第1試煉 聖剣十字を奪取しろ

第1話 候補者

 ドノミドは魔王軍穿葬隊に所属する魔女である。

『金剛の魔女』の二つ名を持ち、歳は200。

 魔女界きっての武闘派組織『魔杖集会』から魔王軍へ引き抜かれてから、早80年になる。

 彼女は今、魔王軍四天王選抜試煉の開会式会場にいた。無論、参加者側としてだ。

 本来、四天王を志す勇敢な戦士としてこの場に立つべきだが――ドノミドの目的は違った。

 いや、確かに四天王になれたら良いなぁとか、もし四天王になったらこんなことをしたいとか、夢みたいな空想はした。ここに到着するまでに、意外とあっさり四天王になれちゃったり? なんて妄想も何度かした。

 だが、会場に辿り着いた瞬間にそんな淡い夢物語は木端微塵に打ち砕かれた。

 ここに集結していたのは、魔王軍を代表する真の猛者たちだった。単純な戦闘力はもちろん、統率力、知識、実績、血統、どれを取っても一流のカリスマたち。200歳そこらの小娘に過ぎないドノミドなど、まるで太刀打ちできない。

 中でも、四天王候補筆頭とも言うべき隊長クラスは化け物揃いだ。


 咬葬隊隊長『炎殲の紅竜』エリフ。


 700歳の竜人。先の戦争で二度も勇者を撃退した名将。

 獣人族が大半を占める戦闘狂集団、咬葬隊を腕っぷしで纏め上げた圧倒的な統率力と暴力性を併せ持つ。炎の魔法を得意とし単騎でも優れた戦果を上げ、竜人族史上最高火力との呼び声も高い。

 エリフは最有力候補だ。まず間違いなく、四天王の席の一つは彼のものとなるだろう。

 彼の四天王入りに文句は一つも無いが、気になることがあるとすれば……彼が同伴させている、もう一人の竜人についてだ。


 咬葬隊副隊長『水没竜』リテー。


 600歳の竜人。彼女はエリフの右腕だ。

 エリフとは同郷で、関係性は兄妹にも等しい。水の魔法を得意とし、戦場ではエリフの弱点を完璧にカバーする。自ら率先して前線に立つエリフに代わり、戦略を練る参謀役でもある。副隊長の肩書きは伊達でなく、彼女自身の戦闘能力も非常に高い。

 彼女を同伴させたエリフの意図は読めなかった。いつものように補佐役として連れて来たのか。それとも、まさか二人揃って四天王の座を狙っているのか。

 次はベテラン中のベテラン。正直もう引退してもいいくらいの老兵だ。


 潰葬隊隊長『驀進のイヴァエ』。


 1500歳のオーク。過去千年に渡って潰葬隊の隊長を務め上げた生ける伝説。

 典型的なオークらしい筋肉と脂肪の鎧に覆われた巨躯は4メートルに迫る。全身に刻まれた無数の傷痕や、潰れた左眼や欠けた耳、失った数本の指を敢えて治さず戒めとする、良くも悪くもプライドの高い古いタイプの戦士だ。

 イヴァエの四天王試煉への参戦は衝撃的だった。全盛期に比べて遥かに衰え、老い先も短い。だが同時に、得心もした。

 戦没した先代四天王『猛進のエスロ』はイヴァエの同期であり、かつて潰葬隊で切磋琢磨した戦友でもあった。イヴァエは安息の余生よりも、戦友の無念を晴らすことを生涯最期の使命に選んだのだ。

 老齢とはいえ、実力は今なお魔王軍トップクラス。順当にいけば彼も四天王入りするに違いない。

 次は若手の有力候補だ。


 絞葬隊隊長『賊虐卿』グニク。


 400歳のヴァンパイア。

 目立った戦績は無いものの、人間の町や村への略奪で魔王軍を資金面から支えている。二つ名の通り、彼がその名を轟かせたのは武勲ではなく略奪に伴う残虐行為の数々だ。

 誘拐、拷問、人体実験、処刑、奴隷の調教。魔王軍領に出回っている奴隷の七割は絞葬隊が仕入れているとされる。近年では魔物と人間の新たな交配種を造る試みに力を入れているという。

