第35話 ダブルデート

 椎名との電話にて。



「椎名。俺さ、時雨先生のこと、好きなんだ」


『いきなり何? そんなの、もう知ってるけど』


「……一応、改めて言っておこうと思って」


『言われなくてもわかってるし』


「そうだよな……。ただ、俺の気持ち、きっと変わらないよ」


『それも聞いた』


「……わかってるなら、いいんだけど」


『うん。わかってる。それで何か言いたいことでも?』


「……いや、なんでもない。それだけわかっていてほしかったんだ」


『わかってるよ。夜明の気持ちは、よくわかってる……』



 椎名とそんな話をした翌日、十二月二十四日。


 いわゆるクリスマスイブで、日本では恋人と過ごす日として認知されているらしい。


 俺も恋人と過ごしたかったのだが、残念ながらそれは叶わない。秘密の恋はままならないものだ……。


 俺、椎名、宗谷、赤木さんの四人は、壱乃宮高校の最寄り駅付近にあるファミレスに集まっている。


 時刻は午前十時。まだ人は少ないなか、俺たちはドリンクバーだけを注文して、ぐだぐだとおしゃべり中。


 主に対面に座る宗谷と赤木さんが盛り上がっていて、俺と隣の椎名は平常運行。つまらなそうにしているわけでもないのだが、教室にいるときとあまり変わらない。



「ねぇねぇ、夜明君。歌穂って二人きりのときはどんな感じ? いつもはちょっとボーイッシュな雰囲気だけど、可愛く甘えてくることとかあるのかな?」



 興味津々といった風に、赤木さんが尋ねてきた。



「……椎名、これって正直に答えていいところ?」


「な、なんであたしに訊くわけ? 正直もなにも、あたしが可愛く甘えてくることなんてないでしょ!?」


「そうだっけ? つい昨日、猫なで声でキスをせがまれたような記憶が……」


「そんなことしてないでしょ! 猫なで声とか気持ち悪い声出してない!」


「キスはせがんできたよな?」


「せがんでない! あれはただ、付き合ってるんだしそういうこともした方がいいのかなー、っていう義務感で、キスしてみるかって訊いただけ! あたしの希望とかじゃなくて、夜明の気持ちに配慮してあげただけだから!」


「……うちの彼女はこう言ってるから、そういうことになった。これ以上、俺の口からはなんとも……」


「まるであたしが嘘ついてるみたいに言わないでくれる!?」



 ガルルルッ。


 そんな擬音語が聞こえてきそうな表情で、椎名が俺を睨む。


 一方、赤木さんと宗谷は何か尊いものを見るような表情で、にんまりと微笑んでいる。



「なるほどねぇ。ふふふふふ? 歌穂の中にも乙女が住んでいたんだねぇ」


「夜明、いい彼女を持ったな! まぁ、優香には及ばんがな!」


「二人とも、何か誤解してない!? あたしたちはそっちみたいにベタベタ甘々してないから! もっとドライでいつ関係が終わるかわかんないくらいだから!」


「そっかそっか。それは大変だねぇ」


「うむ。だが、俺たちは二人の未来は明るいと確信しているぞ!」



 小柄な赤木さんはコロコロと可愛らしく、大柄な宗谷は暑苦しく、だけどどこか似通った性質の微笑みを浮かべている。


 本当に仲の良いカップルというのは、こういう二人のことを言うのだろうな。


 俺と椎名は……この二人のようにはなれない。 



「なんかムカつく! 夜明! あんたが嘘ばっかり言うから、二人が誤解してるじゃん! バカ!」


「悪い悪い。昨日、ベッドに誘われたことは内緒にしとくから許してくれ」


「え!? ベ、ベッド!?」


「お前たち、もうそんな関係に……っ」


「夜明! 変なこと言わないでって言ってるでしょ!? ベッドになんて誘ってない!」


「……椎名の枕、いい匂いがしたぞ」


「妄想でくだらないこと言わないでってば! 二人が誤解する!」


「まぁでも、俺としては、直接椎名の髪の匂いを嗅ぐ方が好きかな」


「もう黙れバカ!」



 椎名が俺の口を両手で塞ぐ。女の子に口を塞がれるのは、男子としてはご褒美の部類なので、大人しくされるがままになる。


 椎名が顔を真っ赤にしているのも眼福だ。


 俺の発言が嘘だと主張したいのなら、そんなにわかりやすく動揺を見せなければいいのに。


 宗谷と赤木さんも、笑みを深めるばかりだ。



「二人が付き合い始めてくれて良かったぁ」


「やっぱり相性抜群だな! ま、俺と優香には及ばんがな!」



 宗谷よ、いちいちマウント取るな。赤木さんもくねくねしながら喜ぶな。


 お熱い二人と比べれば、やはり俺と椎名は少し歪かな。椎名はまさに恋する乙女だが、俺は冷静すぎるかもしれない。


 時雨先生との未来のため、偽装カップルを演じるというのなら、もっと俺もデレデレしてみせるべきかもしれない。


 猛獣の目をする椎名の肩に腕を回し、そっと抱き寄せる。



「あ、ちょっ」



 椎名は抵抗せず、俺にもたれ掛かる。口を塞いでいた手も外れた。



「でたらめばっかり言って悪かった。でも、もう変なことは言わない。許してくれ」


「わ、わかれば、いい……」



 少ししおらしくなった椎名に、小声でさらに耳打ち。



「椎名の可愛いところは、俺だけに見せてくれよ。昨日、ベッドの上で見た椎名は、正直すごく可愛いかった」


「バッ、バッカじゃないの!?」



 椎名が全然力の入っていない拳で俺を殴ってくる。


 正直、椎名って思っていたより可愛いよな、と思ってしまう部分はある。



「友達が幸せそうにしてる姿を見ると、すごく癒されるなぁ……」


「ちょっと対抗心も沸いてくるがな!」



 二人の声は、椎名の耳に届いているのかどうか。


 うぅ……と唸る姿も、可愛いとは思う。


 椎名を好きになれたら、俺はごく普通に良いカップルになれたのだろうか? そんなことも、夢想してしまうくらいに。


 こんな感じで一時間ほどわちゃわちゃと話をしたら、今度はカラオケに移動。


 それぞれの好きな歌を歌ったり、二人組でデュエットした点数を競ったりして、賑やかに過ごす。


 ちなみに、一番歌が上手かったのは椎名。後で聞いた話によると、配信のために割と真面目に歌の練習をしているらしい。



「椎名の歌を聞き放題なんて、実にありがたいことだ。彼氏君になれて良かったよ」



 俺は軽い調子で言ったのだが、椎名は、気恥ずかしそうにこぼした。



「夜明が望むなら……いくらでも、歌ってあげるよ。夜明のためだけに……」



 本当に健気で献身的で。


 俺以外を好きになれよって、言いたくなってしまった。

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