第12話 金騎士Ⅱ

 大都市イグラル


 咬葬隊所属のミノタウロス『殴殺夫』ウォックは守りの薄そうな教会を襲撃し、見事『聖剣十字』の奪取に成功していた。が、いざ逃げようとした時、聖騎士の一団が教会に突入して来た。

「何故こんなに早く聖騎士団が!?」

「何言ってんだこのミノタウロス?」

「ここのすぐ裏に俺たちの詰め所があるのに」

「我々のホームに攻め込んで来るとは良い度胸だ」

「な、何ィッ!?」

 完全にウォックの見落としであった。

 魔物が不利になる教会からは何とか脱出したものの、外は既に聖騎士団に囲まれていた。自業自得なのでどこにも怒りのぶつけようが無い。ウォックは己を呪った。

『聖剣十字』は手に入れたし、聖騎士どもに付き合ってやる必要は無い。適当に邪魔者を蹴散らして撤退してしまいたいのだが、これがなかなか上手くいかなかった。

「クソ! こいつらちょこまかと……!」

 戦闘を始めてから何分経った? ウォックはようやく違和感に気づき始めた。聖騎士どもはわざと攻めの手を緩め、防御と回避に徹していた。攻撃のチャンスを敢えて見逃すことで、ウォックにも決定打を打たせないよう立ち回っているのだ。

(おちょくってやがるのか? この俺を)

 聖騎士団に限ってそれはありえない。奴らは敵をいたぶることにも、凌辱することにも関心が無い。命乞いをしようと、相手が幼体であろうと、魔物ならば容赦無く首を刎ねるのが聖騎士団だ。

(狙いは時間稼ぎか? だとしたら何を待っている? さっきの光……まさか、本当に金騎士がこの町に……?)

 空高く放られた何かが、陽の光を遮った。それは緩やかな放物線を描いて、ウォックと聖騎士団がせめぎ合う教会前の広場に落下した。ぐしゃっと、肉の潰れる音がした。

(何だ!)

 ウォックと聖騎士は互いを牽制しつつ、落ちて来た物体を横目に確かめた。

 三つ連なった、大きな犬の頭だった。一様に眼球が飛び出し、舌を抜かれている。地面に叩きつけられたことで、三つ分の脳が後頭部からはみ出ていた。たちまち強烈な血と肉の悪臭を放った。

「シュアブレック……!?」

 原型は留めていなかったが、毛の色と模様に覚えがあった。咬葬隊所属のケルベロスで、ウォックとともに四天王選抜試煉に参加していた魔物だ。

 ウォックは聖騎士たちにはっきり聞こえるほど歯ぎしりした。

「畜生が、どいつだ? やってくれるじゃねぇかこの――」

 シュアブレックの生首と同じ軌道を描き、鎧騎士が広場に着地した。踏み潰されたシュアブレックの眼球や牙、毛皮の貼り付いた頭蓋の破片が辺りに散乱した。

 金騎士『無傷の神父』フティアフは、高所からの落下にダメージを負っている様子が一切無かった。ウォックもあの程度の高さなら着地できる自信があるが、受け身は必須だ。フティアフは衝撃を和らげるために膝を曲げたり、屈むといった措置を講じていなかった。直立姿勢のまま着地し、シュアブレックを踏み潰したことも、衝撃で地面を陥没させたことも、まるで他人事であるかのように平然と歩き出した。

「『殴殺夫』ウォックですね?」

 周りの聖騎士が、そんなに速く動けたのかとウォックが驚くほど素早く引き下がり、フティアフに道を開けた。フティアフはウォックの間合いの一歩手前で立ち止まり、柔和な語気で言った。

「私は金騎士フティアフ。あなたの懺悔を聞かせて下さい。私は、全てを赦します」

「……きょ、狂神父……ッ!」

 見間違いではなかった。数分前に空から降りて来た金色の光、あれはフティアフの『光の扉エンフィス・エターグ』だったのだ。

(あの聖騎士どもめ、やってくれたな)

