01_07__物語の真相③
●【旧主人公】宇治上樹
隆峰の帰りを見届けた後、クレアの提案で、俺たちは
生垣の隙間から脇道へ入り、傾斜の急な下り坂を降りる。
木の根に侵食された道は足場が悪く、昨夜の雨でぬかるんでいたが、クレアは跳ねるように進んでいった。
やがて小さな御社に着くと、篝火を模した明かりの前でくるりと振り返る。
「ここなら大丈夫そうですね!」
予想通り人影はなく、一本道の終着点なので誰かが来てもすぐに分かる。
「先程は私の代わりに説明していただいて、ありがとうございました。やっぱり樹さんにお願いして正解でしたね。私ではあそこまで手短に説明できなかったと思います。天界の都合で全てをお話しできないのは、心苦しいですが……」
「ルールで禁止されているから仕方ないだろ。正直、主人公補正については俺も話すべきではないと思うし」
本心からの言葉だったが、クレアは俯いて眉を落とした。
「……それより、これから隆峰に真相を明かした経緯を教えてくれるんだろ?」
「あ、すいません。本題に入りましょうか」
そう言ってクレアは胸に手を当て、大きく深呼吸した。
なんだか無駄に堅苦しい。まるで受験の面接にでも臨みそうな雰囲気だ。
「樹さんは、以前私が現世と天界の関係について説明したのを覚えていますか?」
「神様は現世の管理者だって話か?」
「はい。天界は現世に存在する生命を始めとして、世界の誕生から終末までを管理しています。その管理者たる権能を使って、かつては多くの神々が地上の文明に介入していました。しかし、結果的に幾つもの星を破壊し、バランスを崩してしまったため、いつしか原則不介入のルールが定められたんです」
「管理者が世界を滅ぼすってどういうことだよ……」
「薄情に聞こえるかもしれませんが、天界にとって重要なのは、現世を形作るエネルギーです。生も死も、調和も混沌も、エネルギーの在り方の一つに過ぎません。仮に星が一つ滅んでも、神様にとっては不要な仕事が増えたくらいの感覚なんです」
不可侵のルールは現世側への温情なのか……。
規模が大きすぎて現実味がないけども、恐ろしいことだけは分かる。
「それでも、現世の文明が神様にとって興味深い娯楽であることは変わりません。そのため、不可侵のルールが定められた際、二つの例外が認められました」
「デラモテールと天使か」
「ご明察です」
話の流れがようやく見えてきた。
この長い前置きは、リアリティショーの成り立ちを説明していたのか。
「天界には様々な道具が存在しますが、地上に持ち込むことが許されているのは、デラモテールを始めとした運命の矢だけです」
デラモテールはパートナーを探す矢で、他にも恩師やライバルと引き合わせる矢も存在するらしい。
それらを総称して運命の矢と呼ぶらしい。
「一方、天使は天界の道具が使えなければ人と変わりません。影響力も小さいため、地上への往来が許されています。番組制作の仕事では、天界から降りてくる機会は滅多にありません。物語の真相を話す時と、問題が起きてサポートが必要になった時くらいです」
「ん?ちょっと待て。最後に不穏な単語が聞こえなかったか?」
慌てて制止した俺の腕を、クレアが逃がさないとばかりに抱え込んだ。
「ようやく本題です。なぜ物語の途中で真相を明かしてしまったのか?――その答えは、隆峰さんの物語でイレギュラーが発生してしまったからです。樹さんにはぜひ聞いていただきたかったので、興味を持ってもらえて嬉しいです」
クレアの笑みに頬が引き攣った。
目には追い詰められた獣のような光が浮かんでいる。
腕を引き抜こうとするが上手く固定されていて、びくともしない。
「気が変わった。聞きたくない。世の中には知らないほうが幸せなこともあるよな。神社だけに、知らぬが仏ってな!だから早く腕を放せ!」
