第7話 3日目 疑わしい者

 ◯

 11月12日 昼

「鈴和警察本部本部長兼東戸署署長西条稔さいじょみのる。47歳。23歳にゴルディン大学卒業、一年の留年経歴がある。卒業後は目標がなく、2年間のフリーター生活が続いていた……やがてターニングポイントが訪れ、偶然助けた女性に薦められて銀行の窓係に就職した。

 そんな平穏な人生はたった一年で終わりを迎えた。ある日、10人もの暴徒が銀行を奪いに現れた。全員仮面かぶって銃持ちで、秩序も良く、用意万全の態勢でした……その女性は銀行の責任者として乗り出し、現場にいた客と職員たちを守ろうとした。混乱極まりない状況の中、彼女は命を失った。その場で何も出来ずにいた西条さんはその日から警察になると決めた……。

 その亡くなった女性が恐らく署長がずっと慕っていた人なんだから、22年が過ぎた今もまだ独身……のはず」

 紫姫が先輩同僚たちから又聞きして整理した情報を共有した。

 ところで彼女の話は切れ切れで、まるで自分の記憶を疑うような言い方だった。

 彼女がそうなった訳は、蒔名が2人に玄田と西条梨乃さいじょりののことを話したら、意外な事実を発見したからだ。

 3人は明らかに違う記憶を持ってる。

 そして誰もが自分の記憶の正しさを固く信じてる。誰かが催眠されたのは間違いないだろうが、一体どの部分がどう弄られたか、はっきりしないといけない。

「僕の記憶では、署長は生涯独身で、紫姫さんの言った逸話もそれを証明できたじゃないですか。まだあの女性を引き摺っているに見える。娘持ちとは思えない」

 蒔名は西条梨乃という存在すら初耳だから、自信を持って語った。

 それが嵐の記憶と矛盾している。

「いやいや。あれは、尊敬あるいは感謝だ。恋愛感情ってもんじゃない。お前本当に恋愛が分からないな」

 不服を唱えたいところだが、自分の17年間の独身はあまりにも説得力に欠く。なので蒔名は反論をやめた。

 でも負けず嫌いで、

「嵐には言われたくないな……好かれることも知らずに」と呟いた。

 ……。

「どっちもどっちだよ」

 と紫姫は思った。

「とにかくだ。俺ははっきり覚えてるぜ。半年前、初めて刑事課と会議しただろう?会議が終わって、署長が拍手して、じゃ解散、娘の誕生日の用意しないとっとか言ったぞ。

 あの時すでに催眠されたっていうのか?しかもだ。催眠は1ヶ月くらいで解ける。それを延長するには、最低でも月に1回掛け続ける必要がある。つまり俺らは少なくとも6回は催眠されてる。署の中で俺と毎月会ってる人物なんて、玄田さんくらいだぞ」

 そこまで確信の口調で言われると、蒔名は自分を疑わずにはいられない。

 彼は記憶を辿るように額に指を当てて、何かを必死に引き出そうとする。

「でもね。必ずしも警察署でってわけではない。例えばうちの学校の教師だったり……」

 紫姫は違う方向の推論を言ってみた。

 彼女の記憶でも、西条梨乃は存在した。でも蒔名はデタラメを言う人間じゃないので、彼を信じくて自分を疑い始めた。

「それはないね。忘れたか。もし俺たちに催眠をかけたら、近くにいると奴の目の色は変わるはず。そんな教師いないと断言できる」

 嵐の言う通りだ。彼がそういうなら間違いない。彼はバイトしすぎて欠席とか、図書室で本に夢中で時間を忘れたとかいつも教師職員室に呼ばれ、至近距離で教師全員の説教を食らっていたからだ。

