第15話 共犯✖️共犯✖️共犯③
◯
さっき注ぎ足されたお茶を蒔名は一気に飲み干した。
味が薄くなったため、そのお茶は落ち着かせる魔力を失った。
「今日はこの辺で……事態が完全に収拾するまで、目立った行動しないでね」
メイに忠告してから、蒔名は立ち上がろうとする。
それを彼女は阻止した。
彼の腕を鷲掴み、無理矢理座らせた。彼女の見た目にはそぐわない怪力で。
別に彼女が本当に力が強いわけではない。ただ相手が本気で抵抗しなかっただけ。
そして気のせいか、ドアにロックがかかるような音がした。自動扉か……よくあることだ。それにしても、リモート端末は?メイは何も手に持っていないのに。
そもそもどうして?引き留めないと言ったのに……。
「まだ行っちゃだめだよ。あと一つ肝心なところ、解明していないのよ」
私の謎、解いてみなよっみたいに、メイは蒔名にせがむ。
受けて立つぞっとは真逆な態度で、彼はしきりに首を横に振る。本当にどうしようもない様子だ。
「あ……暗号のことか。そこはごめん。僕には解明できないよ。173603。それって一体どう言う意味なのか?」
悪鬼が現れたそうだ。詳しくは11月10日、17時36分03秒、警察本部のアーカイブ室。
目玉事件の翌日、蒔名たちが教室で初めて予言していた時、未来のノートブックには確かにそう書いてあった。
字が少ないため、記憶違いではないと断言は出来る。
その時刻こそが暗号というやつだ。
メイが盗聴しているのを知っていて、未来の蒔名があえて送ったメッセージというやつだ。
「やっぱり覚えてないよね。1736は私たちが再会してから経過した日数。03は出会った場所、部室棟の3階よ多分。その数字を聞いた瞬間、あー明らかに未来の蒔名君が私へのメッセージなんだね、なら行ってみるしかないよね。なんで覚えてないのよ!」
普通覚えられないだろう……。蒔名はそう思ったが、口にはしなかった。
そしたら彼のようやく納得したように、ソファで手足を伸ばしてみた。もう謎が全部解いたから気楽になったって感じだ。
「忘れてたけど……これからは覚えていくよ」
「ほえ〜その言葉、覚えたよ」
メイは満足そうに微笑む。
そしてようやく彼を掴む手を離した。
もう行っていいってことかな?でも自動扉は開ける気配がなさそうだ。
全ての謎が解けた。そのはずだ。
もう話すことは何もない。そのはずだ。
「実はまだ一つある。それは長年にわたって残り続けてきた謎なんだけど、蒔名君はそれを解こうとしない。でも今日は君の謎解き色々聞かされたから。お返しとして、私も解いてあげましょうか」
「……?」
長年にわたる謎。
蒔名に心当たりはない。
強いて言うなら、昔メイと刑事たちの未解決事件の謎々を解こうとしていたのだが、失敗に終わるのが殆どだ。証拠不足や当事者の死亡により、どうしても解けないのは大量にあった。
それのことか?
「蒔名君自身の謎だ。君が私に対する態度、そしてなぜ私から離れようとする理由が分かったんだ。教えよてやろう〜」
「……別にそんな……ことない」
「自信が足りてないよ」
「……」
「君は10年後に死ぬ。だから人と関係を結ばないことにした。あとで悲しむのを避けるために。
でもそれは表面的な理由。
もっと深い理由がある。それは君がいつしか私を家族のように思えたからだ。
さっき言った私の理論と一緒だよ。
君の父と母よりも、私と一緒の方が多い。周りの唯一の女性として、あなたは私をーー姉でも妹でも娘でも妻でもない。
母親として見るようになった」
隣に座る蒔名は緊張というより、無力感を覚えた。恥ずかしさを通り越して、震えるほどの辛さと衝撃に包まれた。
誰にも知られたくない深い深い秘密がバレた時の顔だ。すごく分かりやすい。
もう言わないでって声無しの声も聴こえるようだ。
しかしメイは続けた。彼の汗ばむ手を握りながら。
「そのことに気づいた時、君は恥と自己嫌悪を感じたよね。でもすぐ身を引くことはなかった。君の欠けた部分を私の存在で補えたからだ。その事実と満足を否めない。
けど最近となってまた違ってくる。あのまま続けば、先のことが怖くなる。慰めのために幼馴染を利用出来るだけ利用して、そして勝手に死ぬ。利用された幼馴染はどうなる?彼女には未来がある。そんな思いやりがあるからこそ、自己嫌悪以上の何かに取り憑かれてたでしょう。だから故郷を離れた。君は本当はーー父についていきたくなかったでしょう?」
そう。親子はあくまで親と子。
親が転勤すれば子もついて行かなきゃならないルールはない。父と一緒より、メイと一緒の方が遥かに楽しい。
蒔名はそう思っていた。
彼は同級生を母親として見ていた。
何とも不思議なことか。
でも小さい頃から母の愛には飢えている蒔名なら、あり得る?
