第11話 かみなり
◯
「下準備は済みました。明日10時、共にやり遂げましょう」
そう言う千坂はすでに布団の中。
まだ20時にもなっていないのに、彼女は素早く歯磨きを済ませて、横になった。
節電モードにでも入ったかのように、今の彼女は無感情のロボットで、ベッドでびくともしない。瞬きも惜しんで、じっと天井を見つめてる。
「メイも早めに寝た方がいいです。明日は大きなショックを受けるかもしれません。体も精神も」
彼女は淡々と語った。
一方で、メイはホテルで探偵ごっこをしているようで、前の客が残したものはあるかって隅々まで調査している。
「ホテルは久々だよ。ワクワクするね!」
そう言って彼女は急に伏せて、床に落ちていた吸い殻を拾い上げた。綺麗な服をが汚れるのを厭わず、チェックインしてからそんな奇行を続けてきた。
「発見!」
それを頭上に高く持ち上げ、宝物を見つめたぞ!ってドヤ顔だった。
そんなゴミがあるからメイははしゃぐ。
明日必ず朝一番でフロントに苦情を申し立てると千坂は密かに誓った。
「……それでミッションコンプリートですね。もう寝てください」
千坂がまた無感情にセリフを吐いた。
そこまで塩対応されるとさすはに興ざめだっただろうが、メイは変わったやつだから全然気にしない。
そんなことより、蒔名とチャットししたりテレビ観たり、最低でも勉強する方がよっぽど有益ではないかと千坂は思ったが、あんなに楽しそうにしているメイを見てると、結局口にはしなかった。
しかし。
彼女は次の調査を始める。バスルームで髪の毛を探し始めた。
ついさっき風呂上がりの千坂なんだから、自分のあらゆる毛が見つけられるのが嫌で、彼女はスパッとメイを呼び止める。
「メイ。油断は禁物です。何より目的を忘れてはなりません。蒔名のためにも、自分のためにも、万全の態勢で臨むべきです」
メイはやっと足を止め、不服そうに呟く。
「だって姉さんの計画完璧過ぎるもん。絶対にうまくいくよ。私は見物すれば良いじゃない!」
「そんなことないよ。明日はメイの記憶力が頼りです。まだ覚えてますよね。市役所の人員配置と潜入ルートのことを」
「は〜い。1階は47人、目的地は2階、廊下奥の部屋ですねーー」
「その通りです。楓が暴れるうちに、人目を回避しながら2階の資料室に潜入し、彼女が用事を済ませる前に筆跡対照を終わらせることが狙いです。楓に気付かれでもしたら、ただですみませんよ」
「トギ姉さんの力なら、そんなに時間要らないよね。きっとバレないよ」
「そうであって欲しいです。出来るだけ早く終わらせます。楓が捕まっていては困りますから」
なるほど。2人の間にはまだ友情というものがあるんだなとメイは一瞬思ったが、千坂の次の言葉がそのくだらない幻想を断ち切った。
「彼女ほどの武器、使い捨ては勿体無いですね。持続的に利用できるように彼女の退路も考えなくてはなりません」
「言われてみれば……元警察だけど、市役所を荒らすなんて正気の沙汰じゃない。もし警察が来たら彼女は力尽くで抵抗するの?」
「しないでしょう」
「どうしようかなーー」
「私がなるべく早くことを済ませるしかないですね」
千坂がそう言うと心強い。
彼女は常に勝つ方だ。引き分けがあっても負けを味わったことはない。
もちろん今回も。
フラグなんてものは彼女に通用しない。
同時に数人の能力者に対抗する状況ならともかく、たった1人の陰に隠れたがる暗殺者ごときのせいで、彼女の不敗記録はこれで破れる訳がない。
ここでついに露見する。千坂の本当の能力が。
◯
多分みんなは気になっていた。千坂の強さはなんなんだ?
多重人格。
それがどうした?何ができる?
分身できる訳でもない。
結局実戦的な意味で、多重人格がなんの役に立つか?
