第21話 ダメ
正午過ぎに、お腹が空いたので二人で昼食を摂った。残念ながら、服を着て。冷凍食品だったけれど、菜々子さんと一緒だとそれもとても美味しく感じられた。
それを菜々子さんに伝えたら。
「冷凍食品、下手に手料理するよりよほど美味しいと思うよ? 私と一緒だから美味しいとかじゃなくて」
なんて冷静に返された。そうかもしれないなぁ、と同意したら、そこは否定するところ、と怒られた。理不尽だ。
食事を終えたら、二人でサブスクで映画を見たり、ゲームをしたり。
そして、午後五時を過ぎる。
「あー……明日からまたお仕事かぁ……。もっと休みたい……」
菜々子さんがベッドに寝転がりつつぼやいた。俺もその隣に寝転がり、菜々子さんと手を繋ぐ。
「やっぱり、先生って大変ですよね……」
「大変だよー……。やることたくさん。長時間のサービス残業。その割には給与は安くて休みも少ない……。世の中の先生って、よく先生なんてやってられるよね……」
「辛いなら、今すぐにでも転職活動をしても良いかと」
「……そうだね。けど、一年目で挫折するのも、ちょっと格好悪いよね。響弥君には、もう少し格好いいところ見せたいな」
「無理はしないでください」
「うん。わかってる。あ、ところで、響弥君はいつから配信活動始めるの?」
「まだわかりませんが、冬休みに入った辺りだと思います。慌てて始める必要もありませんし。準備は進んでるみたいです。俺はほぼ何もしてませんが」
「楽しみにしてる」
「期待しないでください。俺はただの高校生です。楽しい話なんてできません」
「そんなことないよ。私は楽しい。響弥君と話してるの」
「そうですか?」
「うん。恋人補正がないとは言わないけど」
「そこは、恋人補正をなくしても、って言うところです」
「私、生徒に嘘はつけなくて」
「今は生徒じゃなく、恋人として見てください」
「じゃあ、最後にもう一回くらいする?」
「いいですね」
「できる? 午前中三回したのに」
「高校生の性欲を舐めないでください」
「私が舐めるのは性欲の象徴くらいだよ」
「……下品ですね」
「恋人っぽいでしょ?」
「とっても」
その流れで、もう一度、した。
俺の体力もそれで尽きてしまったのだけれど、来週までろくに触れ合うことができないと思うと、まだ足りないような気分にはなってしまった。
毎日、当たり前のように一緒にいられるカップルが心底羨ましい。
午後六時過ぎ、俺は菜々子さんの家を出ることに。
「また明日。学校で」
「はい」
「授業中、私の裸ばっかり想像してちゃダメだよ?」
「それは、男子高校生には無理な話です」
「普段の澄まし顔からは考えられないくらい、性欲お化けだね」
「普通ですよ。男子高校生なら」
「もう、男子高校生はエッチなワードとして認識されてもおかしくないね」
「女子高生は既にエッチなワードですから、これでおあいこです」
「確かにそうかも」
フフと笑い合って、玄関先で本日最後のキスを交わす。
別れ際だからか、とても濃密なキスになった。
「……配信は楽しみにしてるけど、椎名さんとは、ちゃんと距離を保ってね?」
「わかってます」
「二人きりで会ってもいいし、おしゃべりしてもいい。手を繋ぐのも許す。場合によっては、抱き合うくらいまではいい。でも、キスはダメ」
「はい」
菜々子さんは、椎名についてあまり尋ねてこない。不安がないわけではないだろう。ただ、菜々子さんとしては、本心から俺に高校生としての青春を送ってほしいとも思っているらしい。
だからこそ、自分の不安も辛さも、必死に押し込めている。
とても健気で、俺はそんな菜々子さんを、決して裏切りたくないと思う。
「俺が大好きなのは、菜々子さんだけです」
「うん。私も、大好き」
「……愛してます」
「愛を語るには、響弥君は少し若すぎるかな。でも、嬉しい。……愛してる」
俺の言葉よりも、菜々子さんの言葉には数段上の重みがあった。
愛してるは、大好きの上位互換。それ以上の何かを、菜々子さんは感じているように思えた。
少し、悔しかった。
「名残惜しいですけど、俺はこれで」
「うん。バイバイ」
今度こそ、本当に俺は菜々子さんの家を後にする。
玄関の扉が閉まり、菜々子さんの姿が見えなくなった瞬間に切なくて、もう一度扉を開けて、菜々子さんの存在を感じたくなった。
その思いは必死に振り切り、その場から離れる。
「……離れた瞬間から会いたくなるって、俺もどうかしてるよ」
次の休日までの時間が、途方もなく長く感じられた。
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