第14話 共犯✖️共犯✖️共犯②
◯
メイは平然とした顔だった。
これは冤罪だ!
動機はなんだ?
目的はなんだ?
メリットはなんだ?
時間はいつだ?
凶器はなんだ?
方法はなんだ?
証拠はなんだ?
死体はどこだ?
などと聞くことはなかった。
詰問する側の蒔名だって、密かに彼女の弁明を期待していた。
しかし彼女のその顔は無関心そのものを語っている。
現実世界から離脱した彼女を連れ戻すように、蒔名は話を続ける。
「犯行後の翌日、2人目の協力者が現れた。それは後始末の協力者だ。いや、正確に言えば、現れたんじゃなくて、僕が会いに行ったのだ……僕にかけられた催眠を彼が解いてくれたと同時に、同行の2人も含めて僕たち3人に新たな催眠をかけた。恐らく内容は、『早枝明の見た目と声は明田知紗のと同じように認識する』そんなところか。
そして僕たちが明田のアパートで待ち伏せしていた頃、あなたが買い物を抱え、ドアを開けて入ってきて、それから立派な演技を見せてくれた。彼女に成り切って、僕たちと長い会話を交わして来た。正直ボロはなかった。今でもそう思っている。本当に凄かった」
彼女は平然の顔で沈黙していたけれど、ここまで来てついに少し顔に変化が現れた。
褒められたからかな。彼女は思わず笑みを浮かべる。
「おーや。ありがとう〜」
「認めたか?」
「認めたよ。蒔名君賢いから、隠し切れないな。どうしてわかったの?」
「あの夜の演技にしては、完璧だ。引っ掛かったのは、あの水槽だ。あのアパートは生活感を感じ取れない。何もないから。
しかし逆に何もないから、僕たちはあの水槽に注目せねばならない。まるで誘導のようだ。今思えば、あの水槽はメイが仕込んだだろう。あくまで誘導のために。それにアパートが最初からあんなに綺麗なわけではなかった。メイ達が大掃除をしたから綺麗になった。そしてわざわざ掃除をする理由は……あなたが殺人をしたせいで、血が飛び散っていたからだ」
所々の水の跡があったのは、血の跡を後始末したからか。
そして水の跡が不自然だから、魚を導入して合理化させたわけか。
「大体あたりね。でも私がやった確証は?」
「彼女を殺す時間帯は夜だから、そのあとは家に帰ったんだろう。道すがら処分するわけにはいかないから、この家のどこかに犯行時に着ていた服が残ってるはずだ」
蒔名がこの豪邸をさっと見回し、探すのに苦労がかかりそうだ言う結論に至った。
自分で探すのを諦めた。出来ればメイが自ら差し出して欲しいところだ。
「とうに処分したのよ。服の一枚くらい」
「服なんて燃やされて済むけど、死体はそう簡単に処分できない。死体にメイか千坂さんの指紋が残ってるはずだ。それにあの血の飛び方……刃物だろう。抵抗と掴み合いの痕跡があるはずだ」
「そうね。結局のところ、要するに、死体は果たしてどこにあるの?」
わざと険しい言い方でメイは微笑んだ。どこかの心を持たない魔女のようだ。
「それは探さなきゃ分からない……でもこの鈴和では、死体処理は難しいぞ。町長の娘だからって……」
「そう。娘の私にもどうにもできないの。でも町長のもう1人の娘なら、特権を持っているわ。トギ姉さんの大得意だったよ」
千坂伽内丸……。
取調対策組。
あの夜、名目上、特別捜査隊は明田を対策組に引き渡した。
それから千坂が出張帰りしてすぐ、取調を行った。
明田が非協力的が故、千坂は特権を発動。
彼女を……喰った。
それがいわゆる人を殺すことだ。
表向きに明田は生きたまま、アパートから、警察本部に連行された。
ならば彼女の死ぬ場所は……警察本部だ。誰もが否定できない事実であった。
そして喰われた死体は対策組が責任を持って処分する。誰かに許可をもらう必要もない。
千坂がメイの味方である以上、証拠湮滅は徹底されたに間違いない。
なんていう完璧なシナリオだった。
複雑な気持ちになる蒔名であった。
メイが無罪になるのは嬉しいけど、そこまで仕込まれた犯罪だったなんて、メイのことを恐ろしく思った。
彼は何かを思い出したように急に立ち上がり、また自分を抑えたみたいに急に座ってしまう。
負け惜しみを言うようになかりの大声でメイに喚く。
