後日 愛の名において
◯
これでひと段落。
この件の犠牲者に花を。
それは千坂いつものポリシーである。
事件に終わりを告げるように、花好きのウチの指定した花を買って、死者を祭る。
千坂は1束の牡丹を抱え、名前の書かれていない墓に献上した。
そこは教会の共同墓地、あのデスクの形をする変な建物の近くに位置する。教徒もしくはその家族のみに設えられた墓地だそうだ。
「ご愁傷様、千坂元刑事」
後ろから女性の声がした。初めて聞く声なのに、自分の名前と職業と近況を知っている。
千坂は一瞬にして分かった。それは特別捜査隊と曳橋念願の人だった。
「まだこの街にいたとは。初めまして、堤上清葭」
振り返ると、黒いバケットハットをかぶる女性がいた。
彼女は曳橋と全く相反する顔付きで、親の良さしか受け継げないようだった。服はおしゃれで、細長い足はどこかのモデルかと思わせた。陰鬱で猫背の曳橋に比べたら、クマが唯一の共通点と言える。
そして肝心なところ……茶色の目。曳橋落夢のとは瓜二つ。
気がついたら墓地はいつしか2人だけになった。
さっきまで5、6人がいて、暗い顔で石碑に何かを言い掛けていたのに。
小ぶりの雨が降ったせいか、それとも堤上が能力を使って人を追い払ったか。
それにしてもなんでいつも墓地に来ると雨が降るのか。
「貸そう」
堤上は傘を差し出す。
黒、白、透明、3本の傘を。
彼女は3本持っているのに、さす気はなさそうだ。千坂がそのうちから一本を選ばないと、いつまでも待つつもりみたいだ。
そして千坂が白い方を取ると、彼女もようやく透明の傘を選んで開いた。
「どう返しますか?」
「教会の適当なところに置いておけばいい」
「そうですか。何をしに来たのですか?」
「そんなこと、聞くまでもない。ここは私の家だから。千坂元警官こそ、何のためにここにきた?」
「妹たちがバカな男に誑かされてここに来る前に、姉さんが先行調査しなくてはならないです」
「ほや。家族を大事にしているね」
「もちろんです」
「私と一緒!私の名前はもう知ってるよね。綺麗な名前でしょう。ママとパパがそれぞれ『葭』と『清』を与えてくれた。葭とは、水に生きる蘆のこと。風のまにまに揺れるイメージだね。でも……私は揺れたりしないよ」
堤上の顔は一変した。
私の心の闇をどうぞ覗いてくださいって言っているように、彼女は誠実でありながら凄みのある顔だった。
覗いても良かろうが、どうなっても知らないぞ。
千坂は覗くのを諦めた。
催眠を完全に回避できる彼女だとしても、堤上とだけは目を合わせたくなかった。
「……大きな目標があると言うことですか」
「そんなとこ」
「そのために、邪魔な者を排除しようとしていましたか」
邪魔者?
クエスチョンマークが堤上の頭の上に浮かぶ。
邪魔者はたくさんいるから、誰のことを言っているのか?
それとも私の邪魔ができる人間は存在するのって疑問なのか。
いまいちわからない。
でも千坂の指すことは理解できたみたいだ。
「あーー。明田のこと?彼女はね。私の傀儡でしたよ。でも彼女が勘違いして、自分の力を見誤って、教会のリソースを勝手に運用を計らっていた」
「つまり権力と金の争いか?」
「そうでもないね。一応彼女は名義上、神鳴りの間の所有者なんだから。私はただの信者。彼女に従わないとね〜」
「彼女がーー?あなたではなくて?」
「そうよ。私は神とは無縁だからね。初代の所有者の宙野鈴、二代目の明田知紗。2人はすごい才能に恵まれたからね」
「例えば、どのような才能ですか?」
「……」
何も聞こえなかったように、堤上は首を傾げた。
答えたくない質問には沈黙で対応する。それが彼女の流儀らしい。
やむを得なく、千坂(ウチ)が勝手に喋り始める。
「僕が調べたところ、宙野鈴は子供が好きで、最初に起業しかったのは孤児院だった。あなたがそれを乗っ取り、誰でも受け入れられる収容所に改造した。金には困らないあなたは大量の金をばら撒いて、人の信頼と尊敬を得て、やがて宗教へと変わった」
「あーー。へえーー。それが神鳴りの間の真実か。なるほどなるほど〜」
堤上は悟ったように頷いて、拙劣な演技を見せる。
どうやら彼女も弟の曳橋と同様、不眠症でヒステリックなところがあるようだ。
「なぜ弟の目を奪った?」
そしたら堤上が悔しい顔して、