 そうであれば、学校に潜んでいるって可能性はほぼ排除できる。

「あと一つ、偽物が教師としてやり過ごすなら、全校生徒に催眠をかける必要がある。1人でも見逃したらボロが出る。学校は無理だ。紫姫ちゃんと考えてる?」

 蒔名の無意識毒舌がまた発動した。でも今回はどうも外れたみたいだ。

「ああああ紫姫ちゃんって呼ばれた」って彼女は好きな部分だけ聞き取ってちょっと嬉しそうに見えた。

「でも、不可解だ。

 頃葉の言う通りであれば、西条梨乃は存在せず、催眠で出来てるとなれば、色んなのメリットがある。警察の情報を獲得できる。俺たちを監視することも。

 逆に俺と紫姫が正しい記憶を持ってて、頃葉だけが催眠されたことになる。それって……なんのメリットがある?自ら催眠の存在をバラしただけじゃないか?」

 嵐は二つの可能性のルートを黒板に書き、矛盾のところに丸をつけた。3人とも黒板を見ながら、どっちつかずになった。

 沈黙を紫姫が破った。

「頃葉君が正しい場合、リスクが大きくないですか?はなから存在しない人物を作り上げて、しかも署長の娘です。娘がいるなら母も作らなきゃいけないよね。とんでもない嘘になる。もしバレたら、警察全員への挑戦状になるよね。その時になったら……」

「曳橋さんは真っ先に捕まる……それが目的か!」

 重要なポイントに気付いたようで蒔名は興奮した。「成功も失敗も得はある。成功の場合、署の情報を獲得し続けるし、失敗しても全部曳橋さんになすりつければすむ」

 そう言い終わると、蒔名は黒板に人の名前を書く。

 西条梨乃さいじょりの玄田徹げんだてつ、そして西条稔さいじょみのる。ここまでは予想の内だった。まともな登場人物だったから。しかしそれに続いて書かれた名前たちが嵐たちを困惑させたのだった。

 明田知紗あきたきさ

 狭山速矢さやますみや

 西見多留にしみたる

「え?どう言うこと?容疑者リストってこと?」

「はい。僕なりに考えた人選なんだ。毎月会ってるし。しかも曳橋さんの存在を知ってて、やる時間も充分にあった」

「狭山さんと西見さんを疑うの?なんで?」

 その人選たちに嵐は疑惑しかない。それは彼が一番本部の人間に疎いからだ。紫姫は女子たちと仲いいし、蒔名は暇だからしょっちゅう本部に通う。

「あとあれだ、目の色!誰か赤くなったことあったか?特に明田さんは受付嬢だよ。どんだけの人間と会ってきたか。目のことを隠しきれないよな」と嵐は質問を投げた。

 そこを突かれても、蒔名は平然とした。「そうね」と淡々と答える。

「じゃ違うじゃん」

「それは違う。なぜなら、その3人とはいつも会ってるけど、近く1メートル範囲内に入ったことないよ」

「い……言われてみれば……そうだな」

「これまではおかしいなって思ったことないよね。身分違うし、なんだかんだ言って僕たちは疎外されてるから距離をとって当然だと思ってた。でも今更振り返ってみると、ちょっと不自然だよ。僕たちだけじゃない。誰に対しても距離を取っていた。接触を避けているようにね」

 本当にそうなのか。紫姫は回想してみた。

 受付嬢の明田はいつも警察署の毛深い男たちが嫌いだって言ってて、近寄ることに抵抗を示していた。ものを手渡す時も、まずはプレートに入れてから差し出す。明らかにスキンシップを回避していた。

 狭山疾矢は逆のパターンだ。部下のない課長と言われる彼は蒔名たちと同じ、警察たちに敬遠される存在だった。何せ、初代目の特別捜査隊の隊長だからな。かと言って彼はとっくに前線から引退して、活躍する場面も無くなった。32歳の歳にして、まだまだ上を目指せるのに、ある日彼がいきなり初代特捜隊を解散させた。その日から、あの恐ろしい雷が警察の思うがままに動くものではなくなって、むしろ脅威であった。その関係者の狭山も同僚に警戒される存在となった。誰もが彼に近付こうとしないし、自覚していて彼も人と距離を取っている。

 そして西見多留。この3人のうちなら、彼女が一番怪しいと言って良い。交通部の部長でありながら、いつも昔の怪我を口実にして、発令は電話越し、会議にもテレカンで参加するとのことだった。彼女はオフィスには誰も入れられないそうだ。でも月に1回くらいはオフィスから出て来て、部下の人たちに挨拶して近況を尋ねる。

 紫姫が真っ先に女性警察の大先輩である西見への疑いを晴したかった。

「西見さんは流石に違うじゃない?確かにいつもオフィスに篭ってたのに、よりによって月に1回人と接触するなんて、まるで催眠が期限切れだからかけ直しに行ったみたい……でもそれってただの労いだと思う。それに、彼女が挨拶するのはあくまで交通部の部下に限るでしょう?」

