01_03__旧主人公と新主人公②

●【旧主人公】宇治上樹


「裏切ったな坂巻……!」

 浮かれた気分で迎えた昼休み。食堂のテラス席で俺は拳をテーブルに叩きつけた。


「純情なぼっちの期待を弄んで楽しいか!? この人でなしめ!」

「えー、裏切っただなんて人聞きの悪いこと言わないでほしいなぁ。一人寂しい親友のために、テニス部の後輩まで連れてきてあげたのにさぁ」


 そのツレが問題なんだろうが……!

 本人を前に、その一言を堪えた俺を誰か褒めてほしい。


 なにせ坂巻が連れてきたのは、よりにもよって今朝見かけた主人公らしき一年生だったのだ。


「坂巻先輩、僕が来ることを宇治上さんに伝えていなかったんですか?」

「うん。樹を驚かそうと思って」

「えぇ……。驚くよりも怒っていらっしゃるような」


 主人公君も戸惑いを隠せないらしく、俺と坂巻の間で何度も視線を往復させている。

 その動揺振りを見て、坂巻への罵詈雑言は呑み込んだ。


「ハァ……。とりあえず、昼飯食べてもいい?」

「あ、はい。僕もいただきます」


 そう言って主人公君が取り出したのは、見覚えのあるロゴが印刷された袋だった。

 人気店のパンを平日の昼間に食べられるとは羨ましいかぎりだ。



「今日は突然お呼び立てしてすいません。僕は一年一組の隆峰宙といいます。坂巻先輩には、僕から『宇治上さんを紹介してほしい』と頼んでいたんです」


 全員が口をつけ始めたところで、主人公――改め、隆峰が名乗った。


「既に色々と聞いてるかもしれないけど、俺は一年七組の宇治上樹。同級生だし敬語は必要ないから」

「いえいえ、同級生とはいえ年上ですから」


 お前もかい……。別にため口を強要するつもりはないが、さすがに泣けてくる。


「……話しやすい方法で構わないが、俺は敬称なしで呼ばせてもらっていいか?」

「もちろんです」


 簡単な挨拶を終え、改めて正面の後輩主人公を見た。


「ホントに、街でも中々見かけないレベルのイケメンだな」

「あ、ありがとうございます」


 隆峰も言われ慣れているのだろう。困った顔をしながらも下手な謙遜はしなかった。

 その控えめな反応には好感が湧き、自然と頬が緩んだ。


「爆ぜればいいのに」

「優しい笑顔で突然の罵倒!?」


「気にしなくていいよ。樹はイケメンを前にすると毒を吐いちゃう難病を患っているだけだから」


「そ、そうですか。でも、ここだけの話、僕はあまり自分の容姿が好きではなくて……。同級生と比べても背が低くて子供っぽい印象ですから」


「まぁ、誰にでも悩みくらいあるよな」


 顔が顔が整っていても、自分に自信が持てるかどうかは別問題だ。

 それを贅沢な悩みと断じるのは失礼だろう。


「でも爆ぜろ」

「えぇ……」


「はいはい。イケメン談義はそれくらいにして先へ進まないと、昼休みが終わっちゃうよ。隆峰君は次の授業のために、早めに戻らなきゃいけないんでしょ?」

