短編
水咲晴真
短編 クリスマスの恋人ごっこ
暴風雪の中、ラーメン屋の店先に座り込んでいた女の子を拾って自分の住むアパートへと連れてきた。
家を追い出され、しかもろくにお金もない。かと言ってこちらも給料日前で貸せるほどのお金を持っていなかったからという建て前はある。
明日になってラーメン屋の前に警察がたくさん来るような事態を避けたかったというのもある。
まぁ結局はお節介というか、お人好しな性格のせいだけど。
冷えた身体を温めてもらうべく、彼女にはお風呂を勧め、雪で濡れた服を部屋の中に干していた。
ポタポタと垂れる溶けた雪を雑誌の上に敷いたタオルが受け止める。
その間に簡単に食べられるものを作っておく。
折角のクリスマスイブなのに、ケーキもチキンも買わずに半額になっていた安い豚肉ともやしで炒め物。一つ48円になっていた豆腐と冷凍庫に入れていた油揚げで味噌汁。冷蔵庫のたくあんと炊きたてご飯を用意したところで彼女はお風呂から出てきた。
「ありがとうございました。生き返りました」
「ああ、それはよか……った……」
厚着のせいでわからなかったが、彼女はかなりスタイルが良く私が用意した服ではいろんな意味でギリギリになってしまっていた。
さすがにじっと見ていたらおかしいのですぐに目を逸らすと私は彼女に食事を進めた。
「美味しい……」
「あはは、安物ご飯で悪いけどね。私も給料日前だから……」
誰かを家に招くなんて想定していないせいで食器も足りず、ご飯なんて紙皿に入れて出してしまっている。
なんとなく、こんな食事をさせて申し訳ない気持ちでいっぱいになる。
「ご馳走でした」
食事を済ませた私達はベッドに寄りかかり温かいコーヒーを飲みながら、彼女の事情を少しだけ聞いた。
同棲している相手と喧嘩して追い出された。それだけのことだったが、よくあることでもある。
「明日になったらちゃんと謝っておいでね」
「はい。……でもまさか、こんな優しいお姉さんに助けてもらえるなんて思いませんでした」
「あは……昔からよくお人好しって馬鹿にされてたからね。それでもひょっとしたら一人の命を救えたと思えば十分かな」
「こんな優しい人が恋人だったら、きっと心穏やかに過ごせるんでしょうね……」
すぐ隣で寂しそうにコーヒーを啜る彼女。
「どうだろうね。自慢じゃないけどこの年まで恋人なんていたことないから」
「……じゃあ今日だけ私が恋人役しますよ」
「恋人役って……女同士で?」
「嫌ですか? 恋人欲しくないです?」
「そりゃ作れるなら欲しいよ? あまりにモテないからいっそ同性でもいいやって思ったことだってあるし……」
と言ったところで、私の口は動かせなくなった。
目の前の彼女の口によって塞がれてしまったから。
「……どう、ですか?」
「どう、って……いや、キスとか、初めてだし……」
「じゃ、じゃあ今度はちゃんと感想言って下さい」
彼女は手に持ったカップをテーブルに置き、私の手からもカップを奪うともう一度口付けしてきた。
先ほどより長く、腕を背中に回して、より密着して。
「……コーヒーの味がしたよ」
「って、あ、味の感想じゃないですよ。……私は、心がポカポカしました」
「あ、うん。なんか、凄かった」
私の感想が気に入らなかったのか、彼女は本当の恋人のようにそれから私達が眠るまでずっとキスをしてきた。
二人で布団に入って眠りに落ちる直前。
「こんなにキスしたら恋人役どころか本当に好きになっちゃいそうだね」
「好きになって欲しいです。私は好きになりましたから」
「そう。じゃあ私達は今日から、恋人同士、だね……」
そこで、私の意識は途絶えてしまった。
バタン
玄関から聞こえてきた音で目を覚ました私は呆ける頭を抑えながら身体を起こした。
部屋の中にはもう誰もいなかった。
私の隣に残る温もりは確かにあるのに、あの子はいなかった。
『連絡が来たので帰ります。ありがとうございました』
と書かれた紙がテーブルの上に置かれていた。
恋人同士になったんじゃなかったの……?
クリスマスの朝、聖夜一夜限りの恋人ごっこを終えた私は一人、ベッドの上で涙を零した。
短編 水咲晴真 @haruma-mizusaki
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