01_07__物語の真相③
●【旧主人公】宇治上樹
隆峰の帰りを見届けた後、クレアの提案で、俺たちは
木の根に侵食された道はぬかるんでいたが、クレアは跳ねるように進んでいった。
「ここなら大丈夫そうですね!」
小さな御社に着くと、クレアは
予想通り人影はなく、一本道の終着点なので誰かが来てもすぐに分かる。
「それでは、隆峰さんに真相を明かした経緯についてお話ししたいと思います」
クレアはそう言って胸に手を当てると、大きく息を吐いた。
「樹さんは、以前私が現世と天界の関係について説明したのを覚えていますか?」
「ああ、神様は現世の管理者だって話だな」
「はい。天界は現世に存在する生命をはじめ、宇宙の誕生から終末までを管理しています。遥か昔――地球が誕生するより前の時代には、多くの神々が管理者の権能を用いて、現世に介入していたといいます。しかし、結果的に幾つもの星を破壊したため、いつしか原則不介入のルールが定められました」
「管理者が世界を滅ぼすってどういうことだよ……」
「薄情に聞こえるかもしれませんが、天界にとって重要なのは、現世を形作るエネルギーです。生も死も、調和も混沌も、エネルギーの在り方の一つに過ぎません。仮に星が一つ滅んでも、神様にとっては不要な仕事が増える程度の感覚なんです」
つまり、不可侵のルールは現世側への温情なのか……。
規模が大きすぎて現実味が無いが、恐ろしいことだけは分かる。
「しかし、神様にとって、現世の文明が興味深い娯楽であることは今も昔も変わりません。そのため、不可侵のルールが定められた際、二つの例外が認められました」
「デラモテールと天使か」
「ご明察です」
話の流れがようやく見えてきた。
この前置きは、リアリティショーの成り立ちを説明していたのか。
「天界には様々な道具が存在しますが、地上に持ち込むことが許されているのは、デラモテールを含む運命の矢だけです」
デラモテールはパートナーを引き寄せる矢で、他にも恩師やライバルを探す矢も存在する。
それらを総称して運命の矢と呼ぶらしい。
「一方で、天使は天界の道具が使えなければ人と変わらないため、地上への往来が許されています。通常、番組制作では天界から降りてくる機会は滅多にありません。大抵は物語の真相を話す時と、問題が起きてサポートが必要になった時だけです」
「ん? ちょっと待て。最後に不穏な単語が聞こえなかったか?」
慌てて制止した俺の腕を、クレアが逃がさないとばかりに抱え込んだ。
「ようやく本題です。なぜ物語の途中で真相を明かしてしまったのか?――その答えは、隆峰さんの物語でイレギュラーが発生したからです。樹さんにはぜひ詳細を聞いていただたかったので、興味を持ってもらえて嬉しいです」
クレアの笑みに頬が引き攣った。
青い瞳には追い詰められた獣のような光が浮かんでいる。
腕を引き抜こうとするが、上手く固定されていて、びくともしない。
「気が変わった。やっぱり聞きたくない。世の中には知らないほうが幸せなこともあるよな。神社だけに、知らぬが仏ってな! だから早く腕を放せ!」
「嫌ですっ! 絶対放しません! あと、仏様は神社ではなくお寺様です!」
左様でございますか。無知ですいませんね。
「とにかく放せ! 俺は散々酷い目に遭ってきたんだ。これ以上天界の都合に振り回されるのは
「うっ。それを言われると、胸が痛いですけど……。で、でも私だって」
腕が抜けないなら、引きずってでも上がってやる。
「私、だって」
足に力を込めると、体重差のおかげですんなり前進した。
よし、このまま坂を上りつつ、腕の力が緩むチャンスさえ逃さなければ、
「私だっで、どっでも大変だっだんでずよ!?」
「んん!?」
「私だって四年前、ド新人の十二歳で樹さんの物語を任されちゃったんですよ!? ただのラブコメのはずが、おかしな事件ばかり起きるし、途中でデラモテールを抜かれちゃって、大変でしたっ! オマケに樹さんの物語が神様に大ウケしたせいで、五段飛ばしで出世させられて、ベテランが請け負うトラブル処理まで任されちゃったじゃないでずがぁ! 地上に降りてきた経験が少ない私にどうしろっていうんです!? 樹さん責任どっでぐだざいよぉ!」
いや、知らんがな……。
というかクレアは年下だったのか。
大人っぽい容姿だし、てっきり年上かと思ってた。
人目を憚らない泣き方は、むしろ子供っぽいけれども。
コレがぴえん通り越してぎゃおんか。違うか。色々違うな。
……まずい。頭が混乱してきた。
「あー、その、十二歳から仕事って、天界も結構ブラックだな」
思い浮かんだことを適当に言ったら、クレアは強く首を振った。
「それは文化の違いです。天使は生まれた時から役割が決まっているので、働ける年から働いているだけです」
その選択肢の無さもブラックに感じるが、所詮は人間の意見か。
天界には人知の及ばない道具もあるようだし、部外者が口を挟むのは筋違いかもしれない。
「すまん。さっきの言葉は撤回するよ。気を悪くさせたなら申し訳ない」
素直に謝ると、クレアは組んでいた腕を緩めてくれた。が、代わりとばかりに手を掴まれる。
「……八つ当たりして、ごめんなさい」
「お、おぉ」
か細い声で謝罪されてしまうと、いよいよ振りほどける空気ではない。
俺は特大の溜息を飲み下して尋ねた。
「分かった。ひとまず、そのイレギュラーとやらの内容を教えてくれないか?」
クレアは大きく頷くと、左手で勢いよく涙を拭った。
「隆峰さんだけじゃないんです」
「ん?」
「樹さんたちの通う花崎高校には、近々あと二人――デラモテールが刺さっている方が転校してくる予定なんです」
「……念のために確認するが、そいつらは隆峰の物語の登場人物ではなく、それぞれが別の物語の主人公なのか?」
「はい」
そ、それは凄いな……。
主人公が三人、物語が三つ、つまり厄介事が三倍か。
いや、もしかしたら、単純な掛け算では済まないのかもしれない。
複数の矢が、同時に運命を操作する状況が一番の恐怖だ。
怪獣大戦争のごとく、お互いがお互いを潰し合うならともかく、発生したイベントが複雑に絡み合う可能性だってある、のか?
ま、まさかね! 考えすぎだよね!
ハ、ハハッ……、アハハハハハッ!
「大変だと思うけど頑張れよ! 俺も陰ながら応援してるから!」
俺は下手くそなウインクを投げて、撤退を図り、
「うわぁぁぁ! 嫌でずぅ! 見捨でないでぐだざいぃぃ!」
ギャン泣きする天使様に再度縋り付かれた。
いや、そんな修羅場を俺にどうしろと?
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