第19話 真剣

 椎名に連絡したのは、俺が家に帰り着いてから。時刻にして八時過ぎだ。



『連絡遅すぎ。どれだけお楽しみだったわけ?』



 椎名からは呆れの混じった返事がきたけれど、軽く流しておいた。


 その後、椎名が俺の家にやってくることはなくて、無難に椎名の家の最寄り駅で待ち合わせた。椎名が、『もうあんたの家まで行くの面倒だわ。普通に西ヶ花にしがはな駅で待ち合わせしよ』と言い出したのだ。


 俺としてはそれで良かった。俺の両親は俺が昨夜不在だったことを知っていて、それを椎名に言われると面倒だったかもしれない。


 椎名と二人きりのデートは、気安い雰囲気で始まった。友達同士がただ普通に遊ぶような感覚。強いて言えば手をつないで歩いたくらいで、それ以外はいつもの調子だ。


 俺と椎名の間に恋愛感情はない。学校でそうしているように、俺たちは友達として一日を過ごしただけ。


 キスもしない、ハグもしない、もちろんホテルなんかにも行かない。たくさん笑い合いはしたけれど。


 そした、電車で地元の中心街に行き、ショッピングモール、ゲームセンター、映画館、カラオケなどを回ったら、時刻はもう午後六時過ぎ。




「……ちゃんとデートしました、っていう事実を作るには十分かもな。そろそろ帰るか?」



 もうすっかり空は暗くなっている。駅近くの商店街で俺がそう切り出すと、椎名はどこか不満顔。



「……なんか冷めた言い方。今日のデート、あんまり楽しくなかった?」


「そんなことはない。楽しかったよ」


「だったら、もう少し名残惜しそうにしたら? 晩ご飯も食べていきたいけど時間大丈夫? とか言えば良いじゃん」



 椎名がむくれている。


 なんでそんな表情をするのだろうか。俺と椎名は本当のカップルではなくて、お互いに恋愛的な好意なんて持っていないはずなのに。



「……椎名は、仕方なく俺とデートしてるんじゃなかったのか」


「……仕方なく、デートしてるんだよ」


「それにしては、割と本気でデートするんだな」


「当たり前じゃん。高校生っていう貴重な時間を使うんだから、たとえ偽装カップルのデートだって、本気で楽しみたいに決まってるよ」


「……そっか」



 なんとなくカップルまがいのことをしていればそれでいい、と思っていた。椎名もそれを望んでいて、俺が真剣になるのはむしろ迷惑なのだと。


 でも、その認識は間違っていたらしい。椎名は、決して宗谷たちへの言い訳作りのためだけに、俺とデートしているわけではなかった。


 一日一日を、俺なんかとは比べものにならないくらい、真剣に生きている。



「……悪い。俺、ちょっと適当すぎた。椎名の気持ち、全然わかってなかった」


「バカ」


「……ごめん。こんな関係でも、俺たちの大事な高校生活の一部だよな。もうちっとしっかり考えるよ」


「ん。……まぁ、あたしもごめん。偽装カップルなのに、何をムキになってるんだって感じだよね。友達同士の気安さでいればいいのに、夜明に本気を求めちゃって……」


「椎名は生きるのに一生懸命だから、そうなるのも仕方ないさ。俺みたいにいい加減な奴とは違う」


「……あたしだっていい加減だよ。いい加減だから、人並みに恋愛もできないの。

 誰かと恋人同士になっちゃったら、ちゃんと相手と向き合わないといけないじゃん? そんなの面倒臭いって思っちゃうところもあるんだ……。

 そんなあたしが面倒な彼女みたいになってどうすんだか……」



 椎名が顔を俯けながら息を吐く。肩の力が少し抜けたように見える。


 そして、気を取り直したように笑顔になる。



「ねえ、あたし、まだ帰りたくない。晩ご飯、食べにいこ?」


「……ああ、いいよ」



 俺としては、二日連続の外食。両親は何か思うところがあるだろうか? まぁ、いいか。家に帰らなくなるのも、高校生としては健全な成長だ。



「ごめんね。普通にあたしから誘えば良かったよね。夜明に変な期待押しつけないでさ」


「俺も、もうちょっと椎名の気持ちを考えておくべきだったよ」


「……勝手に不機嫌になったのも、ごめん」


「それは確かに。お詫びとしてドリンクバーくらいは奢ってくれ」


「調子乗んなっ」



 椎名が俺の尻を叩く。



「おい、セクハラだぞ」


「カップルなんだから、今更尻くらいで文句言わないの」


「つまり、俺も椎名の尻を触って良いってこと?」


「触ったらセクハラで訴えるわ」


「不平等だな」


「男女が平等なわけないじゃん」


「時代に抗う発言だな。炎上するぞ」


「男女平等を訴えても炎上するけどね」


「そうかもなー。なんて面倒臭い世の中だ」


「何を言ってもどこかから文句が出る。本当にバカバカしいよ」



 椎名が肩をすくめる。配信活動をしている分、その辺のことには俺より敏感なのかもしれない。



「ちょっと早いけど、晩ご飯、食べに行こ? 多少は雰囲気のあるところが良いなぁ」


「高校生のお小遣いで行ける範囲でな」


「記念すべき初デートなんだから、多少は我慢してよね」


「おう」


「っていうか、こういうのは夜明があたしを良いお店に連れて行ってくれるべきじゃない?」


「俺にそんな男らしさを期待するなよ」


「情けない奴」


「未熟な男子を育てる喜びを味わえるだろ?」


「そんな喜びいらんわ」



 椎名はそう言いながらも、ふくふくと楽しそうに笑う。


 やっぱり椎名には笑顔がよく似合うのだが、その眩しさに少し気まずさも感じてしまう。


 放っておくと、椎名に惹かれてしまいそうな自分。それを自覚して、俺は意図的にその笑顔から視線を逸らす。



「ねぇ、夜明」


「なんだ?」


「こんな関係だけど、一杯楽しい思い出作ろうね?」


「そうだな。それがいい」



 椎名に手を引かれ、商店街を歩いていく。


 向かう先は椎名次第で、俺はついて行くだけ。


 少なくとも今日のところは、椎名が全てをリードしてくれている。


 偽装のカップルならそれでもいいのかもしれないが、俺にも男子としてのプライドはある。


 ちゃんと俺もリードできるように頑張ってみよう。


 俺の恋人は菜々子さんだけど、椎名のことも、友達として、大事にしたい。

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