第6話 2日目 シスターズ

 ◯

 同日 午後

 千坂は取り調べが本業で、別部署の協力者はいるものの、部下というものはいらないようだ。

 それなのに、千坂を慕ってわざわざ申請を出して異動してきた新人警官が、彼女の部下となった。

 普段は調書の記録したり、犯罪者の身元調査を行ったり、暇があれば過去の案件を読んで勉強して、あるいは千坂の取り調べの録画を繰り返し観ていた。彼女のような立派な警察を目指していたに違いない。

 だけど、そんな勉強熱心で将来有望の何の罪のない彼も、一片の慈悲もなく殺された。

 人と関わらない性分の千坂だが、関わったが最後、最後まで責任を取るつもりだった。

 ……。

 今日もOL風の服装で仮装したつもりだけど、彼女のあまりにもスッとした立ち姿と何となく見える人間を拒むオーラが不自然を帯びて、返って怪しまれるかもしれない。

 そして彼女と共に街を歩くメイは制服姿のままで青春の息吹を放ち続け、変なコンビになってしまった。

 ちなみにお分かりになったかもしれませんが、今は真昼なのに、転校初日の高校生メイはなぜ街中にいたのか。それには深いわけがあったのだ。

 それは、メイは学校には行かず、朝っぱらから千坂と警察本部に行って堤上氏に関して調査を行っていた。

 妹と一緒に学校に行く約束は守れなかったな。

 その上、結紀のクラスメイトが待ちに待った美人転校生の夢も破れてしまった。

 まさか転校初日で遅刻どころか欠席になったとは、クラス全員がただならぬ衝撃を受けた。何せ、メイが通う学校は有名な進学校で、みんな律儀な生徒ばかりさ。

 それはともかく……。

 カフェに入るなり、鈴が2回鳴ると、店長の「いらっしゃいまっすぅううう」が聞こえる。そして千坂が彼の目に映った途端に、声が萎えて、「せ〜」が一気に弱くなる。

 店長を無視して、千坂はメイを窓辺の席に案内して、メニューを渡した。

「パフェとかパフペーストを頼みませんか?今日はまだ何も食べてないですよね」

「トギ姉さんこそ。適当に頼んだら?私はいいよ。美味しいものとは無縁だよ」

「と言いますと?」

「深い訳じゃないけど、ただ美味しさは求めてない。幸せを感じないから」

 メイは偏食どころか、絶食系である。

 そのお陰で細くて美しい体つきになったが、同時にそのせいで健やかではない体にもなってしまった。体育の授業中はすぐ貧血や低血糖になってしまう。その部分は蒔名と瓜二つ。

 こう言ってもいい。2人が出会う場所は図書室か、保健室である。

「それは奇遇です。私も食べ物に興味ありません。腹を満たすさえできれば何でも良いです」

「でしょう!家政さんに申し訳なかったけど、昨晩はあまり食べなかったな」

「お気になさらず。彼女も面白い話が聞けて楽しかったと思います」

 家政さんはいつも無言で結紀と食事を取っていたので、昨日のようにゴシップを満喫したのは初めてかもしれない。

 注文を諦めた千坂はメニューを元に場所に戻し、ノートブックを取り出した。それを見たら、メイも自分のメモ帳を広げる。

「では無理は言いません。このまま始めましょう」と千坂は宣言した。

 いやダメだろ。店に入ったんだからなんか頼めよ!って店長は心の中で怒鳴りつけるが、2人には届かなかった。

「堤上は……ないね。警察のデータベースなのに、つけ落としか?」

「そんなことないと思います。表はどうであれ、本部は市民情報をちゃんと把握しているはずです」

「それは鈴和に限った話よね。警察は強気だからね。でも曳橋家は記雨町なんだから。あそこは事情が違うじゃない?」

「そうですね。データ共有と言っても、そもそも向こうのデータの信憑性は確認できまい。最悪の場合、彼女がこの町に来る前に、警察の人間に催眠をかけて削除させた恐れもあります」

