01_05__物語の真相①

●【旧主人公】宇治上樹


 案内されてやってきたのは、観光地としても有名な岩戸部神社だった。


 先日クレアはこの場所で隆峰に接触したらしい。

「神社でアルバイトをしている外国人留学生の設定で押し通しました!」


 天使様がドヤ顔で胸を張ると、金色の髪も元気よく跳ねる。


「隆峰はよくそんな設定を信じて、初対面の相手に悩みごとを打ち明けたな」

「当時、隆峰さんは不運が続いたことで、お祓いをしてもらいに来ていたので……」


 成る程、困ったときの神頼みか。

 相談に来るような感覚だったら、口が軽くなるのも理解できる。


「改めて確認するが、本当に物語の真相をバラしていいんだな?」

「はい。上司の許可も貰っているので大丈夫です。特例となった経緯は追々説明させてください」


「了解。……俺が話したところで信じてもらえるかは分からんけどな」

「現世の方にとっては突拍子もない話ですからね……。信じてもらえなければ仕方ありません。少なくとも、樹さんなら私より上手く説明出来るはずですから」


 手を合わせて頼み込んでくるクレアに肩を竦めた。

 思い返してみれば、一年前に聞かされた説明はお世辞にも上手いとは言えなかった。

 天界由来の独特な表現も混じっていて、何度も聞き返した覚えがある。



 高木が並ぶ森のような境内を歩いていくと、一際大きな御神木の前に隆峰が立っていた。

 俺たちに気付いて、安堵の表情が浮かぶ。


「良かった。本当に二人はお知り合いなんですね」


「はい、とっても仲良しです!」

 クレアが腕を組んでしれっと嘘を吐いたので、即刻振りほどいた。


「ひどいですっ!空気を読んで合わせてくださいよ」

「仲良しアピールに何の意味が?」


「それは――あれ?特にありませんね」

「よし。気付いたなら大人しくしていなさい。あとで好きなジュースを一本買ってあげるから」

「私、駄々を捏ねる子供扱いされてませんか!?」


 手が掛かるという意味では同じだろ。

 隆峰も微笑ましそうに俺たちを見るな。



「のんびりしていると日が暮れるから、さっさと本題に入ろう。昼休みは事情があって話せなかったが、俺たちは隆峰が巻き込まれているトラブルの原因を知っている」


「え!?本当ですか?」

 身を乗り出してきた隆峰を手で制し、参拝客の邪魔にならないよう参道の外に移動した。


「まず、隆峰はこんなタイトルの映画を知ってるか?」


 そう言って、俺はとある名作の名前を告げた。


「その映画なら子供の頃に祖父と見ました。小さな島で暮らす主人公が、ある日、自分の生活がテレビ番組として世界に配信されていると気付く物語ですね。基本はコメディでしたけど、見た当時は怖かった覚えがあります。家族を含め島民全員が役者さんで、生活を番組スタッフにコントロールされる上に、四六時中カメラで撮られている、なんて……」


 隆峰の言葉が段々と尻すぼみになっていく。


「……もしかして、宇治上さんは僕がその主人公と同じだと言いたいんですか?」

「全てが同じとは言わないが、要点は一緒だ。隆峰は今、リアリティショーの主人公として見世物にされている」


「え……。冗談、ですよね? だ、だって、あの映画はあくまでSFですよ。現実に再現できるはずありません。例えば、僕の生活圏内にカメラを取り付けるだけでも、かなりの費用が掛かるはずです。それに、僕の行動を操作しようとする人にも心当たりはありません」


「勢いよく反論する割には、顔色が悪いな」

「っ……」


「お前だって一連のトラブルが仕組まれたものかもしれないと、一度くらいは疑ったはずだ」

「それは、……はい」


 世の中には素人を相手にしたドッキリ番組があり、犯罪じみた迷惑な動画投稿者もいる。

 同じ経験をしていた身としては、被害妄想だとは思わない。


「もちろん隆峰の反論は間違っていない。技術的な課題に加えて、倫理的な問題だってある。出演者の同意を得ない撮影なんてただの盗撮だ。もしそんな番組が存在するとしたら、制作者も視聴者も真っ当な人間じゃない」


「そ、それじゃあ、非合法な組織の仕業ですか?」


 青い顔で尋ねてくる隆峰に、首を振って応えた。


「違う。そもそも人間じゃない」

「人間じゃない人ですか…………。え?人間じゃない、人?……人でなし?」


 うん。混乱するのも分かるけど、落ち着こうね?


