01_09__旧主人公と新主人公④

●【旧主人公】宇治上樹


 近年では珍しく、花崎高校は屋上のドアが解放されている。


 噂によると、校舎の設計者が『青春には屋上が必要だ!』と謎に力説したそうだ。

 物珍しさもあってか、入学当初は多くの一年生が出入りしていたらしい。


「でも、さすがに放課後は誰もいないな」


 俺は屋上を見渡しながら呟いた。

 常に解放されているだけあって、安全対策は十分のようだ。


 背の高いフェンスは安物の工具では歯が立たないほど頑丈で、一定間隔で設けられた支柱もかなり太い。

 強い地震にも余裕で耐えられそうだ。


 俺は心拍数の上がった胸を抑え、風音に紛れて息を吐いた。


「今から話す内容は極秘中の極秘だ。決して誰にも教えてはいけない」


 声を落として告げると、隆峰がごくりと喉を鳴らした。


「繰り返しになるが、デラモテールを止めるにはかなりの危険が伴う。少なくとも俺はお勧めしない。リアリティショーはいずれ終わりがやって来るから、耐え忍ぶのが一番無難な対策だと思っている。それでも本当にやるのか?」


「はい!」


 隆峰の決意は固いか……。


「分かった。やることは単純だから身構えなくていい」


 俺はフェンスの近くまで歩き、金網の向こうを指さした。


「さぁ、飛べ」

「…………………………え?」


 おいおい、難聴系主人公にクラスチェンジしたのかよ。


「飛・び・降・り・ろ」


 聞き逃されないよう区切りながら言うと、隆峰は目を潤ませ、見捨てられた仔犬のような表情で見上げてきた。


「宇治上さんは、僕のこと、嫌いですか?」

「嫌いだ」

「即答!?」


 イケメンはすべからくフツメンの僻みの対象となるのである。

 だが、もちろん死ねとまでは思ってない。


「……そういえば、ちゃんと説明していなかったな。デラモテールは矢の形状をしていて、人間の魂に刺さった状態で稼働する。俺の場合は交通事故で死にかけた時、矢に触れたからへし折った」


「まさかの物理的解決!?」


「隆峰の魂にも同じように矢が刺さっているはずだ。それを破壊すれば主人公の役目から解放される。だから、こう、なんか丁度いい感じに死にかけてくれ」

「丁度いい感じに死にかけるって何ですか!?」


 生きるか死ぬかのぎりぎりラインです。

 俺みたいに魂が死んだと勘違いして、抜け出すケースも稀にあるみたいだけど。


「あと、もし失敗しても俺にそそのかされたとか誰かに話すなよ。お前は自分の意思で飛び降りるんだからな」

「極秘中の極秘ってそういう意味ですか!?」


 当たり前だろ。俺の責任にされてたまるか。

 俺はプルプルと震えだした隆峰の肩を、励ますように叩いた。


「安心しろ。失敗しても骨は拾ってやる」

「それリアルに、ですよね!? この状況だと恐怖しか感じないですけど!?」


 隆峰の全力ツッコミが空しく響き、屋上に一際強い風が吹いた。


「……まぁ、ほとんど冗談だ」

「へ?冗談?」


「話した内容に嘘はない。だが、狙って死にかけるなんてまず不可能だから、たちの悪いジョークと変わらないだろ。まさか万が一に賭けて試してみるなんて言わないよな?」

「うっ……それは、はい」


 隆峰はがっくりと項垂れた。

 もしも、とち狂ってチャレンジしようとしたら、羽交い絞めにして病院にぶち込まなければならないところだった。


「先日も思ったが、隆峰は難しく考えすぎだ。矢に選ばれたという点では、主人公もヒロインも立場は変わらない。むしろ、ヒロインありきで隆峰が主人公に選ばれた可能性だってある。もし自分が巻き込まれた側だと分かったら、お前は彼女達を恨むのか?」


「いえ!決してそんなことは――」

「それなら、隆峰も一人で決着をつけようなんて考えるな。お前だけが何もかも背負い込むのは、彼女達だって望まないだろ」


「………………もしかして、僕の心配をしてくれたんですか?」


 心配というか、説明役を務めた手前、下手に思い詰められても寝覚めが悪いだけだ。

 ツンデレっぽくなるので、口にはしないけども。


 それに、我ながらどの口が言ってんだ、とは思っている。

 中学時代に俺が同じ言葉を掛けられたとしても、素直には頷けなかったはずだ。


 自分のことを棚に上げ、綺麗なだけの正論を言っている自覚もある。

 だが、それでも誰かが口にしなければならない気がした。


「しんどくなったら、少しずつでもヒロインと距離をとればいい。説明すれば分かってくれるだろ。逃げ道はあるから、自ら選択肢を狭めて袋小路に迷い込むなよ」

「……ありがとう、ございます」


 隆峰の顔が泣き笑いのようにくしゃりと歪んだ。

 思っていたよりも気苦労をため込んでいるらしい。


 県外から引っ越してきて、慣れない環境で謎現象に巻き込まれたのだから当然か。

 隠れていた素の部分を見てしまうと、他人事とはいえ俺だって思うところはある。


 ……だから、あまり踏み込みたくなかったんだよなぁ。


「今後もヒロイン達と過ごしていくつもりなら、俺たちが当時注意していたことくらいなら教えてもいい」

「え、本当ですか? 先日は気乗りしない様子だったのに」


「コッチにも色々と事情があってな……」


 主人公が集まる件はまだ伏せておこう。

 残り二人が転校してくるまで一か月ほど猶予があるらしいので、無駄に焦らせると逆効果になりかねない。


 隆峰たちをサポートするために、クレアも近々転校してくるそうなので、状況を見つつ明かしていけばいい。


「ありがとうございます! ぜひよろしくお願いします!」

「お、おぉ」


 凄い勢いで頭を下げられ、思わず後退あとずさった。

 次に顔を上げた時には人懐っこい笑みが浮かんでおり、つられて苦笑いが漏れる。


 運命を操る矢が三つも存在すれば、俺たち一般の生徒もいつ巻き込まれるか分からない。

 隆峰たちがイベントに上手く対処できるようになれば、周囲への影響も少しは抑えられるはず。

 平穏な高校生活を勝ち取るために、多少のリスクは仕方ない。


「……なるようになれケ・セラ・セラだ」


 風にはためく校章旗を見ながら、俺は投げやり気味にぼやいた。

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