「嫌ですっ!絶対放しません!あと、仏様は神社というよりお寺様です!」
左様でございますか。無知ですいませんね。
「とにかく放せ!俺は散々酷い目に遭ってきたんだ。これ以上天界の都合に振り回されるのは御免だ!」
「うっ。それを言われると、胸が痛いですけど……。で、でも私だって」
腕が抜けないなら、いっそ引きずってでも上がってやる。
「私、だって」
足を踏み出すと、体重差のおかげですんなり前進した。
よし、このまま坂を上りつつ、腕の力が緩むチャンスを逃さなければ――
「私だっで、どっでも大変だっだんでずよ!?」
「んん!?」
濁声に驚いて振り返ると、天使様がポロポロと大粒の涙をこぼしていた。
「私だって四年前、ド新人の十二歳で樹さんの物語を任されちゃったんですよ!? ただのラブコメのはずがおかしな事件ばかり起きるし、途中でデラモテールを抜かれちゃうしで、目が回りそうでしたっ! しかも、樹さんの物語が神様に大ウケしたせいで、五段飛ばしで出世させられて、中堅以上が請け負うはずのトラブル処理まで任されちゃったじゃないでずがぁ! 地上に降りてきた回数が少ない私にどうしろっていうんです!? 樹さん責任どっでぐだざいよぉ!」
いや、知らんがな……。
というかクレアは俺と同い年だったのか。
てっきり年上かと思ってた。人目を憚らない泣き喚きっぷりは、むしろ子供っぽいけれども。
これが噂のぴえん通り越してぎゃおんか。
違うか。色々違うな。
……まずい、頭が混乱してきた。
「あー、その、十二歳から仕事って天界も結構ブラックだな」
思ったことを適当に言ったら、クレアは強く首を振った。
「それは文化の違いです。天使には神様のサポートをする役割が生まれた時から決まっているので、働ける年から働いているだけです」
その選択の不自由さも含めてブラックな気もするが、所詮は外野の感想か。
天界には便利な道具もあるようだし、俺の価値観で口を挟むのは筋違いかもしれない。
「すまん。さっきの言葉は撤回するよ。気を悪くさせたなら申し訳ない」
素直に謝ると、クレアは組んでいた腕を緩めてくれた。が、代わりとばかりに手を掴まれた。
あの、放して?
「……八つ当たりして、ごめんなさい」
「お、おぉ」
か細い声で謝罪されてしまうと、いよいよ振りほどける空気ではない。
「分かった。ひとまず、そのイレギュラーとやらの内容を教えてくれないか?」
特大の溜息を呑み下して尋ねると、クレアは大きく頷いて、乱暴に涙を拭った。
「隆峰さんだけじゃないんです」
「ん?」
「樹さんたちの通う花崎高校には近々あとお二人、デラモテールが刺さっている方が転校してくる予定なんです」
「……念のために確認するが、そいつらは隆峰の物語の登場人物ではなく、それぞれが別の物語の主人公なのか?」
「はい」
そ、それは凄まじいな。主人公が三人、物語が三つ、つまり厄介事が三倍か。
……むしろ、掛け算で済めば御の字なのかもしれない。
複数の矢が、同時に運命を操作する状況が一番カオスで恐怖だ。
怪獣大戦争のごとく、お互いがお互いを潰し合うならともかく、発生したイベントが複雑に絡み合う可能性だって――。
ま、まさかね!考えすぎだよね!
ハ、ハハッ……、アハハハハハッ!
「大変だと思うけど頑張れよ!陰ながら応援してるから!」
俺は下手くそなウインクを投げて、戦略的撤退を図り、
「うわぁぁぁ!嫌でずぅ!見捨でないでぐだざいぃぃ!」
ギャン泣きする天使様に再度縋り付かれた。
いや、そんな修羅場を俺にどうしろと?
+ + + + +
その後、泣き喚く天使様をジュースとお菓子で宥め、俺はようやく帰宅の途に就いた。
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