第4話 先制
大都市イグラルから北へ200キロメートル
エレノール森林
「お! あった!」
魔王の友人、ニドは森の奥深くにひっそりと佇む小さな教会を見つけた。
「前に来た時よりちょっとボロくなってるけど、流石は神の加護が付いた教会だね。廃墟になってなくてよかった」
ニドが100年前にこの教会を見つけたのは全くの偶然だった。あの頃はピクシーの踊り食いにハマっていて、この森に住むピクシーがほぼ絶滅するまで食い漁っていた。ピクシーを追い回すのに夢中になっていると完全に迷ってしまい、3か月ほど彷徨った末に辿り着いたのがこの教会だった。
当時は信徒の四人家族が住んでいた。ニドを迷子の子供と勘違いし、親切に保護してくれた。何でも、三代前の家長が敬虔な信徒だった妻のために住まいを教会に改築し、以来、一家で信仰を捧げる慣習が代々続いていたのだという。
家庭用の教会など完全に趣味の領域だが、それ故に純粋な信仰心を聖騎士団に認められたらしい。僅か二代目で『聖剣十字』を与えられた。これは異例の早さだ。100年前に住んでいた家族はこのことを全く自慢する素振りは無く、ただただ神への感謝とともに語っていた。
(気持ちが悪い)
ニドは苦い顔をした。
(うぅ……やっぱり近づくだけでもキツいなぁ。あの時も、あまりに気持ち悪くてその日の夜に出て行っちゃったけど……でも確かに、祭壇に飾られた『聖剣十字』を見た)
教会の屋根にも『聖剣十字』が立っているが、あれは幻影だ。本体は礼拝堂の祭壇に飾られている。外からも聖騎士団の守護対象であることがわかるように、屋内のどこかに設置すると『聖剣十字』の幻影が屋根に現れる仕組みになっている。
(屋根にあれが出てるってことは、まだ誰かが住んでるってことだね。あの時の子供の子供かな。それとも孫かな。あの一家、うっかりぶっ殺しておかなくて正解だったな)
ニドは教会の扉に手を当てた。肌がヒリヒリし、寒気がする。
(やっぱりヤだなぁ、教会って)
魔なる者にとって教会は毒でしかない。しかも『聖剣十字』の加護を与えられた教会に足を踏み入れるなど、毒沼に浸かるに等しい愚行だ。
『聖剣十字』は劇物だ。弱い魔物なら触れただけで死んでもおかしくない。そんな物を魔都に持って来いだなんて、つくづくイカれた試煉だ。ただ奪うだけでは終わらない。魔都へ運搬する間も、神の加護に毒される苦行が続くのである。
(長居は体に良くない。さっさと『聖剣十字』を盗ってさっさと出て行こう。ここなら聖騎士団は滅多に近寄らないし、一家数人程度なら殺してもすぐには問題にならない)
ニドは意を決して扉を開けた。
「えいっ」
手製の小ぢんまりとした礼拝堂に陽光が差し、ステンドグラスが輝いた。内装は変わっているが、造りはあの頃と大差無い。長椅子はたった二列だけ。扉からまっすぐ正面へ伸びる安物のカーペットの先に祭壇があり、そこに飾られた金色の十字架が、陽光をキラリと反射した。
本物の『聖剣十字』だ。
教会の毒気についクラッときたが、目当ての『聖剣十字』を見つけると、ニドはぱぁっと笑顔を咲かせた。
「やった! みーっけ!」
礼拝堂に駆け込んだニドの耳に、しわがれた声と頼りない足音が聞こえた。
「おや。お客さんとは珍しいね。祈りに来てくれてたのかい?」
祭壇の脇から、年老いた神父が現れた。顔立ちを見て、ニドは確信した。100年前に会った神父の、孫だ。
杖を突いて歩き、祭壇の前に出て来る。『聖剣十字』の前に立ちはだかるように、ニドの目の前で立ち止まる。
ニドを見ると、神父は優しく微笑んだ。
「どうしたの? 迷子かい?」
あの時の、100年前の神父と全く同じセリフを口にした。
ただし、ニドの返答はあの時とは違った。
「ううん。
にわかに強風が起きる。次の瞬間、神父は真っ二つに切り裂かれていた。
大都市イグラル
空に巨大な影が差す。影の正体はよく慣れ親しんだ形をしていた。靴を履いたり、入浴したりなんかする時に必ず目にするもの。
足。
尋常でなかったのは、そのサイズ。
空に蓋をし、家を丸ごと覆い尽くしてしまうほど大きな足だった。見立て通りに、その足はとある信徒の住まいをぺちゃんこに踏み潰した。
強烈な轟音と、地響きが起きる。
一帯にいた人々が衝撃波に吹き飛ばされ、運の悪い者は飛来した瓦礫の餌食となった。
早朝。土煙が巻き上がるなか大都市イグラルの住人が見たのは、民家一つを跡形も無く踏み潰した巨人の足だった。
巨大な足だけが突如として出現し、住宅街を蹂躙したのだ。
住人がパニックになるよりも早く、巨人の足は現れた時と同じように、忽然と消えた。代わりに、空から筋骨隆々の男が降って来て、潰れた家屋の瓦礫に着地した。
数十メートル上空から落ちて来たはずだが、男は平然としていた。何事も無かったように瓦礫を漁り始める。巨人の足を見たばかりではつい麻痺してしまうが、近くで見ると男はかなり大きかった。3メートルはある。その時点で、大男が人間でないこと、そして先程の巨人の足の正体も彼であることは、おおよそ断定できた。
3メートルは、巨人族が己を縮めることのできる最小の大きさと言われていた。
「巨人だー!」
「巨人が出たぞおおお!」
「逃げろおお!」
大男を目にした住人が半狂乱に喚き、逃げ惑う。
「聖騎士団を呼べ!」
「子供を避難させろ!」
「早くこっちへ!」
周りの騒ぎに全く構わず、大男は一心不乱に瓦礫をひっくり返した。
「む」
瓦礫の下から、金色の光沢が漏れている。大男は素手で瓦礫を掘り起こし、『聖剣十字』を拾い上げた。
「頑丈だな。我が踏んでも砕けんとは。そうでなくては困るがな」
四天王試煉参加者――無所属の傭兵。
巨人『蹴散らす』サルタ。
サルタは『聖剣十字を』懐に入れると、常軌を逸する跳躍力で民家の屋根へ上がった。逃げる人々の動きから聖騎士団のいる方向を予想し、反対方向へ向かって再び跳んだ。屋根から屋根へ跳び移り、城壁が見えて来ると地上に降りた。
舗装された道を踏み砕きながら駆け抜ける。城壁が迫っても、サルタは走力を緩めなかった。衝突の瞬間、サルタは肩だけを巨大化させ、大砲のようなタックルをお見舞いした。
「『
城壁を突き破ったサルタは肩を縮め、再び平然と走り出した。彼の足は馬よりも早く、森の中へ駆け込むとあっという間に追えなくなってしまった。
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