プロローグ3 魔王

 四天王とは?

 魔王軍領は大まかに五つの領土に分かれている。

 魔王が直接統治し、魔王城を構える魔都ラティフ

 魔都を四方から囲う、

 東駆の塔ナーツァ

 西賢の森イーシウツェ

 南守の門ドラグフトゥオ

 北破の山ケルブフロン

 魔都を除く四つの領土をそれぞれ統べるのが、四天王と呼ばれる者たち。魔王に次いで『王』の名を冠することを許された、魔王軍最高峰の魔物である。


 ということくらいは、当然ニドも知っている。

 勇者との戦いで空いてしまった四天王の三つの空席を埋めるための、四天王選抜試煉が開催されるというのも、魔王本人の口から聞いて知っている。

 魔王軍も大変なんだぁ~ということも、知っている。

 しかし。

(まさか……並ぶ列を間違えるなんて~っ!)

 開催場所までは知らなかった。

 よもや、目当てのドラカツ屋のすぐ隣が開会式の会場だっただなんて。

(通りで屈強な奴ばっか並んでるわけだよぉ~、通りで親衛隊が警備してるわけだよぉ~私の馬鹿~っ)

 周囲の魔物が我こそ四天王たらんと威勢を放つなか、ニドは頭を抱えてうずくまっていた。

(どうしよう~……)

 私服にエプロンと、場違いな風貌のニドはある意味では悪目立ちしていた。が、それは浮いているというだけで、決して目を惹くというわけではない。たまたまニドの存在に気づいた魔物も、「なんか変なチビが迷い込んでるな」くらいにしか思わないに違いなかった。

(今から出て行けないかな……?)

 背後の扉をちらっと見てみる。槍を持った魔王親衛隊が立ち塞がり、がっちり門番をしていた。目が合うと、ギロッと睨み返された。

(ひぃっ)

 流石は魔王軍主催の試煉。会場に一歩足を踏み入れた以上、逃げることは許されないのだ。魔王のスパルタな思想がよく行き届いている。

(うぅ……困ったなぁ。試煉とかクリアできる気しかしないけど、四天王になんかなりたくないし……魔王タオグの配下とかご免だし)

 ニドはハッとして顔を上げ、ステージを見た。

(そうだ! 魔王タオグ、私に気づいて! こっそり私をここから逃がして! お願い!)

 ニドは沸き立つ魔物に混ざってぴょんぴょん飛び跳ね、魔王に存在をアピールした。



 先の勇者との戦いを生き抜いた唯一の現役四天王、南守の門ドラグフトゥオの領主『塵の阿修羅』アリューズは、三面六臂の女だった。

 歳は実に1200歳。白いキトンに身を包み、左右の顔には覆いが被せてある。露出した中央の顔は美しく、開いた胸元も相まって妖艶さを醸すが、口を開いた途端に魔物の片鱗を覗かせる。彼女の口は耳まで裂け、歯は爬虫類のように尖っているのだ。

「で、どんなもんで? 魔王様」

 アリューズは椅子の上で胡坐をかき、隣に座す魔王に話しかけた。

「お眼鏡に適いそうなのはいますかねぃ?」

「どうだかな」

 魔王は素っ気無く答えた。

「儂が選定するわけではない。与えた試煉を通過した者を四天王にする。それだけのことだ」

「そうは言っても~いるでしょう? 有力候補ってやつ。ここだけの話っすよぉ」

「ふん。……まぁ順当にいくなら、各隊の隊長どもは終盤まで残るだろうな」

「あ~言われてみれば、揃ってますねぃ。この前の戦でも活躍した連中がちらほら」

 一匹の蝿が、ステージの上を漂っている。魔王はその蝿に向かって尋ねた。

「エガロトネ、貴様はどう思う?」

 蝿が魔王の傍へ寄って来る。途端に蝿が二匹に分裂し、分裂した二匹がさらに四匹へ分裂した。ネズミ算的に分裂を繰り返した蝿は瞬く間に数万匹に増殖し、3メートル程の人型を形成した。

 蝿の群れは一人の魔物へと変貌を遂げる。一対の翅を持ち、ダークスーツに身を包んだ男。顔の造りは人間に限りなく近かったが、眼球だけは蝿と同様の複眼だった。

『無限蟲』エガロトネ。魔王の側近である。

 エガロトネは胸に手を当ててこうべを垂れた。

「恐縮ながら、魔王様と同意見にございます。我が軍の名立たる主力部隊の面々……咬葬隊、穿葬隊、絞葬隊、潰葬隊の隊長が顔を揃えております。壮観でございますね」

「え、潰葬隊? じゃあイヴァエも来てるの?」

 アリューズが声を上げ、身を乗り出す。

「わぁ~お本当だ、マジで来てるじゃん『驀進のイヴァエ』。オークなら1500歳は相当な歳だろうに、よくやるわぁ」

 魔王が言った。

「奴は確か、エスロの旧友だったな」

「あっ、そっかぁ。ダチの仇討ち的な感じ?」

「エスロ様は聖騎士団との激突で壮絶な戦死を遂げましたからね。イヴァエ隊長の心中は察するに余りあります」

『猛進のエスロ』は、かつての四天王の一角。東駆の塔ナーツァの領主だった。

「しかし、イヴァエ以外は若手が多いな」

 魔王は肘掛けの上で頬杖を突いた。

「千歳にも満たない者ばかりだ。種族による寿命の差異は致し方無いが……我が軍も層が浅くなったものだな。嘆かわしい」

「言えてますねぃ。隊長っつっても、だいたいは前の隊長が戦死して繰り上げになった奴ばっかだし? まーでも、良いんじゃないすか? 新しい風を入れようってことでこういう催しになったんでしょ? 最近の魔法は若い奴らの方が上手いし、何より血の気が多いのは大歓迎。お手並み拝見といきましょーよ。魔王サマ♪」

「そう呑気してはいられんがな。次の勇者まであと60年。あっという間だ」

 エガロトネの網状の複眼一つ一つに、兜に覆われた魔王の顔が映る。魔王に忠誠を誓う彼は、主の言動の機微に敏感だった。

(やはり……魔王様は焦っておられる)

 四天王試煉を発案したのは魔王本人だ。階級や実績を問わず志願者を募る試みは、異例中の異例。即ち、魔王自身の心境もまた異例にあることを暗に証明している。この四天王試煉は魔王の焦燥の現れであり、魔族全体への期待を裏返した一種の諦念でもあるのだ。

(おいたわしい……)

 人間でもあるまいし、願うなどと馬鹿馬鹿しい。いったい何に願うというのか。それを承知の上で――エガロトネは願わずにはいられない。

 どうか。現在の窮地にある魔王軍を再起させるほどの。次の勇者を撃退してしまえるほどの。有望な魔物がこの四天王試煉で発掘されることを――願わずにはいられない。

「……む?」

 魔王は眉をひそめた。何か今、見覚えのある顔がいた気がする。

「魔王様、どうされました?」

「いや、何でも」

 まさかそんなはずはない。見間違いだろうと思いつつ、魔王は四天王志望者の群衆をじーっと眺め回した。

(は? ……え?)

 ぴょんぴょんと飛び跳ね、こちらに手を振っている少女がいる。ワンピースにエプロンと、場違いな格好をした小柄な少女。

 つい先程、仮想空間で別れたばかりの友人、ニドであった。

(ええええなんかいる~~~~~~~~!)

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