第25話 バッカ

 俺と椎名のカップル宣言から四日経ち、俺たちは一年生の中では順調にカップルとしての認知を広げていった。


 元々は宗谷と赤木さんから色々言われるのを防ぐためだったが、他にもメリットはある。


 俺は時雨先生との関係を隠すのに丁度良いし、椎名としても、他の男子から声を掛けられることが減ったそうだ。


 椎名は親しみやすい奴だから、男子からの人気は高かった。下心ありそうな男子が近づいてくることもあったのだが、俺が彼氏君になったことで、それもなくなった。


 椎名としては、俺に感謝しているらしい。


 幸いというべきか、俺は椎名に相応しくない、などと言い出す輩はいない。俺は特段目立つタイプでもないし、優れた容姿を誇るわけでもないが、成績はそれなりに良いし、人当たりも悪くない。及第点くらいの男子、とは思われているのかもしれない。


 椎名との関係は良好。お互いに恋愛的な好意はなく、あくまで偽装カップルだと思っているのだから、そうそう悪くなるわけもない。


 カップル間のいざこざは、恋愛感情が原因で引き起こされることが多い。だから、それがない俺と椎名では、余計ないざこざは起きない。


 もっとも、俺と時雨先生の間にも、特に問題は起きていない。上手くやれているというよりは、きっと時雨先生が、俺の知らない内に気を回したり、我慢したりしているのだろう。


 俺と椎名が仲良くしているのを、時雨先生が決してすんなり受け入れているわけではないのはわかっている。あくまで偽装、本気になったらダメだと、何度も言われている。


 俺が最優先にしたいのは時雨先生なのだが、平日はろくに交流できない。学校ではもちろん、夜も椎名とビデオ通話をしているので、話す時間は少ない。


 俺と時雨先生は恋人同士。すぐ近くにいる。それなのに触れ合えないのが苦しくて、切なさが募る。



「……夜明って、本当に時雨先生のこと好きだよねー」



 放課後に立ち寄ったカフェで、向かいに座る椎名が呆れながら言った。



「……そんな風に見える?」


「見える。今日の授業中だって、ずぅっと時雨先生のこと見てた」


「授業中に先生の方を見るのは普通だろ」


「夜明の視線は妙に熱っぽいんだよ。あなたに恋してます! ってのがよくわかる」


「……そんなわかるもんじゃないだろ」


「……わかるよ。夜明のなら、なんかわかる。少なくとも、あたしに向けるのとは違う視線だってことは、わかる」


「そんなもんか? 俺の気持ちを知ってるから、先入観でそう見えるだけじゃないか?」


「どうかな。なんか、わかっちゃう気はするんだけどね……」



 椎名が曖昧な微笑みを浮かべる。どこか寂しげに見えるのは気のせいだろうか。



「……椎名って、何か悩みでもあんの?」


「は!? な、なんで!?」


「なんとなく。いつもより元気がない気がして」


「……夜明だって、あたしが普段と違うの、気付くんじゃん……」


「それがどうかしたか?」


「なんでもないけど! 別にあたしに悩みとかないし。あったとしても、夜明には関係ないし」


「そうか。なら、あえては訊かん」



 椎名も女の子だから、男子の俺には話しにくいことも色々あるだろう。そういうのは赤木さんにでも相談してくれればいい。


 俺は、椎名に心の全てを打ち明けてほしいだなんて思っていない。恋人でも伴侶でもないのだから、それでいい。



「……夜明って、時雨先生のどんなところが好きなの?」



 どこかつまらなそうに、椎名が尋ねてきた。



「……色々」


「色々って? 具体的には?」


「……顔と胸?」


「バッカじゃないの?」


「でも、美人だし、胸も程良い感じだし……。あ、ちなみに俺は巨乳とか爆乳とかにはあまり興味がないんだ。全体としてのバランスが大事で、胸だけ大きくても何か違うと思ってしまって……」


「どうでもいい! 黙れ性欲獣せいよくじゅう!」


「椎名のプロポーションも、俺としては気に入ってる」


「うるっさい! 誰もそんなの訊いてない!」



 物憂げだった椎名が、威嚇中の犬のようになった。顔はちょっと赤い。


 元気がないより、そんな顔をしていてほしいかな。

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