「すいません。もうこんな時間ですね」


 隆峰は慌ててパンの袋を片付けると、居住まいを正した。


「本題へ入る前に、ひとつ確認させてください。宇治上さんが中学生の頃、ラブコメみたいなトラブルに巻き込まれていたって噂は本当ですか?」

 ……やっぱり、昔の噂を聞いて来たのか。

 面識のない俺に会いに来る理由なんて、それくらいしかないからな。


 誤魔化したい気持ちを押し殺して頷くと――


「実は、僕も同じ現象に悩まされているんです!この謎現象を乗り切るコツをどうか教えてくれませんか!?」

「お、おぉ……」


 隆峰は物凄い勢いで身を乗り出してきた。

 現在の窮状を察せられる必死さだ。


 まぁ、同じ経験をしてきた身としては理解できる。

 今朝みたいなトラブルに巻き込まれていたら、命が幾つあっても足りない。


「でも、昔の噂を聞いて、よく俺を頼ろうと思ったな」

「え?僕が聞いた話だと、宇治上さんは頼もしいヒーローのような印象でしたよ。『努力と機転で逆境を跳ね返し、仲間と協力して数々のトラブルを解決した』と」

「なんだそれ……」


 美化されすぎだろ。

 当時はハーレム詐欺師だの変態腰巾着だのと散々な言われようだったのに。


「ちなみに、その噂って誰から聞いた?」

「それは、本人から口止めされていまして……」


「噂一つで口止めとは大袈裟だな」

「そうかもしれませんが、約束を破るわけにはいきませんから」

 ……なにやら話がきな臭くなってきた。


 噂を吹き込んだ人物は、俺をヒーローに仕立て上げて何がしたいんだ?

 善意の助言、とは少々考えづらい。

 なにせ俺に噂で謳われるような実力はない。


 中学時代も、右往左往するばかりでほとんど役に立たなかった。

 むしろ、慌てふためいた挙句に事態を悪化させた前科まである。


 ハハッ!ホントにクソの役にも立たねぇファ〇キン・チキンだぜ!

 ……泣きそう。


 これ以上思い出すと、口から胃酸がコンニチハしそうなので止めておこう。



「期待を裏切って悪いが、隆峰が聞いた武勇伝は出鱈目だ」

「でも、クラスメイトも似たような噂を知っていましたよ」


「それはラブコメみたいな騒動に巻き込まれていた部分だろ。俺がどんな活躍をしたかなんて、詳細まで聞きこまなかったんじゃないか?」

「……言われてみると、そうだったかもしれません」


 隆峰が間違いに気付けなかったのも仕方ない。

 もし詳細を話していたとしても、当時の様子を見ていない連中に真偽の判別は出来ない。

 せいぜい新しい噂の一つとして鵜吞みにされるだけだ。


「噂は独り歩きするから、出鱈目な内容が追加されてもおかしくはない。だが、噂を吹き込んだ張本人が正体を隠そうとしているなら話は別だ。そいつ自身が悪意を持って捏造した可能性だって疑いたくなる」