「このまま平穏にやり過ごしたかったよ〜しかしね。明田は私を疑うようになった。『君がその気になれば私はいつでも死んでしまう。いつ催眠をくらったか分からない』って、自分を守る術が欲しいと……明田のせいよ!!」と被害者面でいた。
「だから、目を奪ったか」
「ええ。一個だけ取ってやってむしろ感謝して欲しいのだ。彼の目、パパのとよく似てるから、記念にもう一個取る気もなくはなくはなくはないね。でも緊急だったからぁ?残りの一個は今度にするよ」
醤油を借りるねっみたいな言い方だった。彼女は弟の器官を何だと思っていたか千坂には分からなかった。でも千坂は自ら自分の目を義眼に変えたから、人のことを言えないなと自覚は持っている。
「そうだぁ!もし一個普通の目を彼に移植すれば、機能のある目には変わるの?できるとしたら……永久機関!?ねえ!どうなるかあなたも気になるよね!」
彼女の恐ろしい仮想には興味を持たず、千坂は本題に切り込む。
「あなたが求めるものは一体何ですか?」
すると彼女はその質問を待ち兼ねていたように、秒で答える。
「愛よ。愛だよ。愛以外の何物でもない。愛故に行動し、愛に向かって走る。愛の名において……世界を騙る」
愛、だと。
「そう。信じて。私は嘘をつかないから。紹介したいよね。名前をくれた人を。彼女のために私は動く。彼女の願いを叶えるために私はなんでもするわ」
「あなたの母、堤上渚……彼女の願いを……?」
「愛の名において、私はある人物を死なせる。それが誰かはまだ未定。もう少し観察させてもらうよ。でも覚悟しておいてね」
「なぜ私に覚悟する必要があるのですか?」
「さあ。なぜだろうね」
千坂は刺すような視線を彼女に放つ。警告に近い口調で宣告する。
「私の領域に踏み込んだが最後、容赦はできなくなります。それも覚悟しておいてください」
それだけ言い残し、千坂は立ち去る。
彼女が去った後も、堤上はこの場で立ち尽くしていた。
長く……長く……。
まるでここが彼女の家のように。離れようとはしなかった。
◯
結局蒔名は刑事を辞めなかった。特別捜査隊も解散せずに済んだ。
なぜなら蒔名が決心したその日の夜、メイが急に電話かけてきて、いきなり辞めるなんて不自然だからかえって怪しまれるって言ったから、蒔名は現状維持を選んだ。
彼はメイの罪を隠し続けて刑事としてやって行く。
未来の彼も過去の彼の今の彼も、それを選んだ。
3人が最後の階段を上ると、やっと2チームが合流した。
千坂、結紀、メイの女子チームが勝負に勝った。
舞宮山は観光スポットだけではなくて、本格的な登山を挑戦する価値のある山でもある。
数えきれない登山家も、舞宮制覇を生涯のトロフィーの一つにしているに違いない。
その日、特別捜査隊が宝探しに決めた日に、1通の挑戦状が来た。
ここの女子3人と違うルートを進み、先に中腹の合流ポイントに到着したチームが勝ち。負けたチームは勝ったチームに料理を作り+テントを張る。
17本の山道のうち、特別捜査隊は勾配が一番緩やかな山道選んだ。その代わり、人が多くて、追い越すことはできない。狭い道になると前の人のスピードに合わせなければならない。
そして女子チーム、3人は姉妹なのに苗字それぞれだから、仮に戦冥鬼シスターズとでも呼ぶか。
戦冥鬼チームが選んだのは、遠回りの山道だった。湖が存在するため、歩道は広く修繕された。誰かに邪魔されることはないので、3人はジョギングのペースをキープして、計画通り順調に到着した。
「頃葉さ!」
「頃葉君のせいじゃないよ!」
明らかに蒔名が足を引っ張っていた。
嵐は文句を言ったが、紫姫はそうでもなかった。知らない人を責め始めた。
「前の人、遅すぎる!散歩かよ!」
「ごっ、めんなっ、さいっっーー……」
いつものことだけど、今回は勝負であるあるから、蒔名はいつも以上にいきせき切る。
それからは今年初めて水というものに出会ったように、なりふり構わず喉に注ぐ。
情けない限りだ。
「惨めだね、蒔名君。さあ。しもべたち。作るが良い!」
今更だけど、メイはもしかするとドMかもしれない。
彼女は畳み椅子を取り出して腰を下ろす。コーチにでもなったつもりで指揮に取り掛かる。
「モジャモジャはテントがお似合いだね。蒔名君は料理を振る舞って。池間は……休憩でいいわ」
「なんでよ!?私も料理手伝う!」
テントは良いのか?
