第13話 金騎士Ⅲ
大都市イグラル
「ええ、わかってるわ。私は平気よ、あなたたちも早く脱出なさい。『聖剣十字』は他所でも手に入るわ」
絞葬隊所属のメドゥーサ『美石のリア』は仲間との
彼女は修道女に変装し、メドゥーサの特徴である蛇の髪はウィンプルで隠していた。『聖剣十字』を懐に隠し持っていることも、避難に際して教会から持ち出したと言い訳できる。
顔を伏せておけばたいていの人間は騙せたが、リスクを避けるに越したことはない。リアはできるだけ裏路地を使いつつ、避難の人混みに紛れて城壁を目指していた。
表に出る際も、聖騎士がいるタイミングは避けた。一般人よりも魔物に精通した聖騎士のアンテナは敏感だ。聖騎士が道から動く気配が無い時は、ルートを変えて回り道を選んだ。とにかく戦闘を避け、安全に町から脱出したかった。
(なんせ、今は金騎士が来ているんですもの。本当にツイてないわ)
『
(ただでさえ聖騎士の多い町だっていうのに……絶対にバレないようにしなきゃ)
フティアフは町じゅうの魔物を次々と狩って歩いているらしい。当然だろう、彼は先代四天王『猛進のエスロ』を殺した男なのだから。並みの魔物では全く相手にならない。隊長クラスですら、生き延びるのは危うい。
(グニク様は大丈夫かしら?)
護衛も連れずにさっさと単身で都市入りしてしまった絞葬隊隊長の身を、リアは案じた。グニクの魔法ならば『聖剣十字』の奪取は容易だが、金騎士の出現は彼にとっても予期せぬトラブルだ。
(まあ、人の心配してる場合じゃないけど……私も生きてここを出られるかわかんないし)
グニクは賢い男だ。他の隊長たちのような
(そうね、グニク様はきっと自力で脱出する。グニク様に限って『聖剣十字』を盗り損ねたなんてことはありえないと思うけど……もしもの時は、私が盗って来たのを渡して試煉をクリアしてもらわないと。そのためにも、まずはここを乗り切らなきゃ)
ウィンプルから蛇の髪が飛び出さないように気をつけながら、壁からちょっとだけ顔を出した。ここは住人が避難した後で、がらんとしていた。道は無人で、聖騎士もいなかった。
(よし、ここなら通れる)
道を進むと、まだ遠いが城壁が見えて来た。この先も避難誘導が終わった地点なら、すんなり通れるかもしれない。しかし油断は禁物だ。あくまで裏路地を選び、慎重に、ちょっとずつで良いから着実且つ安全に城壁へ向かうのだ。
(さっき聞いた金騎士の目撃地点からも距離がある。内地の魔物の殲滅に忙しくて、まだこっちまでは手が回らないはずだわ。今のうちに……)
誰かが、リアの肩をトントンと叩いた。
「え?」
「懺悔なさい、『美石のリア』」
驚いて振り向くと、すぐ後ろに全身鎧の騎士が――『無傷の神父』フティアフがいた。
(なんでここに……!?)
フティアフがリアの肩を掴む。
「あなたの罪を、私が赦して差し上げます。さあ、懺悔を。リア」
内地の方にいたんじゃなかったの? リアは通信魔法を使ったが、誰からも応答が無かった。呼びかけを無視されているのではなく、呼びかける相手を探知できなかった。
(皆、死んだ? ……向こうの魔物を全部殺したから、こっちに来たの!?)
少なくとも、イグラルに集結した試煉参加者は200はいた。
イグラルは中央に近くなるほどに『聖剣十字』が多い。その分だけ、内地側に集まった魔物も大勢いたはずだ。
(この短い間で……いったいどれだけの魔物を……ッ)
リアはフティアフの手を振り払おうとしたが、万力のような力で掴まれびくともしなかった。彼の腕を叩いても、何故か叩いた気がしない。肩を切り落として逃げた方が早いくらいだ。
「く……!」
リアはウィンプルを脱ぎ捨てた。
シャーッと牙を剥く蛇の髪と、リアの眼が煌々と光を放つ。
「『
眼を見た者を石化させる、メドゥーサの
リアが死した後も石化が解けることはなく、その効果はもはや呪いの域にあった。例えリアがここで殺されたとしても、フティアフを道連れにすればグニクの生存率が大幅に上がる。
兜の奥にあるフティアフの眼と、リアの眼が合った。フティアフの眼は呆れるほど穏和な雰囲気を醸し、にっこりと微笑んでさえいた。その眼に向かって、リアはありったけの魔力を注ぎ込んだ。
(石になりなさい! 狂神父!)
フティアフはリアの頭を蛇の髪ごと、ガシッと掴んだ。
「え?」
兜が間近に迫り、リアの視界を塞ぐ。
ゴシャリ。
強烈なヘッドバッドを叩き込まれ、リアの眼球は眼窩と鼻骨もろとも粉砕された。
「ッッ……ぇ、あぅえ……ごぅえぇぇぇッ!?」
陥没したリアの顔面から、フティアフが額を離す。不思議と、兜にはリアの血が一滴も付いていなかった。
(なんで……効かない……の)
リアはじたばたしてフティアフを叩いたが、抵抗にすらならなかった。
(確かに……私の、眼を……見た、はず)
リアの魔法は神の加護を貫通する。彼女の『聖剣十字』は加護を纏った信徒一家を石化させて奪った物だ。戦闘こそ避けていたが、眼を合わせさえすれば聖騎士だって石にできた。
誤算があったとすれば、彼女が石にできると確信していたのはあくまで聖騎士であり――金騎士ではなかったこと。
フティアフの絶対防御が、物理攻撃だけでなく魔法に対しても絶対であったということだ。
「それがあなたの懺悔ですか。わかりました。赦しましょう、リア」
フティアフはリアの首を掴んだ。頚椎をへし折らんばかりの力で首を絞め上げながら、もう一方の手でリアの蛇の髪を掴み、もぎ取り始めた。
「いっ!? いひ、いいいいいいぃぃぃぃぃッッ!?」
「これは赦しです」
一度に5本から6本の蛇の髪が、腹を引きちぎられ断末魔を上げた。蛇と連結した頭蓋骨の一部が付いて来ることもあった。蛇の髪をもがれる度に、リアはみるみる抵抗する力を失っていった。
「……いっ……ぅい、いっ……」
1分と経たず、リアは禿げ頭にされた。それどころか、頭蓋骨まで剥がされ脳が露出していた。目と鼻は潰れていたが口は無事であったために、リアは呼吸困難で死ぬことができなかった。悲鳴を上げる余力さえもなかった。
「いっ……イッ、あ、ば……こっ……」
「安心して下さい、リア」
フティアフは優しい声をかける。
「あなたの全ては、赦されます」
「ごっ……ぼ、ぉお……い、ぃひ……っ」
「はい。そうですか。では赦しを続けましょう」
それは一瞬の出来事だった。
オークの巨体が太陽を遮り、フティアフとリアを影が覆った。
音よりも速く、そのオークは現れた。凄まじい重量に踏みしめられたレンガ敷きの地面が凹んでいた。
オークは既に戦斧を振りかぶっていた。夥しい古傷に覆われた腕は筋張り、鍛え上げられた筋肉を隆起させている。真っ赤に充血した眼にはリアなど映っておらず、フティアフだけを見ていた。穴が空くほど見ていた。
フティアフもまた、兜越しにオークを見上げた。フティアフはニコッと笑みを浮かべ、音が追いつくと同時に言った。
「どうも、こんにちは。驀進の――」
潰葬隊隊長『驀進のイヴァエ』は、渾身の一撃を振り抜いた。
「『
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