「その通りさ。彼女を別の階に行ったことないそうだ。噂によると、署長とは何年も面と向かってないようだ。何やら恋愛方面の縺れとか、ちょっと信じられんがな……」

「ええええええ!?本当に!?どのツテで聞いたの?なんで私はこれぽっちも聞いてないの!?」

「まあ……極秘だから。綺織から聞いた」

「結紀ちゃん!町長の娘だからか!!ずるいぃ!!」

 間近のこんなでかいゴシップを聞き逃したとは紫姫は悔しく思った。そして必ずそれを追って行くと決意した。次に署に行く時、総務部のゴシップ三姉妹とじっくり調査するようだ。

「それは置いといて、何よりの証拠は、年じゃん。28歳超えてるから。だから明田以外の2人はもう排除でいいよな」

 蒔名は根本的な問題を指摘した。能力者は28歳に死ぬなら、狭山や西見に容疑はないはずだ。

「いや。そうはいかん」

 と嵐は否定する。「他の能力はともかく、催眠は特別だからな。例えばな、『私の顔が西見多留に見える』と一言でも全員にかけたら、まんまと騙せたじゃねえか?」

「それって……成り済まし?裏切り者がいたわけじゃなくて、赤の他人が誰かのふりをしてるのか!?」

「能力上では、ありうるだろう」

「それを言うとキリがない。そうだ!証拠はあるよ。私、つい先週土曜、パシリで西見さんの部下のゆずきちゃんを見かけた。聞いてみたら、買い物を西見さんの自宅まで届けたの。ゆずきさんによりと、西見部長は毎週の週末、部下にドリアン大量に買わせてる。それを受け取る際には、いつもニコニコして、『月曜の午前中は休みでいいよ』って半日の休暇と上乗せした金がもらえる。先週もそうだったとのことです。偽物なら、何も嗜好までセリフまで守り通す必要はないでしょ。だから、誰かがなりすましたことはないと思うわ」

 紫姫は自信気に言った。まさか自分のつまらない情報はここで役に立ったとは自分でも思わなかった。

「まさか……誰もオフィスに入れられないのは、密かにドリアンを楽しんでいた、なんじゃないだろうな!?」

「どうでしょうね……私は恋愛の方を信じたいけどね」

「まあそう言うことなら排除しよう」

 嵐はやっと認めた。それから続ける。

「次に排除したいのは狭山さんだよ。正直なんで人選に入れたか分からないな」

 嵐は別の町からやってきたのだけど、狭山の高名は前々から聞いていた。

 爆弾の仕込みを事前に知りながら、1人で潜入して連続殺人犯を捕まえたヒーロー、だとか。

 片手でも百発百中のリボルバー使い、だとか。

 2人の高校生だけを率いて凶悪な犯罪グループを瓦解させた、だとか。

 そんな記事が相次いで出てきて、鈴和と言えば活躍する刑事たちってイメージにすらなれた。

 そんな彼を疑う蒔名は説明を始める。

「正直不本意だが、彼が警察のスターから敬遠される存在に成り下がったのはあまりにも劇的で、疑うべき要素はいっぱいあった。曳橋さんともいつも対抗的な姿勢だった。初代特別捜査隊の隊長だった頃、彼が実績を得たのはもしかすると催眠を使って宙野さんを利用したのかもしれない。だから万事順調で、ニュースの常連客になったんだ。そして解散した今、曳橋さんと宙野さんの存在に恐れていながらも、彼1人では大きな動きが出来なかった。そしてついに、曳橋を陥れる方法が見つかって、それを実行に移った」

 アイドルをメンバーにしたってことについて、蒔名だけじゃなく、たくさんの警察がそこに疑問を抱いていた。

 こういう時、宙野を一番知っている紫姫は説明する。

「それは根本的に違うよ。宙野さんから聞いた話だと、催眠は彼女には効かないみたいです。だから利用されることはないでしょう。それに彼女は結構早い段階で曳橋の目の色のことを知ってたんで、もし狭山さんの目に変化があったら、気付かないはずないよね。付き合いの長い仲間だったもの」

