第3話 聖剣十字
第1試煉開始から2か月後
大都市イグラルから北へ200キロメートル
エレノール森林
魔王の友人、ニドは一人森を歩いていた。
「う~ん。道間違えたかなぁ……こっちだと思ったんだけど」
最後にこの森に来たのは100年前だ。それだけ経てば地形が変わってしまうこともある。記憶を頼りに森を進むのには限界があった。
「でもなぁ~。絶対にこの辺だったんだけどなぁ」
魔王軍領から飲まず食わずで歩き続け早2か月。こんなに手こずると思っていなかった。流石にちょっとお腹が空いてきた。森に生息する小動物を捕まえて齧ってもみたが、まるで腹の足しにならない。もっと大きな、それこそドラゴンなんかがいたら良い間食になるのだが。
「困ったなぁ。見覚えのある木もちらほらあるけど……肝心の目印にしてた木が見当たんない。100年の間に折れちゃったか。どうしよっかなぁ。ここら辺は全然人も通んないし……運良く山菜取りしてる人でもいない限り……お?」
茂みの向こうから話し声が聞こえた。人間の声だ。
ニドが茂みを掻き分けて進むと、整備された林道があった。以前はこんなもの無かった。森に人の手が入って道が造られたのだ。
「あ」
茂みを抜けたニドのすぐ目の前に、ボウガンを装備した猟師がいた。人間の男が、二人。年齢差と顔の似方からして、おそらく親子だ。
「ラッキー、人だ!」
ニドは猟師に道を訊くついでに、ちょっとしたおやつタイムを取ることにした。
大都市イグラル
「聖騎士団が正式に配布している『聖剣十字』は2000個と言われている」
大都市イグラルへ向かう道中、咬葬隊副隊長『水没竜』リテーは話した。
「やろうと思えば試煉参加者全員が『聖剣十字』を手に入れられる。が、話はそう単純ではない。2000個のうちの1500は
彼女は人間から奪った馬車に乗っていた。動物は人間よりも脅威に敏感で、馬は彼女が手綱を握らずとも従順だった。彼らの飼い主は、ここより20キロも南でミンチになっている。今頃は蝿の苗床になっていることだろう。
「となると、私たちが狙える『聖剣十字』は500個に絞られる。この時点で参加者が100人落ちることは確定だ」
肩越しに馬車の中を覗く。積荷を枕代わりにして寝ていた赤髪の竜人が大儀そうに上体を起こし、盛大な欠伸をかました。
「そういう御託はどうでもいいんだよ、リテー」
咬葬隊隊長『炎殲の紅竜』エリフは、ボリボリと頭を掻いた。
「どっから『聖剣十字』を盗ってくりゃいいのか。そんだけ教えてくれ」
「……エリフ。あなたも少し頭を使った方がいい。四天王には頭脳も求められるのだから」
「うるせぇなぁ。俺の頭は稀少だからいざという時のためにとっておいてんだよ」
「それは遠回しに自分が馬鹿だと言っているのか?」
「……ぇあ?」
「まだ寝惚けているね。到着するまでに目を覚ましておいてよ」
リテーは道の先にそびえる城壁を顎で指した。
「ほら、見えて来た。大都市イグラルだ」
「イグラルぅ~?」
「『聖剣十字』は世界各地にあるが、決して無差別に配っているわけではない。『聖剣十字』は守護対象の証。与えられるのは、厳しい基準を満たした敬虔な信徒のみだ」
「へ~」
「イグラルは宗教都市としても知られていてね。聖都の次に『聖剣十字』の数が多い。その数、実に150。地方をあちこち回って『聖剣十字』を探すよりも、ここを当たるのが一番手っ取り早い」
「お前そういう知識どこで身に付けてんの?」
「一般教養だよ馬鹿。それでも700歳か」
大きな影が馬車の上を横切る。リテーは目を上げて空を見た。
「『聖剣十字』が多いということは、駐在している聖騎士も多いということ。聖騎士と激突するリスクは避けられない。でも聖都よりは遥かにマシだね。それに、駐在しているのはせいぜい銅騎士以下。私たちなら難無く退けられる」
「……」
「ただ一つ、問題がある。空を見てくれ」
次々と影が馬車の上を撫でる。影は一様に、大都市イグラルに向かって飛んでいた。
「他の参加者も、私と同じ考えだったみたいだ」
大都市イグラルの上空には、既に数十人の魔物が飛び交っていた。全員、試煉の参加者だ。空を飛べる者だけでこの数なら、地上にはもっと多くの魔物がいることだろう。早くも都市内へ侵入している者がいてもおかしくない。
「『聖剣十字』の争奪戦だ。聖騎士とライバル候補、どちらも相手にしなきゃいけないよ」
「……」
「聞いているのかい、エリフ」
リテーが振り向くと、エリフは険しい顔で彼女を睨んでいた。きょとんとするリテーに、エリフは怒気を込めた口調で言った。
「……ここどこだ?」
「いいから早よ起きろ」
リテーは魔法で冷水を生成し、エリフの顔面に浴びせかけた。
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