普通は学校の先生を母親として見る場合が多いけれど、あいにく蒔名は体育の男教師とだけ仲が良かった。
何はともあれ、それは簡単には認められないことだ。例えば潜在意識が本当にそう認識しているとしても、認めるわけにはいかない。思春期男子のプライドがかかっているのだ。
「僕……まあ。そうかもしれない。いつ気付いた?」
蒔名は抵抗を辞めた。抵抗を試みることもなかった。
母親の前に嘘をつきたくないように。
「高二の前半くらいかな。蒔名君が寝てた時、メイちゃんって呼んだ。そこまでは大丈夫だけど、その次のセリフは、ご飯はまだかって……思い出すとなんだか悲しくなってきたね」
蒔名にとって、誰かにご飯を作ってもらうことは贅沢な望みであった。
仕事で忙しい父は簡単なものしか用意できない。基本は自炊。5歳からやってきた。
楽しい思い出がないため、心から料理を好きにならない。だから料理の腕も上がらない。上げようともしない。それでこの弱い体か。
「……そんなことあったのか……そうか。寝言だから知らなかった。あの……僕を気持ち悪く思わないのか?」
「それを言って私も一緒だよ。最初はもちろん父さんの任務のために近付いたけど、いつしか君に頼られることが好きになった。
私の言うことを聞く。私の全てのアイデアを認める。私の変わった部分も尊重する。
多分私の欠けた部分はそれなんだ。生きる実感というもの。君がいて私は存在する。
ミッションがあってミッションコンプリートは存在する。子がいて親が存在するようにね。
だからここに来た。
でも今まで通りではダメだね。蒔名君が納得する新たな付き合い方を探すために、私は距離をとって別の高校にしたの」
「そうか。ありがとう……でも質問には答えていない」
蒔名はストレートに言った。メイの告白を放置して……。
それだけ彼はその質問の答えを気にしている。
「気持ち悪くないよ。この関係にすごく楽しんでいる。夢中している。愛の形は色々だから、私にはよく分かる」
「え……?そうなのか?でも良かった……」
ずっと掛けられた枷が外されたように蒔名のぐちゃぐちゃな気分が晴れた。
邪魔な障害物が取り崩された。
だから目の前の景色がよく見えるようになった。
「蒔名君、もう逃げ場はない。受け入れよう」
何のことを?
メイのことか?この殺人事件か?自分自身か?
