第56話 山田の末路1

 葵と未来がクラスメイト達からの質問攻めに遭ったせいで隣同士で並んで机に突っ伏している頃、担任により生徒指導室まで連れてこられた山田はというと…。


「まぁ、先ずは座りなさい」


「……はい」


 先に椅子に座った担任に促された山田は対面の椅子に座るのだが、顔を俯かせて担任の方を見ようとしない。

 いや、見れない…と言った方が正しいだろう。

 するとドアを開けて2人のスーツを着た男性が生徒指導室内に入ってきて、担任の両隣に座った。

 その2人の到着を待っていたかのように担任が口を開く。


「忙しい中でお手数をお掛けして申し訳ありません…理事長、瀬川せがわ校長」


 そう両隣に座った2人に頭を下げた担任。


「いや構わないよ、冴島さえじま教諭」

「牧野理事長の言う通りだ、冴島君」


 そう2人は言ってから冴島に頭を上げるよう促す。

 なぜ理事長と校長までもが生徒指導室に来たのかというと、1年A組担任の冴島が教室内での騒ぎを廊下で聞き、これは自分の手には負えないと判断して連絡を取っていたからだった。


「では冴島教諭。 改めて教室内で起こったことを説明してくれ」


 理事長の言葉に「はい、では…」と言ってから詳細を2人に説明し始める冴島。



 暫くして冴島の説明を聞いた理事長と校長の2人は、対面で俯きながら座る山田を見る。

 そして先に校長が口を開く。


「山田君…。 冴島君が言っていたことは事実かな?」


「……………」


「無言は肯定であると我々は捉えるが、君はそれでも黙るのかな?

 いくら山田君が無言を貫いていても君がやったことは生徒同士のいざこざの範疇はんちゅうを超えてしまっている。

 最早、君がやった事は逮捕されて当たり前のことなのだよ」


「……………」


 怒声を浴びせかけることなく比較的に優しい口調で山田に語り掛けた校長。

 だがその校長が言ったことの全てに無言で俯くだけの山田。

 そんな山田に対し今度は理事長が口を開く。


「黙っていては話を進めることも出来ないよ、山田君。

 無理に口を開け、とまでは言わないからせめて顔だけでも上げてはくれないだろうか?」


「……………」


 それでも黙って俯き続ける山田に理事長は続けて言う。


「これでは一向に話は進みそうもないな。

 だから今から山田君のご両親に来てもらうことにするよ。

 瀬川校長、山田君のご両親に連絡してくれ」


「分かりました、牧野理事長」


 このままでは時間の無駄だと判断した理事長が校長にそう指示を出した。

 それを聞いた校長は返事をしてから席を立ち、懐からスマホを取り出して電話を掛け始める。

 自分の両親を呼び出すと聞いて焦ったのか、山田は俯かせていた顔を上げてから口を開く。


「な、何で俺の両親を…っ…!」


 その言葉に理事長が答える。


「さっき校長は言っていたはずだ…「最早、生徒同士のいざこざの範疇を超えている」と。

 だから山田君のご両親に来てもらうことにした。

 どのみち初めから山田君のご両親には来てもらわねばならない事態だからな。

 それが今か放課後かの違いでしかない、と言うだけの話だね。

 山田君……君がやった事はもう警察の介入が必要なものであることを自覚しなさい!

 告白をしただけなら何ら問題もないが……その後の執拗しつような付き纏い等は全て犯罪になる。

 要するに君が執拗に迫っていた相手が被害届を出せば……最悪は逮捕される、ということだよ」


 そこまで言って一呼吸を置き、再び理事長は口を開く。


「……こう言ったところで既に手遅れなのだけどね。

 今から約1時間前、山田君が執拗に追い掛け回していた相手方のご両親が”警察に被害届を提出して受理された”との連絡があった。

 そしてこうも言っていた……”示談には一切応じない”とね」


 教室内で自分の親以上に権力を握っている女子達の言葉を聞いただけで顔を青ざめさせながら震えていた山田だったが、理事長の言葉を聞いた今となっては顔は青を通り越して真っ白になっていた。

 もはや山田にとっては言葉を発するどころではない。

 理事長の言葉を聞いて今更になって自分がしたことの重さを山田は理解したのだ。

 だが今更になって理解したところで既に何もかもが手遅れとなっていたのだった。



◇◆◇◆◇



 校長が山田の両親に連絡してから約30分後。

 息を切らせながら1組の男女が生徒指導室のドアをノックした後に開けて中に入ってきた。

 そして椅子に座って顔を真っ白にさせていた山田を見た男女が怒鳴り始める。


「コラ武史っ…!

 お前は…お前は何てことをしてくれたんだっ!!

 交際を断られたからといって付き纏いや身体の関係を迫っていた、と聞いたぞっ!!

 そして被害者家族が被害届を出し、受理されたともなっ!!」


「武史…っ! なんて馬鹿なことをしてくれたのよっ!!

 あなたをそんな子に育てた覚えはないわよっ!!

 なのに…なのになんで……うぅ…っ…」


 そう言葉を浴びせかけた2人。

 女性に至っては涙を流してその場に泣き崩れ、言葉を紡ぐことが不可能な状態になっていた。


(この2人が山田の両親なのだろう…)


 そう判断した理事長が泣き崩れる女性に寄り添う男性に声を掛ける。


「お忙しい中来て頂き、ありがとうございます。

 山田君のご両親でお間違いないでしょうか?」


 この問い掛けに男性が答える。


「はい、そこに座っている武史の父親の山田 郁人いくとと申します。

 隣にいるのが私の妻の山田 香苗かなえです。

 この度は愚息が多大なご迷惑をおかけし、申し訳ありませんでした!!」


 自己紹介の後に理事長へと頭を下げて謝罪の言葉を口にした山田の父親。

 そんな山田の父親に理事長は言う。


「先ずは頭をお上げください。

 この状態のまま話をするわけには参りませんので、どうぞ席にお掛けください」


 そう言って理事長は山田の隣に用意されている椅子へ座るよう促した。

 それに従った父親が泣き崩れる母親に肩を貸しながら椅子に移動してから着席した。

 山田のご両親が着席したのを確認した理事長が静かな口調で話し始める。

 その声に怒気を含ませながら…。


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