第5話 2日目 恋の行方
◯
11月11日 2日目 午前中
蒔名君、池間君、望峯君3名は、本日病気で欠席です。
担任の先生がそう宣言した時、生徒のみんなはもう議論すらしないのだ。仮病?という疑いは彼らに対する侮辱と言って良い。また調査に繰り出したなって全員一致でそう納得した。
クラスの中にも彼らに助けられた生徒もいるから、彼らの仕事ぶりをちゃんと見届けていた生徒なら、誰もつまらない陰口をきいたりしないだろう。
昨晩は予言に従い、3人は放課後一目散に警察本部に駆けつけた。
注意深く玄田の情報を仲の良い警察から聞き出そうとしていたが、結局収穫はほぼ無しだった。
その後は玄田を訪ねて、今回の事件と与太話をしばらくしていた。誰も婚約のことに触れてはいなかった。
そしたらこれから会議って言い残すと、彼は朝まで会議室に篭っていた。
そこまで忙しい中心人物なので、訳もなくいきなり結婚のことを聞くなど、流石に気まずい。
そんな彼が、婚約解除……。
しかし解除云々を語る前に、婚約をしたってことも3人には知らずにいた。玄田は仕事人間で、プライベートのことをあまり話さない性分だった。
初めて玄田のプライベートなことに聞くにしては、いきなり婚約のことに首を突っ込むのはやり過ぎた感じがしてならない。
心苦しいが、究明しに行かなければならない。未来の蒔名がわざわざそれを書き記したには、相当な意味があるはずだ。
本日わざわざ仮病してまで、蒔名が本部に来たのは、彼に配られた任務は本日中にそれを聞き出すことである。
警察署に入るなり、綺麗な受付のお姉さんが話しかける。
「おや、蒔名君1人ですか?」
「はい。
「では出勤表を確認させてくださいね。はいオッケー。今週ノルマ達成ね」
「ありがとうございます」
警察署に勤める警察は最低でも必ず週に1回顔を出すことになっている。
病いと緊急任務、出張などの場合でも、IDカードをスマホ、もしくはネットに接続して、遠隔操作で出席を取る。
最悪の場合、全般を他人に任せてもいいし、カードを署に置きっぱなしでもいい。何か罰が待ち受ける訳でもないようだ。
聞いた話だと、カードに内蔵されたチップは週に一回本部と繋げないと、無効化になってしまう。もう本部に出入りすることはなくなる。
無効化になったらもう一度有効化にすればいいじゃない?って思う人間は多いが、これはいわゆる不文律だが、わざわざそれを破る者はいない。
「玄田さんは会議ですか?」
「カードの位置情報によると……5階の喫煙所ですね」
「そうですか!助かります。では」
「いってらっしゃい〜」
綺麗な受付のお姉さんは殆ど行ってらっしゃいなんて言わないが、蒔名は17の年にして、子供のような人畜無害の顔をするから、乱暴でむさ苦しい男ばかり歩き回るこの警察署ではあまりにも特殊なので、お姉さんはつい気が緩んで言ってしまったのである。
途中、知り合いの数人と挨拶を交わした。
半年もあれば、事件で知り合った警察官は多くいた。しかしあくまで挨拶止まりで、誰も深入りしようとしなかった。それは年が若いから軽蔑している訳ではない。
ただその11番隊という存在は特殊だ。誰もがそれを分かってる。
何せ、前任者が怖かった。
怖いもの知らずの隊長の
彼らが事件に関わると、いつも都合よく雷が降りてきて、物事も良い方向に運ぶ。まるで神の助力でも得たかのようだ。
一度犯人をロックオンしたが最後、逃げることは不可能となる。
かつて鈴和で行った治安対策強化の裏では、この3人が大きな助力だった。お陰で犯罪率が激減、鈴和も『雷の町』という異名を得た。
この町で悪事をするなら、雷に打たれて粉々になる覚悟をしておくこと。その脅威があってこそ、鈴和は平和な町でいられた。
そしてその雷の真相なんだが、疑ってはいたが、警察たちは確信を持てなかった。
