第六話 天谷の闇 その九
忠陽は日課のように廃ビルへと訪れていた。今日は伏見が先に来ており、神無達と話し込んでいるようだった。伏見は忠陽に気づき、忠陽に今後の方針について話し始めた。
「いや、ここいらで決着をつけなあかんなって」
伏見の言葉に忠陽は動揺した。
「悪いな、忠陽くん。でも、この二人を特定の場所に留めるわけにもいかんからな」
「それで、相手の居場所ぐらい掴めてるの?」
「ある程度は……」
「歯切れが悪いわね」
「今回襲撃することで、相手に潜られるのも厄介かなと思ってしまって」
「しょうがないじゃない。一人でやっているなら、それが限界よ」
「なんか、気をつかわせてしまって、すいません」
「坊や、事後は
「表だっては辞めた方が良い」
「あら、そうなの」
「エリザ様、教師がマフィアと関係を結ぶのは流石にちょっと……」
「世界を牛耳る闇組織と繋がっているよりはマシだと思うけど?」
伏見の顔が引きつっていた。
「神無、ここは佐伯のジジイに頼んでくれへんか? 軍が動けば相手には良い牽制にもなる。それなら俺もいいわけがしやすいしな」
神無は端的に分かったと答えた。
「さて、忠陽くん。特別授業は今日でおしまいや。残念やけど、かくれんぼできへんかったな」
「させる気はなかったくせに」
エリザが小言のように言った。
忠陽は落ち込むそぶりは見せないものの、返事をする声で現れていた。
「だけどや! せっかく、世界でも有名な術士がいるのに何もしないというのもな、やっぱりと戦ってみたいと思うよな?」
「ちょっと!」
エリザがいつになく声を荒げる。
「いや~、ここは世界でも名高いお二人が相手をしてくれたらなぁ~。僕も、先生としての
いやに誇張する伏見に神無は笑みを浮かべていた。
忠陽が神無の笑みをはっきりと見たのはこれが最初で最後かもしれない。
「辰巳、どうすればいい?」
「坊や!」
「なに、忠陽君とかくれんぼしてくれればええんや」
「具体的には?」
エリザのふくれっ面を無視して、伏見は淡々と話す。
神無は探す側、忠陽は隠れる側。ルールは、まず、忠陽が先に隠れ、五分後に神無が忠陽を探すために動く。お互いに直接危害を加えない以外には呪術の使用可。神無が忠陽の体に触れれば神無の勝ち。忠陽は神無が動き出して十分以上逃げ切れば勝ちである。
場所はこの前、学戦で行った演習場だった。殺風景な廃墟に海風が当たりコンクリートからむき出しの鉄骨が変色を起こしている。
隠れる場所は豊富であり、遮蔽物も多い。見付かっても逃げられる可能性が高いと忠陽は考えた。
伏見の「よーい、どん」という合図で忠陽は廃墟を走り出した。できるだけ、遠く、そして見付かりにくい場所に。
五分が過ぎ、神無が動く時間だ。忠陽は片膝を着きながらしゃがんだまま辺りを見渡す。ここに来るまでに呪符を放ち、特殊な探知網を形成していた。自分を中心ではなく、こちらを特定させないような仕組みにしてだ。
スタート地点と忠陽の距離は五百メートルは離れていた。世間一般でいうかくれんぼならば広範囲すぎて、鬼は隠れている相手を見つけられない。ましてや、神無が動けば忠陽が作った探索網に引っかかるのは必然だ。
忠陽が次の動きを取ろうとした瞬間、忠陽の背後から肩に神無の手が置かれていた。
忠陽は鳥肌と、冷や汗が出た。
何も音がせず、探知網に引っかからない。これが力の差か……。
忠陽は唾を飲み込み、後ろを振り返るといつものように無表情の神無が立っていた。
伏見の声がどこからともなく響く。
「どうする? まだ、続けるか?」
忠陽は、はいと返事をした。
十数回繰り返しても、忠陽は神無から十分以上隠れることはできなかった。息を切らしながら、試行錯誤をし、神無から隠れるも見つかってしまう。だが、けして忠陽は諦めるようなことはしなかった。自分ができる方法、そして伏見たちから教わった内容を最大限まで活用し続けた。駄目で元々、その思考が忠陽の挫けない心の源泉だったかもしれない。圧倒的な力の差を埋めるために忠陽は足掻いていた。
日が暮れようとしていた頃、伏見は忠陽の呪力に変化を感じた。今まで簡単に追えたものに靄が掛かり始めた。
「これは……」
伏見の溢れた言葉をエリザは拾っていた。
「魔力が変質してるわね」
伏見はエリザを見て、確信を持てた。そして、いつもの薄笑いから高揚感含んだ笑みになっていた。
忠陽は呪符を使い、再び隠形へと入る。姿を隠し、自らの呪力も隠すイメージを持ちながら術を発動する。すぅっと姿は消え始めた。
隠すだけでは駄目だ。姿を周りに同化させる。周りと同じ質感、呪力量、存在の在り方。僕はこの環境にあるすべてと同等の存在になる。神無のような無の存在に成れない。なら、憧れの存在に近づくために限りなく近い無になろう。
その思いが忠陽に色々な呪力の使い方を試させていた。結果として忠陽が気づかないうちに呪力の変質を促す。
日が沈むとき、その輝きが一番増す。その光が忠陽に流れる汗を光らせる。その瞬間に神無は忠陽の後ろに立っていた。何度もなく受けた動きなのに未だに気づけない自分の不甲斐なさに奥歯を噛みしめる。
「そこまでや」
いつのまにか伏見達が現れ、特別授業の終わりを告げた
「でも……」
「堪忍な。僕らは、まだ仕事があるんや」
忠陽は数秒俯き、伏見を見直し、頷いた。
「でも、最後のはええ感じやったで」
「そうね」
エリザもいつもとは違い、柔らかい表情になっていた。
「坊やが少しムキなったのよ」
「え……そうなんですか?」
忠陽は神無を見たが、澄ました顔をしていた。
「忠陽くん、喜んでええんやで。こいつに精霊術を使わせたんやからな」
「精霊術!?」
今や精霊術なんて使える術師はほとんど居ない。失われた術の一つとも言われる術を使っていたことに忠陽は驚いた。
「気づいていないの?」
エリザの問に困惑する。
「何が……ですか?」
伏見は大声で笑って、忠陽の体をバシバシと叩いていた。
「忠陽くん、君は隠形の術を変質させたんや! これは凄いことなんやで」
「たしかに、隠形する際に周りと同化するイメージで変質をやってみましたけど…」
「術の完成にはまだまだやけど、ものにはできると思う。このまま調子で頑張ってみような」
「はい……」
忠陽は心ここにあらずという返事だった。
「どうしたんや? もうちょっと喜びいや」
「精霊術が見てみたかったって、思って……」
伏見もエリザも笑っていた。
「君ってやつは……。でも、それは君が呪術師やから
忠陽は二人に笑われて、なんだか気恥ずかしくなった。しかし、その恥ずかしさは今までの呪術の鍛錬とは違い、褒められて嬉しいという感情は確かにあった。呪術鍛錬はキツイけど、こんなに楽しい時間は初めだ。忠陽は周りの優しさに囲まれて、心地よかった。
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