「そうだ!犯罪現場!あのアパート!しかないんだな。血の跡を何とかしたとしても、家具や天井、一滴でもあれば、捜査は続けられる」
「布団とか枕とか新品のようにピカピカだったでしょう。新品だよ。念の為に全部入れ替えたわよ。天井と壁以外はね。そっちはチェックしたから問題ないよ」
メイは自信ありげに言った。
「自分1人ででやったわけじゃないだろう?引越し業者か?暴力団か?どっちにしろ、証人は存在する。家具を運搬する際に、監視カメラに映るはずだ」
「犯行をしたあの夜、私が誰を訪ねたか忘れてないよね」
「……!」
例え何十人、何百人が彼女の証拠湮滅に協力したとしても、その人達はその日にやったことを全て忘れる。
首謀者のメイを検挙することはなく、家具の運搬など、彼らが勝手にやったことにされる。
あの人が呼吸のように簡単にそう言う催眠をかければ……。
死体はもう見つかりはしない。
この街、この国、この惑星に、人間の屍としてあるいは固体として存在するとは限らない。
犯罪現場は内装工事でも行われたように一新されて、地面を掘っても何も出ない。
蒔名はそろそろ降参だ。
机にあるコップを手に取って、それがいつ誰が淹れたか知らずに、中の冷めたいお茶を彼は一口啜った。そしたら落ち着きを取り戻した。
その懐かしい風味、半年ぶりだった。
それを飲むと、全ての怒りが収まる。
それは甲斐と両親、そしてメイにしか分からないこの苦い苦いお茶だった。普段彼女もそれを飲んでいたのか?自分の影響で。
そう思うと、つい心が折れる。
「メイ……何故殺した?」
いつもの蒔名に戻った。世間の全てに関心を持たず、ただメイの言うことを聞く蒔名に戻ったようだ。
「動機ね……蒔名君は昔から動機に関して一番執着だもんね。でも今回はつまらなくてごめん。ただの正当防衛だよ」
「そうでありたい。でも本当か?どう証明する?」
「それは……目撃者いなかったよ。君の力であの時の状況がみれないの?精確な時間教えるから」
「僕は過去のことが見れないんだ。確かめようはない」
「残念」
「やっぱり動機だけが謎だ。彼女を殺す必要はどこにもないはず。隠し事もうないよな」
「だから言ったでしょ。殺されかけたから……あなたは神鳴りの間の人間ですかって聞いたら、いきなりヤイバを向けてきた。私、交渉に向いてないかもね。とにかく、やられる前にやった、それだけ。この、懐刀でね」
彼女は気前がよく刃物を取り出した。
凶器を取り出した。
すでに綺麗に洗ってあったけど、どことなく血の匂いが微かに漂う。
凶器……。
死体、現場、目撃者、何もかも消え失せた今、それが唯一の手掛かりだ。
それを見せていいのか!?
「私のお守りとして最高な役を果たしてくれた。ありがとうね蒔名君」
それって自白か自首だろうか?
違う。メイの場合、それは敢えて弱みを握らせて、対等に会話するためだった。
長い付き合いだから、蒔名も会得した。この期に及んで、彼女を責めるようなことはもう無意味だと思った。
彼がため息すると、頬も緩んだ。
「役に立てて良かった……でも千坂さんもその場にいただろう?なんで彼女は手を出さなかった?」
「ううん。トギ姉さんはいなかったよ」
……。
蒔名はその状況を想像すらしなかった。
てっきり千坂の援護下で行った犯罪だと思っていた。
メイの病的に細い体でたった1人でやりこなせる訳がないと勝手に決め付けていた。
でもよくよく考えたら筋が通る。
妹のメイが人を殺しかけた時に、姉として阻止したはずだ。最低でも自分が代わりに殺した。メイを殺人犯にするなんていくら千坂でもしないことだ。
そもそも、もし彼女がその場にいたら、人1人を殺すのに血なんて出る訳がなかったのだ。後始末も何もいらない心配になる。
だから間違いない。
「1人で訪ねた!?」
「うん。トギ姉さんは宙野さんを誘導するために、別荘に行っちゃった……だから1人で調査しに行ったの。相手が受付嬢だから私でも互角に戦えられるじゃないかなって」
「受付嬢でも、警察官だろうが……」
メイの思考に唖然とした。
今更だけど、常識はずれのお嬢様かってすら思った。
「油断はしなかったよ。殺意を感じた瞬間に刺したの。終わったあと、死体どうしようって思って、結局は姉さんに助けを求めた。正当防衛とはいえ、私は人を殺めた。警察に付き合う時間ないから、隠蔽しなくちゃねって思った!」
「……」
「その事実を知るのはあなただけなの。蒔名君、私の弱みを握ってるね」
「光栄だ……とでも言って欲しいのか?あんたって本当に……大した……女だ」
「えへへーー」
「笑うなよ!いくら事件を無かったことにしたとしても、精神にもダメージを与えられただろ?これからは取り憑かれるまま、生きて行くぞ。想像するだけで辛い……」
「それはないね。心配いらないわ。メンタル強いから。人を殺めたことを、なんとも思ってないよ私」
これはまた大したことを言ってしまった。
長年の付き合いだったけど、死生観、犯罪心理絡みの話について2人は話し合っていなかったから、メイの言葉を理解できない蒔名だった。
「……」
「私は母さんに教わったの。自分の理想のために生きろ、と。私の理想は、好きな人たちと楽しく生ていく事。簡単でしょ。それ以外のことはどうでもいいのよ」
「そう言う風に考えれば、本当に割り切れるのか?」
「今のところ問題ないよ。それから。好きな人たちって言っても、やっぱり順位というものがあるよね。蒔名君は高い順位だからね。たとえ結紀であっても、蒔名君ほどじゃないよ。だって、両親が再婚したのは12年前だから、結紀とは12年間の付き合いで、蒔名君とは5歳からだから、13年間だよ!」
あたかも真理を述べてるように……13は12より大きい、だから13の方が大事か。
それは数学の話。すなわち理性的な話である。彼女はいとも簡単に、誰も論破出来ない理論を発見してしまったかもしれない。
その理屈だと、彼女が殺した明田とは一晩だけの付き合いだから、どうと言うことはない。そうとでも言いたいか?
誰もが違う基準に沿って行動し、評価する。そしてそれが彼女の物差しである。
「……僕のミスだったな」
言い返す言葉がなく、蒔名は自首するような口調で言った。
蒔名君には関係ないよ!なんてことをメイは言わない。
それは無駄な無理な無根な慰めだから。
何故ならば……関係はある。
根本的に、彼女を犯罪者に仕立てたのは誰だ?
紫姫か?彼女にギャフンを言わせるために、あまりにも勝ちたいために功を焦った。
千坂か?言うことを何でも聞いてくれるお姉さん。都合のいい協力者がそばにいて、何をやらかしても怖くはないという気持ちで一線を超えてしまった。
曳橋か?常識に逸れた力を持ってて、しかも虚弱状態にあり利用できる。目撃者と協力者の記憶をいじれるから、後腐れを考えずに何でも実行してしまう。
違った。
彼女を犯罪者にしたのは、3人目の協力者のせいだった。
その人は未来より、彼女にしか分からない合図を送り、彼女を導いた。彼女を勝利に、と同時に殺人に導いた。
その人は未来の人だから何もかも知っていた。
あの時、特別捜査隊3人の会話をメイに盗聴されていたことも含めて。
彼は盗聴される事実を知りながら、過去の蒔名たちに情報を提供する。メイはその情報を聞き取り、気になる数字に気付き、それを追っていて、正しい方向への手引きをされた。
「僕が3人目の共犯だ……この事件においてもっとも邪魔なのは、犯人でも裏切り者でもない。未来の僕自身だった……曖昧な言い方と間違った情報で僕を惑わてきた。一方で犯人に正確な情報を送った」
もしあの時、蒔名がその暗号を理解して、すぐアーカイブ室に行ったら、先に明田を調査するのは自分になる。悲劇も起きずに済む。
でもその仮説は成立しない。
それはメイにしかない分からない暗号だ。
彼女を犯人に仕立て上げるパスワードじゃなくてデスワードだ。
「そうね。蒔名君のせいだよ。私に勝ってほしかったよね。だから合図を送ってくれた。そんな蒔名君の期待に裏切らないために私は動き出した。責任を感じるなら、じゃ責任取ってよね」
そう言うと、メイが立ち上がり、さっき蒔名の飲んだお茶に水を足す。それから普通にラジオに電源をつける。
なぜこんな立派な豪邸にちょっと旧式のラジオがあるかはさておき、彼女は適当にいじって音楽が聴こえると手を止めた。それを聴きながら、蒔名の返事を待つ。
「僕は責任を持って刑事を辞める。あなたの罪を墓まで持っていく。それが今の僕の考えであって、未来の僕の考えでもあっただろう。僕はこの決断に後悔したりはしない。これまでの予言がそう言っているからな」
メイは嬉しさを隠し切れ無かったものの、疑問も同様だっった。
「どうして後悔しないって分かるの?」
「どの予言でも、僕はあなたを守ろうとしてた。言っちゃ恥ずかしいけど、自分自身を騙すほど、あなたが大事だってことさ」
ようやく彼女は燦爛な笑みを見せた。
明るくて、一切の曇りがなく、純粋で愛らしかった。
秘密の共有は関係を深める。まさにそうだ。
元々息の合う2人は、さらに階段を一段上れるはず。
階段の終点には何が待ち受けているか分からず、気が付けば、2人に残された階段はもう少ない。頂点はすぐそこなのに、蒔名は躊躇うようにいじいじしていた。
一段高い階段の上で、メイはワクワクして手招きする。
しかしそんな彼女に反して、蒔名は苦笑いで返した。
「念の為、凶器は渡せよな」
「なんでよ!」
「処分しろって言ったって、メイはしないだろう。だから僕が処分するよ」
「ダメだよ。蒔名君がくれた誕生日プレゼントだもん。10800円貯めて大変だったよね」
「そう……けど。大変だった。毎日毎日お菓子とアイスの我慢して……模型も買いたかったけど、プレゼント優先だから、仕方がなく図書室で時間を潰してたな。本はあまり好きじゃないのに」
「何千冊の本を読んできて、今だに女性に懐刀をプレゼントするの見たことないけど、これは最高のお守りだよ。これからも大事にする」
「う……でも合理的な理由があったぞ。お前のことだ。敵に回すことが多いと思ってな。いざの時せめてそれで自分を守れって思ったけど、まさかこんな結果になるとはな……それにしても、どうして値段を?」
「レシートあったから」
「あーー。ミスったぁーー」
「なくとも私は調べる。それから覚える」
「覚える……メイの大得意だもんな」
「図書室で324回会っていたこと。ともに学友の困り事11回、警察の殺人事件2回を解決したこと。そして4回、私が泣きそうになる時に現れて、慰めてくれていたこと。全部覚えてるわ」
「泣き虫だったからな。昔のメイは」
「か弱い女子だもの」
「……」
「何事も、繰り返しさえすれば、烙印は残る。一生伴っていくよ。そこも含めて、責任取りなさい」
「それはとても承諾できないよ。僕に、時間がないから……」
蒔名がネガティヴな一面を見せる。
それに関してメイはとっくに知っていた。彼が思ってたよりもずっと昔……。
「母さんから聞いたのよ。あなたたち能力者は早死ってことを。ずっと知ってた。中学で初めて出会う時から」
「……!」
中学で初めて出会うというのは説明が要する。
さっきメイが言ったように、蒔名とは5歳からの付き合いであることは間違いない。
2人の母たちは同じ大学のサークルで、同じ時期に結婚し、子を産んだ。2人が5歳の時、やっと物心がついて、友達を欲しがる意識が芽生えた。母たちは見合いの段取りで2人を会わせた。
それからは楽しい半年間だった。
蒔名は絵描きが好きでメイはパズルが好きだった。
2人はいつも同じ部屋にいたけど違うことやっていて、最後はお互いの成果を見せ合い、自慢し合う。
でも蒔名の母の死とメイの両親の離婚が幼馴染の2人を切り離した。
メイは遠くへ行き、母がそこで再婚して、戻ってきたのは8年後のことだった。
そして中学でまた出会った。
正確に言うと、メイが会いに来た。
「もっと驚かそう。記憶力がいいって自負しているけど、5歳の頃のことは全部忘れたよ。君のこともね」
「それを言ったって僕も一緒だよ……だから中学で初めて会った時わからなかった」
「でもね。あの時私が現れたのは、君に会いに来たわけじゃないよ。新しい父の命令で君を監視するためだよ。部活棟と図書室で出会ったのも、全て計算だったよ」
「そんなまさか……冗談よな」
今なら一笑に付す。だってあり得ない。
蒔名は初対面のことを思い出す。中学1年、入学して1ヶ月が経ったも、友達1人もできなかった。
でもおもちゃや模型が好きだから、よく模型部のあたりうろついていた。なんか面白いアイテムあるかなと思い、ここで部員とバッタリして、不意に模型知識を披露すればあわよくば入部してもらえるかなと企んでいた。結局自分の軟弱に負けて、ぼっちで家に帰るハメになっていた。
そしてある日メイが突如に現れた。
「これ、拾ったけど、君の落とし物か?」
絶対に違うと蒔名は否定したかった。もちろんそれは事実だったが、その落とし物を見た途端、彼は躊躇った。
間違いないそれは模型部の連中のものだ。
毎日うろついてて、部室の棚の何段目に何があるかはっきり知っている彼だから、その落とし物についてもよく知っている。
「ぼ……くのじゃないけど、多分模型部のコレクションだと思う」
「そうなの?代わりに返して貰える?私忙しいから」
そう言い捨てて、彼女は模型をゴミ扱いするように蒔名に投げつける。
それが彼に深い印象を残した。
口調が優しいのにやってることが荒い。しかも妙に長い白リボンを後ろの髪の毛を束ねていて、ゲーム世界から来た戦士みたいだった。それはこの学校の女子たちには溶け込めないくらいのユニークなおしゃれだった。
それ以来、心なしか、蒔名は学校でその女子の姿を追うようになった。図書室で再び出会うまでは……。
「あれも計算……だった?」
「ええ。模型は私が盗んだから」
メイは盗みという行為に何の恥も後悔も感じ取れていない様子だ。ゴミはゴミ箱に捨てた、もしくはゴミを君の顔面に投げたって言うような日常感すらある。
「……でもおかげで模型部に入れたよ。あながち悪いことでもない」
「すぐ退部させたけど」
「させた?違うよ。僕が退部したのは、遠い場所に引っ越したからよ。部活をすると、帰りがすごく遅くなるから」
どれだけ遠いかというと、電車+歩きで1時間半はかかる。模型部は作りと組み立てがメインだから、時間を費やさなければならない。半端な活動が嫌で、蒔名はやめてしまった。
「なんで遠い場所に引越した?」
「親父の転勤だから……えっ!?」
「新しい父さんに頼んだ。交換条件ってやつだ。私の家の近くに来てもらえた」
「でも僕が転校する可能性もあるのよ!」
「結果同じじゃん。部活はやめさせた。その時私も転校すればいいだけの話」
実際にやってるけどね。半年遅れたが、メイは鈴和の高校に転校した。
「じゃ今回親父の転勤も?」
「それは違うね。ハプニングだから私も対応が遅かった。君の父はゲーム制作の手腕が見込まれてスカウトされた、そのまんまだよ。父さんに止めて欲しかったけど、どうやら来栖社長に手を出せないみたいだ」
「町長なのにか?」
「残念だけど、そうだよ。政府と企業の繋がりは複雑だよ」
それは理解できなくはないと蒔名は頷いた。
「で、僕への監視は続いているかね。例えば千坂さんとかが」
「姉さんは忙しいのよ。そんな暇ない。学校と警察本部に何人かいるぐらいでしょうね。せいぜい5人よね。もう十分十分〜。だから、私は監視のために来たわけじゃないから。君を保護しに来たんだよ」
……。
メイはまた懐刀をちらっと見せた。
今回は運良く自分の身を守れたけど、実際の危険を前にしては、戦力にはならないだろうと蒔名は確信する。
「メイも特別捜査隊に入りたいのか?」
「違います!犯罪者や刃物以外の意味で君を保護するよ!」
「どう言う意味?」
「心当たり……あるでしょ?」
蒔名は否定しなかった。
肯定ももちろんしない。
するとメイはさっくり言う。
「自殺は良くないよ」
蒔名は無言だけど、全てを語ってるのと一緒だ。
過ちを犯した子供のように、そしてメイはその子供を叱っているように……。
「君の父さんは仕事に没頭している。君に構う余裕がないぐらいに。その理由は分かってる。彼はとっくに知ってたんだ……まだ若いのに大事な妻を失って、そして十年後、息子もきっと死ぬ。過去の悲しみと未来への不安が彼を苦しめる。だから何も考えたくない。仕事にだけ夢中すれば、きっと少しは楽になれる」
「……すごいねメイ。僕自身よりも僕と僕の家族を知っている。だから分かるだろう。僕は、過ちを繰り返したくないんだ……」
「慰めの言葉と引き留める言葉、私は言わないね」
急な冷たい言葉……白けた雰囲気になった。
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