第三話 学校間呪術戦対抗試合 その六

 由美子は立方体の結界を敷き始めた。


「ねぇ、神宮じんぐうさん。あの先生は何をしたの? あの男は言霊ことだまって言ってたけど」


 葉は結界を敷き終えた由美子に聞いていた。


「言葉のとおりよ。自分の言葉に呪力を乗せて、相手の行動をしばったのよ」


「そんなこと出来る人なんて……」


「伏見先生にはそれができるよ。こと呪術に関して言うなら、この天谷市で、あの人以上に頼れる人はいない。性格はあれだけど……」


 藤はため息をついた。


「そうね、そちらの先生の言うとおり、性格はあれだけど」


「性格はあれ?」


 葉は首をかしげた


「でもでも、いい先生よ! あれでも生徒から、信頼、されてる、はず……」


「藤ちゃん、どうして言い切れないの?」


  葉は藤の言い方に不安を覚える。


「だって、こんな事態になるまで手を出さないなんて、陰険いんけんでしょ。それに助けてたと見せて、恩を売ろうとするなんて姑息こそくよ」


「姫! 人聞きの悪いことを言わんでくれへんか?」


 遠くからの声に由美子は黙った。


「ったく、もうちょっと素直にありがとうぐらい言えへんのか、あの強情女わ」


「何ボヤいてんだよ。女はすぐ付け上がる。だから、こうして躾けなきゃいけんだよ」


 忠陽は鞘夏を蹴り飛ばした。鞘夏は地面に倒れこみ、痛みに耐える。


「それもそうやな。と、今は言いたいところやけど、教師としては、それ以上許せへんな」


「キサマも同じムジナだろ? あそこの女よりも、もっとこっち側だ。それともキサマも綺麗事を言う口か?」


「どないやろな。昔だったら君の考えには賛同したやろな。今となっては分からへんようになった。呪術の秘奥ひおうも目指したこともあったけど、僕は、この右腕と左目がうしなってから、分からんようなってしもうたわ」


「なんだ。キサマはただの落伍者らくごしゃか」


「そやな。落伍者らくごしゃかもしれへん。もしかすると、この喪失は、一種の呪いかもしれへんな。君と同じく」


「忠陽のことか? そうだろうな。俺という存在を作り出すための――」


「違う違う。君と鞘夏くんのことや」


「はぁ? 何言ってるんだ。こいつはただの使用人だ」


「君に言ったはずや。正確には忠陽くんにやけどな。君と鞘夏くんとの関係はただの主従関係やなく、一種の呪いや。呪いを掛けた者が掛けられた者からも拘束を受ける。君が鞘夏くんを傷つける行為も呪いの一つ。その痛みは呪力となり、それは君にも還元される。ようできてる」


「なるほど、理屈は合っているな。ジジイやオヤジがやりそうなことだ」


「せやろ? 呪術師は人間としては腐った存在やからな」


「キサマも同じだろうに。……キサマ、面白いやつだな」


「なら、無駄な闘いは止めて、僕の云うことを聞いてくれへんかな?」


「冗談じゃねぇ。久しぶりなんだ、この感覚。俺が俺である感覚は捨てられない。キサマが教師として何食わない顔をして、本質は呪術師であることを捨てられないことと同じようにな」


「そうか? 僕は教師のほうが好きやけどな」


「呪術師は全員嘘つきだ」


「それは同意や」


 忠陽は呪符取り出し、呪言を唱える。小さな四つの火球が現れ、伏見に襲いかかる。


 伏見はその火球を、埃を払うかのように、払い除けた。


 その行動に朝子や葉は驚いていた。


「ああ、全然駄目や。僕が今まで教えてきたことが、全然出来てへんで。授業が足らんかったかいなぁ」


 伏見の不敵な笑みは忠陽を苛つかせていた。


 忠陽は呪符を取り出し、緑色の真空の刃を放った。


 伏見はその刃を手刀で切り裂いた。二つに割れた真空の刃はビルに傷をつける。


「これも駄目や」


 忠陽は次の行動に移っていた。両手を閉じたまま、突き出し、高圧縮した水を放出した。水は伏見の手に集まり水玉を作り出した。その水を忠陽に投げ捨てた。水は開放され、大きな水流となり、忠陽を五メートルほど押し流した。


「君の術には欠点がある」


「欠点だと?」


「リクエストや。さっきの大きな火球。もう一度、僕に使うてみん」


 忠陽は挑発に載せられたように大きな火球を作り出した。先程よりは小さいかった。小さいとはいえ、人を殺せる火球が伏見に放たれた。伏見は手をかざすとその炎を受け止め、掲げた。誰もがその実力を量り取ることができる。


「君は僕よりは呪力量が多いかもしれへん。だけど、術においては雑やな。ただの力任せや」


 火球はどんどん小さくなり、人差し指の上に極小の玉となった。


「大きいからといって、威力に比例するわけでも無い。術の基本は呪いの強さや。それは呪言で決められることもあれば、自身の感情で増大する。だが、負の感情だけではその強さ引き出すことはできない。その強さを引き出すには冷静に、もっと繊細に扱わないとあかん」


 人差し指が放たれた小さな玉はゆっくりと動き、忠陽前で急激に爆発した。忠陽は爆発する前に呪力の壁で鞘夏と自身を守るも、忠陽のほうが爆心地に近く呪力の壁が崩壊し、弾き飛ばされていた。


かげ様!」


 鞘夏はすぐに忠陽のもとへと走っていた。


「それに呪術戦というのは君みたいに派手に戦うものやない。もっとスマートに戦い」


 伏見は忠陽のもとへゆっくりと歩く。忠陽は立ち上がろうとするも、先程の爆発で脳震盪を起こしているのか、うまく立てないでいた。


「呪術戦の基本は嘘と小技の応酬や。大技なんていうのはホンマの人間の領域を外れた者がやることや」


 忠陽に寄り添う鞘夏の肩を掴みながら、忠陽は立ち上がある。血痰を吐き出し、呪符を取り出す。


「ええガッツや。だけど、言うとく。もし、自分以上の力量の敵にあったら逃げることだけを考え。それは何も恥やない」


「……キサマは、逃げた口か……」


「そうや。そうして、右腕と左目と、友を失った。僕は自惚うぬぼれていたんや。呪術の秘奥を目指し、神代しんだい御業みわざを手に入れることができるってね」


「…キサマは…ただ…逃げた…だけだろ」


「それはちょっと違うな。僕は本物の天才を知っている。はっきり言う。君や由美子君には才能はない。僕が言う、本物の天才に会った時、君等は成すすべなく殺される」


「…次は…キサマを……殺す!」


「そうか、僕はまだ君に色々と教えていことが山程あるねん。だから、今は眠りい」


 伏見は忠陽の目を閉じた。すると、忠陽は崩れるように倒れた。


 周りには静寂が訪れ、炎の明かりだけが、伏見を照らす。藤はそれをじっと見つめていた。

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