それは……
「魂」を喰うことである。
例えば、
学者を取り込むことで彼の全ての知識を我が物にする。何かの技術が欲しい時は、その領域のプロを喰えば一瞬で身に付ける。いや、一瞬は言い過ぎだ。千坂たちは時間をかけて情報を聞き出す必要がある。もちろん全部脳内で行われていた。
イメージはこんなものだ。
千坂の原生人格たちが喰った人を囲んで、言葉で説得したり誘導したり脅したり嘘ついたり将来を約束したりして、情報と知識を仕入れる。
当然として、喰われた方の体は空っぽになって即死する。「もし話してくれたら元の体に戻してあげるよ」ってのはよくあった虚言だけれど、元に戻せるわけがない。
ただ千坂の体から追放して、大自然に戻してやった。無に帰らせた。
千坂は彼らを騙した。もちろん。
だからなんだ?彼女はそんなで罪悪感をいちいち覚える人間じゃない。
その事実を知ってる数少ない人間はいた。彼らはかつて揃ってそう呼んでいた。
脳みそ喰いの千坂家。
そして揃って決めた。
その家の人には決して近付かないこと。
……。
なぜ多重人格が必要なのか。1人だけでは取り込んだ魂たちを管理し切れないから。
その管理を仕切る人間は、千坂内である。
彼は千坂伽が12歳の時に目覚めた人格で、トギのタフさを受け継いだものの、趣味は全く違う。取り込んだ学者たちからの知識を吸収して、世界を探究する「旅」をしている。だからトギがわざわざ命令するまでもなく、取り込んだ人の知ってる全てをウチが吐かせたのだった。
トギからして、ウチに対する評価は、ちょっと変態な10代男子だった。
時にトギの取調の仕事が難航したら、彼女はウチを呼び出し、交代でやっていく。
それ故、千坂は基本単独で取調べをしていて、傍聴は許可しないのだ。性格が変わったところが見られたら噂になるからだ。それが取調対策組の秘密の一つだった。
そして最後の原生人格、千坂丸は千坂が18歳に目覚めた。
トギもウチも彼女に甘いから、汚い仕事は与えない。でも汚くない仕事はあまりないから、彼女が体を操る時間は少ない。普段はただ眠らせていただけ。
自分に甘いなんてことちょっと変に思うかもしれないけど、彼女の中ではあり得た。
そしていよいよ本題に入る。
千坂は今回必要なスキルは筆跡対照だ。でもそんなスキル、簡単にマスターできるわけではない。
やむを得なく、千坂は脳内の「牢獄」を開ける。
自分では飲み込めない知識の持ち主は追放せず、「牢獄」に閉じ込む。
用がある時だけ、一時的に解放してやって、脳内の彼と会話することで自分にできない作業をする。時には身体の指揮権も渡したりもする。
そして用を済ませたらまた無慈悲に閉じ込めるのだが。
筆跡対照は警察の千坂がよく関わる作業なので、いざの時に備えて、彼女はあらかじめその分野が得意な1人を「用意」しておいた。
その一つのスキルのために他人の命を奪うことになるけれど……だからなんだね?
千坂とは、こう言う者だ。
したがって、行動開始である。
◯
今日は晴れの日、天気予報も雨降る確率はゼロだって言っていた。しかし記雨という町ではそれが当たるのか?
記雨は鈴和みたいな新興都市ではなく、少なくとも2、300年の歴史があるという。その名からも古き人間のロマンが垣間見える。
一説では、雨がよく降っていたからではなく、絵になるような綺麗な雨だから、その景色を記録として残したくて名前にした。
だから今日、もし本当に天気予報に反して、雨が急に降ったとしても、宙野楓のせいにはできないよな。
……。
彼女の到着を、記雨町の公務員たちが待ち侘びていた。
全国範囲で名を轟かせた元アイドルとして、彼女は武力行使するまでもなく、円滑に今度の案件を解決できるかもしれない。
「協力してくれてありがとう。よければここで働いているみなさんの名簿を見せてもらえる?」
標的は市役所に潜むテロリストなんだから、まず名簿に目を通すのが一般的だ。
しかし一応政府機関で、そう簡単に見せるものか?
