第26話 他に

「真面目な話をするなら」


「始めから真面目に話しなさい」



 椎名が俺を一睨み。それを軽く受け流して、俺は続ける。



「……時雨先生は、生徒思いで、優しくて、かっこいい人だ。教師って苦労とか労働時間の割には給料も安いし、何かと問題にされることも多い職業。自分の身を削って働いても、周りからは、教師なんだからそれくらい当然、くらいに見られることもある。

 まだ仕事にも慣れなくて、きっと苦しいことも不安なこともたくさんあるはずなのに、皆の前では明るく振る舞ってる。授業もわかりやすくしようってしてくれる。生徒とも向き合おうとしてる。

 俺からすると、どんなアイドルとか配信者より、尊敬できる素敵な人だよ」



 俺は時雨先生のプライベートも知っているから、余計にそう思う。


 時雨先生の家で過ごすとき、時雨先生とただ楽しい時間だけを過ごすわけじゃない。時雨先生が色々な苦しさや不安を吐き出すことがあって、決して無敵のヒロインではないことも知っている。


 それでも立派に教師としての義務をまっとうしようとする姿が、俺は好きだ。


 ……たまに出る、ドロッとした暗い一面も、ぞくぞくして好きなのだけれど。その瞬間に、心から痺れてしまうのだけれど。



「……そう。意外と中身も見てるんだ」


「まぁな。でも、やっぱり外見も大事だというのは否定できない。誰か救いたいと思う相手は、救いたいと思うような容姿をしているっていう話もある。可愛そうな猫がいれば助けるけど、可愛そうな虫がいても助けない、みたいな。

 それと似たようなことは、時雨先生にも当てはまる気がする。あの姿形で立派な先生をしているから、俺は時雨先生を好きになったのかもしれない」


「……意外とドライなところもあるのね」


「俺は恋愛に神秘を求めないタチなんで」


「夜明らしいっちゃ、らしいよ」



 椎名がクスリと笑う。



「俺の回答にご納得いただけたかな?」


「まぁ、うん。だいたいは。夜明はとりあえず、大人の女性が好きなわけだね」


「……そうかも。でも、結局のところ、好きになった人が好きなんだよ。特定のこだわりはあまりないかな」


「同じ高校生相手に恋することもありそう?」


「それは、あるだろ。世の中には魅力的な女子高生がたくさんいるからな」


「せめて魅力的な女の子って言ってくれない? 女子高生って言われると、ロリコンのおじさんが年下女子を狙ってるみたい」


「俺はきっと、いつになっても女子高生に憧れを抱いていくんだろう……。制服って可愛いよな……」


「そろそろキモイからやめてくれる? 冗談じゃすまなくなるよ?」


「悪い、調子に乗りすぎた」



 椎名は軽く溜息。それから、諭すように言う。



「……別にさ、時雨先生に片想いするのは構わないと思う。けど……叶わない恋っていうか、叶えちゃいけない恋って、辛くない?」


「……まぁ、辛いよ」



 本当のことは言えないから、話を合わせるしかない。



「時雨先生のことは忘れよう、なんて思うことはないの?」


「……ないな。そう簡単に気持ちは変わらない」


「一途だね。変態のくせに」


「変態と一途は矛盾しない」


「女子高生も好きなくせに」


「俺は女子高生もメイドもゴスロリもシスターも好きだよ」


「だから、それは訊いてない!」


「ただ、バニーガールはいまいち興味がないんだ……。男の風上にも置けない変態かもしれない……」


「それも訊いてない! どうでもいい!」


「スクール水着はありだと思う」


「一回ぶん殴ろうか!?」



 椎名が殴ってくることはなかったのだが、俺のすねを蹴ってきた。



「痛いぞ」


「夜明の発言の方が痛すぎる!」


「彼女ちゃんのコスプレには期待してる」


「しねーよ!」



 もう一度すねを蹴られた。割と痛い。



「制服コスだけで我慢する」


「これはコスプレじゃない!」 


「可愛いパジャマは着てくれるのに……」


「あ、あれもコスプレじゃない!」


「あれを着られるなら、コスプレイヤーとしての素質は十分にあると思う」


「ねーよ!」



 椎名がいい加減うんざりしたようで、威嚇の表情を見せる。


 そんな顔も可愛いなと、普通に思う。



「変なこと言って悪かった。すまん。あやまるから、そう怒るなって」


「ふん。バカ。変態。でも……もし、あたしがコスプレでもしたら、夜明の気持ちが動いたりするわけ……?」



 椎名は俺の方を見ない。不貞腐れたような顔で、そっぽ向いている。



「……うん? それ、どういう意味?」


「あ、いや、なんでも、ない……。とにかく! 先生への片想いなんて辛いばっかりだし、他に目を向けてもいいとは思うよ! あたしが口を挟むことじゃないのかもしれないけどさ!」


「……そうだな。先生に執着する必要は、ないよな……」



 一応は、同意しておく。他の誰かを好きになるつもりは、ないけれど。


 時雨先生への片想いに関する話は終わり、全く別のことでまた話が続く。


 椎名は本当によくしゃべる子で、だからこそ配信もできるのだろう。本人は気付いていないだろうが、これも一種の才能だと俺は思う。


 ただ一方的にどうでもいい話を続けるだけならできる人は多いかもしれないが、椎名は俺の反応も見て、俺が退屈しないような話題を提供している。


 たぶん、ひたすら自分の話を聞いてほしいだけの女子高生とは、違うものを持っている。


 俺が椎名のようなおしゃべりさんになれるとは思わない。配信者として大成したいとも思っていない。


 ただ、椎名に付き合って配信をするのは、存外楽しそうだとも思う。

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