「このリアリティショーに関わっているのは人間を超越した存在。つまり神様だ」

「……ほぇ?」


 イケメンに似合わない素っ頓狂な声を無視し、俺は両腕を広げた。


「神の御業みわざをもってすれば、あらゆる問題に説明がつく。想像してみてくれ。天上から全てを見通す目があれば、いちいちカメラを設置する必要なんてないじゃないか!」

「う、う~ん……」


「運命を操る力があれば、小道具や仕掛け人に頼らなくても、ショーにふさわしい舞台を整えられる!」

「えぇ……?」


「発想の根本を変えれば新しい視点が生まれてくる。これぞコペルニクス的回転だな!」

「本末転倒の間違いでは!?」


 勢いで押し切ろうとする俺に、至極真っ当なツッコミが返ってきた。

 当然、今は無視だ。


「ちなみに、ここにいるクレアも人間ではなく天使で、神様向けの番組を作っている制作者の一人だ」

「えへへ」


 謎の照れ笑いを浮かべる天使様を見て、隆峰は『貴女もですか……』と言わんばかりに顔を歪めた。



「…………もう一度聞きますけど、冗談ではないですよね?」

「ああ」


「今の説明が僕へのドッキリとか」

「違う」


「それじゃあ、宇治上さんは本気で神様や天使が存在していて、僕の生活をショーとして楽しんでいると?」

「そうだ」


「……正気ですか?」

「正気です」


 ちょっとちょっと悪ノリした自覚はあるけど。

「だからその携帯電話は降ろしてください」


 震える指で119を押そうとしないでください。

 頭のお医者さんは不要です。


 懸命な説得で、隆峰はスマホをしまってくれたが、その表情は硬い。


「自分で言っておいてなんだが、信じられない気持ちはよく分かる。ただ、この先も荒唐無稽な話が続くから、時間の無駄だと思うならここで切り上げてもいい」


 隆峰の反応はいたって正常だ。

 俺だって、三途の川でクレアと会っていなければ、中々信じられなかったと思う。


 下手に粘って心証を悪くするくらいなら、潔く引き下がるのがお互いのためだ。


 参拝客の往来を眺めながら気長に待っていると、隆峰は顔を赤らめながら口を開いた。


「正直なところ、おかしなトラブルが続いているので、完全に否定できない気持ちはあります。……僕自身が超常現象のせいにしたいだけかもしれませんけど」


 素直な言葉に少し笑ってしまった。


 確かに超常現象というパワーワードは魅力的だろう。

 考えるだけ無駄と諦められるし、人智を超えた力に抗えるはずがないと自分を正当化できる。


 わざわざ本音を吐露して恥じ入るとは、なんとも不器用な性格だ。


「隆峰は難しく考えすぎじゃないか? ひとまず話を聞いて、信じられなければただの妄言と切り捨てればいい。それに、原因を知っただけで何かが劇的に変わるはずもない。俺の話を信じても信じなくても、トラブルは起き続けるはずだ」


「……探し求めていた答えが見つかったのに、何も変わらないと言われるのは複雑ですね」


 苦笑いではあったが、固くなっていた表情が緩んだ。


「少し気を張りすぎていたかもしれません。宇治上さんが僕と同じ経験をしていた点は疑っていませんし、ぜひ続きを聞かせてください」


 律儀な後輩主人公は、そう言って頭を下げた。

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