第7話 危機から好転

 晴れて未来と恋人同士になることが出来た……と思って直ぐに父さんから電話が掛かってきて、俺に婚約者が出来たと言ってきた。

 そのことを伝えてきた父さんとはまだ通話が繋がっており、婚約者の名前を聞いた段階でスピーカーモードに切り替えた。

 気が気じゃない未来にも聞こえるように……。


『……本当に相手の名前を言ってもいいのか?』


 そう間を置いてから俺に確認してくる父さん。

 それだけで父さんが何を言いたいのかを、俺は察した。

 それでも俺は聞くべきだと思った。

 いや、聞かなければならないと思った。

 ───俺と未来の将来の為にも。


「ああ、言ってくれ。

 いや、教えてくれ……相手の名前を」

『……分かった』


 遂に父さんの口から俺の婚約者となる相手の名前が明かされる時がきた。

 俺と未来は互いに頷きあった後、スマホに耳を傾けた。


『それじゃあ、言うぞ?

 お前の婚約者になった相手のお名前は───水無月 未来さんだ』

「…っ…!? 本当に、本当にその名前の女性が俺の…?」


 父さんから告げられた名前は……未だに俺の太ももの上に座る恋人の名と同じだった。

 それが信じられなくて、思わず父さんに確認してしまっていた。


『ああ、そうだ。 今私が言った名前の方がお前の婚約者で将来の伴侶となる女性だ』


 それを聞いた俺と未来は互いの顔を見る。

 その数秒後……お互いにギュッと抱きしめる。


「「別れることにならなくて良かった!」」


 そう同時に俺と未来は喜びあった。

 その声はバッチリと父さんに聞こえてしまっていたようで……。


『っ!? 今聞こえた女性の声がお前の彼女さん、なのか?』


 父さんが電話越しにそう問い掛けてきた。

 だから俺と未来は互いに見あってから頷きあうと───


「「そうだ(そうです)! 俺(私)の恋人で婚約者だ(です)!!」」


 ───同時にそう言った。


『はは……お前に出来た彼女が未来さんだとは、な。

 流石の私も驚きを隠せないよ。

 だがこんな偶然もあるのだなぁ、とも思っている』

「それは俺も今思ってることだよ、父さん」

『お前もそう思ってたのか。


 だが勝手に婚約者を決めてしまったことには……すまない、と思っている。

 それと同時にこうも思っている……初めて出来たお前とその恋人の彼女さんとの仲を引き裂かずにすんだことを、な。

 ま、勝手にお前の婚約者を決めてしまった私が言えたことではないだろう……』


 まぁ、それに関して正直に言えば文句はある。

 けどそれを俺が言うことは出来ない。

 それは俺が世界規模で展開している牧野グループのCEO兼会長である父さんの息子にして後継者だから。

 牧野グループは輸出入等の運輸業を始めとした様々な事業を世界規模で展開しているグローバル企業であり、日本政府とも密接に関わっている。

 そのせいで牧野グループが持つ権力や莫大な財産を狙う輩共が後継者の俺に絶えず近寄ってくるんだよ。

 それを危惧した父さんは、権力や財産を狙うことのない女性を日本政府と連携して探すことを始めたんだ。

 だから俺は本来、自分で結婚したい相手を勝手に選ぶことを許されてないってわけさ……立場的にも、な。

 無論、自由に恋愛することも……。



「それに関して俺は文句なんて言えないよ、うん」

『それは不問とするさ。

 結果的には良縁となったのだからな。


 良かったな葵、自らが選んだ彼女と結ばれたのだから』

「父さん……ありがとう」

『ふっ、私は何もしてないぞ?


 さて、未来さんに私の自己紹介をしたいのだが?

 そろそろスケジュール的にも時間がな……』

「……確かに父さんのことを未来に紹介しないとだよね」


 電話が掛かってきたのが15時過ぎで現在16時を回ったところだ。

 1時間も話していると言うのに、互いに自己紹介すらしてなかったことになる。


『…コホン。 今更だが名乗らせてもらうよ。

 牧野ホールディングス株式会社CEO兼会長の牧野 良平りょうへいです。

 そして葵の父親でもあります』


 父さんの自己紹介を聞いた未来は驚いた顔をしたと思ったら「何で私に教えてくれなかったのよ!?」とでも言いたげな表情で俺を見てくる。


「は、初めましてお様! 水無月 未来と申します!

 ま、牧野 葵さんとお付き合いさせて頂いております!」


 ガッチガチに緊張して若干しどろもどろになりながら父さんに自分の自己紹介をした未来。

 お父様、の部分のニュアンスが違うことに俺は気付いたけど……敢えて何も言うまい。


『初めまして未来さん。

 婚約者……そして将来の伴侶として葵のことを頼みます』

「は、はいっ! お任せ下さい!

 葵のことは私が必ず幸せにしてみせますわ!」


 あの~未来さん…? 

 その言葉は男が女性のご両親に『娘さんを僕に下さい!』の後に言う台詞なんだけど……。

 俺って嫁さんを貰う側じゃなかったっけ?

 何で俺が貰われる側に…?


『うむ。 葵のことは任せましたよ?


 おっと、時間がないようですのでこれで失礼……する前に2人に伝えておきます。

 今日…と言うよりも今この時より葵と未来さんには同棲してもらうことになりました。

 無論、未来さんのご両親からも許可を取ってますので何の問題もありません。

 未来さんの荷物は明日の昼頃に葵の家に運ぶ手筈となってますのでご安心を。

 それと葵……ヤるな!とは言わないが避妊だけはちゃんとしろよ?

 水無月さんの母方の血筋的に…ゴニョゴニョ……。

 では時間がないから失礼する』


 ブツッ…ツー、ツー、ツー。

 一方的に言うだけ言って通話を終わらせた父さん。

 最後に血筋的になんちゃらこんちゃら言っていたけど、小さい声だから上手く聞き取ることが出来なかったけどな。

 結果だけ言えば俺と未来は婚約者同士となり、同棲することになった。

 そして父さんが言った【避妊】と言う言葉を聞いた俺と未来は暫くの間、無言で赤面し続けるのだった。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る