第29話 口止め

「……美原さん、どうしてここに?」



 俺の問いに、美原さんは曖昧に笑う。



「……なんとなく、尾行してみた。夜明君の態度、ちょっと気になってたから」


「気になってた? 俺、何か変だった?」


「うん。大切な彼女へのプレゼント選びなのに、どこか面倒臭そうな雰囲気だった」


「……そう、かな」


「少なくとも、仕方なくやってる感じはしたかな」



 その指摘は、ある意味正しい。俺は、椎名へのプレゼント選びを義務感でやっていた。偽装のカップルなのだから、それが自然だろう。


 しかし、指摘されるほど、俺はいい加減な態度でいただろうか。もしそうなら今後に支障が出そうだ。俺は態度を改めるべきだ。


 俺と、時雨先生の未来のために。



「ねぇ、夜明君。椎名さんのこと、好き?」



 好きだよと、即答するべきところ。宗谷や赤木さんに対しては、そうしていたかもしれない。


 でも、美原さんに憂いを帯びた眼差しを向けられると、気軽に嘘をつくことはできなかった。


 中学時代、もしかしたら最も親しかった、この友達には。


 俺は溜息を一つ。そして、両手を挙げて降参のポーズを決めながら、正直に答える。



「……俺は椎名のことが好きだけど、あくまで友達として、だ。そして、それは椎名も同じだよ」


「ん? どういうこと?」


「俺と椎名、偽装カップルやってるんだ。そうした方がお互いに都合が良くて」


「……ふぅん? ニセのカップル? 実際にそんなことやる人、初めて見た」


「俺も、自分がこんなことをするとは思わなかったよ」



 それから、俺は美原さんに俺と椎名の都合について簡単に話した。友達がうるさいので二人は付き合っていることにした、というようなことを。



「……なるほどね。じゃあ、あえて私と別れてから買ったそれは、本命の彼女へのプレゼントってことかな? つまり、夜明君は、椎名さんと偽装のカップルを演じながら、本命の彼女がいる……」


「……これ以上は追求しないでくれ。俺にも話せないことはある」


「……少なくとも、気軽には話せない状況にいるってことね。その相手、もしかして既婚者とか……?」


「さぁ、ね。これ以上はノーコメントで」


「そう……。じゃあ、これだけ教えて。何か犯罪に巻き込まれてるわけじゃないよね?」



 美原さんの目が不意に鋭くなる。俺の身を本気で案じてくれているようだ。



「安心してくれ。犯罪絡みじゃない」



 いや、実のところ犯罪絡みなのか? 未成年との淫行だもんな……。でも、凶悪犯罪とかではない。



「犯罪とかじゃないなら、安心。でも……ちょっとびっくり。夜明君が、他人に話せないような恋愛をしているなんてね……」


「俺も驚きだよ。ま、とにかくこっちには色々と事情があるんだ」


「そう……。ちなみに、椎名さんは、夜明君に本命彼女がいるって知ってるの?」


「……別に好きな人がいるってことになってるよ」


「……そう。なんか、複雑だね」


「ちょっとな」


「……それなら、私は夜明君の弱みを一つ握ったわけか。ふむふむ。何かに利用できそうだね」


「おい。あまり不穏なことを言うなよ。マジでビビるから」


「安心して? 私は夜明君の味方だよ?」


「……はは。頼もしい」



 美原さんの笑みがいつになく寒々しい。俺、美原さんを怒らせることでもしたのかな?



「夜明君に、口止め料を要求する」


「……おう。いくら欲しいんだ?」


「お金はいらない。ただ、できる限り、そっちの恋愛事情を聞かせてよ。椎名さんや本命彼女さんとどんなことをしたとかさ」


「……口止め料を払いながら、どんどん口止めが必要な情報を渡すことになるわけか。とんでもない悪徳商法だな」


「けど、夜明君は私の要求を拒めないよね?」


「……うい。まぁ、話せる範囲で、な」


「うん。それでいい。話してくれた内容から、話してくれなかった内容は推測する」


「探偵みたいなことすんなよ……。話しづらくなるだろ……」


「悪いようにはしないよ。私は、夜明君の味方なんだから。ああ、ほら、夜明君、椎名さんに対してアリバイ工作みたいなのが必要なときもあるでしょ? そのときは私を使ってくれていい。話を合わせてあげる」



 彼岸花のような微笑みを、果たしてどこまで信じて良いものか……。



「……頼もしい味方だ。それはそうと、今度こそ俺は家に帰るよ」



 実のところ、家に帰るのではなく、時雨先生の家に向かうのだけれど。



「途中まで一緒に帰ろ?」



 断るわけにもいかず、二人で駅に向かい、同じ電車に乗る。俺は降りたかった駅を一旦通り過ぎた。先に降りたのは美原さん。



「お互い、良いクリスマスにしようね」



 そう言って手を振る美原さんに、俺も手を振り返した。


 美原さんの存在が俺と時雨先生の関係にどう影響するだろう。


 何事もなければ、いいのだけれど……。

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