第2話 1日目 招かれざる者

 ◯

 この街ではかつて、

 予言者が率いる特別捜査隊、

 催眠の力を持つペテン師、

 雷を呼ぶ処刑人、

 多重人格が指揮する秘密警察、

 という四つの勢力があった。

 しかし1ヶ月ほど前に、その中のペテン師と処刑人が同居し始めたがため、二つの勢力が合流することになった。

 連れてその危なっかしい四角も安定した三角になった。

 ところがそんな平穏も長く続けず、ペテン師の曳橋が片目を奪われて入院することで、いきなりヒビが入った。

 信頼関係もあっけなく崩れてしまった。

 そして、まるでそのタイミングを狙っていたかのように、ある人物が現れる。


 ◯

 11月10日 昼

メイ様、明日の予定を伺っても良いでしょうか。出来れば明日の午後、1時間ほどの休みをいただきたいです。仕事の引き継ぎで……一度署に行かなくてはなりません……」

 千坂伽内せんざかとぎうち

 本名はーー千坂伽内丸せんざかとぎうちまる

 でも今は千坂伽せんざかとぎと呼んだ方が正しい。

 なぜならば今その体を操ってるのはトギという人物で、かの有名な取り調べ対策組のリーダーで、秘密警察でもあった。

 彼女は町長の養女で、小さい頃からあらゆる訓練と知識を叩き込まれ、若き女性でありながら芯が強く、数えきれない功績をたてた負けを知らない武闘派であった。

「そっか。トギ姉さん。まず『様』は付けないでほしいよ。私たちは姉妹でしょう。あと、明日は一日中家で荷物を片付けるから、外出しないよ。好きなだけ休んでてね」

 明様と呼ばれた17歳の女性は、確かに様と言われるだけ淑やかだが、どこかワイルドな部分も垣間見れる。

 現に、引っ越してきたばかりで、散らばる家具と荷物、それと塵やゴミに囲まれる状況には関わらず、彼女はむしろ楽しんでいて、顔に余裕が見えた。

 そんな……変わった女子高生を千坂は初めて見た。彼女はこれまで何千人もも審問してきたのに、目の前にいる初対面の妹との付き合い方には戸惑っているようだ。

「わ、分かりしました。ありがとうございます。引き継ぎが終わり次第、戻ってお手伝いします。しかし呼び方について……やはりボディーガードの立場ですので、それに明様は町長様の実の娘だから、ある程度の尊敬が必要かと……」

「んーーボディーガード。その響きが気に入らないね。確かに私は弱い……そこら辺の猫にも勝てないでしょうけど……町長の娘だから狙われる可能性があるってのも否めない。けど!さすがに過保護!ああ〜この町に来るんじゃなかったかも。お母さん今頃一人で寂しがってるかな〜」

 メイの両親は別々に住んでいる。

 鈴和の町長に任命されてから、父の方は娘の結紀と一緒にここに暮らしていて、一方でメイは母と故郷の汐見町に残った。

 きっと訳ありだ。母にはどうしてもこの町に来れない理由がある。自分には話さずにいたけだ。

 そして今回メイがいきなりこの町に来ると決めたとしても、母はそのポリシーを破らなかった。1人で汐見に残ることにした。

「ええ……来るべきではなかったかもしれません。ご存知ですか?ここは物騒な町ですよ。治安は悪くないが、それよりも危険で不思議な力が働いていますよ」

 トギはその中の一端の勢力として、説得力が高かった。しかしメイは何にも恐れない様子で、軽く頷いた。

「うん。それは聞いている。でもね。やることがあるから。とにかくこれから先、お願いしますね」

「ええ。命に替えても」

 自分の義理の妹でありながら大事な町長の娘、絶対に守り抜くという覚悟は見え見えだった。

「いやいやそこまではしなくても。私たちは同じだよ。優劣なんてない。本気で命に替えるなら、私ではなく結紀のことちゃんと守ってよ」

「……?それってどう言う?」

 千坂の顔は疑惑そのものだった。綺織結紀きおりゆいきは早枝明より年下で、町長の妻の苗字だから、向こうの連れ子じゃないか。

 万が一どうしてもどちらかを選ばなきゃならない場面にあったら、実の娘のメイを優先すべきだと、千坂はそう教育されてきた。

「あれ?知らなかったの?私はお父さんの実の娘じゃないよ。お父さんの子は結紀、私は母の方の娘、もとの名前は綺織明だったよ」

「まさかそんな……!?」

 苗字を交換した!?