何かに気付いたかのようにメイは急に立ち上がる。
「確かに料理とテントって言っても、誰かをどのポジションに指定する権利はないわね」
紫姫もそこに気付いた。すると「そうよ!」と声をあげる。
勝負には負けたけど、私と頃葉君が仲良く料理する姿を見届けるが良いってドヤ顔する紫姫に、メイはあっさり負けを認めた。
不自然なくらいに。
そうやって、紫姫と蒔名は適当なやつを作っている間に、メイたちはなんと、自ら嵐に手伝い、三つのテント張ることに尽力していた。汗が出ないようにはしたが、つい頑張り過ぎたところもあった。
そして夜になると、メイの企みがやっと浮上する。
「さあ、誰がどっちのテントに寝るのを決める時間だ。ルールはたった一つ。みんなの要望を満たすことだ。みんな、意見を発表してみ」
メイがそう言うと、彼女の仲間たちが当たり前のように後に続く。
千坂は曰く。
「メイで無ければいいです。寝相悪いので……」
結紀は曰く。
「私も姉と寝たくないです……」
嵐は曰く。
「俺ももちろん、メイさんとは別で」
貴様まで寝返ったのか!って言っているように紫姫は嵐に睨み付ける。そして彼女はようやく理解した。メイの計画を。
3人に拒絶された可哀想なメイと同じテントでいられるのは、紫姫か蒔名だ。
自分を犠牲にするか蒔名を譲るか。
紫姫は窮地に陥った!
でも答えはひとつだ……。
◯
「星見?もう飽きたくらいに観てたわよ。子供かな」
横になった紫姫はテント越しに空を観ながら言った。わざわざ一部が透明なテントを購入したのはこの時のためだと言うものの、隣の人のせいで全然楽しめない。
ちなみにどっちにせよ今日は星がよく見えない日だ。
「星自体はどうでもいいの。誰と観るのが重要よ」
隣に寝そべるメイは言った。まさに紫姫が言いたいセリフだ。
彼女はスマホを弄っていて、蒔名とチャットしてるか紫姫は常に注意を配ってるけれど、どうやらそうでもないだ。彼女はただ何かを調べている。
「そうさ!でもね、私はもう頃葉君と何回も!」
「じゃあ今回は譲ってちょうだい」
「いやよ!早く寝て!」
紫姫は完全なる監視役となった。
メイの夜這いを防ぐために、紫姫は何かの施策を考えている。手錠は持ってきてなくて残念だ。でも意外と銃は持ってきた……使うところあるかな。
メイが何かを調べ終わったように急に聞く。
「馬車は来ないの?」
「馬車……か」
鈴和の言い伝えーー緋色の馬車が橋を渡り舞宮に向かう。
そしてその輿の中に、もしかしたら嵐の求める霊薬が……。
紫姫はそう言う伝説大好きなのに、内心では実在すると信じていないかもしれない。
目撃情報はあっても証拠はない。馬車は万が一存在だとしても、霊薬の方が……怪しい。
奇妙な能力があると言うのに、万能の薬があっても良いじゃないって紫姫は時々そう自分に言い聞かせるけど、やっぱり不信は完全には拭えない。
それでも嵐の願いが叶うことを祈るように、紫姫は目を瞑り、小声で言う。
「来ると良いね」
そして横のメイもやっと姿勢を変えて上を向く。
「うん。もし来るとしたら、来月だね」
「……?……!!」
「一説では、赤き馬車と神蝶伝説の一部だと」
「神蝶伝説!?」
それは鈴和町の新町区生まれの人間なら、誰もが知っていることだ。
神蝶伝説とは、篝火の匂いを嗅いだ獣と赤い蝶が竜脈へとの道を示し、かの鈴を鳴らし、汚れを払わん。
確かに竜脈と言えば山のこと。新町区の山といえば舞宮なんだが……それ以上の関連性はない。
そして街の人が勝手にそのキーワードを抽出し、祭りを開催していた。
その名は神蝶祭。
そしてだんだんと住民たちが飽きてきて、あるいはただ時代の移りで伝統を忘れてしまっただけかもしれない。大規模の神蝶祭は消え去った。
でもひとつだけ、その名を借りる行事がある。
特別捜査隊が通う新町高校の学園祭。
「うち学校の神蝶祭なのか!?」
「喜べ。私は貴校の学園祭に参加する。その時は謎を解き、薬とやらを入手する。モジャモジャ君にプレゼントしよう。その時になったら、もう無理して登山する必要ないよ。学生の本分尽くすが良い」
「私が先に見けるわよ!」
「っほ〜。2回も参加してて収穫ゼロなのに?」
「そうよ!本気で探すなら造作もない!」
このテントの騒がしさには残りの2組は気付いた。
いつしかテントを囲んで中を覗く。
「愛の名において宣告する。私が勝つんだから!」
紫姫は大声で宣言した。全員聞こえたからもう撤回出来ない。
紫姫の顔が赤くなるのを待っていたメイはくすくす笑っているところに、千坂は急にテントのジッパーを外し、
「その言葉どこで覚えた?」と慌てて尋ねた。
そんな千坂は珍しい。
少なくとも特別捜査隊には初めてだ。確かに恥ずかしいセリフだったけど、そこまで慌てるの?
そんな彼女を見て、紫姫も一気に身体を起こし、気が動転しながら返事に慎む。
「え……?どこって言われても……どこだっけ?学校で……?」
完
リバース・デダクション――未来よりの助っ人と埋もれた罪 市川ノア @noa_ichikawa
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます