第7話 光の扉

 大都市イグラル


 同時多発した魔物の襲撃により、大都市イグラルは大混乱にあった。最初の『蹴散らす』サルタの攻撃から間もなく、聖騎士団は魔物の標的が『聖剣十字』を持つ人物や建物であることを推定していた。が、魔物が苦手とするはずの『聖剣十字』を求める理由は依然不明のままだった。

「現状、『聖剣十字』をゲットした魔物は60人前後。うち逃走に成功したのは30人てところかな」

『水没竜』リテーは閉じた片目で千里眼セリムの魔法を使い、広大な都市内の戦況を傍観していた。

「『聖剣十字』の奪取が順調に進んでいる。そろそろ動かないと、私たちの分が無くなるよ。エリフ」

 開けている方の目を隣にいる『炎殲の紅竜』エリフに向ける。彼は城壁から足をぶら下げて座り、未だに行動を起こす気配が無い。

「その胸騒ぎの正体を見届けないと、どうしても気が済まないのかい? 別にここを去った後でも情報は入るだろう。直に目撃しなければいけない理由があるのかい」

 エリフは人々が逃げ惑い、炎上する町に目を落としたまま言った。

「なぁ、リテーよ。お前はただ試煉をクリアできりゃそれでいいみてぇだけどなぁ。それじゃあつまらねぇと思わないか?」

「……エリフ、あなたはこの試煉を楽しもうとしているのかい? とてもそんな余裕のある試煉には思えないけど」

「じゃあ、一つ想像してみろよリテー」

「?」

「現四天王『塵の阿修羅』アリューズなら、この試煉をどうやってクリアする? 『蹴散らす』サルタみてぇに馬鹿真面目に『聖剣十字』だけを奪ってちゃっちゃと逃げるか?」

「……いや」

 リテーは町の混乱の中に、アリューズの姿を思い描いた。

「きっとあのお方なら……をするだろうね。手土産に聖騎士団の首を100個獲るとか、そういうのを」

「だろ?」

 エリフは肩をすくめた。

「四天王にとっちゃ、こんなのはお遊びでできることだ。課された試煉を試煉として真に受ける奴なんて、そもそも四天王の器じゃねーのさ」

「つまり?」

「これは四天王になるための試煉なんだぜ。俺たちじゃなく、四天王の基準で見なくちゃ意味が無ぇ。遊びながら余裕でクリアして、初めて四天王の足元に及ぶってこった」

「……そう」

 リテーは腕を組み、呆れ気味に言った。

「……素直に『折角のイベントだから楽しまないと損じゃん』って言えば?」

「はぁ〜可愛くねぇヤツ」

「全く、馬鹿な動機だ。いつも付き合わされるこっちの身にもなってくれよ」

「そう言うな、お前も楽しめよリテー。隊長クラスがこぞって競うんだ。こんな催しはなかなか無い」

 エリフは器用に尻と腿で跳ねて宙返りし、城壁の縁に立った。

「つっても、それで失格になっちゃ本末転倒だからな。手に入れる『聖剣十字』の目星くらいはつけておくか。まぁ最悪、ウォック辺りからぶんりゃいいか」

(可哀想なウォック……)

 エリフが城壁から飛び降りようとした、その時だった。

 上空に強烈な光が発生し、都市を照らした。

「!?」

 エリフは足を止め、突如現れた眩い光を見上げた。彼は目を丸くした。

「馬鹿な」

 神々しい金色の光は、天空から抜き取られた太陽が地上に顕現したかのようだった。光はやがて形を変え、一本の柱となって町へ降り注いだ。

 リテーが緊迫した声で言う。

「エリフ、あれって……」

「ああ」

 エリフは眉間にしわを寄せた。

「『光の扉エンフィス・エターグ』だと?」

 聖騎士団は魔法を使わない。彼らが摩訶不思議な現象を起こす時、行使しているのは魔法ではなく、必ず神の加護に由来する奇跡だ。

光の扉エンフィス・エターグ』は奇跡の中でもとりわけ魔法じみている。いや、逆か――奇跡を模倣して、魔法が造られたというべきか。その特性は、通常の空間転移魔法エヴォムと相違無い。

 ただし私的に習得できる魔法と異なり、奇跡は信仰心と地位を認められた者にしか扱うことを許されない。『光の扉エンフィス・エターグ』の使用権を持つのは、聖騎士団の頂点。即ち金騎士のみだ。

(あの光の有効範囲は空間転移魔法エヴォムと同じ最大600キロメートルのはずだ。聖都はそれより遥かに遠い。ってことは……クソ!)

 エリフは舌打ちした。緊急事態にもかかわらず、聖騎士団が遅滞戦闘に徹していた理由がわかった。

 驚愕と怒りを通り越し、彼は笑ってしまった。

「平時は聖都常駐のはずの金騎士サマがよぉ……近くに遠征でもしてやがったのか?」



 大地を照らした金色の光の奥から、黒いシルエットが歩いて来る。それは光の外へ近づくにつれて明確な輪郭を帯び、地上に降り立った。

 7キロメートル離れた地点にいた潰葬隊隊長『驀進のイヴァエ』は、その光から現れた人物を肉眼で捉えていた。イヴァエは眼を血走らせ、震える唇を引きつらせて歯を剥き出した。

 憎悪を込めた、掠れた声を彼は吐き出した。

「アイツはぁ……ッ!」



 一縷の隙も無く全身を覆う鋼鉄の鎧は見事なまでの光沢を放ち、僅かな傷一つ無い。その騎士が無事に大地を踏むのを見届けると、光は天に還っていった。

 吹き荒ぶ風になびくマントには、『聖剣十字』のシンボルがでかでかと刺繍されている。不思議にも、騎士の装備はそれだけだった。聖騎士の大半が支給される剣も、その他の武器も、一切帯びていない。

 騎士は顔を完全に覆った兜の中から、魔物に蹂躙された町を見回した。燃える家、逃げる人々、崩落した教会、死屍累々の信徒。原型を留めない肉塊にされた、誰か。

 見渡す限りの凄惨な光景に伴う、悲鳴と断末魔、焦げた臭いや血の臭い。大都市イグラルを襲った悲劇を五感で感じ取り、騎士は空を仰いだ。

「良い天気ですね」

 騎士は言った。

「救済日和です」



 リテーが千里眼で確認した金騎士の姿を伝えると、エリフは苦笑して冷や汗を誤魔化した。

か……よりにもよって、とんだイカレ信者が来やがったな」

 魔族なら、いや……四天王を目指す者なら、彼のことを知らぬ者はいない。いるはずがない。

 彼の名は、


 聖騎士団金騎士『無傷の神父』フティアフ。


 15年前――先の戦争において、先代四天王『猛進のエスロ』を討ち取った男である。

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