01_06__物語の真相②

●【旧主人公】宇治上樹 


 夕焼けで西の空が赤く染まり、境内の明かりも点き始めた。

 一度に詰め込んでも整理しきれないだろうし、今日は要点を絞って話すか。


 俺は頭の中で情報を整理しながら、咳ばらいを一つ挟んだ。


「先程も話した通り、隆峰はリアリティショーの主人公として見世物にされている。日常を覗き見されるだけなら、気分は悪くても実質的には無害だ。だが、神様のリアリティショーでは、デラモテールと呼ばれる道具が主人公の生活に干渉してくる」


「でらもてーる?」


 隆峰が小さく呟いて首を傾げた。

 俺の時と違って、実物がないから名前だけ聞いてもイメージ出来ないか。


「天界には人知の及ばない道具がたくさんあるらしい。デラモテールもその一つで、端的に言えば、『運命を操る全自動ラブコメメイカー』だ」

「らぶこめめいかー……」


 非常識な内容だから仕方ないけど、隆峰がオウム返しするボットみたいになってるな……。


「デラモテールがリアリティショーで果たす役割は大きく分けて二つある。一つは主人公と相性のいいパートナーを探し、引き合わせること。物語風に言えばヒロインだな」


「えっ。そのお相手はいわゆる運命の人ですか?」


「いや、ヒロインは複数いる場合が多いから、そんな大袈裟に捉えなくていい。神様のマッチングアプリでお勧めされた女性とでも考えれば十分だ」


「その例えだと途端に俗っぽく聞こえますね……」


 不満があるなら、古風に『お見合い』でもいいけどな。



「パートナー探し以外にも、デラモテールにはもう一つ役割がある。それがショーの最中にイベントを起こすことだ」

「イベント?……あ、もしかしてそのイベントって」


「そう。コレが隆峰の周囲で起きているの正体だ。人間が作るリアリティショーでも、番組内で企画や制限を用意するだろ? イベントを通して出演者たちの人間性が垣間見え、お互いの関係がどう変化するか――その過程がショーの醍醐味だからな。いわば人間ドラマを促す起爆剤だ」


「えぇ、そんな傍迷惑な……」


 全くもって同感だ。


「俺の物語でも、特定の女子と何度も隣の席になる些細な偶然から、冬の山小屋に二人きりで閉じ込められるハードな事故まで色々あった」


「後半は冗談で済まない気がしますけど……」


「あぁ、当時は死を覚悟したよ。小屋には少しだけ灯油が残っていて、夜が明けるか先に燃料が尽きるかのチキンレースだった。ふふふ。笑えるだろ?」


「……ノーコメントでお願いします」


 まずい。少し剣呑な目つきになっていたかもしれない。

 露骨に視線を逸らされてしまった。


「ちなみに、神様のリアリティショーには筋書きが存在しない。デラモテールは決められたロジックに従ってイベントを起こす機械で、意思も感情も持っていない。だから、無理やり特定のヒロインとくっつけられたり、バッドエンドを強制されたりもしない」


「全ては自分の行動次第、ということですね」


「その通りだ。世の偉人たちが言うように、結局『人生の脚本を描くのは自分自身』。デラモテールの干渉を除けば、主人公なんてスポットライトを当てられた一般人に過ぎない」


 取り急ぎ話しておきたい内容を伝え、俺は小さく息を吐いた。

 日はすっかり暮れ、木々の隙間から藍色の空がのぞいている。


「今日はこれくらいにしておくか。繰り返しになるが、信じるも信じないも隆峰の自由だ」

「はい。今日は色々とありがとうございました」


「ん。それじゃあ、気をつけて帰れよ」


 俺が手を振ると、隆峰は小首を傾げた。


「お二人はまだ帰らないんですか?」

「俺はクレアともう少し話しておきたいことがあってな」


「そう、ですか。……あの、先程の話が本当なら、クレアさんは制作側の方ですよね。一緒にいて大丈夫ですか?」

「うっ……」


 訝しげな視線にクレアがたじろいだ。

 何か弁解するかと思ったが、黙って不信の眼差しを受け止めている。


 仕方ないので、俺は隆峰の肩に手を置き、天使様に聞こえないよう声を落とした。


「隆峰の心配は分かる。ただ、本人曰く、今回はお前のサポートに来ているそうだから、しばらく様子を見るのが得策だと思うぞ」


「……確かに、今のところは宇治上さんの情報を教えてもらっただけですからね」


「リアリティショーについて一番詳しいのはクレアだし、目的が本当ならせいぜい協力してもらおう」


 そのサポートがどれだけ役に立ったとしても、マッチポンプ感は否めないが……。


「正直、中学時代に俺としては、思うところもあるけどな」

「ヒッ! う、宇治上さん、また目が怖くなってますよ。気持ちは分かりますけど、暴力は絶対にダメですからね」


 俺は急に心配しだした後輩を微笑ましく思いながら親指を立てた。


「安心しろ!証拠は残さない」


「なんでその言葉で安心できると思うんですか!? まさか人里離れた山奥に埋めようとか考えてませんよね!? ちょっとぉ!? どうして笑顔のまま目を逸らすんですか! 本当に怖いですよ!?」


「冗談だって。心配しすぎだ」


 しっしっと追い払うと、隆峰は何度も振り返りつつ、参道を下りて行った。


 俺ってば全然信用無いな。

 信用を得る要素が現状一つもないから当たり前だけど。

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