第55話 クラス女子達の怒り・後編 ~山田、終わる~

 クラス女子達が口々に言った最初の方はともかくとして、途中からは山田を含めた男子達への不満と怒りを含む発言が次々と飛び出していき、教室内の雰囲気は一気に暗くなっていった。

 それも山田の訳の分からない発言が切っ掛けで…。

 山田と同様に俺に敵意剥き出しで睨んでいた男子数名はガタガタと体を震わせ、視線は床を見つめている状態だ。

 だが山田だけはまたしても訳の分からんことを言う。


「水無月の過去のことなんざ別にどうだっていいだろうがよ。

 そんなことよりも俺と水無月が付き合っている現実を受け入れろよ。

 なぁ水無月? 俺とお前は恋人だもんなぁ?

 なのに牧野なんかと腕を組みやがって!!」


「……………っ…!」


 ニヤニヤとしながらそう言ってのける山田。

 未来が否定した言葉など何処吹く風状態だ。

 この発言を聞いたクラス女子達は一斉に山田を睨みつけると、先程よりも更に容赦ない言葉を言い始める。

 因みに奴の言葉を聞いた瞬間に未来は俺の隣で思いっ切り舌打ちをし、俺の腕を締め付けてきた。


「(み、未来…。 少し痛いから力を緩めてくれ)」

「(ご、ごめん葵! イラついてたから、ついりきんじゃったの…)」


 俺の小声に未来は即座に謝り、腕の力を緩めてくれた。

 正直言って結構痛かったよ、うん…。

 って、そんなことよりも山田の発言は看過出来るものじゃない。

 だから口を開こうとしたその時、俺よりも先にクラス女子達が口を開いた。


「ねぇ山田君。 学校内ではほぼほぼ私達がガードしてるから、水無月さんに近付く隙なんてなかったはずだけど?」

「そうそう! だから山田君の言ったことはデタラメよね?」

「何より水無月さん本人の表情を見るに、貴方とは付き合っていなさそうな感じですわよ?」

「寧ろさぁ、水無月さんは牧野君と付き合っているでしょ。

 男嫌いな水無月さんが自ら牧野君に腕を絡めてるよね?」

「何でっていう嘘を?

 そんな嘘は直ぐにバレるのに…ね」

「とんだ妄想勘違い野郎ね」

「牧野君と水無月さんの2人を見る限り……貴方が入り込む余地はなさそうな感じよ?

 ……というよりも、水無月さんが貴方に靡くことはにないでしょうね」


 そう山田に口々に容赦のない言葉を浴びせかけるクラス女子達。

 1人1人が言う言葉には山田に対する怒りが込められているみたい……ではなく怒りを含んだ怒声が教室内に響いていた。

 これには流石の山田も呆気にとられた表情をしていた。

 そこへ更に未来が口撃し始める。


「あのさぁ山田。

 告白してきた時に私は貴方に言ったよね……『もう二度と私に話し掛けないで!!』って。

 それなのに貴方は次の日の放課後からは毎日のように私に付き纏ってきてたよね?

 それも私が1人になった時を狙って、ね。


 俺と付き合えだの、俺と一緒に帰れて嬉しいだろ?だの、そんな照れなくてもいいんだよ未来ちゃん?だのってね。

 よくもまぁ毎日毎日…こんな口説き文句を言えたものね。

 そう言ってくる度に私は無理だって貴方に言い続けてきたわよね。

 それでも懲りずに貴方は私に話し掛け続けてきた…。

 そればかりでなく私をホテルに連れてこうとさえしてきたわよね?

 幸いにもその時は通行人が間に入ってくれたから事なきを得たけども…。

 もう私に対する未練タラタラどころじゃなくて単に身体目当てってことでしょ?

 ホテルがダメならって感じで私の家にまで着いてこうとしてきた日もあったわね。

 ……ホテルへ連れてかれそうになった次の日から何故か警察官の巡回が目立つようになり、貴方は私を容易に連れ去ることが出来なくなったのが救いだったわ。


 ハッキリ言って気持ち悪いわよ、貴方。

 どれだけ貴方は私に恐怖心と不快感を与え続ければ気が済むの?