「あるいはもっと単純な話で、ただの偽名。だってデータベースで堤上っていう人間はたったの1人もいないんだから」

「ええ。その可能性もあります。曳橋の父はきっと疑い深い人間で、召使いに偽名を付けるのもおかしくありません」

「困ったものですね……現地に行ってもね……収穫得られるとは思えない」

 メイは頬杖して、メモ帳にある文字を凝視する。思案げな顔だったけど、いつのまにか目の焦点が合わなくなり、思考が知らないところに飛んで行ったようだ。

 千坂はメイの邪魔をすることなく、黙り込んで彼女を見守る。

 沈黙を破ったのは、店長だった。

 ところが、彼は注文を強いに来たわけではなく、「あちらのお客様からです」と畏って言って、見るに高そうなゴージャスケーキと2人分の食器を差し出した。

 それがメイを現実世界に引き戻させられた。

「ええ?どちらから?バーではないのになんで?」

 メイは驚きを隠せなかった。まさかナンパとでも思っていただろう。

 この私様をナンパするなんていい度胸じゃん。ボコボコにしてやるってメイの顔はそう見えた。

 店長の視線を辿って目を凝らしてみると、意外の人だった。

 それは以前テレビでよく見かける人間で、5年前ライブの事故のせいで引退してしまった元アイドル……。

「楓……」

 ここが楓の行きつけの店だってことを千坂は思い出した。

 そしてもう一つ思い出したことがある。曳橋が襲われたのを楓にだけは内緒にするべきだって、メイにはまだ言ってない。ここでバッタリと会ったとは……これはピンチかもしれない。

 楓が立ち上がり、こちらに向かおうとすると、店にいるすべての客(5人だけだが)が彼女に注目する。どんな些細な動きもそいつらの心を動かせるように、失礼承知でありながらじっと見つめて、彼女の移動を見届けた。彼らはまるで操り人形、自我を全く持っていない空っぽのように見えた。