 千坂はその衝撃的な事実で驚愕の極みだった。怪奇の人間ドラマを飽きたほど無数に見てきた百戦練磨の彼女を驚かせることはそうそうないのに。

「不思議でしょ〜変わった夫婦だからね。再婚して苗字変えるでしょう。その時、明と結紀の苗字を交換しようって父さんが提案したんだ。母さんもなぜか笑って納得した。お陰でややこしくて、人に説明する時にはいつもこんがらがっちゃうよ」

「そうですか……」

 千坂は急に悟りが開いたように速い頻度で数回瞬いた。それは町長が仕掛けたカモフラージュじゃないかって千坂は思った。

 町長なら、無意味なことを絶対にしないという思考がすでに千坂の脳裏に植え付けられていたからだ。

 実の子の結紀を守るために、あえて別の苗字にする。いかにも町長らしい考えだ。

 あるいは、ただの考え過ぎだ……。単純に、うまく再婚家庭を営むための彼なりの奇策なだけかもしれない……。

 いかんいかん。町長の教育を長らく受けてきた千坂の心の中でいつのまにか彼を神格化してしまったかもしれない。

「だから、トギ姉さんと私は同じだよ。父さんの養女なんだ。遠慮なんていらない。私がわがまま言って転校してきたから、ボディーガードにさせちゃった。そもそもこっちが悪かったよ。仕事中止させられてまで……なんなら戻ってもいいよ。父さんと交渉するから。一人でもなんとかなるでしょーー。結紀だってボディーガードないし」

「いいえ。私も町長様……父さんの期待には応えたい。それに、ボディーガードの仕事は私にとってむしろ息抜きです。一昨年の治安対策強化以来、私は殆ど休んでいませんでした。今度の異動は、父さんの配慮で私を休ませたかったんでしょう」

「そういうことなの?ボディーガードが息抜きか……」

「あとは……ちょっと言いにくいですが」

「なによ。なんでも言ってよ」

「明様がもし何かをやらかしたら、私なら、後始末は容易にできると思われています。かなりやんちゃだと父さんが言っていましたが……本当かどうかは……」

「ええええ!!本当じゃないよ。認めないわよ。やんちゃなんかじゃない!これはね。えーーと。好奇心旺盛プラス行動力を持ってるって言うの!」

 メイは立ち上がって目の前のテーブルを強く叩いた。お陰で積もった塵が飛び散り、二人は思わず顔を袖で覆い隠した。

「他になんか言った?文句」

「ありませんでした。ただ、可愛くない妹だが、遊んでやってくれって」

「けっーー!!誰が可愛くないんだよ!数年も会ってないのに何が分かるのよ。この親父失格!ふん!」

 メイは子供っぽく暴れる。今度はソファーである。またしても塵が舞い上がり、二人は思わず顔を袖で覆い隠した。

 もう2度と塵なんかを吸わないために、メイは動きを控える。

 暴れた後、彼女はゆっくりとソファに腰を下ろした。

「でも意外~お父さんそんなこと言うんだ」

「ええ。本人前では言えないでしょうね」

「いいえ。トギ姉さんが信頼されてるだけだよ。私の前では誰かの悪口も褒め言葉も謹んでいた。もう愛想尽かされたかと思ったよ」

「そんなこと決してありません。桃華ももか様とメイ様に会いたいとよく呟いていました。私の愚見では、恐らくそれは再婚家庭の難しいところではないでしょうか。片方をえこ贔屓すると、もう一方は嫉妬したり、嫌悪へと発展しかねませんから、謹慎するのも納得です」

「そうね。けど私も結紀もそんなヤワじゃないのになあ。それよりメイって呼べって!じゃないと私はトギお姉様って呼ぶのよ!それでいいの?」

 ヤワじゃないことをこの目で確かめた千坂は頭を下げ、「ではメイと呼ばせていただきます」と折れた。

「うん!それでよし!そうだ。私今すぐ行きたいところがあるんだ。案内してもらえる?」

 引っ越してきてばかり、バタバタしている状況なのに、それでも行きたい場所か。千坂もそれなりに興味ある。ていうか、その場所から、メイが母を置き去りにして、わざわざ転校しにくる理由が分かるかもしれない。