まさかすぐ近くに雷を呼べる少女がいたとは、とても信じたくないものだ。
◯
宙野楓がアイドルを辞めたのは18歳になった日、すなわち彼女の誕生日ライブの次の日だった。
そのライブで彼女は力の覚醒により、電気漏えい事故が発生し、スタッフと舞台手前の観客10数人が怪我を負ってしまった。
その次の日、宙野は記者会見でお詫びと引退を宣言した。
本業を無くし、彼女の生き甲斐はもう11番隊しかなかったが、それもあっけなく解散される羽目になった。
解散となったのは事故や事件じゃない。単に11番隊の頭脳である翔は隣町の大学に入学したからレギュラーでいらればくなったという。そんなシンプルな理由でしかない。
全てを失った宙野楓は1人になった。そして戸惑っていた。
そんな彼女を助けたのは、まさかの曳橋落夢である。
……。
曳橋が襲われたことを宙野楓はまだ知らない。
無論紫姫もわざわざ告げ口などしない。
彼女が気付く前に事件を解決して目玉を取り戻すのが3人の打算だ。
宙野という最終武器は出来ることなら使いたくない。それは病院にいる曳橋も含めた全員の考えだ。
「神鳴りの間は調べてるわ。でも尻尾捕まえられないのよ。まともな活動してそう。それ以外、他の怪しい組織か。記憶にないねえ。どうして急にそんなことを?」
「それは……だって曳橋さん目立つじゃないですか。性格も悪い。色んな人を敵に回してるじゃないかなって。今同居してる宙野さんにも危険が及ぶでしょう」
「そうね。でもその心配はないわ。それに同居じゃないから!」
事実を言うと、確かに同居ではない。
曳橋が住んでいるのは山際の学校にある倉庫らしき地道な建物で、宙野は山の中腹に近い華麗な別荘だ。まあ、その別荘は曳橋が出資して建てたが、宙野に気に入られたなら仕方がなかったんだ。
「でも!時々ここで夜泊まりするって噂がある!それってつまり!」
ゴシップ好きな紫姫は目を輝かせて、宙野に迫る。
「何処からそんな噂が!ま、それは……紫姫ちゃん知ってるの?奴がなぜ不眠症なのかを?」
「いえ。本人は何も言わないから」
「能力の副作用ではない。ただ死を恐れてるだけだよ。馬が狩られないように立ったままで寝るのと同じ、彼は殺されるの恐れて目を閉じがたい。長い年月経て、ああなってしまった。いつ人に襲われて死ぬか分からない彼には、自分の力はまだ十分に使い切っていない、まだ人生楽しんでいないって思ってて、オドオドする毎日なのよ。だからさっきの質問にも答えるけど、わざわざ敵を作るようなことしないはずよ。自殺行為だもの」
「そうか。しかし!それが夜泊まりと何の関わりが!」
「医者に診てもらったら、どうやら母のような強い存在が近くにいるから。その安心感で眠れた」
「ええ!?つまり宙野さんがお母さん……」
「違うわよ。母のような存在だって!私の近くにいると、彼は周囲に一切警戒せずに眠れる。普段は一日中何十回の仮眠で、毎回15分だったけど、ここでは、連続6時間も寝れる」
お母さんの懐に寝る赤ちゃんを紫姫はイメージしてみた。それがどうも曳橋という悪党には似合わず、頭を横に振った。
「よく寝れたんだね!宙野さんの近くって、ある意味一番危険な場所なんじゃないか!」
「よく言うね!何度か彼に助けられたことがある。彼もそれ承知で放心した。そんなところなんだろうね」
「なるほど!」
紫姫は一部納得した。宙野は善悪を一言で纏める人間ではなく、悪をとことん懲らしめる一方で、積極的に人の良さを見出す。
基本的には悪人の曳橋相手でも、彼に恩を売られたなら、倍にして返すのが彼女の流儀なのだ。
その理屈だと、紫姫の納得できない部分もはっきりしている。
紫姫は別荘から見える遠くの街並みを指差して、「曳橋さんのやってきたことはもう追究しないってことよね」と急に真面目な顔して詰問した。