 今もこうやって貴方は私を自分の彼女だと言う嘘まで…。

 ホントにもう……いい加減にしてよっ!!

 私、貴方とは死んでも付き合いたくもないわ!!

 付き纏うのも告白してくるのも……もうこれっきりにしてよっ!!」


「「「「「「…………最低だな、お前(貴方)」」」」」」


 未来の言葉にドン引き……いや、嫌悪感丸出しな感じでクラスメイト達が山田に向けて声を揃えてそう言った。

 それに加えて未来に告白した過去を持つ男子達以外の全クラスメイト達が山田を鋭い視線で睨みつけている。

 告白した過去を持つ男子達は山田のことをどうこう言えない感じだろう。

 だからクラスメイト達と一緒になって山田を睨みつけることさえ出来ずに頭を俯かせ続けている。

 まぁ、ただただ普通に未来に告白しただけなら俯く必要はない。

 なのできっと彼らも山田みたいな感じ、とは言えないまでも似た感じだったのだろう…と俺は勝手にそう判断する。


 それから一呼吸を置いた後、未来はトドメの言葉を口にする。

 それは山田にとって一番聞きたくない言葉に違いないだろう。


「この際だから山田に言っておくけれど……私と葵は先週の金曜日から交際を始めたから。

 それも両家承認済みで結婚を前提としたお付き合いを、ね。

 私はもう身も心も隣にいる彼……葵のものになったってことよ。

 だからごめんなさい……貴方とはお付き合い出来ません。

 それ以前に身体目当ての男なんて大っ嫌いよ!!」


 皆がいる中で俺と交際してることを明かし、先程よりもより強い口調で山田を完全に拒絶する言葉を言った未来。

 それとは裏腹に未来の体は小刻みに震えていた。

 だから俺はそんな未来をそっと抱き寄せた…。

 少しでも未来が安心出来るように…。

 そんな想いを込めて。


 俺が抱き寄せたことに安心したのか、未来は何も言わず胸に顔をうずめてきた。

 山田の顔を二度と見たくない…と言わんばかりに。

 そんな未来の行動が気に食わなかったのか知らないが、山田が標的を俺に変えて怒気を含んだ声で言う。


「なんで…なんでお前がと付き合ってんだよ牧野ぉぉぉっ!!

 なんで俺じゃなくお前なんだよ!!

 最初に目を付けたのはこの俺なのに…っ!!

 これみよがしに未来ちゃんとイチャつきやがって!!

 俺への当てつけか!?」


 そう言ってきた山田に俺は”はぁ…”と深い溜息を吐く。

 ホントにコイツは何も分かっていないんだな…といった感じで。

 いや、今自分がどんな状況に陥っているのかさえも理解出来ていないようだ。

 それに加えてまだ未来のことを諦めていないのだから……尚更タチが悪い。


「なんで俺と未来が付き合っているのか……なんてのはどうでもいいだろ。

 つうか人の彼女のことを”下の名前でちゃん付け”で呼ぶのはやめろ。

 それに本人の許可もないのに軽々しく下の名前で呼ぶのは可笑しいぞ、お前。

 さっきまで苗字で呼んでたのに急に何で下の名前呼びになってんだよ…」


 俺のこの言葉に追順するようにクラス女子達も言う。


「ほんと牧野君の言う通りだね」

「軽々しく水無月さんのことを下の名前で呼ぶのはやめなよ」

「しかも”ちゃん付け”だし…」

「未練たらしいったらありゃしないわね」

「いい加減に水無月さんのことは諦めたらどうなの?」

「あれだけハッキリと水無月さんが拒絶してるってのにねぇ~」

「どこまでおめでたい頭をしてんのさ…」

「その辺にしとかないと水無月さんに訴えられるわよ?」

「下手したら被害届を出されるかもしれないですわね」

「既に被害届を出されても可笑しくないことだっていう自覚あるの?」

「その自覚がないから牧野君に突っかかってるんでしょ…」


 何れも山田の無自覚さには呆れているようである。

 だがこれだけ好きに言われて腹が立ったのか、山田は女子達に怒声を浴びせ始める。


「さっきから好き放題言いやがって! このブス共が!