 四天王はただ腕力が強ければなれるというものではない。領主を任せられる以上、一定以上の頭脳と組織運営力は欠かせない。そういった面では、ある意味グニクはエリフやイヴァエよりも四天王の適性が高いかもしれない。

 さあ、最後の有力候補。我らが穿葬隊の隊長だ。


 穿葬隊隊長『墓標の射手』ウォヴ。


 600歳のダークエルフ。ドノミドの上官である。

 剣士であり弓使いであり、そして魔法使いでもある万能兵。彼女の戦闘性能は万の軍勢に匹敵するとも言われる。事実、先の戦争では人間の魔法使いの軍勢を単騎で退けた功績を残している。

 多才な彼女だが、中でも秀でているのは魔法の能力だ。一度見ただけで原理を理解し魔法を会得する高度な分析力。如何なる魔法をも発動させる膨大な魔力量。さらには、新たな魔法を自ら開発する研究者肌な一面もある。

 魔法は本来、魔女の専売特許である。ドノミドも初めはダークエルフ風情が、と妬んだものだが、ウォヴ直々にスカウトされ彼女の下についてからは、思想が180度変わった。

 ウォヴは真の魔法の申し子だ。魔女が数千年に渡り積み重ねた魔法研究の成果は、彼女にこそ捧げて然るべきだ。彼女と魔女の魔法が合わされば、この世界の魔法は次のステージへと昇ることだろう。

 そのためには魔女の領地を侵略する必要がある。ウォヴが四天王になり今以上の人員と戦力を手に入れれば、次の勇者が誕生するまでに魔女に戦争を仕掛け、領地と研究を奪取することも可能なはずだ。

 ドノミドが四天王試煉に参加した真の目的は、ウォヴの補佐だ。ルール上、試煉に消極的な言動は許されないが、他者の補助をすることは禁止されていない。ウォヴが有利に試煉をクリアできるように手を回すこと。これこそがドノミドを含む、試煉に参加した全ての穿葬隊隊員の任務なのだ。

(きっと、私たちだけじゃない)

 他にも咬葬隊、潰葬隊、絞葬隊の隊員は多数参加しているが、本気で四天王になろうとしている者はほとんどいないだろう。彼らの志望動機もまた、ドノミドと同じ。所属する隊の隊長を四天王にするためだ。

 姑息なようでもあるが、この下っ端たちの動きは実に合理的だ。隊長が四天王になれば、その部下も自動的に出世となる。こんな都合の良い話に乗らない手はない。

(つまり、個人戦の皮を被った各隊の力比べ。四天王試煉は、事実上の内部抗争ってわけね)

 派閥争いになる以上、流血は免れない。おそらく主催側も承知の上だろう。ある程度の損害を覚悟したうえで、より優れた者を四天王に選出したいのだ。

 確かに、これは異例だ。魔王軍には改革が起きようとしているのかもしれない。だとしたら――と、ドノミドは決意を新たにする。

 ウォヴこそ、その改革に持って来いの人材だ。ウォヴの魔法は魔王軍を、世界を変える。魔王軍に必要なのはウォヴだ。

 何としても、どんな手段を使ってでも、ウォヴを四天王にのし上げる。ドノミドの忠誠が試される時だった。

(この命と引き換えにしてでも、成し遂げてみせる! ……ん?)

 隣にいる魔物が何かをブツブツと呟いていた。魔王様が激励演説をしているというのに、いったいどこの不届き者だ。

(うるさいなぁ、ちょっと注意してやろ――)

 ドノミドが隣を見ると、そこにいたのは小柄な少女だった。

(……えっ)

 ドノミドはフリーズしてしまった。

(何か……場違いなのがいる!)

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