第20話 まったり

 椎名とデートした翌日、日曜日。


 菜々子さんと軽く旅行にでも行こうと予定したのだが、残念ながら朝から雨が降っていた。今日は一日、断続的に雨が降るらしい。


 せっかくの旅行も雨ではあまり楽しめないだろうと、菜々子さんの家で一日ゆっくりすることになった。


 普段から一緒にいることはできず、ほぼ週一の休みも、天気次第でできることが限られる……。先生と生徒の恋愛は、なかなかに縛りが強い。



「……俺、早く高校を卒業したいです」



 外出できないならと、俺と菜々子さんは午前中の明るいうちから男女としてのあれこれを致した。


 落ち着いたところで、ベッドで菜々子さんと裸で抱き合いながら、俺は溜息と共にそんなことを呟いた。



「まぁ、響弥君が高校を卒業したからって、オープンに恋愛ができるわけではないんだけどね……」


「ダメですかね? もう先生と生徒じゃありませんけど」


「元でも先生と生徒なら、そのカップルは厳しい目で見られると思う。特に教師側は、生徒をそんな目で見ていたのか、なんてね」


「……そうかもしれませんね」


「ま、結構いるみたいだよ? 元教え子と結婚する先生。だからって、気軽にすることではないだろうけど」


「なかなか難しい話ですね」


「そうなんだよねー……」


「……でも、俺、将来は菜々子さんと結婚するつもりですから」


「それは、私も。いざとなったら先生も辞める。別の仕事を探す。教師の転職は難しいみたいだけど、二十代ならまだ何とかなりそう」


「……苦労をかけてしまってすみません」


「響弥君のせいじゃない。響弥君を選んだのは私だから、これは私が背負ってしかるべき苦労だよ」


「……俺、将来は菜々子さんのこと、しっかり支えますから」


「うん。期待してる。将来は、響弥君にたっぷり甘えさせてもらうね」


「はい」



 菜々子さんがキスをしてくる。柔らかな唇の感触は、何度キスをしても飽きない。



「……私こそ、ごめんね。響弥君はまだ高校生で、のんきに遊び歩いていれば良かった……。将来のこととか真剣に考える必要もなかった……。私が響弥君にすがったせいで、響弥君に余計な重荷を背負わせちゃった……」


「余計な重荷なんかじゃないです。菜々子さんと恋人同士になれて、俺、ようやくちょっとはしっかりしていこうって思えるようになったんです。

 菜々子さんは、俺がただのしょうもない男子高校生から抜け出す理由をくれました。だから、俺は菜々子さんと付き合えて良かったって、心から思います」


「……そっか。良かった。そう言ってもらえると嬉しい」



 菜々子さんがもう一度キスをしてきた。俺はそれに応える。



「……菜々子さん。もし……もし、俺たちの関係が誰からも認めてもらえなかったら……海外とかで暮らしませんか?」


「海外? それもいいかもねぇ……。響弥君、とりあえず英語は得意?」


「学校のテストであれば、それなりに点数は取れます」


「それはいいね。ただ、学校のテストと実際に使う英語は全然違うから、実践的なものを学ぶといいよ。英語圏のニュースを見るとか、英語吹き替えのアニメを見るとか。私も頑張る」


「……はい。俺もやってみます」


「ん。いざとなったら、二人で逃げようね」


「はい」



 恋人との逃避行。そんなことが本当に可能なのかどうか、今の俺にはよくわからない。でも、決して不可能でもないと思う。



 世の中には海外に移住する人はいるわけで、俺たちもそれを目指すだけ。


 本気でやろうと思えば、きっとできる。



「……響弥君って、本当に高校生って感じだよね」


「どういうことですか?」


「大学まで卒業して、社会人になってしまうと、いざとなったら海外移住だ! なんてなかなか言わなくなるからさ。響弥君は、本当に可能性の固まり。すごくキラキラしてる」


「何も知らない若造が、好き勝手喚いてるだけですよ?」


「その好き勝手な喚きが、大きな力になるんだよ。私も響弥君を見習わないとなぁ……。もう大人なんだから、無難に落ち着いた生活を送ればいい、なんて。自分なりの目標を持たない言い訳になっちゃってる気がしてきた……」


「教師としてしっかり生徒を導くのも、偉大な目標だと思います」


「まぁね。ただ、そのために人生全部を掛けたいと思えるほどじゃないんだ。教師はあくまで仕事。こんなこと言うと、生徒からすると幻滅かもだけどさ」


「このご時世、教師だからって全部を生徒のために捧げる必要はないと思います。菜々子さんだって、教師として、以外の生活を充実させるべきです」


「ん。理解してくれてありがとう」



 まったりと、そしてだらだらと過ごす時間が過ぎる。


 一人でこんなことをしていたら、きっと何を無駄な時間を過ごしているのだろうと後悔することだろう。


 でも、菜々子さんと一緒にいると、こんな時間を過ごすために自分は生きているのだとさえ思えてしまった。

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