「簡単にはお見せできません……こちらの申請表にサインしていただけないでしょうか?」
申請表と呼ばれた書類は、どう見ても白紙である。いえ、生地が違う。これは色紙だ。
受付の女性はその白紙一枚とマーカーを差し出し、期待という眼差しで楓を見つめている。
なるほどねと楓が頷いて、おとなしくサインを書き始めた。
受付さんは彼女が素直にサインしているのを見てつい調子に乗って、とっておきのアルバムたちも引き出しから引き抜いた。
合わせて13枚だった。
「こちらの“書類“もお願いします!」
アルバムを書類呼ばわりするとは、頭がちょっとおかしくなったかz
周りの虎視眈々としいた同僚たちも心配し始め、こんな大量でサインしてくれるかなって不安がってきた。
なるほど。受付の彼女は代表役か。楓様に迷惑をかけないように、会議を通して厳選して、幸運児1人だけが楓と会話するチャンスを得られるというのか。
それにしても100人近くいるこの市役所では、13枚は悪くない数字だ。
現役だった頃、彼女はさぞ大儲けだっただろう。(それなのに数ヶ月前はエアコン代も払えない状況だった)
「これでいいよな〜」
楓は可愛げに微笑んだ。
彼女はテキパキとサインを終えて、しかも丁寧に、マーカーの油が早く乾けるように一枚一枚に「ふぅー」って息を吹きかけていた。そんなサービスはもちろんかつてない。
その上、あわよくば、楓の唾が付着している可能性も高い。サインだけじゃなくて、楓様の生唾も頂けるなんて、至福だ!
ここで働いてよかった!生きててよかった!
とそう思う人はいた。
かもしれない。
「あり……がとうございます!」
感動の涙をぐっと堪え、潤んだ声で礼を言って、受付の彼女が名簿を机にそっとおいた。
公私混同、職権濫用の公務員たちにはどんな罰が待ち受けているか楓は知らずに、ページをめくる。
名前がずらりと並べられただけ……想像通り、何の役にも立たなかった。
名前からその人間が裏切り者かどうかを判断できる訳がない。
性別、職歴、苗字、どこでもおかしなところが見当たらない。
これで、打つ手がなくなった。脳みそを使うのは楓のスタイルじゃない。
「幸い」、千坂からの「助言」があった。
「どうしても見つからない時は、私を呼んで。特殊なスキルで裏切りをあぶり出す。近くで待機するから」
もちろん現在千坂は楓が人目を引いたおかげで、近くどころか、すぐ上の階にいて、筆跡対照をしている最中だ。
しかも今はおそらく自分の人格ではなく、対照に長けてる人間が彼女の体を占拠している。楓のところにはとても行けそうにない。
強いて言うならメイは暇である。彼女は適当に見張りをしているだけで、必要性の高い仕事はしていない。でも万が一の暴走(千坂が自分をコントロールできない状況)に備えて、そこから動かない方がいいと千坂はいい含めていた。
どうしたものか。
スマホは所持していないので、楓は役所の電話を借りて、試しに千坂に電話してみたけど、当然誰も出なかった……。
言うまでもなく、これで終わりじゃない。わざわざ2時間の電車に乗って名簿を見に来たわけじゃない。
手がかりがないなら探すまでだ。
ポジティブに考えれば、今日は全員出勤だから、テロリストの協力者は目の届く範囲に必ずいると言えるわけだ。
まず全員を閉じ込めれば?
という危険な発想がよぎった。
それはしょうがない。力行使。それが彼女の十八番というか、常だ。
いつもそうしてきた。蟻を踏み潰すのに戦略なんて考える必要はないという簡単な論理だから。
それにしても今回はそうはいかない。ここの警察とは知り合いではないから、わんさ集まると色々と面倒だ。
なにせ、楓には学校の子供達の面倒を見るという使命がある。この件が終わり次第すぐ帰るので、警察署に行く暇はない。
不本意ではあるが、久々に脳みそを使って、戦略というのを練らないといけない。
千坂が言うには、ここに潜むテロリストの協力者は身長およそ170センチ。一度ゴルフ場で取引を目撃していたらしい。かと言って目撃者は匿名で、それ以上の情報提供も拒否した。
身長情報はもちろん名簿には記載されてない。
したがって、楓は謹んで名簿を返した。
なるべく長く接触したかったか、受付もスローモーションでそれを受け止めた。浮かせた両手はしばらく下ろすつもりはなさそうだ。
「すみません。身長を聞いてもよろしいでしょうか?」
「あっあああ。えええっ。161センチでしぃ!」
急な質問でびっくりしたようだが、回答は割と早かったし、精確な情報も言い出せた。そこはやっぱり公務員だ。
でもこれが161センチか?
