01_03__旧主人公と新主人公

●【旧主人公】宇治上樹


「裏切ったな坂巻……!」


 浮かれた気分で迎えた昼休み。

 俺は食堂のテラス席に拳を叩きつけた。


「純情なぼっちの期待をもてあそんで楽しいか!? この人でなしめ!」


「えー、裏切ったなんて人聞きの悪いことを言わないでほしいなぁ。寂しい親友のために、同じテニス部の後輩まで連れてきてあげたのにさぁ」


 そのが問題なんだろうが!


 本人の前で、その一言を堪えた俺を褒めてほしい。

 なにせ坂巻が連れてきたのは、あろうことか今朝見かけた主人公だったのだ。


「坂巻先輩、僕が来ることを宇治上さんに伝えていなかったんですか?」

「うん。樹を驚かそうと思って」

「えぇ……。驚くよりも怒っていらっしゃるような」


 主人公君も戸惑いを隠せないらしく、俺と坂巻の間で何度も視線を往復させている。

 その動揺ぶりを見て、坂巻への罵詈雑言ばりぞうごんは飲みこんだ。


「……とりあえず、昼飯を食べてもいい?」

「あ、はい。僕もいただきます」


 そう言って主人公君が取り出したのは、見覚えのあるロゴが印刷された袋だった。

 人気店のパンを平日に食べられるとは羨ましいかぎりだ。



「今日は突然お呼びしてすいません。僕は一年一組の隆峰たかみねそらといいます。坂巻先輩には、以前から『宇治上さんを紹介してほしい』と頼んでいたんです」


 場を仕切り直すように主人公――もとい隆峰が名乗った。


「名乗る必要はないかもだけど、俺は一年七組の宇治上樹。同じ一年生だし敬語は必要ないから」

「いえいえ、同学年とはいえ、宇治上さんは年上ですから」


 お前もかい……。


「話しやすいならそのままでも構わないが、俺は敬称無しで呼ばせてもらっていいか?」

「もちろんです」


 簡単な挨拶を終え、俺は改めて正面の後輩主人公を眺めた。


「……街でも滅多に見かけないレベルのイケメンだな」

「あ、ありがとうございます」


 隆峰も慣れているのだろう。

 困った顔をしながらも、下手な謙遜はしなかった。

 その控えめな反応には好感が湧き、自然と頬が緩んだ。


「爆ぜればいいのに」

「優しい笑顔で突然の罵倒!?」


「気にしなくていいよ。樹はイケメンを前にすると、毒を吐いちゃう難病を患っているだけだから」


「そ、そうですか。でも、正直に言うと、僕は自分の容姿があまり好きではないんです。背は低いし線も細いので、女性に間違われることが多くて……」


「まぁ、誰にでも悩みくらいあるよな」


 どれだけ容姿が整っていても、自分に自信が持てるかどうかは別問題だ。それを他人が贅沢な悩みだと切り捨てるのは失礼だろう。

「でも、爆ぜろ」

「えぇ……」


 男の嫉妬は醜いものである。ソースは俺。


「はいはい。イケメン談義はそれくらいにしないと、無駄話で昼休みが終わっちゃうよ? 隆峰君は次の授業のために、早めに戻らなきゃいけないんでしょ?」


「あ、もうこんな時間ですね!」


 隆峰は残りのパンを口に詰め込むと、背筋を伸ばして深呼吸した。


「本題へ入る前に、一つ確認させてください。宇治上さんが以前、ラブコメみたいなトラブルに巻き込まれていたって噂は本当ですか?」


「……ラブコメかは知らんが、俺の周囲で色々な騒動が起きたのは事実だ」


「! やっぱり噂は本当だったんですね!? 実は僕も同じ現象に悩まされているんです! どうかこの謎現象を乗り切るコツを教えてもらえませんか!?」


 うん。知ってた。


 見ず知らずの俺に会いに来る理由なんて、他に無いよな。

 俺だって、中学時代に同じ境遇の人がいたら、間違いなく会いに行ったはずだ。


「でも、俺の噂なんて悪評ばかりだっただろ。よく俺を頼ろうと思ったな?」


「え? 僕が聞いた話だと、宇治上さんは頼もしいヒーローのような印象でしたよ。『努力と機転で逆境を跳ね返し、仲間と数々のトラブルを解決した』と」

「なんだそれ……」


 当時は『無能なハーレム野郎』とか呼ばれていたのに、美化されすぎだろ。


「ちなみに、その噂は誰から聞いたんだ?」

「それは、本人から口止めされていまして……」


「は? 噂ひとつで口止めとは、随分大袈裟だな?」

「そうかもしれませんが、約束を破るわけには行きませんから」


 ……何やら胡散臭い人物が出てきたな。

 わざわざ口止めするなんて、疾しいことがあると言っているようなものだろ。


 それを素直に伝えてしまう隆峰も、素直というか、考えが足りないというか……。

 まぁ、誰が何を企んでいようと、どうせ俺の返事は変わらない。


「期待してくれているところ申し訳ないが、隆峰が聞いた武勇伝は出鱈目だ。俺に噂で語られるような実力は無い」

「え。でも、クラスメイトも似たような噂を知っていましたよ」


「それは色々な騒動に巻き込まれていた部分の話だろ。俺がどんな活躍をしたかなんて、詳しく聞きこまなかったんじゃないか?」

「……言われてみると、そうだったかもしれません」


 隆峰が間違いに気付けなかったのも仕方ない。


 もし詳細を話していたとしても、当時の様子を見ていない連中に真偽の判別は出来ない。

 せいぜい新しい噂として鵜呑うのみにされるのが関の山だ。


「噂は独り歩きするから、出鱈目な内容が追加されてもおかしくはない。だが、噂を吹き込んだ張本人が正体を隠そうとしているなら話は別だ。そいつ自身が悪意を持って捏造した可能性だって疑いたくなる」


