第六話 天谷の闇 その八
五
「ねぇ、陽兄ぃ。彼女でもいんの?」
夕食中である。突然の
「
「いや、だってさぁ、最近の陽兄ぃの行動が怪しいから」
「どこがだよ?」
「最近まで、夜に、よく外に出てたでしょ? それに最近は学校から帰るのが遅いし。これは彼女ができたのかな~って」
「いや、たまには夜、コンビニに行ってもいいだろ?」
「コンビニに行くって言って、四時間も帰ってこないのおかしくない?」
忠陽は妹の鋭い追求に怯んだが、それを誤魔化すように次の返答した。
「最近、学校の課題が増えて忙しいんだよ」
「
忠陽はヒヤリとする。我が妹ながらきちんと情報を集め、
「まぁ、どうでもいいけどさぁ。妹の私にくらい、紹介しても良いんじゃない?」
鏡華は視線を逸らし、さっきと打って変わってしおらしい。
忠陽は神無たちの顔を浮かべた……。いや、できないよ。そう内心でツッコミを入れしまった。
「本当になんでも無いって!」
「嘘つくんだ!」
「嘘をつくもなにも、彼女はいないよ」
「怪しい……」
鏡華はじとーっと睨む。忠陽はただ平常心を保つだけだ。
「ねぇ、今日はアイス買いに行かないの?」
「行かない」
「つまんないの。行ってきてよ、おゴリラ食べたい!」
「太るぞ」
「サイテー、彼女に嫌われるぞー」
「だから、いないって」
「はぁ。可愛い妹が彼女でもみたいと懇願しても出てこないのか。私、なんて可哀想」
「あのな! いないって言ってるだろう」
「じゃあ、最近なんで帰ってくるのが遅いのよ! 別に恥ずかしいことじゃないでしょう? 彼女くらい」
「お前が勘違いしてるから、違うって言ってるだけだろう!」
二人は更にヒートアップする。
ドンと音がなる。鞘夏が机を叩いた音だった。忠陽は怒りの感情も忘れ、鞘夏を見ていた。鏡華は舌打ちをした。
「何よ……」
「お二人共、
鏡華は興が削がれたのか、それ以上追求することはなかった。
忠陽は夕食後、鞘夏の皿洗いを手伝った。彼女には何となく伝えたいことがあった。黙々と食器を洗い、乾燥機へと入れていく。その手伝いをしながら言うタイミングを待っていた。
「陽様、お気遣いありがとうございます」
「ああ、皿洗いなんて。いつでも手伝うから言ってよ」
「いえ、そうではありません」
忠陽は手を止めた。
鞘夏も手を洗い、タオルで手を拭うと、畏まって謝礼をする。
「私などが先程差し出がましご注意を申し上げ、誠に申し訳ございません」
「そんなこと。あれは僕らが悪いんだ。そんなことを言わないでほしいよ」
忠陽は気が
翌日、昼休み伏見のところへ訪れようと職員室を尋ねた。しかし、伏見は不在で、他の教員に聞くところによると生徒指導室にいるとのことだった。
忠陽が生徒指導室へ訪れると、ちょうど部屋から伏見が出てきた。その後ろにいる女子生徒を見て、忠陽は一瞬心臓が止まった。
「忠陽くん、こんなところまで悪いな」
「いえ……」
確かに今日の昼食の時、彼女はいつもと違い、居なかった。だが、ここに居たとは思わなかった。
長い黒髪は艷やかに風が靡き、そして、凛とした佇まいは美しさを感じる。鞘夏がなぜここに? その疑問は忠陽の頭で堂々巡りをしていた。
鞘夏は一礼をして、その場を去った。忠陽は何も言えずに見ているだけだった。
「忠陽くん、今日はこれや」
伏見が渡す紙を受け取らず、忠陽は鞘夏を目で追った。
「忠陽くん、聞いてんのかい?」
デコピンを食らって、忠陽は正気に戻った。
「今日はここや」
伏見から渡された紙を受け取り、場所を確認する。だが、頭に入って来なかった。
「先生、鞘夏さんは――」
「気になるか?」
忠陽は黙ったままだった。
「教えへん」
忠陽は伏見を初めて睨んでしまった。
「意地悪いようやけど、個人的な相談事や。君には教えられへん」
「危険なことじゃないですよね?」
「君は自分が良くても、他人はダメなんか?」
「彼女は……」
忠陽は言葉を飲んだ。
「安心し。そんなことやあらへん。はよ、行き。そろそろ掃除の時間やで」
忠陽は不満を覚えつつも、大人しくその場を引いた。
忠陽が去ると、伏見は嘆息する。
「なんや、考えることは一緒ちゅーことやな」
放課後、忠陽は鞘夏を呼び止めた。普段通りに凜とした彼女の返事に忠陽は安堵する。
「あの、伏見先生に相談って……」
忠陽はそう言いかけ、次の言葉がでない。
「いや、そのー。嫌だったら答えなくても良いんだけど……。ほら、鞘夏さんにも個人的な事はあるからさ」
「私は相談していたわけではありません。問い質していたのです」
忠陽は安心感を得ていた。
「忠陽様のことを」
その言葉で胸がドクッと動く。
鞘夏は深々と頭を下げていた。
「このようなことをしでかし、私に罰をお与えください」
「罰だなんて……。鞘夏さんは別に何もしてないじゃないですか」
「いいえ。陽様への裏切りとも言えます」
「僕だって……、君が何か危ないことをするんじゃないかって、疑った。……それでなしってことにはいかないかな?」
鞘夏は顔をあげ、真剣な顔をみせた。
「そうは、参りません」
手を震わせながら、口を噛む姿がなぜが愛おしくもあった。
「なら、僕は罰を与えない。鞘夏さんが罰を望むのなら、それを与えないのが君への罰だ」
「それは……」
忠陽は鞘夏に微笑んだ。だが、鞘夏は顔を歪めていた。
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