 聖騎士団にとってみれば、人的損失のリスクを冒して魔物を討ち取るよりも、遅滞戦闘で町の被害を最小限に抑えつつ、確実に魔物を倒せる金騎士の到着を待つ方が合理的だ。金騎士は上位の魔物さえ恐れる一騎当千の怪物。自分たちは住人の避難誘導でもやっておけば、あとは魔物が勝手に減ってくれる。逃げるにしろ、狩られるにしろ、大都市イグラルから魔物がいなくなるのは時間の問題だ。

「こんのぉ……!」

「さあ、ウォック。懺悔なさい。罪を告白しなさい」

 ウォックは拳を震わせた。咬葬隊は血に飢えた荒くれ集団だが、自ら死にに行くほど馬鹿ではない。腐っても軍隊。退き時は弁えている。

(『聖剣十字』は盗った、戦う理由は無ぇ!)

 邪魔だった聖騎士たちが散ってくれたのは、むしろ好都合だ。初めから、包囲に穴さえあれば逃げる算段だった。相手はフティアフ一人。彼さえ撒けば、ウォックは第1試煉クリアだ。

(逃げるが勝ちってやつよぉ!)

 ウォックは大きく息を吸い、頬をぷくっと膨らませた。

「『煙の息吹リティニ・エコムス』!」

 強烈な臭いを発する煙を吐き出し、視覚と嗅覚を阻害する魔法だ。

 ウォックはフティアフに煙の塊を吐きかけてすぐ、背後の教会へ走った。

(まさか魔物が教会に逃げるとは思わねぇだろう。礼拝堂を突っ切って壁をぶち破り、裏へ出る。今なら詰め所はがら空きのはずだ。ぜってぇ逃げ切ってやる!)

 3メートル以上ある巨体のウォックは、角がぶつからないよう身を屈めて扉を抜けた。

「そうでしたか、ウォック」

「!?」

 あのゾッとするほど穏やかな声がし、ウォックは床に爪先を突き立ててブレーキをかけた。

 声の主が、フティアフが目の前に――礼拝堂の中央通路に立っていた。

(速――?)

「それがあなたの懺悔なのですね、ウォック。話してくれてどうもありがとう」

 ウォックは背後に視線をやった。煙が広がって視界が悪いうえ、まだ他の聖騎士がうろついている。

 自分の魔法で首を絞めることになるとは。前には金騎士。逃げ場は無い。

「クッソぉ……!」

 ウォックは体勢を深く前傾し、フティアフにタックルを仕掛けた。

「退けぇぇッ!」

 筋肉量と体重差は圧倒的。傷一つ付けられずとも、撥ね飛ばすことさえできればまだ逃げられる。

「私はあなたを赦します」

 フティアフが頭にポンと手を載せた途端、ウォックの突進力がゼロになった。

「????」

 慮外の急停止。反動は無く、摩擦抵抗も生じていない。力が抜けてしまったわけでもない。ウォックの全身の筋肉は依然として隆起し、血管をひくつかせている。

(力じゃない……俺は、何に止められているんだ……!?)

 籠手を嵌めた手で、フティアフはウォックの頭を撫でた。

「もう、何も心配は要りませんからね。ウォック、あなたは天国へ逝けるのです」

 髪の毛を掴むと、フティアフはウォックの喉に膝蹴りを入れた。喉を潰され、ウォックの悲鳴は悲鳴にならなかった。

「ッッ……~~! ……っ」

 フティアフはウォックの角を握り、てこの原理で首を捩じ切った。

 ブチブチブチィ、という肉と骨をちぎる音が教会に響く。

「良かったですね、ウォック」

 苦痛と恐怖に歪んだウォックの顔をじっと見つめた後、フティアフは礼拝用の椅子に彼の首をそっと安置した。瞳孔の開いたウォックの眼から、血涙がこぼれ落ちた。

「安らかにお眠りなさい」

 頭部を失くしたウォックの体が、ズシィンと床に倒れる。フティアフはその背中を踏みつけて歩き、教会を後にした。

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