 それをいち早く究明しろと町長に言われたことないが、守るべき相手の目的が分かると、自分も効率良く働けるわけで、千坂は耳を澄ます。

「ええ。もちろん。どこに行くおつもりなんでしょうか?」

「具体的な場所じゃないかもしれないけど……内部コード11、少年犯罪課特別捜査隊だっけ?彼らの活動拠点まで。ある人に話があるから……」

 ある人。

 千坂は脳裏のデータベースを調べていたら、そのチームメンバーの一人の故郷はメイと同じ汐見しおみ町だってことに気付いた。

 なるほどそういうことか。

 そして人情には疎い千坂でも、波瀾万丈の恋愛ストーリーを紡ぎ出した。

 しかし紫姫の存在を思うと、そのストーリーの続きはさらに過激化していく恐れがあると千坂は予見していた。

 その中心にある男はいつも人畜無害の顔して、誰にも優しいツラで人と付き合い、たくさんの人の信頼を得た。自分の警察方面の同僚も含めて。まさか自分の大切な妹があんな男にたぶらかされたと思うと残念な極みであった。

 それでも、これはメイの人生だ。彼女が会いたいって言ったら姉としては、合わせるしかない。

 そして全力で応援して、勝たせるしかない。


 ◯

 同日 午後

「次の登山は後回しやな。仕事を全うしねえと」

 嵐がそんなことを言うとは正直意外だった。

 彼にとっての登山は重大な意味を持つ行事である。

 あまりにも胡散臭いので信じてもらえないかもしれないが、嵐が去年わざわざ転校してきて、1人暮らししてまでこの町に来たのは、宝探しのためだ。

 舞宮山には宝の伝説があった。

 一時それを探しに旅に来る人間が多くて、鈴和すずわ町の経済の大きな助力となった。でも誰もが手ぶらで帰るのがオチなんだから、すぐ良からぬ噂が流れる。関係者がばら撒いたデマだとか、宝は存在していたが、政府がとっくに回収して換金しただとか。

 けど嵐は諦めたりしない。

 彼の調査によると、宝は一種の霊薬である。

 鈴和の昔の言い伝えでは、北の入り江にて赤き馬車が走り、橋を渡ると、舞宮へと向かうという。

 入り江と橋と言えば、50年前に鈴和が作物を売り出すために建てられた橋のことである。

 奇妙なことに、訳のない落雷があちこち落ちてくるのも、記憶が曖昧な人間が動機不明の殺人をしたのも、ちょうど50年前から噂が流れ始めた。

 そんな偶然を見過ごすわけにはいかず、嵐はある仮説を立てた。

 能力者は強大な能力と引き換えに、生まれては必ず、とある先天性疾患に罹る。そのせいで、能力者は大体陰でしか動かず、派手に表舞台で暴れたのも少ない。

 しかしある人物がその病いの運命から逃れようとする。方法は製薬だ。作るのに必要な素材は鈴和あたりにあったのかもしれない。ここはかつて農産物豊富な土地で、希少な薬種も少なくないからである。

 そしてついに苦労をかけてついに作り出した薬は、訳ありで舞宮山へと隠した。

 その仮説を言い出した時、催眠の能力者の曳橋も、雷の能力者の宙野も、聞いて呆れた。

 見た目によらず、なんて想像力豊かなガキだなって最初はきっとそう思った。

 でも冷静に考えたら、それがあまりにも不思議でありながら、けれどあまりにもリアリティーを感じてしまうのだった。

「そういうことなら俺はお前のその発想に投資とするか。金が必要ならいくらでも提供してやるさ。代わりに進捗報告をしてくれ」

 曳橋の支援を得られたとなると、鈴和のあらゆる図書館にこもって、老人すら見もしない書物をめくり続ける甲斐があったと嵐は思った。

 ところで、嵐がそこまで頑張ってどうしても宝を見つける理由は、父の不治の病を治すためだった。

 そのために彼が2回も転校して、学校の休憩時間は図書館、夜はバイト、深夜は計画立て、そんな辛い2年間を過ごしてきた。

 能力者の病いを治せるかもしれない薬なら、父の病は朝飯前だろ。

 現代医学では解決できないもんは、オカルトの力で解決する。

 例えそれが全部自分の空想でも、仮説は何一つ当たらなくても、彼はやると決めていた。

 座して死を待つのは柄じゃない。それだけだ。

 そんな嵐を助けるべく、紫姫は宝探しのメンバーとなった。そして今は、曳橋の事件を放っておいて、宝探しを提案した。

「どっちかと言うとこの案件は私たちの仕事じゃないけどね。私たちの役目は少年犯罪。猟奇じゃないんだよ。だからもっと利己的になってもいいんだよ。次の登山プラン立てよう」