宙野は紫姫の急変には驚きもせず、むしろ心慰むことが聞いたように微笑んだ。
「紫姫のそんなところ好きよ。悪は悪だ。悪が善を行ったところで、昔を帳消しにするわけには行かない。それこそ特別捜査隊の後継者わね。
彼の催眠は『精神の爆弾』だ。条件を満たすと彼の思うがままに動く。しかしその大多数はまだ作動していない。犯罪の過程も結果も無し、それでは法で裁けないと思うの。だから勝手な論理を頼りに罪を数えて断罪するより、爆弾を解除して、被害を最小限にすることを私は選んだ。もちろん彼が過去行っていた催眠にチェック入れて、悪影響が予想される部分は断ち切った。
少なくとも2ヶ月前のような数万人レベルの集団催眠はもう現れることはないと約束する。これから私も彼を監視し続ける。私が生きている限り、彼を制圧して、力の限りでみんなを彼の催眠から守る。それが今の私に出来る唯一の正義だと思う。それで満足したかな、紫姫刑事」
「うん!納得した!私も、曳橋さんは人を傷つけるようなことしていないって頭ではわかってるけど、ただ彼の存在自体が危険で、彼の催眠がどんな結果をもたらすか予想できないから怖いの。監視役が宙野さんなら安心です」
子供の頃から警察に憧れて、正義を心を一度も捨てたらしなかった紫姫のその揺るぎない心こそが宙野に気に入られたかもしれない。お陰で宙野の信頼を得て、曳橋への牽制も出来た。もしこの2人が敵同士になったら、蒔名が何人いても足りない。特別捜査隊の仕事も続けられると思えない。
「でも……宙野さん。余計なお世話かもしれないけど。彼1人のために人生を費やすって本当にいいですか」
宙野は急に手を机の下に伸ばし、掌が紫姫の太ももに当てて、鷲掴み、そして軽く一回ひねった。それからは上下左右にいやらしく手を移動させて、紫姫のよく鍛えた引き締まった太ももを味わうようだった。
紫姫は反射的にきゃーってしたのだが、宙野になら大丈夫と思ってるだろうか、抵抗はしなかった。
「ま。それでいい。現に、あなたの太ももの感触も分かってないもの。私は能力の副作用で感覚を失いかけてる。頭を上げて星空は見えない。目を瞑って音楽も味わえない。料理に挑戦しようにも、味が分からない。最後の時間は、獄卒の仕事も悪くない」
能力者は必ず28歳に死ぬ。
宙野の母も、曳橋の父も、蒔名の母も、千坂の父も、全員そうだった。
これはサダメ、もしくは天罰である。
23歳の宙野には、あと5年しか残っていない。
「でもたまーには外に出て、人助けとかするよ」
「宙野さんの人助け……それも危険だぁ!」
「安心して。私はもう昔のような大層なことしない。彼と約束したからね。必要があったら彼に任せる。もちろん私の監視下で」
「宙野さん……うん。信じるよ」
「私より、頃葉君のことでしょ?彼は諦観のように見えるけど、やせ我慢かな」
「大丈夫。私がついています!人はいつか死ぬ!どうせ死ぬなら、人生を濃くすれば、10年しかないだって、悔いはないよね!」
「よく言ったね!紫姫ちゃんすごいね。でも結婚はしないでね。すぐ未亡人になっちゃうから」
「みっみっみっみほうじいん!!」
そこまで考えたことない紫姫はドッキリした。激しい体温上昇は宙野にも分かる。
「あら、かわいい」
「宙野さんのイジワル!そっちこそ、曳橋さんと気が合いそう。昔の彼はすぐ怒るし、最近は妙におとなしい。私の目論見では、これは恋する男!」
「またそれ?彼はただのパートナーだよ。一時しのぎのために助け合う。そんなところ」
「同棲するパートナー、それって恋人同士じゃん……世間的に!」
「私たちに世間の常識は通用しないから。私は仕事がなくて彼の金が必要なんでね」
「それは貢がれるって言うの、世間的に……」
「私は能力の副作用で何もできなくなってる。金も稼げない。でも彼の身の安全くらいは出来る。強いて言うなら……なんて言うの?共生関係」
