_04__新主人公、打ち上げやるってよ①
●【旧主人公】宇治上樹
花崎高校では、例年ゴールデンウイークの初日に体育祭が行われている。
体育祭といっても、種目は全て陸上競技で近くの施設を借りるため、準備も練習もほぼ必要ない。大変お手軽な行事だった。
お見合いパーティは名目上、体育祭の打ち上げとして行うことにした。
隆峰を幹事に据えてヒロイン候補を誘い、残りの参加者を募ってみたのだが――
「随分大所帯になったな……」
食堂のテラス席で、俺は参加希望者の一覧を眺めながらぼやいた。
当初は二十名前後を想定していたのに、集まったのは総勢四十三名である。
これでも慌てて打ち切った時点の数で、放置していたら更に増えたかもしれない。
クラスを限定せずに募集したため、短時間で膨れ上がってしまった。
「今年の体育祭はかなり盛り上がったので、余韻が残っているのかもしれませんね」
隆峰は呑気な調子でパックの紅茶を啜った。
「一組と三組が大接戦で、最後のリレーは手に汗握りました。七組も最終的には三位に入っていましたよね!」
「……ウン。ソウダネ」
おかしい。全く記憶にない。
思い出といえば、陸上競技場のやけに固いベンチくらいだ。
盛り、上がった? それ本当に俺と同じ世界線の話?
口にしたら微妙な空気になりそうなので、黙っておこう。
「ここまで大所帯だと、無難にボーリングとカラオケくらいしかできないな」
「ですね~」
おい、溶けるな。
食後で眠いのは分かるが、頭に血を回してくれ。
リラックスモードの隆峰に呆れていると、正面玄関から二つの人影が近づいてきた。
「げっ……!」
向かって右側の男子は存じ上げないが、もう一人の女子は見間違えようもない。
黒髪が揺れ、視線が交差する。
長いまつ毛に縁どられた目が驚きに開かれたのも一瞬。すぐに訝しげに細められた。
俺は慌てて顔を伏せ、そのまま通り過ぎてくれと願ったが、無情にも足音はすぐ近くで止まった。
「こんにちは。貴方が一年一組の隆峰宙君で間違いないかしら」
「そうですけど、貴方は――――あ! 生徒会の方ですか?」
声を掛けられた隆峰は、弛んでいた背筋を伸ばした。
「入学式に壇上で挨拶しただけなのによく覚えていたわね。私は副会長で二年の水無月。こちらは庶務で三年の玉川先輩」
「よろしく」
「よろしくお願いします」
挨拶を交わす三人の陰で、俺はゆっくりと隆峰の背中に隠れた。
「突然ごめんなさい。今日は少し話を聞きに来たの。貴方は体育祭の打ち上げを企画しているそうね?」
「その通りですけど、何か問題ありましたか?」
「そんなに身構えなくても大丈夫だよ」
玉川さんが柔らかい口調で言った。
「実は先日、同じく打ち上げの名目で遊んでいたグループが、とあるお店の備品を壊しちゃってね。相手方は穏便に済ませてくれたけど、偶々居合わせた父兄から小言が届いた。立て続けに問題が起きると困るから、先生たちが敏感になっているのさ」
「そういうことでしたか」
「聞いたところ、参加者は複数のクラスから集まっているそうね。貴方が全員と面識があるわけでもないのでしょう? 率直に言えば、問題を起こすことなく、きちんと統制が取れるか心配なの」
隆峰の体越しに、衣擦れの音が聞こえた。
腕を組む水無月の姿が、見ていなくても頭に浮かぶ。
「そもそも、貴方たちは打ち上げと称して、何を企んでいるのかしら?」
「企むって、な、何の話ですか?」
詰問するような口調に場の空気が凍り付いた。
「み、水無月さん?」
玉川さんも戸惑ったように声を掛けたが、水無月に引き下がる気配はない。
張り詰めた空気に耐え兼ね、恐る恐る前方を覗き見ると、水無月の目は完全に俺を捕らえていた。
鋭い目つきで瞬きもせずに見下ろしてくる様は、もはやホラーである。
「う、打ち上げをするのに目的なんか必要ないだろ。強いて言うなら、お互いの健闘を労うためだ」
「あら、いたの宇治上――いえ、ウジ虫」
さっきからガン見してましたよね?
今更そのセリフは無理がありません?
言い返してやりたいが、先に無視したのは俺だし、火に油を注ぐ勇気はない。
「宇治上先輩のお知り合いですか?」
「……中学時代の同級生だ」
「同級生、ね」
水無月が意味ありげに笑う。
右の人差し指で左肘を小刻みに叩き始めた。
「やはり貴方もこの件に関わっているのね。体育祭の打ち上げを複数のクラスで行う理由は何?」
「別に問題はないだろ。スポーツは試合が終わればノーサイドって知らないのかよ」
「それなら、なぜ体育祭から二週間以上たって準備を始めたのかしら? 私には打ち上げを口実にしているように見えるのだけど」
「単にスケジュールの都合だ。深い意味はない」
「…………そう。よく分かったわ。つまり、素直に答える気はないのね」
眉間に薄くしわが寄り、好戦的な笑みが浮かぶ。
俺は平静を装いつつ、再度隆峰の背中にフェードアウトした。
でしゃばって、すいません……。
「あの、僕を盾にしないでください」
「ヤだ。アイツ、怖い」
「僕だって、怖いですよ!?」
「……人を熊か虎みたいに言わないでくれるかしら?」
「いや、どちらかというと鬼――」
「は?」
「いいいいいえ、なんでもございません!」
怖っ! 冗談抜きで心臓が縮み上がったんだけど!?