楓の当てとは全く相違している。
その時やっと楓は千坂の言っていたことを理解した。
もし彼女がこの場にいたら、「目測」というスキルに長ける人間の魂を使えば、一瞬で170センチの人間を選別できる。そのあとは問い質しあるのみ。どれも千坂の得意技だった。
こんなまるで彼女にはうってつけの仕事をなぜ自分に任せたか、楓はちょっと思った。
そしてすぐ答えに辿り着いた。
新しい妹が出来たからか。これからは2人の妹を守らなきゃならなくなってもう当分鈴和から出られる。
それならしょうがないと楓は納得した。
「いきなりですけど。ここで働くみんなの中で、170センチの女性はいますかね?」
どう考えてもこの受付さんはシロだから、楓は放心して彼女に情報を聞き出そうとする。
そんな奇抜な質問されると、受付さんは振り向いて一度見回していたら、「いませんね……」と答えた。
よし、これで範囲は半分に縮められた。楓は頷いて、次の段階に移る。
「電気室はどこですか?」
まるでトイレはどこですかって聞いているようにナチュラルである。
「あちらです!」
と受付さんもさらりと教えた。
楓は何をしようとする?やらかしたら警察沙汰になるってわかっていたのに、彼女は依然として“電気”に近づこうとする。
それじゃバレる。
でももしバレないようにするなら……。
「きゃぁああああ!」
元アイドルが突然大声出して、ファンではない職員たちも一斉にこっちに目を向いた。
「あの方向、火ついてない?」
みんなが再び首を回転させ、彼女の指差す方向に向いたら、全員驚愕の顔に変わる。
部屋の隙間から、煙らしきものが湧いてくる。
「おい!そこは電気室だぞ!」
ある男が真っ先にそう叫んだ。
彼の叫びとほぼ同時に、火災検知設備が鳴り始める。
「待て!近づくな!まず消火器を!」
こうして急に騒つく。
「女性陣はまず市民たちを外に誘導すべきだね!」
楓の提案に、彼女を囲むファン達は概ね同意した。そしてそのうちの1人の男性ファンが、「ミノ、楓ちゃんと市民達と外に避難してください。アキ!消防を呼んでくれ!残り全員消火器を持て集まろう!」と指揮を取り始めた。
どうやら彼は上司の方みたいだ。さっきまではずっとこっちを見つめていた1人だけど。
でも頼りになるコマンダーだ。みんなを集わせて楓としては好都合だ。
彼女は満足そうに微笑む。
その笑顔を見た人間はいたが、おかしいとは思わなかった。アイドルはよく笑うイメージだからか……。彼らはじきに来る災難を知らずにいた。
◯
今日は晴れ。何度も天気予報を確認したが、100%晴れってのは間違いない。
それなのに記雨町の上空では巨大な雷雲が漂い、中ではやんちゃな電気が飛び回るのが見える。
その真下は町の中央に位置する市役所である。
先ほどどういうわけか電気室では火がついたものの、女性職員のみなが力を合わせて一般市民を避難させたおかげで、全員無事で済んだ。
しかし彼女らがまた市役所に戻って消火を手伝おうとすると、タイミングよく雷雲が蓄えた一撃を放ち、電光石火の雷が落ちてきた。
え!?どういうこと?
その場にいる全ての生き物が戦慄を体感した。
さっきまで晴れだったのに、どうして急に雷雲が集まって、そして雷が地に落ちたか。
あまりにも不思議で奇想天外で、思考すら打ち切られたようにみんなは立ち止まる。それから一斉に雷雲を見つめ、恐る恐る中に入るかどうかをためらう。
かと言って入ろうとしても入れない。
今の雷撃が市役所前の木々に直撃し、首をへし折られたように続々と倒れ、合わせて大火事をもたらした。
3メートルほど高い火の壁に遮られ、もう誰も市役所に入ることはできない。
出ることも。
「楓様がまだっ!」
そう叫んでいる人がいた。
……。
「始まったよ……姉さん」
見張りをしていたメイが下の停電に気付き、忙しい千坂に報告した。ただ、千坂はちょっと違う。今その体を制御しているのはトギでもウチでもマルでもない。とある鑑識の専門家である。
「心配ない。2階は別の配電室だそうだ」
そう軽く答えてから、千坂は作業に戻る。
数十万枚の紙切れの中でたった一枚を探すとは、思ったより大変だった。
でもこっちも半分までに縮められた。標的は女性なんだから。
「4割はチェックした。すぐ終わろう」
千坂の言葉はいつも心強い。例え本来の人格じゃなくとも。
「分かった!廊下に戻るね」
1階が停電になると、誰かが2階に来る可能性がある。メイは前より安全な位置でしゃがみ、下の音に気をつけながら階段の方をずっと注視している。
まず女性を排除し、残りの男性をここに閉じ込める。そこまではまだ分かるけど、それからはどうするの?