紫姫は共生関係の動物を必死に思い出そうとするが、結局まともな例は何も思い浮かばなかった。
思いつくのはせいぜい、この前わざと食事卓で寄生虫を延々と語る曳橋の話だった。
ハリガネムシというおっかない寄生虫がカマキリに寄生して、宿主の思考回路を変えて、水に飛び込ませて自殺に追い込む。そしてハリガネムシは宿主の死体から出て、水中で愉快に生活し、産卵し、それから次の水を飲みに来る宿主を待つ。
でもそれって共生ではなくて寄生なんじゃないかって紫姫はふっと思ったけど、元アイドルで名門のお嬢様の宙野楓が誰かに寄生するなんて滑稽な極みだと気付く。
しかしもしそれが本当に共生関係だとしたら、この2人は果たして健全な共生をしているかも疑問なんだ。
宿主の思考をも変えて自殺願望にさせる。命を惜しまずに危険に突っ込ませる。
そんな狂った関係は、この2人なら有り得るかもしれない。むしろ曳橋が最近変わったのも、宙野の「意識改ざん」によるものだと言う可能性も……。
10年間も人に催眠をかけ続ける立場だったのに、彼女の前ではかえって惑わされてしまったとは。曳橋は恋愛バカになったか?それとも宙野が魔女過ぎたからか?
勝手な推測をしていてだんだん嫌悪感を覚え、これ以上考えるのやめた。
「なんだかんだで、宙野さんと共生できるなんて、曳橋さんはやはり果報者ですよ」
◯
しかしながら、彼の犯罪証拠を誰にも掴むことができず、彼に近づくことさえ出来なかった。
慎重に生きてきた曳橋だったのに、何故警察の目を引いてまで人を殺めたか?
それはもちろんやらざるを得なかったからだ。
父が交通事故で死んで4年後、ずっと曳橋家に虐められてきた人達がついに家主の死に確信を持ち、一致団結で奮起して、曳橋の屋敷に火をつけた。
死んで4年も過ぎたんだ。相当の恨みがないと、そうまではしないだろう。
火の海の中で、曳橋の母が塵となった。
落夢は首謀者3人、執行者8人、合計11人を船に乗らせてから、自ら海に身を投ずることにさせた。
そこにはサメがいた。
凄く恐怖で残忍な生き物だと落夢は本で知った。
サメの餌食にする。それが14歳の落夢が思い付く一番ひどい殺し方である。
一番ひどい方法を実行する、それが落夢の最初で最後の復讐である。
……。
まるで夢から目覚めたように、曳橋が急に体を起こした。
嵐は横で待っていた。
「来たか」
「ええ。看病がてらちょっとした質問が」
「宙野は?やつにはバレたか」
「いえ、まだです。今紫姫が対応してる」
それを聞いて曳橋は安心してベッドで横になった。
そこは秘密病院みたいなところで、彼の一番信頼してる人間にしかこの場所を知らない。
昨晩はすでに手術が終わり、曳橋の右目には包帯が巻かれてる。その痛みが左目にも影響を及ぼしたように、大きく開くことはできない。
「その目の機能ついて千坂さんから聞いた。色が変わる?本物ですか?」
「ああ。昨日は痛かったから言うの忘れてた。でもそれ重要だ。もし俺の目が目的だったら、恐ろしいことになる。わかるよな」
「はい。曳橋さんの能力はすでに詳しく知られている。しかも何者かがそれを利用しようとする」
曳橋は全身の気力が抜けたように軽く頷いた。
彼は決して弱い体ではなく、精神力もかなり強い。昔は自分の身を守るために、街を歩いて10万人もの住民に催眠をかけたことがあった。
そいつらから情報をかき集め、町の情報をリアルタイムで掌握している。
その他、数十万もの住民を同時に動かす奥の手を持ってるそうだ。
そんな彼が病院のベッドにはとても似合わない。
「一応聞くけど、目を奪ったところで、能力を習得するわけないですよね」
「当たり前だ」
「そうか。なら安心してください。ぜってえ取り戻すから。こっちは頃葉いるから。見つかるのは時間の問題さ」