 紫姫がそう説明すると、蒔名はすぐ納得した。

 西見と狭山の名前に順番に取り消し線を引いて、除外することにした。

「意外とあっさり納得したな。本当に疑ってるのは、残りの3人だな」

 やっと蒔名の意図が分かって、次は嵐が考えを発表する番だ。

「西条梨乃はさておき、実在するかどうかは、曳橋さんに会えばわかる。順番に彼の前に立って、目の色の変わったらそれがアタリだよな。実は頃葉の話を聞いて、俺もちょっと受付嬢の明田を疑い始めたんだ。彼女は上層部の人間じゃないけど、彼女ならではの位置から警察署を俯瞰できる。そしてあの人と距離を取ろうとする姿勢。男嫌いってのは彼女の言い分だけど、女性警察官にも近寄らないよね。怪しすぎる」

「人見知りとか、恥ずかしがり屋の類でもないのにね。ペラペラ喋るところ見たことあるけど……私とも何回も仲良く話していたよ。なんでスキンシップを拒絶していたのかな」

 明田はゴシップ姉妹の正式な仲間じゃないが、一応紫姫とは与太話で盛り上がったこともある。とても明るくて健気な女性だと紫姫は思ってる。

「怪しすぎて逆にセーフってパターンもあるしね。あんな堂々と自分の好き嫌いをアピールして、能力者なら存在を隠すのが得策だろうが」

 嵐は明田の疑いを晴したかった。

 彼は蒔名ほど明田に好かれてないが、たまに会話を交わす相手ではある。記憶によると、疑うべきところがなく、人間関係における矛盾も特になかった。

「それを言ったら頃葉君はどうなの。能力者なのに警察やってるけど。あと千坂さん」

「……言われてみれば。言い返せないな。やっぱり能ある人間は使うのを我慢できないな」

「もうここで論争しても無駄だと思う。

 そう言うと、蒔名はいつもの注射器を手にした。

「試しに……なのか?」

 嵐は首を傾げる。

「うん。これはメインじゃない。2回目では、未来の自分じゃなく、別の場所を見るつもりです」

「2回もするの?必要ある?」

 紫姫はいつも通り心配を示したが、阻止しても無駄だってとうにわかっていた。

 蒔名の穴だらけの腕を見て、彼女は軽くため息して、「せめて説明して」と命令ぎみに言った。

「分かった……犯罪行為に近いかもしれないけど……僕は署長家を覗いて西条梨乃の存在を確かめたい」

「近いどころじゃない!完全に犯罪だよ!でも法で裁けない!でもでもそれでいてやっていい訳じゃない!」

 正義感持ちの紫姫は仲間の蒔名であろうと、見逃すつもりはない。

「なるべく風呂じゃない時間帯を選ぶから……それで勘弁してくれ」

「軽く言うね!待って!私が聞くから、彼女が家を出て仕事に行く時間帯を。電話してくる。それまでは動かないでね!」

 紫姫は慌てて電話をかけた。相手は恐らくゴシップシスターズだろう。

 男2人が取り残され、嵐は何気なく訪ねる。

「なあ。頃葉、それを確認してどうする?」

「西条本部長の娘の西条梨乃が実在したとしても、みんなが認識する西条梨乃じゃないかもしれないって僕は考える」

「つまり本人になりすました偽物か。その偽・西条梨乃が2人目の催眠者ってお前がそう言いたいな?」

 と嵐は意味ありげに聞いた。

「そう思う。直接本部長と刑事のエリートの玄田さんから情報を聞ける立場だから。一方で重役の娘として、プライベート保護のため、人前に顔を出す必要はない」

「それって矛盾だよ。またさっきの質問に戻るけど。催眠をかけるタイミングを聞かせてくれ。いつどこで行ったか。しかも最低月に一回。そんな女性いるのか?」

「まだ分からないな……逆に嵐は誰を一番疑ってるの?」

「そうだな……まず原点に戻って、事件を振り返ろう。犯人は後ろから接近して、曳橋さんに襲い掛かる。片目を抉り出して、切り落とし、それから鈍器でたった一回の殴打。犯人の性別も確認できず気絶させられた。完全に手慣れた作業だ。それに能力の継承について。昨日、曳橋さんに確認したところ、彼の父が浮気をしたの見たことない。あるとすれば、彼の爺さんの代だいう」