 向かいの4人席なのに、楓はどっちの席にもつかず、隣席の椅子をテーブルの通路側に引っ張ってきて、そこに腰を下ろした。

 今は客が少なくて、人の邪魔にはならないが、さすがに行儀が悪いのではないかと誰もがそう思うだろう。

 しかしながら店長はそれを見て何の不満もなく、むしろその椅子をマーキングしているように気持ち悪く微笑む。

 淑やかではないが、耳が悪いからやむを得ず、会話できるように楓は首を少し伸ばした。

「こんにちは。トギ。何も頼まないから店長がぷんぷんだよ。ケーキでも食べようよ。あ、そちらの方は?」

「こんにちは……楓……こちらは町長の長女。早枝明です」

 それを言い出した途端、千坂は向こうから怨念の目線を感じた。

「ゴホン。訂正します。町長の次女、私の妹のメイです」

 感心したように楓が口を大きくして頷いて、「なるほど。よろしくね。明ちゃん」と挨拶した。

「よろしくお願いします。宙野……楓さんですか。噂の……」

「ええ。でもどっちの噂なのかな」

「それは当然……ごろごろーーの方ですよ」

 メイはそう言いながら、窓外の空を指差す。

「へえ〜」

 楓は意味ありげにしきりに頷いて、あんたもこっちの人間だなって彼女を認めたかのように笑みを漏らす。

 それから肝心の質問がやってくる。

「それにしても、トギは何でそんな格好……?仕事は?」

 今も仕事の最中でもあるとはとても言えない。

「実は対策組はしばらく解散となりました……新体制が決定されるまでは妹のボディーガードとして働きます」

「面白そう!でも解散かぁ。あなたを敬うあの男の子は?転勤になるの?」

「いえ。彼は……実家に戻りました。警察の仕事は荷が重かったかもしれません……」

 一つの嘘をつくのに、どれだけ別の嘘をついたものか。それがもし虚言大嫌いな楓にバレたら、絶縁の可能性もなくはなくはなくはない。

「そう……残念ですね。それで今日はお嬢様とカフェ巡りか。って全然食べてないね!粗末にしちゃダメだぞ」

 それでいて、楓も決して自分の頼んだケーキを口にすることなく、ただコーヒーを一口啜っただけ。そのペースだと、そのコーヒーを飲み終わる頃はもう日が暮れそうだ。

 そう言えば楓も絶食系かもしれない。彼女は能力の副作用で一部の味覚を失ってるので、食べ物の美味しさを感じることが出来なくなった。だから近年は食パンが主食で、コーヒーと水道水、時には刺激の大きい酒が日常的な飲み物である。

 この3人でアイドルグループ「絶食姉妹」になれるんだな。ちょっとおしゃれに「ハンガー・ストライク・シスターズ」にしよう。

 3人とも良い顔つきで、音楽の素養もある。メイだけちょっと体力の問題あるかもしれないが……後でトレーニングで補えるだろう。

 どこか企画書が書ける目の高いマネージャーはいるもんかね。

「楓は知ってるでしょう。私はデザートを好みません。実はメイも同じですよ」

「だから何も頼んでないか!けれど3人でケーキ1つとコーヒー1つか。私たちのせいで潰れたりしないわよね」

 これで店長は白目をむくだろうと思ってるかもしれないが、そんなことはない。楓のためなら潰れたっていいくらいの覚悟は出来てると、彼の目はそう言っている。

 それが彼女のアイドル時代の活躍の賜物だろう。

 いつしか店で流れる音楽が彼女のかつてカバーしたゲームの主題歌になって、店長はもちろん、他の客たちも目を瞑って美しい歌声に身を委ねた。

「なんか恥ずかしい。私もう帰るね。よければ2人、今度一緒に晩餐に参加しないか?この前はちょっと事故でキャンセルされたから、飲めなくて残念だったよ」

「やっぱり酒か……。わかりました。今度は妹の2人を連れて行きます」

「おお!それでよし!」

 そう言うと楓が立ち上がる。

 去るのか?千坂はそれを見て少しは安心したが、楓が何か思いついたように急に訊く。

「あそうだ。曳橋見当たらなかった?」

 ……。

 一瞬だけ気が動転したが、千坂は全力で緊張を隠し、淡々と答える。「いえ。全く。彼がどうした?」

「もう2日くらい帰ってないけど……心配……じゃないけど。ただまた何か悪いことしてるかなって」

 それが心配だ。と千坂は思う。

「そのような情報は聞いてないね。まあ私はもう警察の情報網使えないので、本当はどうなのか分からないですが」

「そうだったね。ならいいわ」

 楓がそういうと、メイの前に広げられたメモ帳に気が付いた。そこには曳橋の名前はないが、「目玉」、「発生時刻」などのキーワードがしかと書いてある。事件の匂いプンプンのはずだ。

 彼女の正義感がもしこの場面で蠢いたら、詳しく説明しなければならなくなる。その時はもう言い逃れない状況になるだろう。

「へ〜今の若者ってみんな探偵になりたがるかな。でもいいことだよ。探偵の町、それは雷の町とか、犯罪の町なんかより何倍も良いからね。じゃまたね」

 そう言い残し、鈴の音と共に楓がカフェを後にした。

 ……。

「テレビで見たより綺麗だ。頃葉が好きそうな顔だ」

 意図を割り出せないくらいのポーカーフェイスで、メイはさりげなくそうコメントした。

 彼女は果たしてどんな気持ちでそれを言い出したか千坂には分かりっこないが、一応知ってることだけ話すことにした。

「彼は楓とはもう何回も会ってきたけれど、私の知る限りでは特に変な言動はありませんでした。ちなみにあの3人組は全員、曳橋を応援してるそうです」

「そう〜トギ姉さんは応援しないの?」

「楓は特別ですから。恋愛は彼女に似合わないとずっと思っています」

「そうね。そういう人もいるもんね。例えばトギ姉さんと曳橋さんと頃葉君」

「その通りです。え……?彼もそこに分類するのでしょうか?それなのに彼と恋がしたい、ですか?」

「もちろん。似合う似合わないはともかく、やるかやらないかはまた別ですよ。彼が28歳になるまで、しがみついて行くよ。全ての人を裏切れるとしても、自分の心だけは裏切ってどうする」

