02_01__新主人公のためのイベント対策講座①
●【旧主人公】宇治上樹
翌日の放課後、俺と隆峰は武道場を訪れた。
「完全に貸し切り状態ですね」
「今日は柔道部と剣道部が揃って練習試合に出掛けているらしいからな」
職員室に使用許可をもらいに行ったところ、鍵が開いているなら自由に使っていいと言われた。
昼休みに体育館を使うのと同じ感覚らしい。
「さて、今日から物語への対策方法を伝授していくわけだが、昨夜送ったメールはよく読んでくれたか?」
「はい。一通り目を通しました」
メールの内容は、俺が協力するにあたっての注意事項だ。
大まかに要約すると、『俺のアドバイスは過去の経験を基にしているため、隆峰の物語で役に立つ保証はない。仮に問題が起きても責任は負いかねる。悪気はないから許してね?』である。
原稿用紙十枚に及ぶ長文を送り付けたところ、『あ、はい』の三文字が返ってきた。
「最初にメールを開いた時は、会員サイトを装った詐欺かと思いました……」
さもありなん。
利用規約みたいな書き方をしたからな。
ともあれ、言質はとったので気分は軽い。
無駄に屈伸してしまうくらい軽い。
「あの、僕は言われた通り体操服で来ましたけど、どうして宇治上さんもジャージ姿で、竹刀を持っているんですか?」
「コーチとしての様式美って大事だろ?」
「え???」
おいおい、昭和レトロに疎い奴だな。
熱血コーチといえばこの装備だろ。
ジャージは肩にかけて袖を通さないのがポイントである。
「呆けてないで、まずは簡単な座学から入ろう」
俺はチョークを摘み、黒板に簡単な樹形図を描いた。
「このツリーは始点が現在で、幾つも枝分かれした先が未来だと考えてくれ。当然、道中で異なる選択をすれば、別の結末にたどり着く」
隆峰が頷くのを確認し、赤いチョークに持ち替えた。
「デラモテールの運命を操る力にも限界はある。あの矢は起こりえる未来の中から、リアリティショーに都合がいい展開へ誘導しているに過ぎない。つまり、この図に存在しない未来を新しく作りだす力は無いんだ」
例えば、
だが、自ら進んで食べようとは考えもしない。
デラモテールは前者を再現できても、後者を強制するのは不可能らしい。
「ヒロインと距離を置けばイベントが起きづらくなる理屈と同じですね。極端な言い方をすれば、イベントが起こるはずがない状況を作ってしまえば、デラモテールは何も出来なくなる」
理解が早くて助かる。
信じるか否かはともかく、矢の力をしっかり考察できている証拠だ。
俺は各ルート分岐をバツで潰し、未来を一つに絞った。
「デラモテールもあの手この手で対策してくるから、イベントを未然に防ぐのは難易度が高い。だが、イベントを阻止できなくても、本来たどり着くはずだった結末より被害を減らせるなら、足掻く価値は十分ある」
「同感です。目に見えない力と対峙するなんてイメージがつきませんでしたけど、光明が見えてきた気がします!」
モチベが上がったなら良かった。
クレアによれば、気分
「現実問題として、あらゆるイベントに先回りするのは不可能だ。だが、広く役立つ対策が幾つかある。その最たるものが筋トレだ。フィジカルが強ければ様々な事態に対応できる」
転倒しそうになっても踏ん張りが利くし、危険な状況からも逃げおおせる。
「俺の物語でも、ガラの悪い連中に絡まれるテンプレイベントでは役に立った」
「うっ、やっぱりそういうイベントもあるんですね……」
折角上がったテンションが早速落ちこんだ。
気持ちはよく分かる。
俺も当時のトラウマは、形を変えて夢に見るくらいだ。
なぜか毎回、核戦争後の世紀末にいそうな
「危険なイベントを回避するための講座だから、今から怯える必要はない。それに、素人が相手なら対処法さえ知っておけば何とかなるもんだ」
折角柔道場に来たのだから、口で説明するより実際にやって見せるか。
「試しに俺が絡まれる側をやるから、隆峰は軽く殴ってみてくれ」
俺は両腕を合わせ、みぞおちから頭部までをガードした。
隆峰は戸惑いながらも拳を握り、腕を伸ばす。が、遠慮し過ぎて、ハエが止まりそうなくらい遅い……。
俺は気長に待ち、がら空きの腹に拳が触れた瞬間、
「え、硬っ!?――――って、ぅ、わ!?」
大股で踏み出し軽く体を当てると、隆峰はたたらを踏んで尻餅をついた。
「相手が一人なら、こんな感じで転がした後は一目散に逃げればいい。一発はもらう覚悟で守備に専念すれば、攻撃の隙を突いてチャンスを作れる。音楽でいうところの
「あ、すいません。カウンターにも驚きましたけど、宇治上さんのお腹がとっても硬かった気がして」
驚いている理由はそっちかい。
「ふふん。こう見えて俺は脱いだら凄いんだ」
「綺麗に分かれたシックスパック! 意外に細マッチョですね!?」
裾を持ち上げて見せたら、良いリアクションが返ってきた。
頑張って維持しているので、
「もしかして宇治上さんは、武術の心得もあるんですか?」
……発想が極端だな。
光輝く期待の眼差しから目を逸らし、俺はゆっくりと裾を下ろした。
「俺にそういう万能さは求めないでくれ。腕に自信があるなら、さっきみたいな小技に頼る必要もないだろ。スポーツジムのインストラクターにも『格闘センスが死んでるね』って
「あ、なんかごめんなさい」
謝らないで? 余計辛くなるから……。
「話を戻すが、筋トレのやり方は任せる。俺は専門家ではないし、部活に差し障りがあると困るからな。本格的にやりたいならスポーツジムもお勧めだ」
個人レッスンじゃなくても、質問すれば気さくにアドバイスをくれる。
俺も体が鈍りやすい受験中は重宝した。
「高校浪人中です」って言ったら、無言でプロテインくれたし。
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