 でも嵐は首を横に振った。

「いつもならそうするけど……これは悪質な事件だと思わんか。曳橋さんだぞ!絶対的な催眠能力を持ってる彼の近くにいるだけで催眠をかけられるはずだから、近寄ることはまずあり得ない。それでも襲われたってことは、優れた対策と計画があって執行したってことだよな。その動機はなんだ?曳橋さんは誰かの邪魔にもなってないはずだ。ただ自分の家に引き篭もってるだけで、人との付き合いも少ないのに……彼が狙われたってのは、ただの憶測だけど、もしかして個人的な恨みじゃなくて、能力者目当て……とか?次は頃葉だったらどうする?」

「あああああ!それは!いけないね!嵐の言う通おおりだよ!宝探しどころかじゃないわよ」

 蒔名の名前が出ると、紫姫の顔が一変して、緊張感がすぐに彼女の目をつぶらにさせ、気も引き締まった。

「変わり身が早い……紫姫さん、主観性のかけらもないね」

 ……。

 蒔名の急な発言が空気を凍らせた。

 笑みがなく、冗談には見えない。あたかも客観的に学術批判をしているような平然とした顔だった。

「う……ひどい……」

 蒔名にだけは批判されたくない紫姫は萎んだ風船のようにつぶやいた。

「あ!紫姫さん、ごめん!思ったことをそのまま言ってしまった。迂闊だった。加工した方がいいですよね」

「それってフォローになってるか……」

 横で聞いたら嵐は絶句した。

「頃葉お前さ。時々毒舌の部分あるよな。しかも自覚なしか……。普段はおとなしくて優しい正太属性なのに、急にそれ来たらそりゃショック大きいって。今までどうやって人とコミュニケーション取ってきたの?」

「本当にすまなかった……僕は中学も高校も友達少なかった……と言うより……いなかった。クラスメイトより、先生と一番話してた。中学は数学の先生と、高校は体育の先生と仲良かった」

「馬鹿な!一人や二人はいたはずだろう。変人のお前でも、変人に興味を持つ人間は必ずいるから!」

「それなら、1人だけいた」

「おおー!それって誰?男子?女子?」

「女子なんだけど。中学1年からの付き合いだよ」

「あちゃー。これは誰かさんが嫌いな性別なんじゃーー」

 そう言いながら、嵐は紫姫に目を向けて彼女の反応を観察する。

「馬鹿なこと言わないでよ!このパーラシ!なんであたしが!世界の半分の人間を嫌わなきゃならないの!」

 ちなみにパーラシは嵐の髪形の天然パーマと、嵐の名前を融合させたあだ名で、身体的特徴を嘲笑うような名だけど、嵐は別に気にしてない。

「で、その女子と話す時も、いつも思ったことそのまま言ってたのか?」

「そうだよ。でも彼女リアクションが少ないから、それに自分の世界に没入するタイプなんだから、僕の言ったことあまり聴いてなかったかもしれない」

「なんだ。面白えエピソードなかったかよ」

 嵐はがっかりした。エンターテイメントには興味があるのになかなか時間がない彼だから、蒔名からゴシップの養分が取れるかと思いきや、つまらない話だった。

「当たり前だ!エロパラシ!学生の本分は勉強だよ!」

「は!?それ、学生でありながら警察もやってて、しかも期末テスト赤点取ったお前が言うのか?」

「けっ、警察はアルバイトみたいなもんだし……前回の期末テストは一回だけのミスだったし……」

 前期の期末テストは確かにある事件絡みでろくに勉強してなかった。特別捜査隊に入ったばかりで、手柄が欲しくて3人とも気合い入れ過ぎたのだった。

 それでいて赤点を取ったのは紫姫だけだったが。

 ちなみに警察は、アルバイトじゃない。

 3人とも、正真正銘、刑事だ。

「まあ本題戻るか。現場はもういいだろ。飽きるほど見た。凄え犯人だな。着目点まるでないな」

 空き教室の黒板にプリントされた情報を貼ってから、3人はいよいよ本格的に仕事を始める。

 鈴和警察本部刑事課に所属する、チーム番号11、少年犯罪課特別捜査隊、通称11番隊もくしは特別捜査隊は非常駐の組織で、常に存在するわけではない。

 選抜ではなく、課長レベルの刑事にスカウトされて初めて、結成が認められ、戦力として活動を始める。また、当地政策により、児童労働者雇用には該当しない。他国の異論も受け付けない。