 そんな名言を解せない恋愛と一番無縁な千坂は顔を綻ばす。

「感服な限りです。しかしそれ以前に、この事件を乗り越えなければなりなせん。でないと、28歳はおろか、近いうちに彼は殺されるかもしれません」

「なんで!?曳橋さんだって生きてるじゃないですか。あの時は簡単に殺せたのに、目だけ奪って去ったんだから」

「理由は分からないが、姉弟の義理立てかもしれないし、彼の能力を完全に把握しているから脅威にならないと思っていたかもしれない。でも蒔名頃葉が殺される理由なら十分にあります。彼が18歳になると、恐ろしい能力に目覚めます。その時は堤上氏を脅かす存在になりかねません」

 それは盲点だった。

 威力の測れない武器ほど危険なものはない。

 強いて言うなら宙野楓の力だけで、堤上を焼き肉にするのに1秒もかからない。しかし第一、宙野はそういう乱暴な人間じゃない。それとこれまでの10年の間、彼女の雷は飽きるほど拝見させられた。

 使い手と仕組みさえ分かれば、対策は練れる。

 逆に蒔名の能力は母の代から表で姿を現していない。堤上の視点から見れば、彼ほど警戒すべき相手はいないだろう。

 メイは千坂の推論に賛成せざるを得なかった。

「じゃ地道な調査は無理だ。もっとアグレッシブな行動をしてもいいから、姉さんにはきっと考えがあるでしょ。聞かせてください!」

 聞き耳を立つ人間はいないのを確認してから、千坂は急にナイフとフォークを手にして、ケーキを四つに分けた。

「糖分補充しながら話しましょうか」

 メイに一つ差し出すと、嫌がっていたけれど、彼女は任務遂行中のロボットのように大人しくケーキを口の中に運んだ。

 千坂も自分の分をパクパク食べ終わってたら、フォークをきっちりと並べてから、

「楓を利用しましょう」と言い出した。

 あれほど楓の介入を恐れていたのに、どうして彼女を巻き込むような真似をする?しかも彼女をどう利用するというのか?メイにはちょっと理解できなかった。

「曳橋について私たちはなんにも知りません。知るのは、記雨の市役所内部に不審者が存在すること。その人物はテロ活動をしていて、学校の子どもに害を及ぼしかねない……と」

「それでいいですか?」

「ええ。それだけで楓は力の限り調べに行きます。彼女は子供が大好きですから。子供を守ることも好きですね」

 何の躊躇いなくその計画を立てた千坂が冷血そのものであろう。さすがのメイもちょっと驚いた。

 友達に嘘をついていいように振り回すなど……特にその相手があの宙野楓となると、相当なリスクが伴う。

 でもメイにはちゃんと分かっている。千坂が何かをなす時に、必ず従うポリシーというやつがある。

 町長命令が一位、兄弟姉妹が次、よって友達がさらにその次になる。

「楓が暴れるうちに、私たちは資料室に潜入します。そこで全ての手書き資料に目を通すつもりです」

「手書き資料……?」

「筆跡対照です。曳橋家の屋敷は燃やされ、ほぼ何も残っていないですが、実は地下には酒蔵がありました。酒の性質故に、防火対策は地上の屋敷より完備でして、奇跡なことに、ほぼ完璧に残されました。その酒蔵では、酒の品種、本数、醸造年などの情報を記録する冊子がありまして、そこにはもちろん……」

