第四章 水撒き【2007―2009年、長澤真一】

第一話 二人のはじまり

 ……モニターに、教え子の冴えない演技が写しだされている。


 冴えない、と言うのは表現が違う。最初から必死で、精一杯で、後半からは体力が足りなくてスピードが落ちている演技。終盤の三回転ルッツを転倒しなかったのはいい。でも、着氷でもたついた。その後のステップは、エッジが浅くて、レベルが取れていないかもしれない。最後のダブルアクセルでステップアウトする。アクセルは得意な分もったいない。


 二〇〇七年の全日本ジュニア選手権、男子フリーでの演技である。

 点数が表示されて、俺は教え子の頭を軽く叩いた。音にするとポンポン、という感じ。得点は115.10。


「気にするな、そういう時もあるって。初めての全日本ジュニアなんだから、むしろここまでできて上出来じゃないか」


 むしろ、トリプルアクセルがプログラムにない中、フリーで後六人残して二位に入れているのは立派である。今年ジュニアデビューなら、これは上出来じゃないだろうか。

 納得しないように教え子の神原出雲が唇を歪ませた。つい慌てて周りを見る。この全日本ジュニアはテレビカメラが回っている。やばい。この顔が映っていたらと思うとヒヤヒヤする。


「出雲、顔。顔!」


 一応注意するが、余計に出雲は顔を険しくさせた。ぶすくれていても顔の良さが隠せていないのだから凄い。


「良くやったよ。本当に」

「……長澤先生は上出来だと思うかもしれないけど、俺は違う」


 声に滲んでいるのは、まっすぐな悔しさ。

 出雲は勝つつもりで臨んでいた。それは知っている。どんな試合でも、負けたくはないのだ。

 しかし俺は、現状的に全日本ジュニアの優勝は無理だろうなと思っていた。全日本ジュニア選手権は日本各地から実力者が集まっている。しかも、今ジュニアのトップ選手は、日本のエースの紀ノ川彗と並べるほどの力を持っている。ジュニア一年目の喘息持ちの子がいきなり勝てるような場所ではない。

 そう言っても出雲は納得しないだろう。


 ……キス&クライを離れてから盛岡に帰るまで、出雲は俺と目を合わせようともしなかった。


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