02_02__新主人公のためのイベント対策講座②

●【旧主人公】宇治上樹

 

「続いて実技に入るか。まず転倒した時に重要な受け身の練習だ」

「えっ。受け身なんて何の役に立つんですか?」


 む。どうやらこの後輩主人公君は、まだデラモテールを甘く見ているな?


 俺はしばし考えた末、口を大きく開けて歯を見せた。


「急にどうしたんですか? あ、宇治上さんの歯、真っ白だし並びも綺麗ですね」


 ありがとう。でも、今そこはどうでもいい。


「八本」

「え?」

「俺が中学の三年間で折られた歯の数だ」

「ひっ! それじゃあ、その歯は……」


「中学生にも施術可能な新世代技術『ネオ・インプラントE✕』――つまりは義歯だ」


 ヒロインの一人が名のある病院の孫娘で、折れた歯の治療はしてくれたよ。

 保険適応外の最先端治療を格安でしてくれたことは心から感謝している。


 だが俺は同時に学んだ。


「隆峰も気を付けろ。折れた歯は取り戻せても、折れた心までは治せないんだぞ」


 婆ちゃんが言ってたっけ。

 抜けた下の乳歯は屋根の上に、上のは床下に投げれば丈夫な永久歯が生えてくるよって。


 ごめんな。俺の歯は女子中学生の鉄拳で叩き折られちゃったよ。


「宇治上さん……。泣きたい時は、男だって泣いていいと思いますよ」

「フッ。馬鹿野郎。俺の涙腺は多くのトラウマと一緒に、過去に置いてきたのさ」


「意味が分からないけど、そこはかとなく重いっ……!」


 拳を握って同情してくれる隆峰は良い奴である。


「隆峰の物語でどんなイベントが起きるかはまだ分からない。だが、体と心を守るために、備えられる対策はしておくべきだ」


 俺の切実な言葉に、隆峰は赤べこみたいに何度も頷いた。

 ご理解いただけて何よりである。


「二次被害を防ぐ意味でも、受け身は大切だ。頭部のダメージは本当に危ないからな」


 俺だって大事に至らなかったとはいえ、結構な回数ぶつけている。

 一連のダメージがなかったら、偏差値だって今よりも高かったはずだ。

 ……多分。


「受け身のポイントはごく単純。仰向けに倒れる時は腹を見るようにして首を持ち上げる。前や横に倒れる時は腕を盾にして庇う。要するに、絶対に頭を地面につけなければいい」


 簡単な説明を終え、隆峰には柔道の動画と高齢者向けの転倒訓練の動画を見てもらった。


「要領が分かったところで早速実践に入ろう。隆峰は目隠しをして、部屋の中央に立ってくれ。俺が前後左右のいずれかから押したら、倒れて受け身をとるんだ」


「不意打にも対応出来るようにする訓練ですね」


 理解の早い隆峰は、異論を挟まずタオルを巻いた。

 準備を終えたのを見届け、俺は足を前に踏み出す。


「俺がいいと言うまで絶対に目隠しを外すなよ」

「!? 宇治上さん?もしかして僕の周りをグルグル回ってます!?――っ!」


――――バタン!


 右から押すと、隆峰は指示通りに受け身をとった。

 ただ、やはり意識がそれるとフォームが崩れる。


「ほらほら、続けていくぞ! いつでも最適な受け身をとれるよう体に刷り込ませるんだ」

「はい! って、回転速度が上がってません!?」

――――バタン!


「今、うなじに風を感じたんですが!? ヒュンっていいましたよ!?」

――――バタン!


「宇治上さん、近くにいますよね!? 急に無音になると怖いですよ!? 放置プレイは嫌ですからね!?」

――――バタン!


「前から押す、と見せかけて後ろだ!」

「なんで!?」

――――ビターン!



 心を鬼にして、訓練すること十分間。

 逞しく鍛え上げられた隆峰君のお姿がこちらです。


「ぜェ……ゼェ、ハァ、……ハァ……ヒィ」


 まぁ!なんということでしょう!

 両膝に手をついて、息も絶え絶えになってしまいました。


 明るい部屋で一人だけ影を背負い、全体的にすすけて見えます。

 …………ちょっとやりすぎたかもしれん。


 力加減には注意していたので、まさかこんなにも疲弊するとは思わなかった。


「だ、大丈夫か?」

「はい。ダメージは、ないですし、体力も、問題、ありません。ただ、精神が、消耗、しました」

「あっ、なんかゴメンね?」


 不意打ちでなければ効果が半減するから、色々と工夫しただけだよ。

 本当だよ。悪気はないからね?

 重ねれば重ねるほど胡散臭くなるから言葉って不思議。


「あの、一つだけ、教えてください。さっき、声が前から聞こえた直後に、背中を押されたのは、どんなトリックですか? スピーカーの音では、なかったと思いますけど」


「あー、あれは…………」

「…………?」


「さぁ、難しいことは気にせず、次のレッスンに進もうか!」

「え!? なんで教えてくれないんですか? どうして意味深な笑みを浮かべているんですか?」


 俺は混乱する後輩の肩に手を置き、首を振った。


「覚えておくといい。世の中にはな、知らないほうが幸せな事もあるのさ」

「妙に実感がこもっていますね!? 知らないままでも十分怖いですけど!?」

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