第36話 プレゼント

 カラオケで程良く盛り上がったところで、プレゼント交換をすることになった。


 各自三人分のプレゼントを用意していて、それを交換するのだ。


 全員同時にプレゼントを配るのでも良かったのだが、順番に渡していくことになった。


 そして、俺が最初にプレゼントを披露することに。



「夜明、ちゃんと考えて用意したんでしょうね? ネットで適当に調べて、人気のプレゼント第一位とかだったらちょっと残念だけど?」



 右隣の椎名が疑わしそうに俺を見てくる。



「俺なりに考えたし悩んだし、色々なお店を回ったよ。けど、ネット云々については指摘しないのが彼女としてのマナーだと思うぞ? 男子から女子へのプレゼントは、女子が想像しているより数倍難題なんだから」


「難題ね……。それ、別に男子から女子じゃなくて、女子から男子も同じだと思うけど」


「……まぁ、そうかもな」



 一応同意しておく。


 ただ、俺が思うに、男子は彼女からプレゼントをもらえたらだいたい何でも嬉しいものだ。多少好みと違っていても、彼女からもらったというだけで、それを特別に良いものだと感じられる。


 しかし、美原さん曰く、女子は自分の好きなもの以外は全部嫌いなので、好みから外れると全く価値を認めてもらえない。難易度はかなり違うと思う。


 あえて議論する必要もないと思うので、ここは何も言うまい。



「……とりあえず、俺から宗谷と赤木さんにはクッキー詰め合わせな」



 紺の包装紙でラッピングされた小箱を、テーブルを挟んで正面に座る二人に渡す。


 プレゼントというよりお土産のようでもあるが、友達相手ならそれで十分だし、もらっても困らないだろう。これも美原さん曰く、下手に残るものをもらっても困る、とのこと。


 お菓子を受け取った宗谷と赤木さんは、なんだか似通った笑みで、ありがとう、と言ってくれた。



「……それで、俺から椎名には、これ。趣味が合わなかったらすまん」



 今更だが、これで良かっただろうかと迷ってしまう。


 クリスマスカラーのラッピングがされた小箱を、椎名に手渡す。椎名はどこか緊張した面もち。



「……これも、お菓子とか?」


「いや、違う。まぁ、開けてみてくれ」


「うん……」



 椎名が繊細なガラス細工を扱うように、丁寧にラッピングを解いていく。箱も開けて、脚のない卵形のグラスを取り出す。月と猫の彫られたそれは、俺のセンスからすると綺麗だと思う。