「そんな甘っちょろいもんじゃねえ!」
曳橋が急にムキになって、身体を起こした。
「俺の能力をちゃんと理解してるか?言ってみろ」
「言葉要らぬ催眠……じゃなかったっけ?脳波で近く5メートルの人間の思考に影響を与える」
「そうさ。じゃあなんで俺は襲われた時、なんもしなかった?」
そうだ。
曳橋の催眠は目に見えない絶対的な力だ。襲われたって言っても、催眠をかけるくらいはできたはずだ。たった一瞬の設定を済ませば、例えば「今から動くな」という思考を発射すれば、犯人は影響を受けて手を止めるはずだ。
人が背後からの攻撃を受けて抵抗できないのを当然だと思った。けどそれは曳橋には通用しないんだ。たとえ相手が数段強くても、彼にちょっとだけの意識が残ってる限り、手を下さずに反撃することができる。その場で相手を自殺させることだって可能なはずだ。
なのにどうして……。
「とんだ誤算だった。あの時千坂に忠告されたのにな……」
曳橋はまた横になった。
常に寝不足の彼の情緒不安定さには慣れているので、嵐は平静だった。
曳橋がもう一度体を起こすのを待つしかない。
どんな思考をしていたかは知らないが、顔に必死さが見える。何せ、無敵だと自惚れてたのに、ここで初めて窮地に追い詰められたんだ。
誰に?
もう1人の彼にだ。
「もしかして……もう1人の催眠の使い手……ですか?それだと能力は遺伝でしか得られないってのは嘘になるよね!?」
曳橋の考え事には、嵐は辿り着いた。曳橋もそれに呼応したようにもう一度体を起こす。
「さあ。親父が浮気したの見たことない。俺と同じずっと家にこもってたから。あるとすれば、親父の親父の代でなんかあったか」
「そもそも誰が遺伝でしか得られないなんて決めつけたか?それが不成立だと、頃葉みたいな予言、宙野の雷も、2人目3人目も存在する可能性がありってことになるよ」
「遺伝でってのは間違いない。今はそんな絵空事より、確実なことを片付けろ!2人目の催眠の使い手。奴に俺の催眠は通用しない。絶対に取っ捕まえるんだ」
「無茶です。どうやって?」
「この際だから、話す。対処方法はある。催眠は5メートル範囲内に入れば発動できるけど、脳波だけでは効果は薄い。マッチングみたいなことが必要だ。この人に集中するって感じで……アイコンタクトだ。だからやつと目が合わなきゃ、意識は持つ。あとは耳を塞げ。直接命令が聞こえねんなら、脳波だけを頼ることになる。それが時間かかる。普段の十倍くらいで、10秒だな。てめえの近くに踏み止まって、1メートルくらいの範囲で、目の色が変わるやつが現れたら、やっつけろ」
「10秒か……それでも速いような……でもしょうがない。それにしてもよくご自身の弱点を全部バラしちまったね……」
「状況は状況だ。ガキの2人以外には話すな。宙野にだって教えてないからな」
「分かりました。でも宙野さんに教えないのは当たり前じゃないですか。弱点を晒して得ないでしょ」
「ああでも、教えなくとも、奴の前で俺は勝ち目ないんだな」
曳橋はさりげなく自分らしくないセリフを言ってしまった。人は死に際に本音を吐きがちだという主張があるようだが、別に死ぬわけじゃないのに……どうやら今回の襲撃で彼は確実に恐怖に胸を突かれたようだ。
これが死に恐れすぎて、眠れなくなった男か。
そしてこれが強大で儚い存在に恋した男か。
嵐にはイマイチ分からない。
◯
「玄田さんって、恋愛経験どうでしょうね。実はちょっとした相談が」
自分の質問がストレート過ぎることに気づきもしない蒔名だったが、玄田は笑って答える。
「っははは。恋愛相談ってやつか。いいぞ。これも隊長の務めだ。しかし何故俺に?嵐と紫姫ちゃんとは相談しないか」
「それが……2人とも恋愛経験ゼロですから、警察バカと図書室バカ。あまり参考にはならないです。経験者の意見が聞きたい」
