第27話 美原

 十二月二十二日は終業式。


 午前中に学校は終わり、後はお待ちかねの冬休み。次の登校は一月九日だ。


 開放感はあるものの、時雨先生との触れ合いの少なさから、俺はいつもくすぶったものを感じてしまう。


 もっとも、今夜は久々に時雨先生の家を訪問する予定。ただし、あまり外泊ばかりはさせられないと、帰宅指令は出ている。


 俺の両親を心配させないための配慮で、確かに重要なことではある。変に心配させて、俺がどこに行っているのかを問いつめられても困る。


 放課後になり、今日も椎名とどこかに寄ることになるかと思ったが、椎名は赤木さんと二人でどこかへ行った。



「夜明も、ちゃんとクリスマス用のプレゼント用意しなさいよ? あたし用と、おまけで他の二人分も!」



 と言っていたので、二人で色々とお店を回るのだろう。


 宗谷は早速部活に勤しんでいるため、俺は一人でプレゼントを用意することになった。


 一人でいるのは少し寂しい感じだが、俺は椎名だけでなく、時雨先生宛のプレゼントを用意する必要があるので、都合が良かった。



『響弥君は高校生なんだから、無理に高価なものとか用意しなくていいよ。気持ちだけこもってればそれで十分』



 時雨先生がそう言ってくれたのは、バイトもしていない高校生からすると助かる。けれど、俺はやっぱり、時雨先生と対等ではないことを悔しく思った。


 自分の未熟さにうんざりしつつ、昼食はコンビニのパンなどで適当に済ませ、一人で電車に乗り、この辺りでは一番発展している街に赴く。


 もしかしたら椎名たちも来ているかもしれないが、そのときはそのときだろう。時雨先生用のプレゼントを用意しているところを見られなければ、問題ない。


 学生の姿が多い商店街や地下街を回り、『Lala』という雑貨屋でめぼしいものを探していると。



「あれ? 夜明君?」



 一人の女子に声を掛けられた。その声には聞き覚えがある。


 振り向けば、確かに見知った相手だった。



「……美原みはらさんか。久しぶり」



 美原白雪みはらしらゆきは、中学時代にそこそこ親しくしていた元クラスメイト。


 腰に届くほどのロングヘアも、ちょっと眠そうな寝付きも、よく言えばクールな雰囲気も、昔から変わっていない。変化があるとすれば、耳たぶにピアスの穴があいていることか。前々からピアス穴を開けたいとは言っていたが、高校生になってから実行したらしい。


 紺のセーラー服を着ており、俺と同じく学校帰りに寄り道しているらしいこともわかった。



「久しぶり。でも、夜明君も薄情だよね。高校が別だからって、もう半年以上、何の連絡もくれないんだから」


「それはお互い様だろ? 美原さんだって、俺にわざわざ連絡してくることなんてない」


「私たちの関係を自然消滅させたかったのかなって思って」


「付き合ってたわけでもないのに、なんで自然消滅させたくなるんだよ」


「友達だった過去すら消し去りたい……みたいな?」


「俺たちの関係に、そこまで酷い何かがあったか?」


「私の知らないところで、何かをやらかしたのかと……」


「別になんにもないよ。単に、毎日顔を合わせているわけでもないし、あえて連絡を取るきっかけもなかっただけ」


「つまりは、単に夜明君が薄情だったってことだね」


「……その理解でいいさ」


「私はもう少し、夜明君と仲良くなれたと思っていたんだけどなぁ……。残念」



 ふぅ、と美原さんが物憂げな顔で溜息。



「まぁ、悪かった。こっちはこっちで、色々と楽しくしてたもんで」


「新しい女と宜しくやってたってこと?」


「捨てられた女みたい口振りだな。半年前なら、普通に男友達とバカやってただけだよ」


「半年前なら……。ってことは、今は彼女ができた? もしかして、今日も彼女へのプレゼント探し中?」


「……まぁ、そういうこと」


「へぇ……」



 美原さんの眠そうな目に、少しだけ生気が宿った気がする。



「これが流行のネトラレって奴ね」


「なんでだよ。俺たち、ただの友達だっただろ。そもそも、俺たちは美原の恋愛相談から話をするようになったんだろ?」



 中三のとき、美原は、俺の友達のことを好きだと言っていた。その件で色々と相談を受け、二人きりの時間を用意してやるなど、手を貸していた。


 結局二人が付き合い始めることはなかったのだが、俺と美原さんの友情は続いた。



「はて、なんのことやら」


水瀬みなせとのあれこれを全て忘れ去りたいほど、嫌なことでもあったのか?」


「そういうわけじゃない。けど……まぁ、いいや。その彼女とは上手くいってる? 写真とか見せてよ」


「いいけど、店の中で長々と話すもんでもないな。一旦外に出よう」


「そだね。ホテルにでも入ってゆっくり話そう」


「入るならカフェとかな。なんでホテルだよ」



 素知らぬ顔で妙な冗談を言うところも変わっていない。


 耳にピアス穴が開いても、中身が大きく変わったわけではない。そのことは、俺としては少し嬉しい。



「男の子は、女の子の口からホテルという言葉が出てくると喜ぶと聞いた」


「どこ情報だ。もっと言え」


「ホテルホテルホテルホテルホテルホテル」


「リアルにやるな! 盛りきったアホカップルみたいだろ!」



 美原さんがふっと笑って、店の外へと向かい始める。俺はその背中を追う。


 美原さんは顔だけを軽く後ろに向けて。



「お尻ばっかり見ないでくれる?」


「見てねぇよ! 気になるけどそういうところは見ちゃダメだよな、我慢我慢、ってしてる複雑な男心がわからないのか!?」


「私、男の子じゃないからわからないなぁ」



 美原さんはわざとらしく両手でお尻を隠しつつ歩いていく。


 俺は手フェチなのでその手を見つめてしまうだけで、その奥のお尻にはあまり興味がない。


 などとしょうもない言い訳を考えつつ、雑貨屋を後にした。

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