 椎名はクスリとはにかんだ。



「ちょっとおしゃれすぎない? なんか、夜明が選びそうな感じだけどさ」


「気に入らなかったら、フリマアプリとかで適当に売りさばいてくれ」


「そんなことしないって。好きだよ、こういうの。……大事にする」


「それは良かった」



 椎名が本当に大事そうにグラスを両手で包み込む。唇もほころんでいて、全然ダメではなかったらしいと、俺は一安心。



「……夜明、これ買うのに色々探し回った?」


「一応、三時間くらいは色んな店を探し回ったよ」


「そっか……。あたしのために、そこまでしてくれたんだ……。ありがとう」


「次、誕生日プレゼントでも買う機会があったら、一緒に買いに行こう。その方が椎名が本当に欲しいものを渡せる」


「えー、どうしよっかなー? あたしは夜明が一人であれこれ悩んでる姿を想像してクスクス笑ってたいなー」


「性悪かよ。こっちの身にもなってくれ。女子へのプレゼントなんて、本当にさっぱりわからん」


「そこを愛の力でどうにかするのが彼氏でしょ?」


「愛の力を過信するな。愛の詰まったなんでも言うこと聞く券、とかになるぞ」


「うわ、それは本気でやめて。冷める」



 椎名は心底嫌そうに顔を歪めたくせに、ぼそりとこぼす。



「……本当に何でも言うことを聞いてくれるなら、それもいいかもね」



 あたしと本当の恋人として付き合って、とかお願いしてくるのだろうか。


 もしそうであれば、俺はその願いを叶えてやれない。


 俺が返す言葉に迷っていると、椎名は気を取り直したように続ける。



「ま、とにかくこのグラスはありがと! なんかそれらしいときに使う! それで、次のプレゼントは……まぁ、そのときに考えよ。あたしの誕生日なんて来年の九月だしさ」


「おう、わかった。それで、椎名は俺に何をくれるんだ?」


「あたしはね……はい。これ」



 椎名も俺にラッピングされた細長い小箱を手渡してくる。 


 三人に見守られながらそれを開けると、中身はアナログ式の腕時計だった。


 白を基調としたシンプルなもので、大抵の服に合いそうだ。



「へぇ……腕時計か……。なんだろ、可愛いさもあるのに、かっこよさもあるみたいな……おしゃれな感じ」


「き、気に入った……?」


「……うん。でも、こういうのって結構高いんじゃ……?」



 腕時計は安いものから高いものまで様々。これはただの安物ではないように見える。



「別に高いものじゃないから。安いものでも、ないけど」


「……もらっちゃっていいのか?」


「……うん。あたしから夜明に渡す最初のプレゼントだし、今回だけ、ちょっと奮発した感じ。でも、本当に高い奴じゃないの。だから、遠慮なくもらって」



 赤い顔の椎名は、俺の方を見ない。本当に高くない奴なのか心配になる。


 値段を調べるのはマナー違反、か? 気になるが、調べないことにしよう。



「……つけてもいい?」


「うん。っていうか、つけてくれないともったいない」



 せっかくなので、左手首につけてみる。普段は腕時計などしないのだが、今後はつけてみてもいいかもしれない。



「似合ってるかどうかはわからないけど、俺は気に入ったよ」


「……まぁ、似合ってるんじゃない? いいと思うよ?」


「そっか。俺もこれ、大事にする」


「……うん」



 椎名がほっとした表情で微笑む。女子でも男子へのプレゼントするのは緊張するようだ。



「いいね、いいね、一生懸命探し回った甲斐があったね! 歌穂!」



 赤木さんが満面の笑みを浮かべている。椎名と一緒にプレゼントを探し回ったはずだから、赤木さんとしても充実感があるのだろう。



「あ、あたしは、そんなに一生懸命だったわけでも……。優香のプレゼント選びのついでみたいなもんで……」


「はふぅ……。これがツンデレ……。押し隠してるのにどうしても滲んじゃう好意が素敵だね……っ」


「だから、あたしはただ、最初にプレゼントするものだから、多少はちゃんとしたものを買わないといけないっていう、義務感で選んだだけで……っ」


「夜明君。わかってると思うけど、歌穂はツンデレだから、何を言われても許してあげてね?」


「うん。ツンデレは大好物だ」


「夜明も何言ってるわけ!? あたしは本当にただの義務感でプレゼントを贈っただけだからね!」


「わかってるって」


「わかってない顔してる!」



 グルルルッ。椎名の背景にそんな擬音語が見えた。


 偽装カップルを始めてから、椎名に睨まれることが多くなったな。怖いはずなのに、確かにどうしても俺に対する好意は滲んでいて、可愛いとは思ってしまう。



「椎名。義務感でもいい。クリスマスプレゼント、ありがとう。すごく嬉しい」



 鋭い目つきの椎名をまっすぐ見つめてお礼を述べたら、椎名の表情が和らぐ。



「……どう、いたしまし、て」



 俺はニマつきたくなるのを必死で押さえているのだが、宗谷と赤木さんはもはや全身でニマニマしている。もはやツンデレ椎名を愛でる会の様相だ。



「……椎名、赤木さんたちにもプレゼントを渡してやったら?」


「あ、うん……」



 椎名は小さな紙袋を宗谷と赤木さんに渡す。こちらも中身はお菓子らしい。



「ありがとう、歌穂」


「感謝する!」



 二人の笑顔を見て、椎名も微笑んでいた。


 その後、宗谷と赤木さんもお互いにプレゼントを交換しあう。


 宗谷は赤木さんにアニメ系の奇妙な動物っぽいぬいぐるみを、赤木さんは宗谷にマフラーを渡した。


 傍目にも二人は心底幸せそうで、俺には少し眩しかった。


 ちらりと椎名の方を見たら、椎名はどこか寂しげな顔をしていた。


 宗谷と赤木さんはしばし二人の世界を楽しんだ後、俺と椎名にドリップバッグのコーヒーや入浴剤をくれた。友達へのおまけのプレゼントとしては十分だ。


 四人でのクリスマス会はもう少しだけ続き、午後一時過ぎに終了。


 近くのハンバーガーショップで昼食を摂ったら、ダブルデートも終了。


 宗谷と赤木さんは仲良く手を繋いで去っていき、俺と椎名はそれを見送る。



「……じゃ、俺たちも行くか」



 予定では、まずはプラネタリウムを見に行くことになっている。


 少し歩くが、食後には丁度いい運動だ。


 カップルらしく手を繋ぎ、歩き出そうとしたところで。



「……ホテル行きたい」



 椎名がぼそりと呟いた。

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