 かなり特殊な位置付けなので、これまでは一回しか結成したことがない。ちなみに宙野楓がその初代のメンバーなので、蒔名たちの先輩に当たる。

「僕が一番早く現場に着いたけど、気絶した曳橋さんとカッターナイフしか見当たらなかった。曳橋さんの話によると、犯人は彼が仰向けで水を飲もうとするその瞬間を狙って目玉を摘みとったそうだ。かなりのやり手と認めざるを得ない」

「手慣れた殺し屋みたい……それより、そもそも目的はなんでしょうね。仇討ちだったら、殺さずにただ目を抉ったってどう言うこと?警告のつもり?」

「分からないね……」

 蒔名たちはお手上げのようだ。

「目的は明らかでしょう、坊やたち」

 部外者がどうやってここまで辿り着いたかはさておき、千坂は大きな音を立てて無理やり押し入った。

「曳橋の目には特殊な機能があります。レーダーみたいに、彼の催眠を受けた人間が近くにいると、目の色は変わる。つまり催眠を受けたかどうかをはっきりできる探査装置です。ではそれを前提に考えてみて。何のために探査装置が必要なんでしょうかーー」

 その情報は曳橋にとって重要な秘密で、無闇に人に教える訳にはいかないはずなのに、あっさりバラしたのが千坂トギなら仕方がない。

「そんな機能が!?なら筋が通ったな。クッソ。あいつ警戒心強いな。昨日あんだけ言ったのに、こんな大事な情報を伏せてたとは」

 まだまだ曳橋の信頼を得ていないなと嵐は思った。

「ま。そんなことより蒔名君。こちらに注目してください」

 千坂が横に一歩移動すると、後ろに他校の制服の女子が現れた。

 整った顔立ちに冷たい目とびくともしない表情、人を拒絶するオーラが纏ってるみたいだった。人より一段細い体型をしていて、そこに立っているだけで絵になり、端麗に見える。黒髪が故に彼女の病態に近い白肌がより引き立つ。磁器によって作りされた人形みたいで、当たると壊れるくらいに思わせる出来だった。

