第37話 告白

「……高校生はホテルに入れないぞ? 知らなかったか?」



 なんと返すか迷って、つまらないことを言ってしまった。


 椎名は顔を赤くして、取り繕うように明るい声を出す。



「し、知ってるし! 今のはただ、カップルならそういうところに行きたがるのかなって思っただけだし!」


「……そうか。ナイスジョーク?」


「なんかムカつく言い方」


「悪い悪い。えっと……じゃあ、予定通りにプラネタリウムでいいのか?」


「……うん。行こう」



 俺が歩き出すと、椎名もついてくる。ただ、足取りは少し重そう。表情も明るくない。


 言葉数も少ないまま、ゆっくりと歩いていく。プラネタリウムまでは、電車を使うと一駅で、歩いても二十分かからない。今回は歩こうという話をしていたのだが、本当に歩けるのだろうか。



「……椎名」


「なに?」


「どこかで休む?」


「どうして?」


「歩くのしんどそうだから」


「……大丈夫だよ。全然平気」


「そっか」



 ゆっくりと歩き続ける。クリスマスの街は昼間でも賑わっているのだけれど、俺たちのところだけ空間が途切れているかのよう。


 ……俺、椎名を暗くさせるようなことした?


 まぁ、俺が何かをしたってことはないと思う。


 察するに……心底幸せそうな宗谷たちを見て、本当は片想いにすぎない今の状況を、椎名が嘆いているというところだろう。


 励ましてあげられればいいのだけれど。


 俺は、椎名を励ましてやれる立場じゃないんだよな。


 俺は、時雨先生のことが好きなんだから。


 どうにかプラネタリウムまではたどり着き、カップルシートで人工の星空を鑑賞。デートとしては良い雰囲気を味わえたのだが、椎名はやっぱり落ち込んだ様子だった。


 正直、楽しいデートではない。


 俺と椎名が本当にただの友達だった頃なら、こんな陰鬱な雰囲気にはならなかっただろう。


 偽装カップルなんて、ならない方が良かったのかな。


 プラネタリウムも後にして、冷えた空気の中を歩く。空は青く、日差しもあるけれど、風は冷たい。道行く人も、時折体を縮こまらせている。



「……ごめん」



 椎名が突然言った。



「何が?」


「……夜明、全然楽しくないよね」


「まぁ、そうだな」


「……はっきり言うとか、男としてどうかと思う」


「俺は椎名のご機嫌取りじゃないからなー」


「……隣にいるのが時雨先生だったとしても、同じことを言うの?」


「……さぁ、どうだろう。そのときは、きっとオロオロするばかりで、なんて言っていいかもわからないんだ。そして、何もできない俺を時雨先生が見限るんじゃない?」


「……ありうる。やっぱりガキはダメだなって捨てられるんだ」


「はっきり言うなよ」


「先にはっきり言ったのはそっちじゃん」


「おあいこか」


「うん。そう」



 椎名の足がとまる。俺も足をとめる。


 繋いでいる椎名の手に、力が籠もる。


 そして、絞り出すように、椎名が言葉を紡ぐ。



「……ねぇ、あたしじゃ、ダメ?」


「……それは、どういう意味?」


「……ごめん。あたし、夜明のこと、好きだ。本当の恋人に、なりたい」



 椎名は俺の足下を見つめている。視線は合わない。ただ、表情は暗く、今にも泣き出しそう。


 いつもの明るい笑顔が見たいと思う。俺が椎名の気持ちを受け入れれば、きっとそれは叶うのだろう。


 だけど。



「……俺は、時雨先生のことが好きだよ」



 この気持ちに嘘はつけない。


 時雨先生か椎名、どちらかを選ぶとするなら、俺は時雨先生を選ぶ。



「……知ってる」


「悪いけど、俺は椎名と本物の恋人にはなれない」


「……バカ。しね」


「……ごめん」


「なんで……なんで、報われもしない気持ちを忘れようとしないの? あたしなら、夜明の側にいられるよ。ちゃんと恋人にもなれるよ。夜明は辛い思いばっかりしなくて済むよ」



 本当に報われない恋だったら、俺は椎名にほいほいと乗り換えていたのかもしれない。


 俺だって、片想いを続けるよりは、両想いの方が良い。



「……ごめん。そんな簡単に、忘れられないんだ。好きになっちゃったから」


「……夜明はバカだ」


「そうだな」


「付き合ってもいない相手に、一途である必要なんてないのに」


「それは、その人の価値観によるかな」


「夜明は……あたしのこと、嫌い?」


「嫌いなわけない」


「じゃあ、夜明もあたしのこと、好きじゃん」


「その二択はずるいよ」


「……あたしのこと好きなら、あたしと付き合えばいいじゃん」


「……好きの意味が違う」


「……うるさい」


「ごめん」



 椎名がしばし沈黙。道行く人が、時折好奇の目で俺たちを眺めてから通り過ぎていく。


 カップルが場所をわきまえず喧嘩でもしていると、思われているのだろうか。


 椎名が鼻をすする。空いている左手で、目元を擦る。



「……もう、カップルごっこは終わりにするか?」



 椎名がこれでは、もう偽装カップルなんて無理。そう思ったのだが。



「……やめない」


「……続けられるのか?」


「報われない片想いなんて、どうせすぐに忘れるよ」


「……かもな」


「あたしが、忘れさせる。あたしが夜明の一番側にいて、あたしが一番夜明に楽しい時間をあげて、あたしが夜明の一番大事な人になる」



 椎名の声は、思いの外力強い。



「……俺、椎名にそんなことしてもらうほど、価値のある男じゃないと思うよ?」


「それは、あたしが決めることだよ」


「……確かに」


「あたしは夜明のことが好き。好きになっちゃったんだから、もう、しょうがないんだよ」


「……そっか」



 椎名がようやく顔を上げる。涙の気配が残る瞳は、きっとどんな宝石よりも綺麗だ。



「……あたし、夜明のこと、絶対振り向かせてみせるから」


「……わかった」



 冴えない返事だが、他になんて返せば良かっただろう?



「デートの続き、しよ」


「うん」



 椎名が俺の手を引いて歩き出す。いつもよりむしろ力強い足取りだ。



「夜明の片想いなんてさっさと終わらせてやるから、覚悟して」


「なんの覚悟だか……」


「ふん。とにかく行くよ!」


「へい」



 椎名が元気を取り戻したのは、良かったのか、そうじゃないのか。


 あまりはりきらないでほしいとは思う。


 俺も平凡な男子だから……もしかしたら、心が揺れることも、あるのかもしれない。


 俺は間違った道を進もうとしているだろうか?


 その答えがわかるのは……もう少し先かな。

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