第39話 我慢

 椎名とは最後に夕食を摂って、クリスマスデートを終えた。


 それから椎名を家まで送り届けて、俺も帰宅。


 帰宅して入浴などを済ませたら、日付が変わるくらいまでビデオ通話で話をした。



『今日は楽しかった。ありがと。おやすみ』


「ん。俺も楽しかったよ。おやすみ」



 通話を終えて、デスクチェアの背もたれに体を預けながら長々と息を吐く。


 一日中遊び回ったりおしゃべりしたり、流石に疲れたかな。



「……でも、最後にやっぱり声が聞きたいな」



 時雨先生の声を聞かないと、俺のクリスマスは終わらない。


 メッセージも来ていて、『何時でもいいから電話してほしい』とのことだった。


 電話をかけると、時雨先生はすぐに応答してくれた。



「こんばんは、菜々子さん。お待たせしてすみません」


『こんばんは、響弥君。声が聞けて嬉しいよ』


「俺も、菜々子さんの声が聞きたかったです」


『同じ気持ちでいたってことだね?』


「はい」


『ふふ。……いきなりグチっちゃう感じだけど、今日は結構辛かったな。世間はクリスマスで浮かれてるのに、私は響弥君のことを考えながら独りぼっち……。しかも、当の響弥君は他の女の子と仲良くデートしてるんだもの』


「……本当にすみません。菜々子さんが望むのであれば、椎名とは距離をおきますよ……」


『ごめん、そういうつもりじゃないの。響弥君は椎名さんと楽しい思い出を作ってくれていい。響弥君が高校生らしく色々なことを経験するの、とてもいいことだと思ってるのも事実だから』


「はい……」


『寂しかったよぉ、って甘えたかっただけ。ちょびっとだけ響弥君を困らせて、憂さ晴らしをしたかっただけ』


「菜々子さんのためなら、憂さ晴らしくらいいくらでも付き合いますよ」


『ありがとう。その気持ちだけで十分』


「……はい」


『ちなみに、今日のクリスマスデートは楽しかった?』


「……はい。楽しかったですよ」


『そっかそっか。響弥君が楽しめて幸せなら、私が我慢してる甲斐があるってものだよ』


「……将来は、俺の人生、菜々子さんのためだけに捧げますよ」


『ふふ? ありがとう。それも、気持ちだけは、ありがたく受け取っておくね』


「俺は本気ですよ?」


『わかってる。わかってるけど、響弥君の人生、全部はいらない。響弥君は、響弥君のしたいことも、目一杯やってほしい。私だって、きっとそうする。自分のしたいこともして、響弥君のことも目一杯愛する。愛に人生全部を捧げるって、ロマンチックではあるけど、実際には意外と残念なことだよ?』


「……そうですかね?」


『うん。私は、教師として子供たちの成長をサポートするのも好き。愛する人と幸せになりたいっていう気持ちもあるけど、それ以外のところで自分の力を発揮したいとも思う。愛しかない人生は、やっぱりちょっぴり寂しいよ』


「……そうですね。確かに」


『響弥君は、まだ将来の目標とか決まってないんだよね?』


「はい……。なんとなく、大学に進学することとか、企業に就職することしかイメージはありません」


『そっか。ま、存分に悩むといいよ。私は悩んでる響弥君を眺めてニヤニヤしておくから』


「急に性格悪いですよ、菜々子さん」


『まだ何者でもない男の子が、何者かになりたくてあがいてる姿。私は好きだよ?』


「……大人の余裕ですね」


『響弥君よりは、大人だからね。とか大人ぶりながら、私もまだまだあがいているところ。

 教師になっても、本当にこのまま教師を続けていいのかな? って毎日悩む。きっと、何年経っても悩み続ける。私がおばあちゃんになる頃には、私の人生はこれで良かったのかな? って悩む。その姿がありありと目に浮かぶ』


