第12話 埋もれたもの

 ◯

 昨日の午後、メイから画像をもらった時、蒔名はまさに晴天の霹靂を受けた。

 どうして?どうやって?そしてどうする?

 その大事な情報がゲットできて、ようやく状況の打開を図れるはずなのに、しかしどう行動するかもまた困ったことだ。

 全員出動して探らせるのはできない。彼女に勘づかれたら逃げられるかもしれない。じゃあ誰に教えれば一番早く正解に辿り着くか。

 この名前に覚えありますかって一応曳橋に送ったけど、まだ返信が来ていない。

 でもまあ、記憶にあるわけがないだろう。腹違いの姉の存在すら知らずに、名前はもってのほか。

「取り敢えず隊長に報告すべきだね」

 紫姫がそういうと、蒔名は嫌なことでも思いついたように眉を顰める。

「え?教えちゃいけないの?」

「この名前について報告する際に、必然的に、あのこともバレるよね……婚約者が偽物ってこと」

「あーー」

 3人のいる空間が静まり返る。

 その空間とは、嵐が見つけた秘密基地である。廃棄に近い、でもまだ取り崩す予定のない建築。

 強いて言うなら、寺だ。名の無い寺。

 真ん中に信仰する者の像が鎮座するはずなのに、ここは何もない。別のところに移されたか、それとも最初からなかったか。

 そんな訳のわからない寺、もちろん普段は誰も来ない。だから寺の隅に、紫姫はピクニックシートを敷いて、3人は平然と座り込む。崇む者がないから、不敬などの心配もない……そのはず。

 そういうもともと静かな場所で、3人が沈黙すると、かなり変な空気になる。

 嵐は寺の隣の自販機から購入したジュースを一口飲んたら、意見を述べる。

「いつかはバレる。いつかは向き合わないとね……でも今じゃないな」

「どうして?」

「一昨日、あの女の存在に気付いたと同時に車ナンバーを手に入れて以来、偽西条梨乃、つまり堤上清葭は姿を消した。恐らく西条梨乃という仮面はもういらないようだ。で、催眠者が本部を離れると、1ヶ月ぐらいで効果が無くなるから。もう時間任せでいいよ。こっちがわざわざ触れるとかえってややこしくなる」

 嵐の判断に紫姫はすごく同感した。

「そうね……玄田さんは催眠の存在を知ってる。かと言って自分が催眠された経験はない。夢から覚めたような感覚、あの喪失感は大きなダメージになるよね」

 あたかも自分が何度も体験したような口振りだが、実は紫姫は催眠を食ったことはたったの一度もない。ただの想像で感情移入してしまった。その豊かな想像力はいつも男子の2人を驚かすけど。

「それに、玄田さんからの支援はもう限界だ。刑事たちに歓迎されない状況下、武器を手配してくれてもう十分ありがたい。これ以上は望めない。俺らのやり方で調べるしかない」

 それが一気に選択肢を減らした。

「僕らのやり方って、やはり……」

「これだ」

 紫姫はリボルバーをかっこよく一週回転させてから手に握る。

 嵐は飲み物を飲み干すと、ペットボトルを丸める。こうするしかないという決意表明のようだ。

「自由裁量権が俺ら最大の武器だ。誰かの指示を待つ必要はない。自分から道を見つけ出す。道がなけりゃ、作るまでだ。もちろん最終的に責任を負うのは玄田さんになるけど」

 苦笑いする蒔名も現状を受け入れた。

「ではみんな。やり残したことはまだあるか?」

「あは。また?毎回それ言ってでも毎回生き抜いてきたぞ。死亡フラグになってないぞ」

 嵐は大胆不敵な笑みを浮かべた。まるで死神とタイマン張っても怖くないような顔だ。

 家では心配する家族、それとまだまだ足りない知識や欲しがるものが存在しているのに、どうしてそうも命を惜しまないか。

「で、行き先はーー」

「もちろんあそこだ。神鳴りの間。教会本拠地」

 蒔名はその場所を指差す。

 ここの窓からははっきりと見える。あのデスクの形する変な建物。

 そうだ。そこしかない。

 あの最初の予言によると手掛かりは3つあった。

 ①アーカイブ室

 ②玄田さんのフィアンセ

 ③神鳴りの間

 そのうち、

 ①は調べてもらって、結局明田という名前が発見、彼女の過去が③へとつながっていることが分かった。

 ②に連れて現れた殺人未遂事件を蒔名たちは無事解決、それも③へと繋がる。

 そして今、メイたちが別の町の活躍でゲットしたあの名前を蒔名に教えた。

 全ての矢印が神鳴りの間を指している。

 そこさえ攻略すれば、何もかも明らかになるに違いない。街にとって大きな脅威を根絶やしできる。

 しかし、もっと根本的なことを言わせてもらおう。

 この会話の必要性をも否定できる点を指摘しよう。

 

 今回の事件は昨晩で終わったのだ。


 目玉を奪還出来たし、おまけに殺人も防げたから、なんなら真犯人の車ナンバーまで分かった。あとは交通警察たちに任せて、ゴールはすぐそこだ。

 そして現在、それらに加え、首謀者の名前まで入手した。

 文明世界に生きている限り、それだけの情報が揃うと見つけ出せない人間はいないと言える。治安強化の街ーー鈴和でなら尚更だ。

 紫姫はそれに気づき、献身に熱中している2人に向かって異議を唱えた。

「特別捜査隊の出る幕じゃないね。行ったところで空回りよ。宙野さんが何ヶ月も調べてたのに、収穫と言えるものゼロよ。私たちならできるって言い切れるの?」

 宙野の話を証拠として並べると、一気に説得力が上がった。

 神鳴りの間の設立者はそもそも宙野の母であった。元々は孤児院みたいな組織だったが、設立者が28歳の若さにして亡くなった後、知らない誰かが引き継いだ。

 それからはカオスだ。

 養護施設がいつのまにか教会へと変わってしまった。

 常識的には、急に現れた誰かを信仰するには数十年、数百年の時間が要するはずなのに、神鳴りの間はたったの数年間で揺るぎない位置を固められ、その上、取り締まりになるような悪事は一切しなかった。

 安心安全の教会に大人しくて善良な信者。

 耳を傾けてくれたら情熱を持って紹介し、興味を持たなくても友好的に付き合う。

 極めて慎重なリーダーと教育係がいるに違いないと思っていた。

 けど、本当の原因は今になってやっと分かった。催眠ができるなら、信者を作るのは朝飯前だった。もちろん、彼らを都合の良いように教育するのも容易い。

 ボロが出ない組織だ。

「そうだな。何らかの方向性がなければ、行ったって無駄足だ」

 冷静に考えたら、嵐も落ち着きを取り戻した。

 積極的に行動する前に積極的に考えろ。

 嵐は玄田の教えを思い出した。

「なら方向性を探そう」

 蒔名は素早くノートブックと、注射器を取り出す。

「これが最後だろう。もし方向性とやらが見つからないなら、今回の調査はここまでだ。それで良いよね」

 紫姫に心配される前に、あらかじめ蒔名は約束した。

 彼女が浮かぶ顔するものの、何も言い返せない。

「分かったよ。じゃ1人に一個の質問で、綺麗さっぱり終わりにしようね!」

 当たり外れ、勝ち負けに関係なく、どうせこの最後の一回で終わる。もう半年前の処遇と違って、今はそんなにみんなに認められたくて実績が欲しい訳ではないからだ。自分にできないことは、警察の仲間に任せる。

 目玉事件が無事解決したというなら、ここでピリオドを打つべきだ。

「じゃ俺が先。実はずっと気になってることがあるんだけど。最初の予言を見てみ」

 言われた通り、蒔名はそのページを開くと嵐は続ける。

「黄昏の悪鬼が現れた。11月11日、17時36分03秒にアーカイブって書いてあるだろう?なぜだ?その時間じゃなきゃならないの?もし予言の直後、俺らがアーカイブに行って調べていたら、明田にはもっと早く辿り着くよな」

 それはそうだ。

 明田の記事はあからさますぎる。誰がどう見ても怪しく思い、その功績を不思議な力にリンクする。

「きっと意味あるよ……」

 紫姫は反論しようとも、言葉が見つからない。

「昔もそんなことあったな、〇〇にはまだ行くなっとか……余計なことして敵に察知されるからな。でも明田の場合、もっと早く気付いたほうがメリット多いよな。あんな間一髪でしかも危うく暴力を振るところだった」

 嵐の言葉が紫姫を閃かせた。

「それだ!もしかして……もし2日前も早くたどり着いたら、明田は別の方法で殺される。その場合、私たちは堤上の車のナンバーもゲットできない。明田は餌として使われた。未来の頃葉君はその考えの上でメッセージを残したのかな?だって、ただ明田を捕まえて意味ないじゃん。ラスボスの堤上に近付く情報こそ未来の頃葉君の狙いだよ!賢いよね!」

 紫姫の奇想天外だけど、嵐はやむを得なく同意した。

「ざっと聞くとデタラメだけど、合ってると思う。如何にも頃葉の考え方だ。利益最大化ってやつだな」

 2人の争いが一段落して、ずっと黙っていた蒔名には気付いた。2人揃って彼を見つめても動じないのだった。

 彼の邪魔をせず、唇が動くまで2人は待っていた。

 そしていきなり意味不明の質問だ。

「あの……今更だけど。未来の僕が言ったことは必ずしも正しいとは言えないよな」

 未来の蒔名ももちろん聖人じゃない。ただし、少なくとも今よりは正しい。

 未来の人間はより多くの情報を持っている。情報が多ければ多いほど、正解率も高くなる。それって真理じゃない?そうじゃないのか?

「それってどういう意味?未来の頃葉が何か間違ったことを指示したの?」

「いいえ……僕もちんぷんかんぷんだ。でも嵐と紫姫の考えは、どれも未来の僕の一存に基づいた推論なんだから、本当に鵜呑みできるのかってつい思ってて……」

「自分を疑ってどうする?論理的にはあり得ない。自分が自分を陥れるなんて世界一番意味ないことよな」

「でもね。例えばさっきの話。明田を泳がせた目的は、彼女を囮に黒幕の車ナンバーを入手することだろう?でも、そもそも入手方法知ってたなら、自分で入手して、ナンバーをノートブックに書けば良いじゃない?」

 ご尤もな話である。

 でも嵐はさらに一枚上手だった。

「未来の頃葉の場合、すでにそのチャンスを見逃したとか?自分ではなし得なかったから、だから知ってる情報を持って、より良い案を練って過去の自分に託すんじゃねえかな?」

「それだと、博打よな。僕は自分がどうなっても良いけど。仲間を危険な目に合わせたくないよ。『僕』はそれ承知でプランを立てたのか?」

 自分の意図が知りたい。それが蒔名の質問になる。

 しかしノートブックに書こうとすると、ふっと思い出した。今回の予言に出る未来の自分は、4日前の予言に出た未来の自分とはもはや別の思考を持っている別人とも言えるのだ。

 具体的にどう違うかもちろん知る由もない。会話ではなく、ただ限られたメッセージを交換しているようでは、やはりまだまだチート能力とは呼べないな。甲斐先生の言う完全なる予言には程遠い。

 その点を考えると、嵐の質問は無効だった。

 蒔名はそう伝える。

「嵐、質問はどうするの?アーカイブのこと聞いても無駄だから、別のにして」

「そうだな。今の未来はあの未来じゃねえからね。じゃあ、俺は教会について聞くわ。突破口が知りないね。特に潜入路線とか。頃葉は?」

「僕はとりあえず、事件の続きと堤上について聞く。今の情報では、1ヶ月後は相当進んでいる気がする。紫姫は何にする?」

 残りは紫姫の質問だけだ。

 彼女は思考のふりをしていて、本当は何が聞きたいか見え透いている。彼女はこれ以上の深入りは欲しくない。だから質問もなるべく簡単な、捜査が進行にならないような質問が良いと思ったはずだ。

「え……と……私は2回目の予言が気になるね。『そこには気づけ』って言葉ね。直接回答を書かず、質問で返すなんて。なんか頃葉君らしくないって思えた。でも、聞いても無駄よね。未来が変わったからね……こうしよう!『今回の事件は終わりと見て良いか?もし続きがあれば、ここ1ヶ月の事件と関連のことを時間順に書け!』はどうだ?読む側として1分もあれば、かなり情報得られるし。ただ、頃葉君の斜め読みに頼るね」

「そうだね。聞いておくに越したことはない。嵐ほどじゃないけど、僕は速読に慣れてるから、大丈夫だと思う」

 かくして、この事件の総仕上げとなる最後の最後の予言を……始める。


ーー始ーー


 1ヶ月後、12時、保健室

 蒔名がこの時を待っていたかのように、すでに昼食を済ませて、保健室のベッドに横たわっていた。

 時間になると、彼はデスクに近づき、ノートブックを広げる。

 1.事件の続きはどうなの? 

 2.教会を調べるにはどうすればいい?潜入は可能か?

 3. 今回の事件は終わりと見て良いか?もし続きがあれば、ここ1ヶ月の事件と関連のことを時間順に書け。

 以上の質問に対して、大量の文字が書かれていた。

「1.堤上清葭はあれ以来姿を消した。もうこの街にはいない可能性あり。でも車は見つけた。監視映像によると、あの夜からずっと街を回って走っていた。まるで監視カメラの位置が分かってたように路地ばかりに突っ込み、めちゃくちゃな逃走路線だった。しかも路程も長かった。だから最終地点が分かるには2日もかかった。最終地点は港の駐車場。中には運転手1人がいた。堤上ではなかった。その人間がいつのまにか催眠されて、どこかの路地で堤上と入れ替わった。もちろん曳橋さんに催眠を解いてもらったが、本人は何も覚えていないという。最後まで教会か堤上との繋がりを示さなかった。


 2.教会に関して、最近仕入れた情報を記入する。

 まずは明田について、彼女は名簿のNo.2、No.1の宙野鈴が亡くなったから、彼女は当然権力を持っていた。彼女がNo.2である理由は、宙野鈴が最初に見つけた孤児が彼女だそうだ。

 次は教祖という人物が存在する。性別は不明。奇妙なことに、その名前は名簿には記録されてない。堤上という謎に包まれた人さえ名簿には確実にあったのに、その人物は彼女よりも神秘的で危険と判断してもいい。

 最後に、あの建物の攻略法はない。潜入は無理、2階以上の見学や訪問は無理、ヘリで上空からも不可能だ。もっと大きなことを起こさなければ。すなわち……ベル・ショック。宙野さんに助けを求めることは可能だが、チャンスは一度っきり。もっと情報を集めてからからやるのだ。現時点の計画は、僕ら3人のうちの1人を教会に送り、教徒として調査を行う。


 3.目玉事件は終わりと見て良い。残りはその延長ーー堤上の調査だ。近年、ずっと解けなかった怪奇事件の中、彼女が関連する可能性がある事件を、今は選別している。それが終わり次第、事件一つ一つしらみ潰して、彼女の居場所を探す。大きな脅威であることは間違いない。教会を牛耳って何がしたいかいまいち分からない。

 ちなみに玄田さんはかなり傷付いたので、慰めた方がいい。何せ、半年も恋愛していて、結婚の話まで出てきた。全部嘘って気付いた時、ショックは大きかった。

 本物の西条梨乃に関して、ずっとどこかに閉じ込められていたものの、堤上が消えた途端、彼女は解放された。しかもここ半年の記憶を持ってる。身体に別状もない。仕事は堤上が代わりに行ってた上、定期的に仕事場の出来事や人間関係を西条に植え付けていた。千坂さんの話によると、手段は屋台の娘の能力。その子はいとも簡単に人の記憶を永久的に不逆的に変えられる。そんな強い屋台の娘が恐らく堤上側の人間である。

 西条は半年の間の記憶(玄田さんとの恋愛を除く))を持ってるので、社会復帰は順調だった。言い換えれば、この事件は特別捜査隊や千坂たち以外に、誰も影響をうけていない。結果的に、警察本部の受付が交代した。それだけだった。堤上は最初からここまで計算していた。これはまるで実験のようだ。

 以上」


ーー終ーー


 あまりにも多い文字量だったので、要点をまとめて蒔名は述べた。

「ますます恐ろしい相手だ」と嵐はコメントした。

「実験……半年もかけてか?事件の目的は何だろう?今後の課題ですな」

 実験というのはあくまで未来の蒔名の推論だけど、それについて紫姫は真剣に考えているようだ。

 そして蒔名、彼も考えている。2人の言葉が全く頭に入らないくらいに。

「堤上の話ばっかだな……」

 蒔名の言ってる意味が分からない2人であった。

 紫姫が首を傾げ、

「謎はもうそれしかないもんね」と当たり前のことのように言った。

 謎は……それしかない……か?

 釈然としない顔のまま、

「……紫姫、あなたの言う通りだ。特別捜査隊の出る幕じゃないね」

 蒔名はそう言い捨てて、解散を宣言し、寺を後にした。

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