第3話 1日目 交信

 ◯

 同日 午後

 2人は口を閉ざし、蒔名の説明を待っていた。

「あの……。メイの苗字は早枝さえ、この町の町長の娘だそうだ」

 急に紹介しようとしても、それしか思い浮かばなかった。

「えええ!?それがお前の幼馴染か。すげえな。狙って友達になったわけないよな」

「そんなわけないよ。ただの公務員だって聞いていた。この町に来て初めてなるほどこっちの町長だなって気付いた」

「冗談だよ。お前には人を利用して何かをなすどころか、進路すら考えてねえみたいな顔だからね」

「そ、それは……確かに。早めに決めないとな。そう言えば僕たち、このまま正式に警察になれるかな?」

 これは紫姫の気になる話が来た。

 彼女は素早く割り込んで、興奮そうに、

「できる!高校卒業したら簡単な試験受けて警察学校に行けばいい。私たちの場合、半年早く卒業できるかもしれないよ」と言い切った。

「おお!それは頼もしい。警察の兄から聞いたのか?」

「それくらい自分で調べたのよ。元々警察にはなりたかったし。頃葉君もその気があるなら私はサポートするよ」

 将来について、それは無論いつかは蒔名に聞くつもりだったが、まさか彼の口から自分と同じ職業につきたいというのが聴けたとは予想外だった。メイの出現はあながち悪いことではないようだ。

 メイがこの町にいる間の苦痛さえ忍べば、いずれ同僚になる自分の勝ち目が高いに違いない。たかが半年だ。やってやる!

 紫姫は全てを未来に賭けた。

「ありがとうーー。心強いね。嵐はどうだ?」

「俺か。ノープランだ。でもしょうがない。うちは父さんの治療費もあるし。金は全部宝探しと家賃に使ったから、大学には行けないさ。卒業したら実家に戻って、お袋の手伝いをする。骨董屋だ。別に嫌いじゃない。歴史好きだし」

「そう……」

 紫姫は残念そうに溜め息した。嵐のような有能で勇敢な同年代は見たことない。口にはしないが、彼ほど警察に相応しい男はいないと紫姫はずっと思ってる。兄貴分のように自分たちを導いてくれるはずなのに。

 されど彼の今の自由は将来と引き換えに貰った一時的なもので、それがあと半年しかない。

 すると3人で一緒にいられるのは、あと半年だ。この半年が過ぎてしまえば、嫌でも実家に戻る嵐である。

 2年の間は自由に転学、バイト、宝探し出来る。しかし高校卒業を境に家に戻って店を継げって、そういう約束だったから。

「湿っぽいは話は卒業式の時にしようか。それより、目前だ」

 感傷的な部分はここまでして、嵐は本題に戻す。

「千坂さんの言う、目の機能についてどう思う?俺は事前に曳橋さんから聞いてない。アイツ、頼んだぞって言ったくせにそんな重要な情報も話さないのかよ」

 曳橋はペテン師だから、誰かを完全に信頼するなんて最初からあり得ない。そんなの分かっていた。

 それより、紫姫は自分の考えを聞かせた。

「事実なら突破口ですね。思いつく可能性は、やはりその目玉を頼って周りの人間が催眠されたかどうか、その事実確認を行うためでしょう。なら犯人の符合すべき条件は、まずは能力を良く知る人間だ。私たちの知らない目の機能の部分まで熟知している。次は曳橋と敵対する人間あるいは組織。組織の可能性が高いですね。メンバーの中の裏切り者を選別するには、その目があれば簡単にできるでしょう」

「一つ追加だ。あのタイミングで曳橋さんを襲ったってことは、彼がその日に地下の住所に戻ったことを知る人間に違いない。さらに、わざわざその時を狙ってやったのは、犯人は宙野さんの存在も知っていて、彼女を避けたかったからだと思う」

 蒔名の追加はご最もだ。

 紫姫は相槌を打つ。

「曳橋さん最近はずっと宙野さんと一緒に暮らしているもんね。やるなら曳橋さんが1人の時にしかできないもんね」

 嵐は頷くも、見落としたところがあるかのように眉を顰める。それから急に閃いたように、

「動機しか知らないから、それについてもうちょっと深く考えようか。裏切り者の選別、だよな。何のために選別する?近いうちに何かが動き出すってことか?それに、曳橋さんを襲えるほど強い組織だ。裏切り者は元々曳橋さん送ったってことにはならない?そうじゃなくとも、この街の全ての情報を牛耳ってるっていつも偉そうに言っているのに、彼はある程度の情報を掴んでるはずだよね」と言った。

「確かに。同意だ」

「どのみち、曳橋さんに詳しく聞く必要がある。今日は面会拒否されたけど、明日は病院にでも行くか」

「うん。任せた。曳橋さんは比較的にあなたのことを信用しているもんね。私は宙野さんのところに行くの。敵対組織のこと、探ってみる」

「えっ?じゃ僕は?」

 いじめを受けた蒔名は途方に暮れる。

 曳橋さんの信頼を得ていなければ、宙野と仲良く話せるわけでもない。今更だけど、彼は同じ能力者とは付き合いが少ないのでは?