「……悩みから解放される日って、来ないもんでしょうか?」


『さぁ、どうだろ? って、せっかくクリスマスの夜なのに、こんな辛気くさい話をするもんじゃないよね』


「俺は楽しいですよ。菜々子さんとのお話なら、どんなものでも楽しいです」


『じゃあ、私の好きなBLアニメについて話してもいい?』


「……どんと来い、です」


『あははっ。ちょっと声が強ばってるよ?』


「気のせいではないでしょうか」


『男の子はBLの話が苦手だもんねー。いれられたい欲求とか、ないの?』


「ないです」


『あはっ。即答だ! ……私の指でも、ダメ?』


「それは……ありかもです」


『よしよし。まずはそこから始めて、少しずつ心理的な抵抗をなくしていく作戦でいこうかな? そしてゆくゆくは……』


「その先の想像をしてはいけません」


『えー? 私、響弥君を他の女の子に盗られるのは嫌だけど、美少年との浮気なら許すよ?』


「それは許さないでいい奴です」


『そっかー。響弥君と美少年の絡みを見られたら、面白そうなのになー』


「想像するだけにしておいてください」


『はーい。……ちなみに、一応確認。今日、椎名さんと何か進展あった?』


「……椎名に告白されました」


『へぇ……』


「そして、自分に振り向かせてみせるって宣言されました」


『ふぅん……。私に勝負を挑むわけね……』


「まぁ、椎名は俺が菜々子さんに片想いしていると思ってますけどね」


『それはそうだけどさ。あーあ。私が堂々と響弥君と触れ合えるなら、高校生の女の子に負けるつもりなんてないのに。交流できる時間が少なくて、少し不安かな……』


「俺は菜々子さんのことが好きですよ。この気持ちは変わりません」


『……ん。響弥君を信じてる。私のこと、裏切っちゃダメだよ?』


「裏切りません」


『よしよし。それなら、今後も椎名さんと偽装カップルするのも許すよ』


「はい。我慢させてしまってすみません」


『二人の未来のためだから』


「はい」


『ああ、それとね、響弥君』


「何でしょう?」


『椎名さんがどれだけ響弥君を好きなのかは知らないけど。私の方が響弥君を大好きだし、愛してる。響弥君のためなら、私、死ねるよ?』


「……俺のために死なないでください。俺も菜々子さんのことが大好きなので、生きていてほしいです」


『ん。わかった。裏切られない限り、ちゃんと生きてる』


「はい」


『……やっぱり声だけじゃ物足りないな。響弥君の体温が恋しい……』


「今からそっちに向かいましょうか?」


『ダーメ。高校生にそんなことさせられないよ』


「……こういうときでも、菜々子さんは先生ですね」


『残念ながらね。私も半端に大人になっちゃったものだよ』


「素敵な大人になっていると思いますよ。自分の気持ちより、大人としての責任をまっとうしようとするのは、かっこいいことだと思います」


『ふふ? ありがと。響弥君は高校生なのに達観してるね』


「漫画を幅広く読んでれば、これくらいにはなりますよ。漫画は道徳の教科書よりも大事なことを教えてくれますから」


『確かに。……もっとたくさん話していたいけど、もう遅いから、今日はこの辺にしておこうか』


「……はい」


『またね、響弥君。大好き』


「……俺も、好きです」


『おやすみ。それと、少し遅いかもだけど、メリークリスマス』


「おやすみなさい。俺からも、メリークリスマス」



 通話を終える。


 菜々子さんと話すとき、とても高揚しているのに、どこか穏やかでもあって。


 今日一日の疲れがすっと抜けていくような感じがする。



「……もっと話したい。もっと一緒にいたい」



 今すぐにでも菜々子さんの家に行きたくなる。


 でも、それはできない。俺はまだ高校生だから。



「……我慢、我慢。二人の未来のために……」



 溢れる想いは押し込めて、部屋の明かりを消してベッドに入る。


 明日も椎名と過ごす予定だけれど。


 本当は菜々子さんと過ごしたい。



「……寝よう」



 焦っても早く大人になれるわけではない。


 今はひたすら、耐えるときだ……。

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