6、卒業からの宣戦布告

リズムの心地よい電子音が鳴り、私は目を覚ます。


「ふわぁ〜久しぶりにこんな朝早くに起きたよ。8時!まずい急がないと式は9時からだったよね。面倒だし朝ごはんは今日もカロリーメ◯トでいっか」


あれって少ない量で栄養が取れるから便利だよね。


中学校は家から15分ほど歩いたところにある。

私は体質上紫外線対策を念入りにしないといけないから外出するにも一苦労だ。まぁもう慣れてるからそんなに面倒でもないんだけどね。今日は持ち物もないし気楽に行こうっと。


私が教室の扉を開けると教室内が少しざわめいた。

「おい、あれ誰だ?」 「なんだあれ不審者か?」


様々な声が飛び交っているがそれはそうだろう。

三年間テストの時以来ろくに学校に来ていない私のことを知る人間は少ないだろう。それに今の私は紫外線対策のために全身真っ黒の不審者だ。私には友達もいないし式までおとなしくしておこう。


やがて声をかけられることもなく私たちは担任に先導されて式会場である体育館に連れられた。


「え〜これより第68回卒業証書授与式を開会します」


その一言から式は始まり知らないうちに代わっていた校長が挨拶、その後に来賓、在校生による送辞がありなんの変哲もない卒業式がなんの感動もなくあっさりと終わってしまった。


式が終わって教室に帰った私たちはそれぞれが思い思いに過ごしている。友達と幼い子供のようにはしゃいで騒いでいる男子生徒達、今日で最後だというのに本心を隠し内容の薄い上辺だけの会話をしている女子生徒達、教室の隅でビクビクと周りを気にしながらオタク談義に花を咲かせている生徒など、明日も学校があるのではないかと錯覚するほどにいつもと変わらない日常がそこにあった。まあ私は不登校なので普段の様子など知らないが。


私の周りには誰もいない。当たり前だ。この教室では私は居ないものとして扱われている。いや、本当に見えていないのだろう。人間は他人をよくみているようで何も見ていない見ているのはいつも自分の立ち位置で他人には全くと言っていいほど興味がないのだ。だからこそ私は誰にも話しかけられず気楽でいられるし、余計な気を遣わせることもないのである。


そんな和気藹々とした空気は教室に担任が入ってきたことで一変する。さっきまでは喧騒にまみれていた教室がまるで葬式の時のように静かで寂しい雰囲気に早変わりした。


そんな空気を察してか担任が焦ったように口を開く。


「え〜みなさんご卒業おめでとうございます。この三年間を振り返ってどうでしたか私は君たちが初めて受け持った学年で三年間君たちの担任でよかったと思っています。この後は卒業証書を渡して解散なのですが、その前にこれまでを振り返って簡単に感想を言ってもらおうと思います。じゃあ出席番号の早い人から言っていって」


「〜〜……―――」 「〜〜……ーーー」


名前も知らないクラスメイトが学校生活を振り返って思い出に残ったことを口にしていく。その光景をぼうっと眺めているうちに私の番が回ってきた。


「えーじゃあ白神さんお願いします」


「はい。私が学校生活で心に残っていることは特にありません。強いて言うならば登下校がしんどかった。以上です」


「え〜…………みんな拍手!はい!ありがとうございました!次の人〜」


その後もつつがなく進んでいき卒業証書を受け取り解散した。その間も彼女は無表情でただ黒板の一点を見つめているだけだった。


解散して校舎を出ると校門前に生徒達が集まり解禁された携帯を使い連絡先の交換などをして盛り上がっていた。

私はたいした用もないのでそれを尻目に校門を通り家に帰ろうとした。


「ねぇ…」


声がかけられたような気がしたが…気のせいだろうそう思って足速に帰ろうとすると今度は強く呼び止められた


「ねぇ!待ちなさいよ!」


「誰…?」


「少し話があるのこっちに来てくれるかしら」


「なんで?」


「話があるって言ってるでしょ!いいから来なさい!」


名も知らぬ彼女は私の腕を強引に掴み力任せに校舎脇に引っ張って行った。


「痛いんだけど…」


そんな私の言葉を無視して彼女は大きく息を吸うと


「白神氷華あなたが嫌いよ。とても嫌いここに人がいなくて捕まる心配もないなら襲いかかるくらいあなたのことが嫌いよ。毎日毎日あなたのことを思わなかった日はないわ。夢の中では思いつく限りの惨たらしい方法で殺したり、あなたのことを考えるストレスで何度も何度も吐いたり、あなたさえいなければ私はこの学校で、いや日本で一番の天才になれた。あなたに分かる?この屈辱が!テストの日だけここに来て終われば採点もせずにすぐ家に帰り、授業には一度も顔を出さない。私はちゃんと採点もして毎日授業に出て家でも自習を欠かさずに常に勉強を積み重ねてきた。それなのにいつも帰ってくるテストの結果は2位。合計?いや科目別に別れても2という数字しか並ばない、どれだけ勉強しても何も変わらないこの地獄があなたに分かる?わからないでしょう!あなたさえいなければ私は完璧な天才として君臨できた誰からもチヤホヤされる人間になれたのよ!」


ここまで一気に捲し立てた彼女は一度言葉を切り、さっきまでの激昂した態度が嘘であったかのように冷静にはっきりと


「だから…あなたに…白神氷華にこの私…緋ノ崎舞香から宣戦布告よ!これから先学校が別れようがなんだろうが私はあなたにどんな手を使っても絶対に勝つ!覚えておきなさい!」


そういうと彼女は立ち去り見えなくなった。


「なんだったんだろう…今の?」


聞いてみても私が何かしたというわけでもない。ただ私の結果を見て彼女のプライドがへし折れそのことを彼女が逆恨みしているというだけの話だ。


「まあ…どうだっていいか。もう会うことはないだろうし。さっさと帰ってお昼ごはんでも食べよーっと。今日は期間限定のカップラーメンがあるんだよね〜」


彼女のことなど気にも止めず私は家の帰って昼食を食べ、中学校の制服や教科書などをひとまとめにしだらだらと1日を過ごすのであった。


後日


「あ!白神さんあそこの中学校の生徒だったんですね〜私は隣の中学校だったんですよ〜春から同じ学校に通えて嬉しいです!」


「え?ああ…はい。それ外のゴミ捨て場に持っていっておいてくれませんか?ちょっと重くて」


「ええ〜捨てちゃうんですか〜もったいないですよ〜」


「だって置いておいてももう使いませんし。ただでさえ散らかっている私の部屋がさらに酷くなってしまうじゃないですか」


「はい…分かりました。帰る時に持っていきますね〜…」


中学校の時のものを捨てても違うもので散らかってしまったのはまた別のおはなし。

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