「そんなことは――」

「『ない』と本当に言い切れるか? 仮に話を面白おかしく誇張しただけだったとしても、名前を伏せるくらいには後ろ暗い気持ちはあったはずだ」


 隆峰は否定しきれなかったのか、ぐっと言葉に詰まった。


「怪しい奴が後でうろついている以上、悪いが協力は出来ない」

「…………分かりました。宇治上さんの懸念はもっともだと思います。会って早々に、無茶なお願いをしてすいません」


 思いのほかあっさりと引き下がってくれたが、気落ちした様子は隠しきれてない。

 気まずくなって視線を逸らすと、携帯電話のアラームが鳴った。


「そろそろ時間みたいだね」

「はい。すいませんが、お先に失礼します。今日はお時間を頂いてありがとうございました」


 隆峰は丁寧に頭を下げると、食堂の扉をくぐった。

 その後ろ姿が完全に見えなくなると、我慢していた溜息が零れた。


「お疲れ様」

 厄介ネタを持ち込んだ張本人に労われても嬉しくない。


「坂巻は何がしたかったんだよ」

「さっきも話した通り、僕は可愛い後輩の頼みに応えただけさ」


「それなら話を持ち掛けられた時点で断ってくれよ。俺が協力しないことくらい分かるだろ」

「確かに結果は分かっていたけど、僕が代わりに断ったくらいで、隆峰君が諦めると思う?」


「……無理だろうな」


 今の隆峰は藁にでも縋りたい気分だろう。

 俺だって中学時代に同じ噂を耳にしたら間違いなく会いに行っていた。


 坂巻の言い分に納得し、矛を収めかけたところで、論点が若干ずれていることに気付いた。


「いや、呼ぶなら呼ぶで、事前に教えておいてくれよ」

「え!?そんなことをしたら、樹の面白いリアクションが見られなくなるじゃないか!」


 コレで親友だと言い張る厚かましさが羨ましい。



「それにしても、隆峰君は誰から噂を聞いたのかな? 彼は中学まで別の県に住んでいたそうだから、まだ知り合いはほとんどいないはずだけど」


「さあな。単純に考えれば、俺たちと同じ中学の出身者じゃないか?」


「……さっきまで問題視していた割には興味なさそうだね。薄々気付いていたけど、噂の出所なんて大して気にしてないでしょ」

 あ、しまった。


 俺が固まると、坂巻は呆れたように笑った。


「樹がもうに関わりたくないと思っているのは分かるし、協力する義理なんてないと僕も思う。でも、隆峰君は頼るアテも少ないからさ、気が向いたら愚痴くらい聞いてあげてよ」


「……気が向いたら、ねぇ」

 視線を上げると、綺麗な青空が、無機質な張りぼてに見えてきてげんなりした。



 + + + + +



「ただいまー」

 台所のドアを開けると、叔母のマナさんが頬杖を突いてカタログを眺めていた。


「おかえり。帰ってきたばかりだったのに買い物を頼んじゃって悪いわね」

「いいよ。着替える前だったし」


 頼まれていたカッププリンを渡すと、マナさんは「ありがてぇ、ありがてぇ」と言いながら受け取った。

 大袈裟すぎない?

 キンキンには冷えてないよ?


「そういえば、樹が家を出た後すぐに、兄さんから電話が掛かってきてたわよ」

「へぇ。父さん何か言ってた?」


「うん………………何か、元気よく喋ってた」

 残念ながら父の話は聞き流されてしまったらしい。

 心配するような連絡はなかったと、前向きにとらえておこう。


「強いて言うなら、最近樹が電話に出ないから、『避けられているかも』って半ベソかいていたわよ」

「掛けてくるタイミングが悪いだけで、別に避けているつもりはないけど」


「兄さんは昔から不思議と間が悪いのよねぇ」


 カラカラ笑うマナさんを横目に時計を見ると、針はちょうど十七時を指していた。

 時差を考慮すると父の勤務地は夜中だし、掛け直すのはまた今度でいいか。


「そういえば、今日学校で何かあったの?」

「……何の話?」


「ふふん。ごまかしても無駄よ。帰ってからずっと考え事してるじゃない。買い物に率先して行ったのも、体を動かしていると落ち着くからでしょ?」


「別に、父さんが本格的に拗ね始めたら面倒臭いなぁって考えてただけ」

「電話が掛かってくる前から様子がおかしかったでしょ。兄さんが面倒臭いのは事実だけども」


 ぐっ。誤魔化されてくれないか。

 俺が苦い顔をするのも意に介さず、マナさんはしつこく絡んでくる。


「ほらほら、悩み事があるなら保護者代理の愛海お姉さんに打ち明けてみなさいよ」

「いつもは怪我もトラウマも『時間がたてば治る』の一言なのに、急にどうしたのさ。暇なの?」

「うん。暇」


 悪びれもせず言い切りやがった。

 マナさんは仕事が半分趣味なので、突発的な有給消化はさぞ退屈だろう。


 だからと言って甥っ子で遊ばないでもらいたい。


【ピンポーン】


「お。誰か来たみたい。ちょっと出てくる」

「ちっ」


 舌打ちを華麗に躱し、俺はインターホンのあるリビングにまわった。

 誰だか知らないが助かった。今ならつまらないセールストークも仏の心で聞き流せそうだ。


 俺は鼻歌まじりで通話ボタンを押し、

『来ちゃいましたっ!』

 満面の笑みを浮かべた天使様ことクレアが立っていたので、終了ボタンを強打した。

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