「行くところあるでしょう!せっかく会えたんだ。再開した幼馴染と食事くらいするでしょ!」

 急に余裕が出来た紫姫には嵐は驚いた。どんな心境の変化がさっぱり分からない。

 それは本人にしか知らないことだ。全てを未来に賭けた紫姫は慌てもしない。

「えっ。それは……返答まだ決めてないから……気まずくなるよ」

「そう!?そういうことだったら私と一緒に宙野さんの別荘に行こう!前回食べ損ねた晩御飯楽しもう〜頃葉君は食べるのに専念して、私が交渉するから」

 これこそいつもの紫姫だなと嵐は安心した。

「うん。そうしよう。では、休憩時間まだあるから、一応聞いてみるか。未来の僕に」

 蒔名がそう言うと、ナチュラルにポケットから注射器を取り出す。日常的なものではないのに、彼にとってはまるで必要不可欠な探偵道具みたいに扱ってる。

 それ見て二人も驚きはしない。ただ憂いの表情をするのが定番だった。

 いくら無害だと甲斐先生が再三強調しようと、これは注射だぞ。それを見て連想するのは麻酔と麻薬、どれもたまったもんじゃない。

「ま。しょうがないよな。俺らの力不足だから、状況の打開を頃葉に任せるしかない。いいな」

 紫姫に向かって嵐は言い含める。

 それは彼女が一番注射に反対しているからだ。彼女を説得さえすれば、予言は行える。それがそのチームのルールである。

 しかし紫姫はいつも反対側にいる人間だ。

 血圧を上げることによって能力をオンにするっていうのは、言い換えればポテンシャルの先借りみたいなものだ。今はまだ大丈夫かもしれないけど、払うべきものは必ず払わせられると紫姫は確信している。

 ちなみになぜ普通の薬ではなく注射で行くのか。この半年の間、薬はすでに抗体がついて、効果が薄くなってきた。今のところは注射を頼るしかなかった。

 だから紫姫の心配は以前よりも増しだ。

 しかし自分の無能さも否定できないものだ。

「分かった。一回だけでお願いね……だから、何を聞くか、じっくり相談しtw決めよう」

 蒔名は頷く。

 それから青の表紙のノートブックを取り出す。

 彼には2冊のノートブックを身につけ、赤の方はカルテ代わり、つまり自分の能力に関する情報を記録するもので、そして青の方は、仕事用である。

「まずは日時だ。10日後はどうだ?」

「いいじゃん。10日もあれば、さすがにちょっとは進んでるだろ。いや、もう解決だろ」

 嵐は自分たちの力を過信しているかもしれない。

 今は何の成果はないものの、将来の自分たちは絶対にもう解決してる。そんな盲信はなぜだろう。

「私も10日が適切だと思う。今まで扱ってきた事件だと、一件あたり大体4.6日掛かる。今回も難易度からすれば、10日がいい」

 二人の同意見を得てから、蒔名は書き込む。

「では……11月20日、休憩時間の12:10、場所はいつもの保健室だね。1分しかないから、質問は3つが限界で、一つ目と二つ目はもう決まりだよね」

「ええ。事件は解決かどうかと、繋がりありそうな重大事件ですね。今まで聞いてきたように」

 紫姫は昔の成功例を思い出す。それを先に聞かないと始まらない。

「っていうか三つ目も言わずもがなだろうが、他に気になることがあるかって」

 考えるまでもなく、あくびするほど嵐はつまらそうに言う。

「そうなるよね」

 蒔名は三つの質問を書き記した。

「全然相談にならなかったなあ。いつもと同じ質問じゃん」

 無駄な話し合いをしたと紫姫はがっかりした。役に立たなかった感がしてならなかった。

 それに対して嵐は反論する。

「それが穏便なんだよ。むこうは同じ頃葉だし。こっちが何知りたいか察してくれるから。なんなら何も聞かなくても教えてくれるはずだよな」

「それは流石に無理がある」

 蒔名は真顔で否定する。

「分かってるもう!冗談に決まってるやん」

「そう……では、始める」

 手首には赤の穴がもう数え切れないほどあるに関わらず、蒔名は好きな点を選んで躊躇なく注射を行った。

 それがみんなが蒔名に感心するところだ。

 血を見ても動じない、痛くても叫ばない。常に冷静でいられる。恐ろしいくらいに。

 そして始まる。

  