どっちでもメイは喜ぶに違いない。でも蒔名にとってはほろ苦い喜びだ。
いずれにせよ彼は折れた。
「もう少し時間をくれ。僕が返事するまでは変なこともうしないでよな」
「やった〜待ってますよー」
メイは跳ね上がり、嬉しそうに厨房に行ってきた。持ってきたウエットティッシュで蒔名の手汗を綺麗に拭いでから、ついでにティーカップを片付け始める。
これは明らかにもうバイバイしても良い空気だ。
メイに目を向いて、彼女が落ち着いたところで蒔名は扉を指差す。
「うん。じゃあ今日は一旦帰って整理する。解錠頼む」
そしたら彼女は首を横に振る。
「ううん」
「まだ……なのか」
「うん。まだあるよ。最後の最後の最後だね」
「もう謎も隠し事もないけど……」
「隠し事じゃないよね。君は堂々としていることを指摘しようとしているだけ」
さっき片付けたばかりなのに、メイが再びティーカップにお湯を足す。茶っぱは残っているけど、もう味がないはず。それなのに、メイはそれを差し出す。
どうぞ飲んでくださいって言っているような笑顔だった。
メイはいつも楽しそうだ。そんな彼女を見て蒔名も常に気が楽である。もしメイが本当にお母さんだとしても、蒔名は反抗期を経験せずに成長するだろう。
でも今メイは何かを指摘しようとする。
指摘とは、説教。誰もが好まないことだ。
例えそれがメイの言うことだとしても……。
「君は死にたがる。いえ。正確には、死んでもいいと思っている。刑事になるっていいチャンスだよね。毎日のように事件に突っ込めば、いつ突然死んでもおかしくない。しかも堂々とのだ。それは自殺より、世間もお父さんも友達も、私も納得する形だよね」
心の底まで覗かれた気分は良くない。まるでいつのまにか脳みそが一部切除されて、成分分析されたような感覚だった。
蒔名は一瞬だけ嫌悪と緊張を覚えたが、すぐに顔が綻んだ。
今対面しているのは、もしかしたら自分よりも自分のことを知っている幼馴染なんだから。
「そんな気持ち、かすかあるかもしれない……でも犯罪者をとっ捕まえることを本当に誇りに思う。だから、許して……」
「許さないわよ。絶対に。
罪を犯した時、私は思った。これはあなたに隠し通すわけがない。いつかバレるくらいなら、自首したほうがいいよね。でもふと思った。この結果になったのは未来の蒔名君のせいだよ。私を阻止するどころか、むしろ後押ししていた。そうでしょう!
その時、分かったんだ。
未来の蒔名君は未来の私の願いを聞き入れたと思う。勝負で君に勝ち、そして警察を辞めさせるというしょうもない願いを……未来の蒔名君はそれを実現するために、私にヒントをくれて、私を死地に陥れるくらいのヒントだったよ」
「狂ってるな。つまり殺人の事実を逆手にとって、僕を脅すというのか?メイは未来の僕と手を組んで今の僕の首を絞めることをしたんだ……」
「手を組んでないわよ。ただ君のことをよくわかっている、同様に未来の君も私のことをよく分かっている。だから同じゴールに向かって動いた」
その通りだ。
これは2人が合意した上の、人の命を天秤にかけたーー
茶番だ。
「それはおかしい!だって返り討ちされる可能性あるだろう!?死んだのはメイかもしれないぞ!なんで“僕”がそんな危ない行動をさせるのか……?」
「そうよ。君も私も、異常よ。でも私たち生き残れた。せっかくの命を、大事にしようね。勝手に死ぬなんて、困るよ。自首して臭い飯を食うよ」
「それ脅しじゃ……」
「脅ししても、生きてて欲しい。私のつまらない人生をもっと有意義にして欲しい」
そう言い終え、ドアが自動的に開いた。
その光は眩しくて、まさかもう夕方になったとは蒔名は驚いた。そして夕日は、こうも人工的な光とは違うものだ。目が痛いほど彼に刺さる。
蒔名は歩き出し、ゲートに向かう。
そして考え込む。
最後の疑問だ。
結局初日のあの最初の予言において、どうして10日後の自分が暗号みたいなことを書いて、メイを助けただろうか。
彼女に勝たせるためには、黒幕の正体を伝えるには、もっと良い方法があるはずだ。メイは人を殺す可能性も殺される可能性もなくなる。
未来の自分が一体何を考えていた?
元の事件を解決できていない未来は一体どうなっていた?
それ以外方法がないほど詰まっていた状況なのか?
あの10日の間、何が起きた?
それとも、事件が解決していないってこと自体もウソか?
今となってもうわかるまい。あれはもう消えた未来だ。
同じ条件は揃えないので、シミュレーションのしようもない。思い出にも戒めにもなれない。
まさか10日後の自分がまるで別人のように、自分の気持ちが把握できなくなったなんて、滑稽なことだ。
それでも一つ確信がある。
どの予言においても、未来の自分は常にメイに味方する。過去の自分自身をも含めて、全ての人間を欺き、ミスリードする。
あの過去の自分も騙すような自分が信用出来なくとも、メイを守りたい自分だけは信じようと、蒔名はそう自分に言い聞かせる。
未来よりの彼女の助っ人がいる限り、自分に勝ち目などない。
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