メイは楓の行動の意味を考え始めたものの、早くも壁にぶつかる。
彼女はまだ楓の能力も思考回路も拝見したことないから、いくら考えても無駄かもしれない。
なぜならば、彼女は個性的な変人だ。
変人と言えば、常識に足りない人間のことを指すが、彼女は一応現役大学生として、常識や知識には疎くない。しかし彼女は生まれ持った能力で、変わったメンバーと組んで特別捜査隊の活動していて、知らずのうち自分ならでは思考を持ち合わせている。
現役特別捜査隊たちのめちゃくちゃなやり方を見て分かるように、彼女はそれ以上だ。
すると下から2回の爆発音がした。
1回目は小さい方で、まるで粉末消火器というおもちゃを手にするみんなに知らせるように、電流が走る音につれて、市役所の自動ドアと電灯の機能が効かなくなった。
暗くなったおかげか、扉は閉じたままだけど、隙間から電気室の中で火花が踊るのがよく見えた。人群れは当然、警戒するように後ろに下がった。
2回目はれっきとした本番だ。
電気室のドアがまるで充満する煙には耐え難いようにバタンと開き、出所不明の気体が一気に解放された。
いざ門が開くと全て明瞭した。
電気室が引火というのはどれだけ危険なことか、ここにいる全員がよく分かっているはずだ。もし本当に電気関連の何かが燃え出したら、必ず今以上の爆発が起きて、ここにいう人間を漏れなく巻き込んで死なせるに違いない。
だから絶対に電気の事故じゃないのだ。でもそうじゃなかったら何だという?
門が開いたおかげで、真実が分かった。
部屋の中には1箱のバッテリーが地面にあり、それがプラスチックの箱に入れられていた。恐らく高温のせいで自然発火して、箱も燃やされてしまった。そのプラスチック製の箱が溶ける匂いは悪臭とは言える。
そしてさっき自動ドアと電灯が効かなくなったのは、高温を検知した保険が作動しただけだ。
「どいつが置いたんだ!?頭おかしいか?」
誰があらかじめそれを入れたか言うまでもない。千坂が置かせて、その情報を楓に告知した。人にバレずに行動ができるために。
それなら消火が簡単さ。
と誰もがそう思って、手元の消化器を使おうとすると、鉄の底が一斉に取れて、粉末が砂のようにこぼれ落ちる。
「おいおい!誰が検品したんだ!?使えるものないか?」
ない。
全部細工をされた。
すると状況がまた危うくなてきた。
水は調達できるが、明らかに通用しない。男たちは手上げだ。
そんな時だからこそ、唯一の女性の存在より重要になる。
楓は息を潜めて、発言のチャンスを窺っていた。
彼女は反復に、自分の思考が正しいかと自問していた……。
取引現場はゴルフ場。記雨では3つのゴルフ場があって、どれも1時間5000円以上かかる。わざわざその場所を選ぶとは、その人物がゴルフ好きか用心深い人間のどっちかだ。
彼女は前者に賭けた。
そう。
ただそのためだけに、彼女はここを全封鎖をしておいて、敢えて窓という選択肢を残す。
そのあとはうまく誘導すれば、標的を見付け出せる。
「硬い杖とか持っている人いますか?煙で苦しいです!」
ここに閉じ込められた唯一の女性がそう言うならば、誰も納得せざるを得ない。
「硬い杖?」
「ビリヤード?」
「あー。ゴルフクラブか?」
みんなのざわめきの中で、楓の望む答えが出た。
「おい!キヨタ!君は予備のゴルフ杖を一本ここに残しただろう?どこに置いてあった?ロッカーか?」
真っ黒で、誰がそれ言ったか分からないけど。
けど、待っていた。その言葉を。
暗闇の中の楓は目だけが輝く黒猫のように、耳を立ててその声をすぐ捕捉して、その声の主の元に向かった。
「えええ?誰ですか?ゴルフクラブ持ってる方は?ゴホッ〜ゴホッーー」
楓は下手な咳をしながら、弱々しい口調で尋ねた。
真っ暗なので、標的がどこに立ってるかおそらく分からないけど、さっきの男が必死にキヨタという男の特徴を思い出す。
「名前はキヨタです。あの……メガネの角刈りで……ネクタイは……何色だっけ……?」
そこまでで十分だろう。
せいぜい10数人の男たちだ。それだけの特徴があれば見つけられるはずだ。
楓は電気製品と相性が悪いが、彼女は唯一馴染みの電気製品ーー懐中電灯のスイッチをパチっと入れた。
見つけてどうする?