ーー始ーー

 10日後の12時10分、学校の保健室で昼食を取ったあと、僕はノートブックを開く。

「11月20日、12:10、保健室。

 曳橋の事件について、以下の情報を頼む。

1.事件が解決済みの場合、犯人の情報と動機を。解決できなかった場合、事件の難点と犯人の目星を。

2.10日の間の重大事件。

3.他に気になる点」

 と書いてあった。

 時計で時間ぴったりと確認した後、僕は言われた通りに書き始める。

 誰かに見せるように敢えてノートブックをテーブルにきっちり広げて、正座の姿勢を取った。そしてまるで誰かに促されてるように、素早く書き込む。

「1.事件は未解決。犯人の目星は全くついていない。ただ神鳴りの間が怪しい。宙野さんに相談せよ。

 2.玄田さんは婚約を解除。理由は不明。

 3.悪鬼が現れたそうだ。詳しくは11月12日、17時36分03秒、警察本部のアーカイブ室」

 と走り書きはここで終わる。

ーー終ーー


 未来の蒔名に聞くとは、ユニバーサル・シミュレーターを利用し、起こり得る未来を通して過去を知る術である。

 甲斐先生の言うように、ユニバーサル・シミュレーターが蒔名に見せるシーンは紛れもない未来のこととすると、未来の自分との通信を行えば、今から起きることを事前に知ることができる。

 その通信とやらも極めて簡単にできる。

 例えば明日11月11日が試験日、明後日11月12日が答案公開日としよう。

 今から日記帳に一筆して、「試験の答案を書き記してください」と指示を出して、未来の自分はそれに従う。

 疑う余地はない。

 未来の自分は必ず従う。なぜなら彼は過去の記憶を持ってる。すなわち自分がなぜその答案が欲しい理由が分かってる。

 自分を助けるのは当然であろう。

 さて、答案は用意された。過去の蒔名はどうやってそれを見るか。

 それも簡単だ。指示の際についでに期日と時間を指定すれば済む。つまり「11月12日に12時、日記帳を開いてください」と書いておく。

 それもうまく行くに違いない。未来の蒔名は自分が時間を指定したことを覚えている。ただ要求された時間通りに日記帳を捲って、内容を見せればいい。

 そうやって蒔名は未来の自分とのコミュニケーションが出来るようになる。一方的だが。

 その方法は3人で考案した一番便利で効率最大化の使い方で、それを頼って多数の事件を解決してきた。


 ◯

 1文字も漏らさずに、蒔名は見た内容を話した。

 紫姫は注射口をしばらく凝視して、血が出てないのを確認してから話し始める。

「神鳴りの間って宙野さんがずっと調べてるあれか。それより玄田さんが婚約!?しかも解除!?」

 膨大な情報量が紫姫を混乱させた。なにせ、婚約すら初耳なのに、いきなり解除とは……。それはショック大きい。

 可愛い部下たちには内緒で婚約したことにはもちろん3人はショックを受けた。

 それよりも玄田が受けるダメージも想像できる。

「神鳴りの間は聞けば分かるだろうし……玄田さんの方が……」

 嵐はそういうのはが苦手で、慰め方にも疎い。ただ唯一知っているのは婉曲なやり方が必要だ。「直接聞いてはダメか……調査だなまず。あわよくば玄田さんのこと聞けたら尚更良いけどな」と提案した。

「うん。放課後本部に行こう。どうせ行くから。アーカイブ室だっけ?」

 紫姫はアーカイブ室というキーワードしか覚えていない。期日と時間があったというのに。

 蒔名はさっき見た情報を極力に思い出す。

 時間通りに行かなくてはならない。

 11月12日、つまり明後日の、17時36分03秒に、アーカイブ室。

 何も秒まで精確にする必要あったかとは思ったが、未来の自分がそう言うならきっと意味があるとだけは信じよう。

「明後日だよ。やっぱり予言通りに行動した方が」

「そうね。未来の頃葉君を信じようね。ちなみに、悪鬼って言ったか。聞き覚えないね。都市伝説?」

 都市伝説に関しては、地元の紫姫より、嵐が一番知っている。図書館の子なんだから。

「伝説っていうより、実在する事件だ。35年前に、連続殺人を行った殺人鬼のことだ。本名は知らないので、その名で呼んでた。確か2日間で3人を殺めたな」

「それが35年後にまた現れたってこと!?」

「それはないと思う。捕まって獄中で死んだとのことだ……」

「じゃどうして……未来の頃葉君がわざわざそれを書いたのなら意味があるはずです」

 紫姫は一旦考え込む。

 それがまだ終わってないうちに、蒔名は2本目の注射器をまじまじと見る。

「もう一回する必要があるな」とさりげなく言った。

 それを聞いた途端、紫姫は思考を打ち切り、反射的に立ち上がる。

「待って!そうだけど、今度にしよう。その前に一度アーカイブ室の下見に行った方が良いじゃない?予言はそれからだよ!」

 一理はあると蒔名も認めた。

「じゃあそうするか。確実調査をして明日話し合おう」

 嵐はまとめ役として解散を宣言する。「解散だ。各自調べに行くといい。何かあったらスマホ連絡は忘れずにな。情報共有は明日でもいい。そこの女子は学生の本分もちゃんとしろよ」

「げっーー!だから一回だけのミスだって!」

 こうして、有意義に昼休みを使った3人は弁当とゴミを片付けて、教室に戻ろうとする。

「あーー。ちょっと待って。千坂さんたち、どうやって学校に入れたの!?」

 紫姫の質問に答えられる者はいない。

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