「そんなことは――」

「『ない』と本当に言い切れるか? 仮に話を面白く誇張しただけだったとしても、名前を伏せるくらいには後ろ暗い気持ちがあったはずだ」


 考える暇を与えず、たたみかけると、隆峰はぐっと言葉を詰まらせた。


「怪しい奴が陰でうろついている限り、悪いが隆峰に協力することは出来ない。当時の話を捻じ曲げられて吹聴されても困るからな」


「…………分かりました。宇治上さんの懸念はもっともだと思います。突然現れて無茶なお願いをしてしまってすいません」


 隆峰は思いのほかあっさりと引き下がってくれた。が、気落ちした様子は隠しきれてない。

 気まずくなって視線を逸らすと、携帯電話のアラームが鳴った。


「そろそろ時間みたいだね」

「はい。すいませんが、お先に失礼します。今日はお時間を頂いてありがとうございました」


 隆峰は丁寧に頭を下げると、食堂の扉をくぐっていった。


「お疲れ様」


 厄介ネタを持ち込んだ張本人に労われても嬉しくねぇ。


「結局、坂巻は何がしたかったんだよ」


「僕はただ、可愛い後輩の頼みに応えただけさ。これでも隆峰君が先走らないように今日まで抑えていてあげたんだよ? 過去の騒動は樹にとってトラウマの地雷原だからさ」


「その気遣いは助かるけど、呼ぶなら呼ぶで、事前に教えておいてくれよ」

「えー。そんなことをしたら、樹の面白いリアクションが見られなくなるじゃないか」


 コレで親友だと言い張るとは、厚かましい野郎だ。


「それにしても、隆峰君は誰から噂を聞いたのかな? 彼は県外から引っ越してきたばかりで、まだ知り合いはほとんどいないはずだけど」


「さあな。単純に考えれば、俺たちと同じ明瀬中学の出身者じゃないか?」


「……さっきまで問題視していた割には興味なさそうだね。薄々気付いていたけど、噂の出所なんて大して気にしてないでしょ」


 やっぱり、坂巻にはばれてたか。

 俺がそっと視線を逸らすと、坂巻は苦笑いを零した。


「樹が他人の物語に関わりたくないと思っているのは分かるし、隆峰君に協力する義理なんて無いと僕も思う。ただ、隆峰君は頼るアテも少ないからさ。もし気が向いたら、先輩として愚痴くらい聞いてあげてよ」


「気が向いたら、ねぇ」


 オウム返しに呟きながら、俺は冷めた唐揚げを口に放り込んだ。



 + + + + +



「ただいまー」


 台所のドアを開けると、叔母のマナさんが頬杖を突いてカタログを眺めていた。


「おかえり。帰ってきたばかりだったのに、買い物を頼んじゃって悪いわね」

「いいよ。着替える前だったし」


 頼まれていたプリンを差し出すと、マナさんは「ありがてぇ、ありがてぇ」と飛びついた。


「そういえば、さっき兄さんから電話が掛かってきてたわよ」

「へぇ。父さん何か言ってた?」

「うん、…………なんか、元気よく喋ってた」


 残念ながら父の話は聞き流されてしまったらしい。

 心配するような連絡はなかったと、前向きに捉えておこう。


いて言うなら、最近樹が電話に出ないから、『避けられているかも』って半ベソをかいていたわね」


「掛けてくるタイミングが悪いだけで、避けているつもりはないけど」

「兄さんは昔から、不思議なくらい間が悪いのよねぇ」


 カラカラ笑うマナさんを横目に時計を見ると、時刻はちょうど十七時を回ったところだった。

 父の出張先は夜中だし、掛け直すのはまた今度でいいか。


「ねぇ、今日学校で何かあったの?」

「ん? 何の話?」


「ふふん。ごまかしても無駄よ。帰ってきてからずっと考え事をしてるじゃない。買い物に率先して行ったのも、体を動かしていると落ち着くからでしょ?」


「別に、父さんが本格的に拗ね始めたら面倒臭いなぁと思って」

「いやいや、電話が掛かってくる前から様子がおかしかったでしょ。兄さんが面倒臭いのは事実だけど」


 ぐっ。誤魔化されてくれないか。

 俺が苦い顔をするのも意に介さず、マナさんはしつこく絡んでくる。


「ほらほら、悩み事があるなら代理保護者の愛海まなみお姉さんに打ち明けてみなさいよ」


「いつもは怪我もトラウマも『時間がたてば治る』で済ますのに、急にどうしたのさ。暇なの?」

「うん。暇」


 悪びれもせず言い切りやがった。


 マナさんは仕事が半分趣味なので、突発的な有給消化はさぞ退屈だろう。

 だからといって、甥っ子で遊ばないでもらいたい。


【ピンポーン】


「お。誰か来たみたい。ちょっと出てくる」

「ちっ」


 マナさんの舌打ちを華麗にかわし、俺はインターホンのあるリビングにまわった。

 誰だか知らないが助かった。


 今ならつまらないセールストークも、仏の心で聞き流せそうだ。


 俺は鼻歌まじりで、通話ボタンを押し、

『来ちゃいましたっ!』


 満面の笑顔を浮かべる天使様――クレア・パーカーが映っていたので、終了ボタンを強打した。

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