海に眠る黄金の十字架

ハルの務める東都基督教大学総合病院には、彼女がいつも昼食の時間を共に過ごす内科勤務のミオこと立花美緒という親しい同僚が居た。未だ独身の二人は、勤務時間さえ合えばよく飲みにも出掛けた。普段は気丈で心優しく敬虔なキリスト教徒のハルだったが、何かあった時に飲む酒は、彼女の心を飲み込んで気弱にさせ、またある時は理不尽な出来事を激しく罵ったり、そして、涙もろい本心を露わにした。そんな時、ミオはそっと優しく彼女を包んでくれるのだった。

「ミオさあ、ねえ聞いてくれる?・・・中山先生ったら、患者の行動を常に見張ってないとダメだって言うの。患者は何をするかわからないから病室にも監視カメラを取り付けるべきだって。そりゃあ、オペ室には設置されていて万一の場合や新人育成用などに活用されているから、病室だってあった方が後々の役に立つかも知れないし、容体が急変したりした時にもナースステーションで即座に確認できるからいい面もあるけど、患者さんにもプライバシーがあるんだし、病室までそう遠くはないからナースコールですぐ駆けつければいいと思わない?」

「ハルも色々あるんだね。でもね、先生も悪意があって言ってる訳じゃないんでしょ。もう少し真意を確認してみたら? 患者さんが入院する時に本人や家族の方に予めその旨断って合意書にサインをもらうことも可能だしね。」

「そうなんだけどね。患者さんにも人権があるし、私たちがラウンドして応対しているときの行動も逐次監視されているようでいやじゃない?」

「そうか、患者さんにかこつけてハル自身のプライバシーが問題なのか。なあるほど。」

「いや、そうじゃないよ。私たち看護師だって一生懸命やってるんだよ。」

「じゃあ、そんなに気にすることもないんじゃない。」

「でも、他のみんなも抵抗あるって言ってるよ。」

「じゃあ、カメラを設置した場合のメリットとデメリットをみんなで話し合って、用途を明確にしてもらうよう先生に直訴してみれば?」

「そうだね。今度ミーティングのときにみんなに相談してみるよ。ありがとう、ミオ。」

「いいえ、どう致しまして。親愛なるハルの悩みとあれば私も黙って見過ごす訳にはいかないからね。さあ、もう一度乾杯して飲みなおそうよ。」

二人は、焼き鳥の追加注文と、ビールのお替わりをして、飲みなおした。


そんないつも穏やかで心優しいミオだが、実は彼女にも心に秘めた悩みがあった。

「マナティのやつ、また・・・宝探しに没頭して私のことなんか・・・」

酔いが回ってきたミオがそっとつぶやくと、ハルはそれを聞いたかどうかわからないのだが、ある話を切り出した。

「私、前にね、本で読んだことがあるの。深い 深い 海の底に『ソロモン王の黄金の十字架』が眠っているって。そしてそれはね。どうも日本の近海らしいんだけど。」

「ソロモン王って、イスラエルの王のこと?」

ミオは自分のつぶやきがハルに聞こえたのなら申し訳ないと思いながらも、興味をそそられて聞き返した。

「そうよ、ソロモンは古代イスラエルの王で、ダビデ王の息子として旧約聖書( ※1 )列王記にも記されているわ。徳島の剣山(つるぎさん)に伝わるソロモンの秘宝とかいういわゆる都市伝説があって、その秘宝の一つとされる石板に黄金の十字架に関するヒントが隠されているとか、いないとか・・・。」

聖書を何度も読み返し熟知しているキリスト教徒のハルは、旧約聖書にも精通していた。そして、都市伝説にも・・・。

「でもそれって少しおかしくない? 旧約聖書ってイエスキリストが誕生する前のユダヤ民族の物語だよね。十字架はキリストが磔にされたことで信仰の対象になったわけでしょ。だから、ソロモン王が既に十字架を所持していたとすると矛盾が生じるんじゃない?」

「確かにミオの言う通りなんだけどね。列王記に金の盾の話はあるけど、金の十字架の話はないんだよね。どうしてだろうね?」

ハルもミオの素朴な疑問に今更ながら違和感を隠せなかった。( ※2 )


それから数日経ったある日のこと、ミオはマナティに例の『ソロモン王の黄金の十字架』の話をしたのだった。

「マナティ、いい話を教えてあげる。」

「何だい?ミオがあらたまって話を聞かせてくれるなんて珍しいな。」

「実はね。友人のハルから聞いた話なんだけど、日本近海に凄いお宝が眠っているらしいよ。」

「凄いお宝ってどんなの?」

「聞きたい? うふふ、教えてあげようかな。どうしようかな。」

「おいおい、そっちから切り出しといて、教えない体はないだろう。頼むよ、教えてくれよ。」

「じゃあ、教えてあげるね。そのお宝は『ソロモン王の黄金の十字架』だって。」

「何だって、そんなの俺聞いたことないよ。もし、その話が本当だったら、世界の一大事だし、見つけたら俺たち間違いなく億万長者だよ。」

マナティは自分の胸に指で十字を描いては手を合わせ、すっかり黄金の十字架に魅せられていたが、しばらくすると我に返って根ほり葉ほりとミオに質問を浴びせて来た。

「いったいその話の信憑性は確かなのかい? 金の十字架の大きさはどのくらい? 日本近海って言ってももう少し場所を絞り込めないのかな?」

「ハルに聞いた都市伝説のたぐいだからほんとかどうかは定かではないけどね。でも、徳島の剣山辺りに伝わるソロモンの秘宝伝説は結構有名な話らしいよ。その秘宝の石板に十字架のヒントが隠されているらしい。十字架の大きさはわからないけど、海底で見つけられるのなら結構大きいんじゃないかしら? どの辺かはわからないけど、剣山に関係するなら四国近海かもね。」

「まんざらじゃなさそうだね。でも、どうやって探したらいいんだろう。」

マナティはそんなことを言いながら、早速ネットで剣山のソロモンの秘宝に関する記事を調べ始めた。

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