「元使用人の堤上氏の筆跡が残っている!そうなんですね!」

 興奮そうに答えを言い出したメイは素早くメモ帳に書き殴り、「それで本名を割り出せるね!」と満足そうにしていた。

「産まれた時点から秘密にされる人間ではない限り、生きてきた痕跡を完璧に消すのは不可能です。堤上氏の提出した如何なる書類が見つかれば、住所にまで辿り着くはずです」

「でも待って……市役所っていうのは……曳橋家の記雨町なの!?」

「ええ。遠い場所ですね。楓を誑かしてあそこに行かせる必要があるし、私たちも密かに行かなければいけませんね」

「そう……ね。いつがいい?」

「善は急げです。今夜楓に情報を送ります。彼女が行動する次第、私たちも出発します」

 千坂の行動力には感心だが、付いていけない気もする。

 それにしても千坂は学校と言うものを知らないのか。学生は学校に行くべきという概念がはなから脳内に存在しないように、彼女は計画をキッパリと立てた……。

 メイは高校3年の受験生であり、転校生でもある。彼女の制服を見て気付け。

「まさか転校した側から学校を何日も欠席することになるなんてね」

 メイは溜め息を一回してから、早くも受け入れた。学校という優先順位の低いやつを頭から取り除いた。

「じゃ姉さんはスケジュールを決めて、私は荷物整理とホテル予約ね!取り敢えず、2泊だね」

 メイは真っ先に蒔名に「明日から旅に出る」という簡潔明瞭なメッセージを送った。

 それから宿泊アプリで「記雨」を検索すると、料金の高い順で選び始めた。

 向こうの千坂のスマホで情報を偽造しているようで、それがもうすぐ楓を動かすトリガーになるという。

「でももし収穫なかったら……?」

 メイはふっと思ってそう問うた。

「……」

 千坂はまだ返事していないうちに、次の発問がやってきた。しかもそれが彼女の予想を超えた。

「負けてられないよ!頃葉たちの進捗が知りたい!」

「進捗?」

「はい!盗聴器とか見つかったりしないかな?」

「盗聴……ですか」

「はい!それを私たちの情報とリアルタイムで照らし合わせて、新たな発見があるかもしれないね!」

「正々堂々戦うつもりなかったんですね」

「正々堂々すれば、誰かが褒めてくれるの?お金もらえる?どっちもいらないけどね」

 特別捜査隊がよく話し合う教室に、とうの昔から盗聴器設置されていた。特に目的はないものの、千坂はそれが必要だと考えただけ。

「……分かりました。お安い御用です。実は3人の活動拠点に、盗聴装置がありました。昨日の分も含めて、戻って聴きましょう」

「さっすが諜報機関が嫉妬するような人材ーー!結紀から聞いたけど!でもやっぱり姉妹は似てるね!心が通じ合う!」

「そう言ってもらえると嬉しいのですが、結紀様は全然そうでもないですよ」

「それは……結紀はまだその歳になってないだけよ」

「いずれにせよ。これからは一緒に暮らすのだから、多かれ少なかれ結紀にはメイ『ならでは』の影響を与えてしまうでしょう」

「そうね。私が結紀の成長を促す!帰りましょう!」


 ◯

 同日 夜中

 メイも千坂も帰りが遅かった。

 楓を利用するための「シナリオ」を書き終えたそばから、千坂は楓の住所に行き、面と向かって演技を披露した。

 記雨町の市役所にはテロリストの協力者が働いてて、彼らの次の犯行は学校の学園祭でやるつもりらしい。それを防ぐために、市役所でその人間を見つけなきゃと、千坂はあたかも事実を述べるかのように状況説明した。

