第三話 条件は六位以内

 私が彼を引き受けるきっかけを作ったのは、私の元教え子だった。

 二〇〇九年の世界ジュニアも終わった春、元教え子の長澤真一が私を訪ねてきた。彼はプロスケーターを経て、生まれ故郷である盛岡に帰郷して指導者に転身した。彼はそこで一人の生徒を育てていた。


 それが神原出雲だった。


 私を訪ねてきた真一は、シニアに上がった後の出雲のコーチを引き受けてほしいと申し出た。あの子は五輪の金メダリストになれる器だが、自分はまだ若く経験がない。あなたならば、正しく出雲を導ける。私はそう言い募る真一を意外な気持ちで見つめながら、一つの条件を出した。


「三年以内の世界選手権で、彼を六位以内に入賞させなさい。そうすれば、あとは私がオリンピックチャンピオンにする」


 言った私自身は、それは無理だろうと鷹を括っていた。傲慢に、強気で無理難題を押し付ければ、きっと真一は引くだろうと。それほどに、元教え子の手腕と、その生徒に期待していなかったのだ。

 経験の少ない若いコーチと、脆弱そうな少年。

 私の言葉に、真一は目を光らせた。釣り上げた、と言わんばかりの予想外の反応に驚きながら、元教え子を見つめ返す。


「それは本当ですか?」

「ああ。約束する。だが、そのためには、この条件を飲んでもらう」

「わかりました。なら、俺がそれまでしっかり育てます。だから三年後には、出雲を……俺の教え子をよろしくお願いします」


 躊躇いなく答える真一の姿が新鮮に映った。

 現役時代の真一の姿を思い出す。才能はあるのに、滑りや言動に自信のなさが纏わりついていたものだ。彼の世界選手権の最高順位は、引退試合の六位だった。真一本人は入賞したことに満足していたが、彼のポテンシャルから考えれば、もっと上を目指せたのに。私は彼の自信のなさを最後まで拭い去ることができなかった。

 どこか遠慮して一歩引いている。そんな彼が、力強く頷いて日本に帰っていった。

 真一にそこまで言わせる少年は、本当は一体どんな選手なのか。私はそこから少し、神原出雲という少年に興味が湧いた。


 そして真一は見事に約束を果たした。

 ならば今度は私が、元教え子の想いに報いなくてはならない。

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