「えええ?本部長ってこと?あの歳がすでにアウトじゃん?」

「違う。警察全員に容疑があるって言いたい。俺たちが全く知らない誰かが月に一回接近してきても気付かないじゃないか。今更考えると、西条梨乃はカモフラージュかもしれない。俺たちの視線をその嘘に移したい。俺たちがそれを調べれば調べるほど、真相から遠ざかる」

 嵐の仮説に蒔名は肝を冷やした。その線で行ったら、蒔名にだけ催眠をかける理由も自ずと明らかになる。間違いなく誘導だ。

 特別捜査隊は大きな手掛かりでも見つけたように喜んで、ひたすらに署長あたりをくまなく捜査して、影に隠れる本当の犯人を見失ってしまう。

 そうしてるうちに、紫姫が戻ってくた。2人はなんで深刻そうな顔になったかは知らずに、「わかったよ。彼女は朝7時15分に家を出て、車で10分もたもたしてから出発するそうですよ」と得意げに言った。

 さすがはゴシップシスター……そこまでの調査力か……しかしそれもプライベート侵害なんじゃないかって蒔名は思いながらも、黙って頷いた。

「じゃ始めるぞ。まずは、

1.明田知紗と西条梨乃に容疑があるかどうか。

 それとさっき嵐と話し合って気づいた質問、

2.犯人が警察署2177名警察のうちに潜んでる可能性はありか。

 そして最後に、聞いてみて損はないから、

3.新しい目ぼしい情報。

 そんなところでいいか」

 嵐と紫姫は否定のしようはない。何せ3人には確実な証拠も手掛かりもなく、ただ座っていて、妄想と陰謀と思い込みの入り混じった討論していただけ。それで事件が解決するなら刑事と探偵は要らない。

 結局は予言という反則の能力を頼るだけ。玄田がいないと本当にダメだなと3人は自分自身の限界を感じて、凹んでいた。

 そんな気持ちで蒔名はノートに時間と場所と質問の内容を記入し終わった。

 そして紫姫が心配顔になってないうちに素早く注射を行った。


ーー始ーー

 11月26日、今から14日後の12時10分、学校の保健室で昼食を取ったあと、僕はノートブックを開く。紫姫は隣クラスだからともかく、いつもは嵐と一緒に保健室にいたのに、何故か今回はいない。

 ページを捲ってから僕は素早く書き記す。

 過去の自分が書いた質問だから、理解するまでもなくきっぱりと答えられる。

「1.明田知紗は無実。西条梨乃と名乗る女性はクロだ。本物は軟禁されてる。残念ながら玄田さんが惚れたのは偽物の方だ。

 ちなみに僕が催眠されたのは11月の頭。多重の保険を掛けられたので矛盾には気付けず、なかなか解けなかった。

2.西条梨乃になりすますのに、犯人は警察陣に潜む必要はない。そこには気付け。

3.まもなく新しい事件が起きる。11月12日、明田に聞き込みをしたあと、彼女は当日の夜に殺された。犯人はもちろん偽西条だ。証拠はない」

 書き終わると、僕は顔を上げて、観察者である「僕」に語りかける。

「最後に、これだけは2人に内緒した方がいい。嵐は退学した……彼を結紀に近付かせるな。不幸が起きる」

ーー終ーー


 これは今までになかった大成功した予言だった。膠着状態の打開どころか、真相まであと一歩って感じかもしれない。

 ただ気になる点もある。一つはもちろん、犯人は警察陣に潜む必要はないと言うところだ。もう一つは嵐だ。それは後で探りを入れるべきだと蒔名は思った。

 嵐のことを抜いて、予言内容を伝えたら、2人は一瞬にして奮い立った。

 特に嵐はチョークを握り潰すような勢いで、黒板にある明田の名前を指さす。

「昨日の予言では、事件は起きなかったね。つまり僕たちが明田さんに聞き込みをしたせいで彼女は殺される羽目に……言い換えれば、明田がキーパーソンってことは間違いない。さっきの俺たちの話し合いは無駄じゃなかったんだ!」

 紫姫は蒔名の能力を完全に理解してないからピンとこなかった。今現在彼女は脳内でタイムラインの整理をしている。

 それに対して、完全に会得した嵐は興奮状態でありながら、危機感も覚えた。

「俺たちはまだ何もやってない。だから完全に先に歩いている。このチャンスを生かそう!」

 

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