ガクブルする俺たちを見て、水無月は小さく溜息を零した。
「でも、本当に不思議なのよね。ウジ虫は自ら打ち上げを主催するようなタイプじゃない。わざわざ人を集めるなら、相応の目的があるはず」
淡々と吐き出される言葉は、俺たちの反応を窺う揺さぶりだった。
現に黒い瞳は片時も俺たちから離れない。
「考えてみれば、貴方たちの接点は何かしら? ウジ虫は七組で、部活にも入っていないわよね。一緒に打ち上げを企画する経緯が分からない」
「ちょっと待て。高校で顔を合わせるのは今日が初めてだろ。なんで俺の事情を知ってんだよ?」
「文句なら坂巻君に言ってくれないかしら。聞いてもいないのに一方的に教えてきたのは彼よ」
あの自称親友はマジで余計なことしかしねぇな!?
「貴方たちの接点、あるいは共通点。……そういえば、坂巻君は新しい主人公らしき一年生がいるとも話していたわね」
水無月の頬が持ち上がり、ストレートの黒髪が一房揺れる。
「成る程、貴方がそうなのね」
鋭い視線に射抜かれ、隆峰の肩がびくりと跳ねた。
が、頑張れ!俺のA.T.フィールド!(※Absolute TAKAMINE Field:完全隆峰領域)
「ウジ虫が経験者として隆峰君の相談に乗っているなら、打ち上げの意図も想像がつく。あえて物語に都合がいい状況をお膳立てしたのね。誰と、いつ、どんなイベントが起きるかを確認して、今後の対策を立てるためかしら。貴方たちはクラスが離れているから、様子を窺う機会は限られているものね」
「ど、どうして……」
「何をそんなに驚いているの? 必要な情報さえ揃えばすぐに組み立てられる理屈でしょう」
「それは、仰る通りかもしれませんが……。でも、宇治上先輩の同級生だからといって、物語について詳しすぎませんか?」
「あぁ、さっきの説明じゃ納得できないわよね。いいわ。隠す意味もないから教えてあげる」
「ちょっと待て。わざわざ話す必要なんて――」
乾いた笑みを浮かべた水無月は、俺の制止を無視して淡々と告げた。
「私――水無月葵は、宇治上樹にあてがわれた哀れなヒロインの一人だったのよ」
「ぅええ!?」
隆峰が凄い勢いで振り返ったので、全力で顔を逸らした。
いや、言葉は足りてなかったかもしれないけど、嘘は言ってないだろ……。
「物語? 主人公? ヒロイン? 君たちはさっきから何の話をしているのかな?」
一人会話についていけていない玉川さんが、困惑気味に尋ねた。
瞬時に俺たちは視線を交わし、頷き合う。
「と、特に深い意味はありませんよ! ただの言葉の綾ですから!」
「隆峰の言う通りです。人は誰しもが人生という物語の主人公じゃないですか(棒読み)」
「要点をまとめると、そこのウジ虫が打ち上げと称して問題を起こそうとしているようです」
「そうそう、危険なのは俺だけ、って違うだろ!? どさくさに紛れて決定事項にするのは止めてくれない?」
「君たち、急に息が合い始めたね」
「「合ってません」」
「……うん、分かった。いや、何も分かってないけど、僕が口を出す場面じゃないみたいだね」
どこか達観した表情で玉川さんが一歩退いた。
なんかスイマセン。
「とにかく、打ち上げの目的からして、このまま貴方たちを見過ごすわけにはいかないわね」
「それは言い掛かりだろ。イベントが起きてもフォローはするし、俺たちだって
「ええ。でも、先生方に目を付けられると分かったうえで、打ち上げに参加しようとする一年生は多くないと思うわよ」
「っ……」
参加者から切り崩していくつもりか。
口の回る水無月が説得にかかれば、ほとんどの一年生は二の足を踏むかもしれない。
むしろ、そういった忠告を無視するメンバーだけが残っても厄介だ。
「ついでだから教えてあげる。打ち上げの件を先生方に報告したのは、とある一年生よ。聞いた話から察するに、その子も本当は参加したかったみたいね。突然募集を打ち切られて不公平だと思ったのかしら。ウジ虫にしては募集の仕方が雑だったわね? そんなつまらない嫉妬で人は動くと、中学時代に何度も痛感したでしょうに」
……返す言葉もない。
募集の仕方も、声を掛ける相手も、もっと慎重に選ぶべきだった。
隆峰とヒロインたちの集客力を考慮しなかった俺のミスだ。
正直、指示に従って打ち上げを取りやめても問題はない。
ただ、残りの主人公が来るまでに、隆峰の物語の全体像くらいは掴んでおかないと、後々手が回らなくなるかもしれない。
当初の計画達成は無理でも、次善の策に繋げる軌道修正をしたいが――
「揉め事かい?」
突然聞こえてきた声に、全員の視線が集まった。
食堂のドアから顔を出したのは
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