01_08__旧主人公と新主人公③

〇【新主人公】隆峰宙


『隠れて悪さをしても、神様は全てを見ている』

 子供の頃に聞いた情操教育の決まり文句が、この数日間、僕の頭の中を回り続けている。


 美化委員会が開かれている教室の片隅で、僕はペンを机に置き、外を眺めた。

 神様について考えると、自然と視線が上を向く。


 果たして神様は、僕なんかの日常を見て面白いのだろうか?


 ……もちろん、リアリティショーの話を鵜吞みにしてはいないけど、悪魔の証明みたいに完全否定もできないので、もやもやする。


 少なくとも、おかしな偶然が立て続けに起きていることは紛れもない事実だ。

 宇治上さんも仰っていたように、結局は信じるか信じないかよりも、突発的に起きるトラブルへの対処が重要なのかも――



「おーい、隆峰君。委員会は終わったぞー」

「え、あ。すいません!」


 慌てて前を向くと、顧問の赤羽愛梨先生が中腰で僕を覗き込んでいた。

 揶揄うような大人の笑みにドキリとする。


 スタイルのいい長身に、派手な顔立ちと無造作にまとめられたモカブラウンのシニヨン。

 モデルさんも顔負の美貌は、ちょっと刺激が強い。


「ここ数日ボーっとしているようだね。顔のガーゼも痛々しそうじゃないか」

「体育の時間にちょっと転んじゃいまして……。でも大きめのテープで覆っているだけで、ただの擦り傷です」


「それは良かった。若いから傷の治りは早いだろうけど、大きな怪我をしないようにね」

「はい。気を付けます」


 気を付けるだけではどうにもならないのが現状だけど……。


「おい。隆峰に絡んでないで、さっさと補習に行こうぜ」


 クラスメイトの更科さんが、横から割り込むように腕を伸ばした。

 赤羽先生は大袈裟に一歩引いて、小さく両手を上げる。


「そう嚙みつかなくても、君の大事な隆峰君をとったりしないよ?」

「ハ、ハァァ!?  そんな心配はしてねぇっつうの! そもそもじゃねぇから!」


 更科さんがただ怒ったのか、図星を突かれたのか判断に困る反応をする。

 こういう時、どんな顔をしているべきか誰か正解を教えてほしい……。


 僕は話を逸らすために、気になったことを訪ねた。


「この時期に補習授業なんてあるの?」


 花崎高校に合格したのは奇跡だと自ら豪語する更科さんは、最初の実力テストが壊滅的だったらしい。

 でも、その再試験は連休前に合格したと聞いていた。


「再試はほぼ丸暗記で突破したから、中身が伴っていないらしいよ。中間試験も近いし、個人的に勉強を見てあげているのさ」

「なんでアンタが答えるんだっつうの! おら、さっさと行こうぜ」


「おやおや、乱暴な物言いだね。補習は君から言い出したことで、私に付き合う義務はないんだよ? このペースで赤点をとり続けたら、進級が危うくなるかもしれないけどね」

「ぐっ……。ご指導、よろしく、お願いしま、す」


 壊れかけの機械みたいな更科さんを見て、赤羽先生が苦笑いした。


「意地悪を言ってごめんよ。私も君と二年生に上がれないのは寂しい。隆峰君たちと一緒に進級できるよう頑張ろうじゃないか」


 後半は秘密めかして声を落としていたけど、僕には聞こえないように言ってほしかった。

 多分わざとだ……。


 陽気に背中を叩く赤羽先生と、肩を落として不貞腐ふてくされる更科さん。

 華のある二人が立ち去ると、急に教室が静かになった気がした。


「……あ!」


 そのまま漫然と廊下のほうを眺めていたら、宇治上さんが教室の前を通り過ぎた。

 僕は急いで荷物を片付け、席を立つ。


「宇治上さん、今から帰りですか?」

「おぉ、委員会で少し遅れてな――って、その頬の怪我、大丈夫か?」


 宇治上さんにも心配されてしまった。

 やっぱりこのテーピングは大袈裟かもしれない。


「アハハ……。軽い擦り傷なので気にしないでください」

「相変わらずイベントは起き続けているみたいだな」


「はい。特に変化はないみたいです」


 ガーゼの縁をいじりつつ答えると、宇治上さんはじっと僕の顔を凝視した。


「……お節介かもしれないが、イベントを減らしたいなら、手っ取り早い方法が一つある。。意識して避け合っていればデラモテールに余計な労力を使わせることが出来るから、イベントの数も多少は減らせるはずだ」


「……えっと、実は――」


 言いかけて、少し口ごもった。

 あまり人に話したくはないけれど、相談に乗ってもらった宇治上さんに黙っているのも気が引ける。


「――実は、以前ヒロイン役らしき同級生に同じ提案をしたことがあるんです」


 当時はリアリティショーについて知らなかったものの、僕の周りでしか事故は起きていなかったので、『僕に近付かなければ安全かもしれない』と提案してみた。


「そしたら彼女たちは、その、『折角友達になれたのに、会って話せなくなるのは寂しい』と言ってくれまして……」


 ちらりと視線を上げると、宇治上さんは見ちゃいけないものを見てしまったような顔をしていた。


「ヒロイン達は随分と隆峰に惚れ込んでいるんだな」


「いいいいえ! ここ告白とかはされていませんよ!」

「お、おぉ……」


 あ。勢い込んで引かれてしまった。


 顔が熱い。もう耳まで赤くなっている気がする。

 高校生にもなって、こんなにも取り乱すなんて情けない……。


「僕にとっても尊敬できる方達なので、イベントを避けるために疎遠になるよりは、別の解決策を見つけたいと考えています」


「そうか……。それなら、普段から地道に対策を行っていくしかないだろうな。一応、デラモテールを停止させる方法もあるが――」

「え!? そんな方法があるんですか!?」


 再び詰め寄ってしまい、宇治上さんが目を丸くした。


「言っておくが、かなり危険な方法だぞ。裏技じみたやり方だし、隆峰が一人でリスクを背負う羽目になる。かなりの苦痛を伴う割には、失敗する確率だって高い」


 告げられた言葉に誇張の気配はなく、さすがに怯んだ。けれど――


「ぜひ試してみたいです! 僕が主人公に選ばれてしまったせいで、彼女達には迷惑を掛けているんです。多少のリスクで尻込みするわけにはいきません」


「そう言われてもなぁ……」

「お願いします!」


 深々と頭を下げると、小さな溜息が聞こえてきた。


「分かった。それじゃあ人気ひとけのない所に……いや、屋上に場所を移そう」


 踵を返した宇治上さんにお礼を言って、僕は小走りで追いかけた。

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