 楓は最初も躊躇したけど、彼女を止める同居者がいなかったため、最終的には引き受けた。

 それからメイの方は蒔名たちの情報を盗み聞きしたあと、独自に調査を行っていた。

 もう夜だから、調べられるところはかなり限定されてるのはともかく、女子高校生が夜道を1人で歩くこと自体が危険だった。

 よく考えたら、千坂はボディーガード失格だな。

 幸い、メイは23時半頃に無事に帰ってきた。一日中の捜査で疲れたせいか、それとも調査で収穫なしのせいか、顔が霞んでいた。

 もうこんな時間なのに、結紀は寝ずにメイを待っていたとは。特に用事はなくて、ただ初日学校を休んだ理由が聞きたかった。

 メイがゲートを開けて、軋む音がした途端、結紀も瞬時に玄関の扉を「バンッ!」と開けた。

「姉様おかえり。どこ行ってたの?」

 夜遅くまで自分を待っていた子犬のような可愛い妹を見てメイは思わず微笑む。疲れも吹っ飛んだみたいだった。

「もう結紀ったら……でもちょっと待って。風呂行ってから話すね」

 そしたら真っ直ぐに風呂場に向かった。

 結紀は大人しくソファに座り、メイの勧めた小説を開いた。

 少し経ったら、千坂も帰ってきたので、結紀の聞きたいことを一通り説明した。姉の大変さを理解した彼女は、助けてはやれないけど、せめて邪魔にだけはならないと決めた。

 メイが出てきたら挨拶して寝るつもりだった。

 その隣に千坂が静座していた。

 ……。

 長かった……。

 女の子の風呂とはいえ、時間かかり過ぎだ。明日どうせサボるから、彼女自身は何時起きてもいいけど、結紀のためにも、早く済まして彼女を安心させるべきだ。

 ……。

 やっとドアが開けられ、湯煙が立ち上る。それを潜り抜けてメイは一直線にソファに向かう。

 風呂上がりの彼女は、まともに髪も干さずに、バスタオルで適当に巻いた状態で千坂のところに飛んで来る。

 と言うより、彼女の懐に飛び込む。

 すると大声で言う。

「よし!トギ姉さん、曳橋さんのところに行くぞ!」

「……また急ですね」

「さっきの散歩で思いついたよ。私は散歩で着想を得るタイプですから!」

「本当にそうなんですか?」

「えへへ。実はちょっとした調査を。警察本部にも行ったよ。町長の娘って言ったらすぐ通してくれた」

「は……それはいけないですね」

 2人が勝手に会話を続けていたら、横から小動物のような目線を感じた。

「姉様……」

 相手にされなかった結紀は小声で抗議した。

 知り合って2日目なのに、もう千坂と仲良くなれて、ベストコンビみたいにともに行動し、会話も弾んでいた。

 同じ姉妹だけど、妬いている。

 どっちにしろ、それは構って欲しいっていう甘え方だった。

「よしよしよし結紀。ごめんごめん。姉さん最近は忙しい。この件終わったら、毎日一緒に登校するし、あと一緒に寝るし!」

 そう言いながら、メイは結紀を抱き上げる。

 結紀は決して子供の体格ではなく、少なくとも40キロはあった。それなのにメイは強引に彼女を膝の上に乗せた。

 そして忘れないで欲しいのは、メイはとっくに千坂の懐にいたのだ。その上結紀も重ねると、千坂はかなりの重量感を覚えた。それなのに表情一つ変わらなかった。

 警察学校時代の訓練ほどじゃないか。

「本当?」

「もちろんだ!」

 メイは即答したが、決して誤魔化しではなかった。

 結紀の天真爛漫は可愛いところでありながら、弱点にもなりうる。ちゃんと教育しておかないととメイは内心で決めた。

 最後に結紀のほっぺに親愛なキスをしたら、結紀が立ち上がり、満足そうに部屋へと戻った。

「妹って困るものだね」

 とは言うものの、困った顔には全く見えない。微笑ましい顔をして、結紀への溺愛が目に見える。「あっ!トギ姉さんから見れば私もそうなの?」

「ええ。残念ながらそうであります」

 千坂がそういうと、メイも彼女の懐から離れ、「それはよかったね〜本物の姉妹だもんね〜」と甘えた調子で言った。

 2人ともそろそろ落ち着いたところで、メイは訊ねる。

「上手く行った?」

「ええ。楓は明日に出発するそうです」

「明日?私たちは準備が必要ですね。彼女より1日早く行った方がいいじゃない?」

「準備は遠隔でも手配できますので」

「ええーーでも明日は用事があるの!ここで調べなきゃならないことが……1日後回しして欲しいの!」

「メイがそう言うならば……楓には上手く伝えます」

「うんうん!ありがとう!姉さん頼もしいぃ!」

 感謝の気持ちを込めて、メイがすぐ千坂に抱き付いて、いつもよりアグレッシブだった。

「メイは服着たらどうですか?風邪引きますよ」

 そうだ。まだバスタオルのままだった。

 あとなんだかんだ言って、ここは彼女の家じゃないから、まだ2日目なのに、もうすっかりわが家みたいにフリーダムだ。

「それより姉さん、頃葉たち昨日の話に黄昏の悪鬼って出てたじゃん。ちょっと調べたんだけど、姉さんが一度審問をした犯人なんですね!」

「はい。時効の事件でしたが、私たちなら何か分かるじゃないと上層部がそう考えて、一度合わせました」

「そのあとすぐ死んだよね。姉さんがやったわけじゃないよね」

「……」

 いつも返事が早い千坂はポーカーフェイスで黙り込む。

 彼女はメイの前で嘘をつかない。でもどうしても認めたくないことがあったら、黙秘するしかない。

 千坂の沈黙より恐ろしいものはない。

「なんで黙る!?本当に姉さんが殺したの!?」

「そうとは言えますね。だから彼はもう死んだと言いきれます」

「そう……じゃあ、頃葉の予言に出たのは誰なんだろう?」

「それは私も気になります。模倣犯だとしたら愚か者ですね」

「実は本人が死ななかったりして?」

「それはないですね。黄昏の悪鬼はもう私なんですもの」

 千坂はこれ以上何を言ってもメイは驚かない。さっきは悪鬼を殺したとか。今度は悪鬼は自分だなんて。

 どっちが真実かどっちが嘘か?

 とんだ嘘つき屋だなと思われるかもしれないが、妹のメイには分かっている。どっちも真実だ。

 それでも念のために、メイは確かめようとした。

「本当?」

「本当です」

 そこまで断言されると、これ以上の詮索をメイは諦めた。

「分かった。その線は放棄する。そうだ。曳橋さんに会わせてくれない?今日の調査で分かったことがある。彼に直接聞きたい」

「今ですか?」

「うん!」

 これはこれは、大人になったら恐ろしい仕事人間になるんだろうと千坂は感心する。身勝手に関しては、もしかすると自分よりも重症かもしれない。

 こんな時間なのに、それでも千坂は受諾した。

 そして曳橋に事前連絡もせずに連れて行った。


 ◯

 メイが病室に入った瞬間、曳橋の「誰だ!なぜここがわかる!?」って顔はともかく、メイは単刀直入に自己紹介を始める。

「私は早枝明です。もし私に協力していただければ、誰よりも早く犯人を見つけてみせます。姉さんのお墨付きがあります」

 この小娘なにほざいてるかと思いきや、後ろにいる無言の千坂が氷のようにじっと立っていて、そして氷のような冷たい目だった。

 議論の余地もない。

 議論なしでも、固い契約はすでに結んでだ気がした。

「アイツにはバレなければね……好きにしろ」

 考えるまでもなく、千坂は答える。

「ああ。お約束しましょう。楓は私がなんとかします」

 曳橋は早くも頷いた。それだけ今回の敵は手強くて、流石の曳橋も更なる助力が欲しくなった。

「さっさと言え」

 心身共に衰えた曳橋の暴言はもう命令口調には聞こえない。片目を取られただけでそこまでの状態になるのか千坂には解せない。自分の弱さを恨めって彼女は思い、それからメイに目を向けた。

「少し、あなた様の能力について詳しく聞きたいです。何せ、向こうは同じ力を駆使するのだから……あとは実家のことも……」

「実家?」

 曳橋にはますます分からなくなって来た。

 でも出来るだけ協力はしよう。今回のピンチは自分1人ではクリアできないと彼も自覚していた。

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