「え……あ……そうか。よし!任せろ。どんな相談かい?」
「それが……実は僕が中学の頃っ……!待ってください!先に玄田さんの恋愛の話が聞きたいです。玄田さんって、告白される時、どう拒絶したのでしょうか?」
「拒絶前提か……悲しいやつだ。俺は君ほどモテてなかったから、人を拒絶する権利持ってないぞ。でも強いて言うなら、俺はちゃんと断る理由を述べて、納得してもらう」
「正論ですね」
「ああ。胸を張って生きていきないからだ」
「それが人を傷つけたらどうする?相手は大事な友達ですよ」
玄田は何かに気付いた。
そして深刻な顔になる。
これは、特別捜査隊を崩壊に導く会話になるかもしれない。
「それはそうだ。で頃葉、君の断る理由はなんだ?」
「まだ分からないです……でもそんな時が来たら、僕は28歳に死ぬから、付き合ったって意味ないって返事するかもしれません」
玄田は唖然とした。能力者は数人知っているが、そこまで自分の人生を棒に振る奴は初めて見た。
「残りの10年間は独身で過ごすつもりなのか?」
「はい。それが一番妥当だと思います。別れることが決まってるのなら、最初から始まらない方がいいかと」
「そんなことを気にしてるなら、俺は一言で反論できるぞ」
「そうですか?」
「君の両親を思い出せってな!」
今度は蒔名が呆れる番だ。
「君の母と付き合うことができて、結婚して、君の父はもしかして後悔したことあったか?過去に戻れて、もう一度やり直すことができるなら、2人は街でバッタリ出会っても、見て見ぬふりをして、すれ違うことにするのかい?答えはもう分かってるだろ?」
これもご尤もな正論だ。でも両親の話になると、説得力が一気に上がった。
「僕は10年の間なら隠し通せると思ってました」
「それはダメだぞ。頃葉。ちゃんと向き合え。自分とな。自己犠牲は職場ですればいい。恋愛においては、貪欲と利己主義だ」
ストイックな玄田がそう言うなら間違いないだろうと蒔名は頷いた。かと言って今すぐどうこうしたり、思考回路を変えたりするなんてできやしない。
心の準備がまだできていないからだ。
「分かりました。では玄田さんの話が聞きたい。どうやって好きな人と一緒にいられたのですか?」
「高校三年生でありながら、頼りになる後輩がその程度の質問をするとは……でもまあ、俺は高校と大学、2回も恋愛してたけど、どれも上手くいかなかった。それは多分、恋愛の目的を勘違いしたのかもしれない。相手を喜ばせることばかり考えてて、かえって別れることになってしまった。でも今度は違うね。自分を喜ばせるために彼女と結婚しようと思ってる。これこそさっき言った利己主義なんだけど、時には良い結果をもたらしたりすることも……そうだ。彼女は上司の娘だから、内緒にしてるんだ。頃葉君も、くれぐれも他言しないで」
「えっ……ええ」
上司の娘、一気に範囲を縮めた。これで自力で玄田さんのフィアンセを探し出せると思いきや、蒔名は重大なことに気がついた。
玄田はかなり高いポジションで、上司と言えるほどの人間は5人くらいしかいないのだ。
その中に、玄田さんと同世代の娘を持ってるのは……。
「すみません。玄田さん、具体的に誰ですか?玄田さんの上司はみんなジジイでしょう。その娘もそろそろ40代じゃ……」
「失礼な!署長の娘は若いよ。西条梨乃ちゃんって知らない?今思えば運命の出会いだったな。あれは暑苦しい夏。署長にネクタイを届けに来た時、ちょうど俺が正門で……」
玄田がそんな幸せそうな顔で恋話をしている最中で申し訳ないが、蒔名は聞く耳を持たなかった。
彼はたった一つのことを考えている。
署長に娘はいないぞ。
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