その場で成敗するかのか?尋問するのか?警察に突き出すのか?
平民の楓に何ができる?彼女の勝手な逮捕行動をどこの警察局が認める?
数多の疑問は一旦棚に上げて、メイたち自身は深刻な問題に直面している。
真っ暗で何も見えない。そんな状態でどうやって筆跡対照する?
懐中電灯は無しだ。
下にいる楓にバレるかもしれないからだ。
そうじゃなくとも、女性陣は外で中を様子を伺っている。真っ黒なはずのビル2階が急に灯りがついたら、注意を引くに違いない。
楓はすでに標的を見つけた。
懐中電灯が審判の光のように、キヨタという男を照らす。
もうすぐ終わりだ。
しかし……。
忘れないで欲しいのは、そもそもテロリストも協力者も取引現場もゴルフクラブもないのだ。全て千坂が書いたシナリオに過ぎなかった。
総仕上げを千坂はどうするつもりなのか……メイは少し心配していた。
一方で、まるで今の状況を全く気にしていないように、千坂が筆跡対照を続けている。灯りがなくても、平然と作業を続けている……赤外線付きの義眼でも移植されたかってメイはちょっと疑う。
小さい頃から目が良くて、あの狭山にも引けを取らないシャープシューターだというのに、義眼はいらないだろうと思いきや、所詮は人間の身、今の科学技術で作り上げた義眼より優れるわけがない。そして何より、姉の千坂なら、便利のために自らそう提案するかもしれない。
でも、機械は時には信用できないというのも千坂のポリシーである。だから恐らく両方とも変えたわけじゃない。片方を義眼にすれば、大体の場面に対応できる。そして義眼が故障したら、オリジナルの眼球で凌ぐ……。
メイはその推測を検証するように、千坂の方に目を向けた。
もうずいぶん時間が経っていたので、暗さには慣れて来た。
暗闇の中でページをひたすらにめくる千坂をちゃんと観察したら……やはり片目を閉じている……!
さすが千坂だ。だから曳橋が目を抉られたのを聞いた時、あんなノーリアクションだったか。目なんていつでも入れ替えるパーツなんだろうと彼女はそう思っているかもしれない。
それにしてもまさかここでまた一つ姉さんの秘密を知ったとは……。メイは嬉しそうに見張りに戻る。
もう見張れるものはないけれどね。
楓が犯人をロックオンしてから、もう何も言わずに何もしないことにした。
いつのまにか消防が駆け付けてきて、消火作業に取り掛かる。
正面のざわめきに惹かれる人群はこの上ない援護であり、千坂はメイと2階の窓から安全に撤退した。
その時の千坂はすでに元の調子に戻っている模様で、冷静にタクシーを呼んだ。
「どうします?今帰りですか?それとももう一泊しますか?」
「宙野さんと逆の方ですね。出会したくないよ」
「分かりました。ではもう一泊しましょう。別のもっと清潔感あるホテルにしますね」
「どっちでもいいけど。それにしても宙野さんは何を企んでるの?この期に及んで諦める?」
「あくまで推測ですが。恐らく彼女のやるべき部分が終わったからです。その理由は、楓は曳橋と約束しました。手を汚すことはもうしない。後始末は曳橋の催眠に任せるようです」
楓にとって、曳橋は行方不明なんだけど、それでも彼女は約束を守った。
「その約束って面白いね。ロマンチックだよ!もう告白みたい。その告白のシーンを見たの!?」
「いいえ。盗聴しました」
「え……だろうね〜」
「さて、仕事終了です」
千坂のスマホのアルバムを開き、一枚の写真をメイに送った。
それがここに隠された唯一の手がかり、誰も触れてはいない情報である。
メイが素早く確認してから、遠くにいる蒔名に転送した。
住民票の登録用紙、そこには2人の名が記載されてある。母の
「
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