 メイが辞儀すると、蒔名に笑みを漏らした。

「あ。あれ!?メイなの!?どうしてここに!?」

 蒔名が思わず声を上げた。

「メイ!?」

 紫姫と嵐は同じ疑問が浮かぶ。「呼び捨ての間柄なの!?」と驚愕している。

 いや心配ない。私もたまには紫姫って呼ばれてるからドローだって紫姫はあからさまにそう考えている。

「頃葉君、久しぶり。新町高校に転校してどのくらい経ったの?」

 蒔名の目前に立つと、メイは唐突にそう尋ねた。

 見当のつかない蒔名は事実を話す。

「え?ちょうど半年になるのだけど」

「そちらの女子と知り合ってどのくらい?」

「紫姫さんのこと?半年ちょい、正確に言えば7ヶ月なんだけど……どうした。そんなこと聞いて」

「へえー。なんでもないわ。事件があったって聞いてるけど、何か手伝えることない?頑張って役に立つよ。昔みたいに、一緒に探偵活動しようね」

 そう言いながら、メイは一歩前に出た。

 そして彼女の挙動が紫姫の瞳孔を震わせる。

 例えいきなり蒔名にビンタしても紫姫はここまで驚かない。

 なのに彼女は両手をあげて、蒔名の制服の襟を握り締め、それから整え始める。

 紫姫は顔色が変わり、深呼吸を数回もして、何かを殴りたい気分になった。

 嵐も冷静でいられなかった。

 話が違うだろう!自分の世界に没入してあまり会話しなかったじゃないの!?と彼の踊り狂う眉毛があからさまにそう言っている。

 誰もメイを止めず、口を挟むこともしなかった。

「ありがと。でも正直今のところ……なんの手掛かりもないからな。そのうち連絡するよ。それよりなんで来た?その制服は?」

「転校してきたの。妹と同じ東戸とうど高校なの」

「いい学校だそうだ。でも、鈴和に、父の仕事場に行きたくないじゃなかった?」

「うん。でもあなたの仕事場には行きたい」

 メイのロマンチックな告白に、蒔名は応えるのを避けた。

「やっと妹に会えて、嬉しいだろう」

「うん。でもそれよりもっ」

 メイは急に口を閉じた。自分のしつこさに気付いたかもしれない。あるいは、この場の空気の重さを感じたかもしれない。

 服の整理を終えたメイは一歩下がる。

「最後に聞きたいことがある」

 その場にいる全員が息を潜めて、その欲望に忠実で行動力と破壊力共に高い化け物みたいな女性を見つめる。

 化け物は徐々に口を開いた。

「汐見には、いつ戻るの?」

「え?わからないな。ここ卒業したら、また別のところの大学に行くかもしれない。そして大学卒業したら、それこそどこに行くのやら。戻るのは、いつになるか。あ、母さんの墓参りには一時的に戻るよ」

「ダメだよ頃葉君、遠く行っちゃ……

 それだけ言い捨てて、メイはそのまま後ろを向いて立ち去った。

 普通の人間には、外は危険だから遠くに行っては意外に遭うに聞こえるが、その言葉の深みを理解するのはおそらくメイと蒔名だけ。

「では特捜隊のみなさん、これで失礼します。ついでですが。私、千坂トギは今日から早枝明のボディーガードを務めます。警察の仕事は一旦お預かりになります。詳しくは署にてご確認ください」

 千坂が告知を終えると、部屋を出て、ドアを閉めた。


 ◯

「ああ。醜かった。領地を争う野生動物みたいなことしたね。我ながら子供ぽかった。あんなつまらないところで張り合ってもメリットはないってわかってるのにーー」

 帰りの車で、メイは反省会を行った。

「それだけムキになったんですね」

「そうですよ!半年会ってないだけですぐ他の女とイチャイチャするんだから。しかも下の名前で呼び合ってるよ。イラッとしない?」

「蒔名君には奇妙な魔力を感じますよ。女性の母性を喚起させ、彼を守りたくなります」

「へっ……?マジ……?トギ姉さんも喚起させられたの?」

「まさか。心配ご無用です。恋愛は残業の次に嫌いですから。強いて言うなら、マルの方が彼に関心を持ってるかもしれません。でもマルはメイ様が怖いから姿を現したくないって」

「私が怖いの!?そう言われるの産まれて初めてだよ!あ、マルってまだ小さいよね。可愛いを怖いと間違えた?」

「そこまで小さいじゃないですよ。まあ、メイのその度胸は確かに感心に値します。恋の敵の目の前で堂々とあんなことしてたとは。ある意味、怖いと見てもおかしくないではないでしょうか」

「それ強いて言えば強い。怖いなんかじゃないけど!」

「はいはい。マルにはちゃんと説明します。それにしても、何故メイは新町ではなく、東戸に転校したのですか?結紀様のためですか?」

「違うよ。これは持久戦です。私はただ彼と後悔のしない恋がしたいわけじゃない。彼と末長く一緒にいたいから、視点をもっと先に置くべきだと思うわ。

 ちょっとした距離感を保ちつつ、時折現れて彼の力になる。その方が興味を引けて、新鮮感も長く続くはずよね」

 千坂はメイの大人びた言葉には驚いた。そこまでの考えがあるとは思いもしなかった。実も娘じゃないけど、所々の言動は町長を連想させる。やはり親子だ。

「恐れ入りました。メイは策士ですね。それにそのような考えをお持ちなんて、本当に17歳なんでしょうか」

「まごうことなき17歳ですよ!」

 メイは少女らしい微笑みを見せて、千坂をテーブルに誘う。

 そしたらノートパソコンを開く。

「ねえさん、事件の詳細を教えてよ。私たちで事件を解決しよう。頑張る過程を見せるより、結果を出したいね」

「それって彼の存在を否定するつもりで?」

「もちろん否定じゃない。彼を戒めるのよ。私の勝手の思い違いかもしれないけど、半年の間、彼は少し変わったような気がする。元に戻って欲しい。だから鞭を手にするつもりだよ。そのためには飾り人形を卒業して対等に立つ必要がある。この事件を解決して彼の鼻を折ってやる!」

「ご立派です。力の限り補佐いたします」

 こうして、千坂とメイのコンビが結成。

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