 女なんて男の言うことに黙って従ってればいいんだよ!

 つうか親の権力を使ってお前らの人生……終わらせてやってもいいんだぜ?

 それが嫌なら俺の言うことに従え!」


 この山田の発言を聞いたクラス女子達の怒りが爆発した。


「誰がブス共ですって! このゲス野郎がっ!」

「自分自身には何の力も無いくせにイキるんじゃないわよ!」

「私達女子を敵に回したこと……後悔させて差し上げますわ!」

「一度口から出た言葉はもう取り消せないですよ?

 だからそれなりのお覚悟をしてて下さいね!」

「馬鹿だとは思ってたけれど、ここまで馬鹿だとは…。

 もう許さないからね!」

「……貴方の親がどの程度の権力を持ってるのかは知らない。

 だから私も親の権力を使わせてもらうね。

 警察官僚の力を、ね!」

「私の親も警察官僚だから……貴方が親の権力を使うならこっちも遠慮なく使わせてもらうわね!」

「私も親の権力を使うことにしますね」


 声に怒気を含ませながらそう口々に言った女子達。

 まぁ、この清水ヶ丘高校には各界隈の重鎮達の子息達・子女達が多数通っていたりする。

 だから当然の如くこのクラスにも子息・子女がいて当たり前の話なのである。

 それ故に警備体制も厳重なものとなっている。


 何て思いつつ山田を見ると……何故か体をブルブルと震わせて縮こませてしまっているではないか。

 つまりこれは……山田の親は口にする程の権力は持っていない、ってことになるのだろう。

 その様を見ていた女子達の1人が拍子抜けした表情をしつつ山田に言う。


「あ~山田さん? 私達の親の権力なんかよりも更に上の権力を親に持っている男子がこのクラスには在籍してますわね。

 それは今現在、自分の恋人を自らの胸に抱き寄せていますわ」


 これを聞いたであろ山田は唇を震わせながら言う。

 その顔は真っ青になっていた。


「そそそ、それって…ま、まさか…牧野…の、こと、じゃ、ない、よ、な…?

 そうだと…言ってくれ…」


 山田のこの言葉に対して女子の1人があっさりとした口調でトドメとばかりに”ニヤリ”と嫌な笑みをしつつ言う。


「そのまさかだよ、山田。

 牧野君こそがこのクラス…いや、この学校で最も高い権力を誇る両親を持つ子息だよ。

 よりハッキリ言うと、牧野君は牧野ホールディングス株式会社CEO兼会長のご子息になるね。

 だから迂闊に親の権力を使う……なんて言葉は口にしない方がいいわよ?

 ……これを言ったら私達も言っちゃった手前、反省しないとなんだけどね」


(……新川しんかわさん、それは言わない約束だったでしょうが!!)


 こういう思いを込めた視線であっさりとバラした新川さんを軽く睨みつける俺。

 それに気付いた新川さんは「あっ…やばっ!?」といった表情をする。

 彼女…新川さんは牧野家が主催したパーティーの場にて会っていた。

 だから俺の正体を知っていたのである。


 ……それよりも山田を除いて何故に誰も驚かないんだ?

 不思議でしょうがない……何て思っていると教室のドアを開けて担任が入ってきた。

 そして開口一番に体を震わせて項垂うなだれている山田に向かって言う。


「大体の話は廊下で聞かせてもらっていた。

 だから山田は俺と一緒に生徒指導室に来てもらおうか。

 詳しくはそこで聞かせてもらうから、来い」


「この1時限目はそのまま自習とする」とだけ俺達に言った後、山田を連れてさっさと教室から出ていってしまった。

 なので担任と山田が居なくなった瞬間、俺と未来はクラスメイト達にあっという間に包囲されてしまい、質問攻めに…。

 特に怒っていたはずの女子達からの質問攻めが凄すぎて、俺と未来は2時限目が始まる頃にはぐったりと机に突っ伏してしまっていたのは言うまでもないことである。


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