第26話 何故かカミングアウトさせられる葵1

「ねぇ葵? 今放送中のラブコメの主人公役をやってみる気はない?」


 綾音姉さんからこう言われた俺は思わず間抜けな声を発してしまう。

 腕を抱きしめてる未来も俺と同様の反応を示す。


「な、何だよ藪から棒に…」


 俺はそう綾音姉さんに言った。

 俳優でもない……ましてや素人の俺に何を言ってんだよ、と思った。

 しかも今放送中の大人気ラブコメアニメ【底辺キャバ嬢に貢ぎまくったら記入済み婚姻届を渡された件】に登場する主人公役をやる気はないか、だって?

 一体なんの冗談だよ、とも思った。

 だが綾音姉さんは真面目な表情で言う。


「確かに藪から棒にって思うのも無理はないと私自身も思うわよ?

 でも主人公の声優だった彼が不祥事を起こしたことについては、葵も既に知っているわよね?」


「ああ、それは勿論知ってるよ。

 6度目となる不倫をしてたって奴でしょ?」


 無論、それは俺でも知っている話だ。

 というよりも未来が見てたニュースアプリに載っていた記事を見せられて知った、と言うのがが正しいだろうけど。


「そう、まさにそれね。

 そのせいで彼は主人公の声優役から強制降板させられたわ。

 だから今、アニメの制作自体がストップしてる状態になっているの。

 その上で代役を立てて1から吹き替えをし直し、改めて地上波で放送し直そうかって話になってるのよ」


 それはまた凄い話になってるんだなぁ、と俺は綾音姉さんの話を聞いてそう思った。

 制作費用だって馬鹿にならないだろうによく1から制作し直そうと思ったものだ、とも思った。


「だから葵にその主人公役の代役をして欲しいってことなんですね?」


 黙って話を聞いていた未来が綾音姉さんにそう質問をする。


「そういうことなのよ、未来さん。

 葵なら主人公役のイメージにもピッタリだし、声も悪くないしね♪

 ぶっちゃけ弟の葵と共演したい、ていう私の我儘なんだけどね♪

 それに葵はこのラブコメのだから、ストーリー内容を全て把握してるしね!」


「そうなんですね……ん?……えっ!? 葵が原作者!?」


 ちょっと待てやぁぁぁぁぁっ!?

 なにをサラッと原作者が俺だと言うことをバラしてんだよ!?

 何れ折を見て未来に言おうかと思ってたのに!

 それに俺と共演したいから、という自分の我儘の為だけに俺に代役をしないか?って誘ったのかよ!


「綾音姉さん!? なんでバラした!?」


「えっ? バラしたらダメだった?

 未来さんは家族になるんだから、隠し事はダメだと私は思ったからよ。

 もしかして葵は将来のお嫁さんになる未来さんに一生隠すつもりだったの?」


「っ……それは……何れは明かすつもりだったよ」


 綾音姉さんの正論に俺はそれしか言えなかった。

 確かに将来の俺の嫁となる未来に隠し事はすべきではない、とは思っていた。

 だから時期を見て明かそうと思っていたのに…。

 って、これは言い訳にしかならないな。


「だったらもう全てを未来さんに言ってしまいなさい。

 葵……貴方は将来、牧野グループを背負う立場にあるのよ?

 その貴方を支えてくれる未来さんには全てを知る権利があるのよ?

 だから全てを包み隠さず未来さんに伝えなさい!

 ……既にお父様とお母様の了承は得てるわ」


「っ!?」


 そう言った綾音姉さんに俺は驚きを隠せなかった。

 そこまで未来のことを信用出来る人だと判断したのか、と。

 綾音姉さんと未来は今日が初対面だ。

 その未来に全てを話しても構わない……そう綾音姉さんは断言した。

 予め父さんと母さんの了承も取り付けた上で、である。

 だったらもう俺に迷う必要はない。

 そう思い、綾音姉さんに頷いてから俺が原作者だったことに未だに驚き固まっている未来に声を掛ける。


「未来、俺が原作者だったことに驚いたよね」


「え、ええ、そうね。

 未だに夢なんじゃないかって思ってるわ」


「まあ、そうだよね。

 俺が未来の立場でも同様に驚くだろうね。

 だけど綾音姉さんが言ったことに嘘偽りはない。

 綾音姉さんが言った通り、俺が大人気ラブコメアニメ【底辺キャバ嬢に貢ぎまくったら記入済み婚姻届を渡された件】の原作者だよ。

 そして現役高校生ラノベ作家の【夏葵あおい】というペンネームで活動してる」


「そ、それって……今大人気超売れっ子現役高校生ラノベ作家じゃないの!?

 私の婚約者がそんな凄い人だったなんて…!」


 そう言って俺のカミングアウトに対して大袈裟に驚く未来。

 俺としては自慢する必要がないから言わないつもりだった。

 それを綾音姉さんがあっさりとバラしてしまった。

 だから必然的に言うしか無かっただけの事だ。

 決して綾音姉さんに言わされたのではない!


「俺としては言う必要が……っ!?

 いや、言わなければならなかったことだったと反省してます…はい」


 言う必要がない、と言おうとしたら綾音姉さんに睨まれたので訂正する俺。

 大体にしてラノベ作家としてデビューしたのは、俺が中学3年に進級して間もない頃の話だ。

 アニメ化された【底辺キャバ嬢に貢ぎまくったら記入済み婚姻届を渡された件】とは別の趣味で書いていただけの異世界ファンタジー小説をも綾音姉さんが勝手に大手出版社が主催する賞に応募し、それがまさかの大賞を受賞。

 それをきっかけにラノベ作家としてデビューする羽目になったっていう感じだ。

 何故かそのデビュー作が人気作となりコミカライズ化され、最終的にアニメ化まで昇華してしまったけど。

 あ、今放送中のラブコメも綾音姉さんが勝手に応募し、異世界ファンタジーと同じく何故か大賞を受賞した作品だったりする(※経緯は第17話参照)。

 でもそれを自慢するのは違うと思ったから、俺は家族以外の誰にも言わなかっただけのことである。


「なにも謝らなくてもいいと思うわ。

 お義姉様も葵を睨むのを止めてあげてくださいな。

 私は怒ってもいませんので。

 それに知られたくない事の1つや2つは誰にでもあることですから」


 未来のその言葉に思わず涙が出そうになる俺。

 だがしかし我が姉は───


「甘い!甘過ぎるわよ未来さん!

 牧野家として隠し立ては絶対にあってならないことなのよ!

 そう我が家訓にも載ってるわ!」


 嘘をつくなよ綾音姉さん…。

 そんな家訓、牧野家にはないでしょうが!!


「……葵がそんな家訓などない!って目で必死に訴えていますが?」


「……私が今作ったわ!

 だから今から有効なの!

 葵、分かったわね!?」


 うん、全くもって分からないわぁ…。

 そんな暴論が通るわけがないよ、うん。

 目が泳いでんだよ、目がな!!


「……お義姉様、それは暴論だと私は思います。

 葵もそうだと目で訴えていますし…」


 よく言ってくれた未来!!

 このまま有耶無耶にしちゃってくれ!


「……さて葵、きびきび次のカミングアウトをしなさい!」


「………………」


 あくまでも押し通そうとしてるよ、この綾音姉さんは。

 それにげんなりする俺。

 そしてさっさと自分の荷物を持ち帰ってくんねぇかなぁ……なんて思う俺なのであった。



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