第38話 バカ
ショッピングをして、カフェでゆっくり過ごし、ゲームセンターで少し遊んでいると、時刻は午後五時半を回る。
既に空は暗くなり、街はクリスマスのイルミネーションで彩られる。
街の至る所でイベントが催されているため、二人でそれを巡っていく。
まずは駅前の公園に行き、電飾で形作られたトナカイやツリーなどを鑑賞。
「……なんか、夜明と一緒にクリスマスのイルミネーション見てるって、変な感じ」
陰鬱さがすっかり抜けた椎名が、苦笑気味に言った。
「隣にいるのがこんな冴えない男ですまないね」
「冴えないとか思ってないよ。あたしは夜明のこと好きだし」
一度俺に想いを告げてから、椎名はよく好きだと言ってくるようになった。
少し照れる、かな。
「じゃあ、変な感じってのは、何が不満?」
「不満じゃなくて……。誰かを本気で好きになっちゃったこと自体が意外だし、その相手が夜明だっていうのも意外だった。ただの友達だと思ってたのにね」
「……そもそもの話、俺のどこがそんなにいいんだ? かっこいいところなんて見せた覚えはないぞ?」
「なんか、その発想が男の子っぽいかも。
かっこいいところを見たから、その人を好きになるってこともあるんだろうけどさ。あたしは、夜明と一緒に過ごす時間が好きなんだ。夜明と一緒にいるとき、あたしはあたしでいられて、一番素直に笑える。
強いて言えば、夜明のかっこいいところはね……あたしの素顔を引き出して、一緒に笑ってくれることだよ」
椎名の屈託のない笑顔は、本当に心から溢れたもののように見える。
顔立ちがどうとかじゃなくて、魅力的な笑顔だと思う。
「……特別なことはしてないんだがね」
「それがいいんだよ。あたしのために一生懸命になってるわけじゃないから、夜明と一緒にいる楽しい時間は、これからも続くんだなって思える」
「そんなもんか」
「うん。そんなもん。あ、そうだ。写真撮ろうよ。イルミネーションも綺麗なんだからさ」
椎名がスマホを取り出し、カメラを起動してから俺に渡してくる。
「撮影宜しく。綺麗に撮ってね?」
「椎名を綺麗に撮らない方が難しくない?」
「……口説くつもりもないのに、そういう軽口やめてくれる? あたし、勘違いするからね?」
「……失礼。椎名の半眼を狙ってシャッター切ることにする」
「あえてブサイクな写真撮れってことじゃない!」
椎名のボディーブローが俺の脇腹に突き刺さる。
痛くはないが、ぐぇ、とわざとらしく苦しんで見せた。
椎名がケラケラと笑うので、その姿を写真に納めてやる。楽しげだけど、少々美しさに欠けるかもしれない。
「ちょっと! 変な顔撮らないでよ!」
「椎名はどんな表情をしていても素敵だと思うんだ」
「だから! そういうのは冗談にならないって言ってるでしょ!」
「……変顔女子が俺のセイヘキなんだ」
「黙れ変態。目の前で強烈な変顔するぞ。バカ」
「それはそれで見てみたいかも」
「……夜明がそんなこと言うと、あたしは本気でやっちゃうからね。軽はずみなこと言わないでよ」
「……まぁ、今のは冗談だ。俺は普通に可愛い顔した女の子が好きだよ」
「ふん。バーカ」
椎名には、俺を罵倒する姿が似合う気がする。
ちょっと強気な雰囲気で、本気で俺を罵倒しているわけでもなく、楽しいね、と態度で示しているような姿が、椎名に似合う。
「……とりあえず、普通に撮るか」
「始めからそうしなさい」
普通に、その辺のカップルみたいに、写真を撮る。
ツーショットがメインだけど、それぞれのソロも。
「……うーん、男の子としては、水着マフラーみたいな露出の多い写真も撮りたいなぁ」
俺がそんなアホなことを呟いてみたら。
「……夜明がそれであたしに惚れてくれるなら、やるけどね」
真面目な顔で返された。
ふざけんなバカ、と罵倒されるのを期待したのに、こういう冗談が通じなくなっている。
恋は盲目というけれど、まさしくそれだよな。
「……正気に戻れ、椎名。お前の目の前にいるのはただのエロガキだ」
「……あたしもそんなに変わんないし」
ぼそぼそと呟く姿に、ぐっとくるものはある。余計な妄想も膨らむ。
しかし、それが椎名の作戦だろう。時雨先生の顔を思い浮かべて、冷静さを保つ。
「……そろそろ次のスポット回るか」
「今、あえて話を逸らした?」
「気のせい気のせい」
「ねぇ」
「さ、行くぞー」
スマホは返却し、椎名の手を引いて歩き出す。
「ねぇ、夜明」
「……なんだよ」
「今、楽しい?」
「まぁ、普通に楽しい」
「……遠くから時雨先生を眺めてるのと、どっちが楽しい?」
「……楽しさの質が違う」
「あたしは……夜明が触れられるところに、いるよ」
時雨先生も、実のところ、触れられるところにいるんだよ。
「……手は冷たいけどな」
「うるさい。寒いんだから仕方ないでしょ。彼氏君なら温めてよ」
「善処する」
「信用できない言い方! 自分で勝手に温まるからいい!」
椎名が手を離し、冷えた手を俺の首に当てる。
「冷たっ。やめろって!」
「あははっ。素直に彼氏君の勤めを果たさない罰だ!」
「っていうか手袋でもしろよ!」
「それじゃあ直に触れ合えないじゃん。あたし、さびしー」
「……まったく。急に乙女乙女しやがる……」
「そうさせたのは夜明だよ。責任取って」
「……保証しかねる」
「素直に責任取れっ」
椎名がまた俺の首を触ってくる。
冷たい。
でも。
……奥深いところでは、温かさを感じずにはいられなかった。
「ほらほら、あたしの手を温めたら、もう冷たい思いしなくて済むよ?」
「……歩きながらじゃ、どうせ両手を温めるなんて無理だろ。とりあえず片手」
椎名の右手を、俺のジャケットの左ポケットに導く。
「今はこれで我慢してあげる」
「それはどうも」
椎名が俺に体を寄せてくる。歩きづらい。軽く押し返すと、余計に俺に密着してくる。
仕方ないので、そのまま歩くことにする。
なにをやってんだかって、自分で自分に呆れた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます